12-23
「ウイもちゃんと試したの?!」
良かった。
混乱を納める為にお酒飲もうとしてなくて。
危うく三度目の正直で天に召される所だった。
試すって…
え?
隣に座ってるローの顔をじっと見つめてから、少し考えて視線を下にずらす。
あ、つい最近もこんな事があった。
凄いテク、持ってるんだろうなー。
凄いかどうかの基準が分からない以前に、こないだ勝負下着で意気込んで撃沈したばっかりだ。
うーん。
分からん。
すぐそばで聞こえたため息に顔を上げれば、ローが頭を抱えてる。
どうしたんだ、急に。
顔を覆った手の隙間から見えるローの目は呆れたように私を捉えてて、なんでそんな顔してるのかさっぱり意味が分からない。
まぁ良いかと思って反対側を向けば、ソファーにやる気なく座ってるペンギンと目があった。
試したも何も…
ペンギンはペンギン先生で、夜な夜なお姉さん達のお相手をなさってて
それはそれは経験豊富なんだろうなと思いつつ、またしても視線が下に降りて行く。
こっちもこっちで凄そう。
うん。
「試す?」
「なっ…!!」
急に頭を抱え込まれて顔を寄せられれば、凄い至近距離にあったペンギンの顔がニヤリと笑った。
「試す!!」
「…あゆみはもうお試し済みでしょ。」
おお!
なんか大人な会話だ!!
これが体の関係を持った男女!
でもなんか…素っ気ないな、ペンギン。
近すぎるその顔があゆみちゃんの方に向いたと思えば、物凄い力で体が引っ張られて後ろに倒れ込んだ。
「触んなっつってんだろ。」
「いやウイちゃんが興味ありそうだったから。」
なくはないけど試さない。
背中に感じる腹筋の硬さと、焼き餅を妬いてくれたらしいローの様子にほっと息をついた。
ローは自分にメロメロじゃないあゆみちゃんに心を奪われたとかじゃなかったみたい。
良かった。
「私トイレ行ってくるー。」
ほっとしたらトイレに行きたくなった。
お酒飲むと本当にトイレ近くなる。
不思議。
るんるんとトイレの方に歩いて行く後ろ姿を見送って、目の前の問題児に視線を戻す。
こっちを見てたらしいあゆみはきゃっと頬に手を当ててもじもじと恥じらいだした。
そこかよ、恥じらいどころは。
エイジ達に呼ばれて席を立ったキャプテンが居なくなると、このテーブルには俺とあゆみの二人だけ。
「何がしたいの、あゆみは。」
「ペンギンの彼女になりたい!」
もうやだ。
何この子。
意味分かんない。
そんな意味分かんねぇことをけろっと当たり前のように口にするとこが、本当に誰かさんを思わせて嫌になる。
「言ったでしょ、俺は本気の子とは遊ばないって。」
「そんな事言われたって…好きは好きだし!」
今度は俺の真似か。
いつかキャプテンに告白すると言ったウイに思った気持ちが
別な方向から言葉となって返ってきた。
諦めろって言って、素っ気ない態度を取って
あゆみの件はあれで終わったと思ってた。
意外な程食らったダメージも、水鉄砲戦争とかその準備ではしゃいでたら薄らいで来てて
やっと本調子に戻って来たと思ってたらこれだ。
なんであんな治安悪いとこにあゆみが居た。
そしてなんで気付けばクルー達に混ざってる。
またしても慣れない心持ちに引っ張られそうになる自分を叱咤した。
「あのさ、はっきり言わねぇと分かんねぇなら言うけど。…似てんでしょ。」
「なにが?」
きょとんと首を傾げるあゆみは、俺が今から言おうとしてる言葉には皆目検討も付いてねぇ。
「ウイとあゆみ、似てんでしょって。頭おかしいとことか頭の中真っぴんくなとことか。」
んん?と視線を斜め上に向けて考え出すそんな仕草もどっかしらが重なる。
「代わりにしただけだから。面倒臭ぇ事になるなら本当に無理。」
揺れる睫毛と伏せられた目に罪悪感が生まれる。
そうしようと思ってやってても、やっぱ良い気はしねぇ。
でもこのままずるずる俺を想ってたら、あゆみは今以上に苦しむ。
俺は好きでやってるけど
こんなバカみてぇな報われない状況続けんのは、冗談抜きでキツい。
そんな想いを自分も誰かにさせてるとか思うと、居たたまれなさすぎる。
「さっきのも、何あれ。俺の事好きって言ったりウイ唆してみたり。」
迷惑だと思ってる事が伝わるように、それを表情に出す。
本当は少し嬉しかった。
ウイに自分が良い男だって熱弁してくれるあゆみが。
ぶっ飛んでるって分かってたけど
ちゃんと試したのかって言われたウイが、まじまじと人の股関を凝視しては考え込むあれは笑えた。
アホでしょ。
普通しないでしょ、処女の癖に。
「自分でも良く、分かんない。」
「は?」
もう1人のぶっ飛んでる女に、冷たい視線を向ける。
「ペンギンに好きになって貰いたい!ペンギンよりも、…あの隈男が良いって言われるのは何か嫌!」
…隈男。
すげぇな。
キャプテンを隈男なんて言う女いねぇぞ。
しどろもどろなあゆみの言葉はまだ続く。
「ウイがペンギンのこと好きになっちゃうのは嫌!けど、こんなに格好いいのにって。優しいのにって!解って貰えないのが悔しい。」
言ってる事矛盾だらけ過ぎて突っ込む気も起きない。
普通そういう事って、内に秘めて1人で悩むもんなんじゃなかろうか。
ウイもベポ辺りにはそうなんだろうか。
俺の前で見せないだけで。
ウイもそうなんだろうか。
やべぇ。
また無意識にあゆみにウイを重ねてた。
「別に頼んでねぇし。何言っても何しても、俺はウイが好きだしあゆみを好きになる事はないから。」
ウイは俺が良いヤツだって
きっと誰よりもあゆみよりも知ってる。
あゆみより長い時間を一緒に過ごして、一緒にバカやって騒いで。
色んな事があった。
それでもウイが選んだのは、俺じゃない。
「俺もあんまりこういうの言いたくねぇけど、…いい加減にしろ。」
トイレから戻ったウイがカウンターで何かを注文してて、こっちに戻ってくる前に席を立った。
ちらりと視線を向けたあゆみは流石にこの世の終わりかってくらいへこんでるのが見てとれて
その顔に体の奥に何かがのし掛かるような重苦しさを感じる。
これで良い。
まだおまえは間に合うだろ。
こっちになんて来るな。
「…いい加減にしろ。」
これはもう、本格的に終わったな。
鬱陶しくもなるか。
振られても振られても、まだ好きだって纏わりつく女。
好きな人に余計なこと言ったり、訳分かんないこと口走ったり。
自分で自分が本当に意味分かんない。
「あれ?皆移動しちゃったの?女子会じゃん!」
戻って来たウイの手には透明な液体の入ったピッチャー。
それをテーブルに置いて、さっき持ってきたフルーツタルトにフォークを刺してる。
フルーツを乗せて焼いたタイプのそれ。
美味しいよね。
そしてそれを頬張ってはとろんとした顔で惚けるウイはやっぱり可愛い。
どこが似てるんだ。
全然似てないじゃん。
「どしたの?あゆみちゃんもやっぱ食べたい?」
「…どうすればペンギン、好きになってくれるかな。」
何言ってんだろ。
面倒臭いって、いい加減にしろって言われたばっかりなのに。
ウイだってこんな事急に言われたら、困るって分かってるのに。
「良いな、ウイは。ペンギンにあんなに想われてて。」
「どしたの急に。……あゆみちゃん場所移動しよ!」
ね?と笑顔で腕を引くその華奢な体に凭れかかった。
中身入れ替わりたい。
この体と。
そしたらペンギンに愛して貰えるのに。
どこに向かってるのかも分からずにウイに体重を預けて足を進めれば、連れて来られたのは店の中でも端の方の小さなテーブル席。
1人掛けのソファーが2つ並んでる、そんな席。
「待っててあゆみちゃん!本格的に女子会しよう女子会!!」
そう言って私をソファーに残したウイが、さっきの席から2つのグラスとピッチャー、そしてウイの大事なケーキの乗った皿をいそいそと運んで来た。
「良し!ここなら皆に聞こえない!語ろうぜ!ガールズトーク!!」
もう1つのソファーに腰かけて親指を突き出して笑うウイは、やっぱり自然体で飾らなくて裏表がない。
男の前でだけ、ペンギンとか隈男の前でだけ可愛い嫌な女だったら
嫌いにもなれたのに。
まぁ飲みなさいな!と無邪気な顔でピッチャーの中身をグラスに注ぐウイに
本気で成り代わりたいと思った。
「あゆみちゃんは、…ペンギンのこと好きなんだよね?」
「好きだよ!大好き!!死にそうなくらい好き!!…ウイになりたい。本当に。」
もう止まらない。
ここなら聞こえないって思ったら、ウイが聞いてくれるって思ったら
はち切れそうなその想いは簡単に溢れだした。
好きな人の好きな人。
そんな相手にこんなこと言うなんて、惨めでしかない。
でも、ペンギンに愛されるヒントを知ってるのはウイしか居ない。
「ペンギン、本当にいい人なんだよ?王子様。なんでウイは分かんないかな。…分かってもヤだけど。」
「うーん、なんて言ったら…良いのかな。でも、ペンギンが王子様ってのは納得できない!王子様ってもっと爽やかーな感じでしょ!」
同じピッチャーの中身を分け合ってるウイがそれをぐいっと煽るから、私もそれに口を付けた。
…水かと思ったら焼酎かよ。
何て事ない顔でそれを煽るこの子は、やっぱり相当お酒が強い。
「爽やかじゃん!もう!聞いてよ!!」
ウイに話してしまった。
ペンギンが元カレを格好良く追い払ってくれた話とか、飲んだくれてた私の愚痴を聞いてくれた話。
ただ優しいだけじゃなく、厳しくても本質的に優しいってことだったり
自分は良いヤツ!って顔しないとこ、見てないようで凄く周りを見てる、面倒見が良いとこ。
ペンギンの良い所を話し出したらもうきりがない。
「ウイはバカだよ!あんな良い男いないんだから!勿体ない!バーカバーカ!ウイのバーカ!」
「…知ってる、よ?」
伏せた目のせいで、その長い睫毛に目が奪われた。
長っ!!
睫毛長っ!!
すっぴんで、ビューラーもマスカラもしてないから気付かなかったけど
とんでもなく睫毛が長い。
通りでおめめがくりんとした印象な訳だ。
「私も助けて貰ったから。ペンギンが本当は優しいのも、それを何てことなく出来ちゃうのも、ちゃんと知ってる。」
「じゃあなんで!!あの隈男にあんな芸当出来る筈ない!」
睫毛に気をとられて危うく本題を忘れるとこだった。
えへへ、と笑うウイはなんだかもじもじと照れ臭そうで
そんな仕草もいちいち可愛いなって思った。