12-25
「飲み過ぎ?」
「ち…っがう!」
声が上擦る。
嫌々送ってくれてる筈なのに、着いてくる私の足音が止まったことに気付いてくれた。
「じゃあなに。」
なんで素っ気ないのに優しいの。
ウイの前で良い格好したいだけなら、別れてすぐ置いて帰ってくれたら良かったのに。
「…好きぃっ…!!わた…し、ペンギンの事好、きだもん!」
通り雨が、本降りに変わる。
泣くのはズルい。
泣いて済むなら世界中の人が気に食わない事を前にして泣くだろう。
「何回言えば分かんの、しつこい。」
「しつこ、くっ…なけれ、ば良い?」
ポケットに手を突っ込んで呆れた顔でこっちを見てるペンギンを、涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げた。
「しつこく、しなけ…っく、れば!…好きで居ても良い?」
ポーカーフェイスな筈のその目が、少しだけ見開いた。
そのまま固まったようにペンギンは何も言わない。
「私が勝手…っに!好きで居る…のっ!ペンギン…にそれ、とやかく言われ…っく、る筋合い、ない…!」
「…うざい。…勝手にしろ。」
くるりと背を向けたペンギンが再び歩き出して
離れて行く背中を見ていられなくて
次々に溢れるのに、それでも目に溜まっては視界を滲ませる涙がもう悲しくて
ぎゅっと目を瞑って込み上げてくる嗚咽を噛み殺した。
「あー…もー。マジで面倒臭い。」
大分先で聞こえた心底鬱陶しそうな大好きな人の声。
本当に面倒臭い女だ。
自分のしつこさに自分で引く。
好きな人に好きになって貰いたい気持ちが
好きな人に迷惑をかけてる。
このままじゃダメだ。
好きになって貰えなくても、こんな最後は嫌すぎる。
嗚咽と鼻水が止まらない自分を落ち着けようと
顔を覆っていた手を握りしめた。
出会ってくれてありがとうって
いっぱい迷惑かけてごめんねって
元気でねって、笑顔で別れたい。
今更だけど、最後くらい良い女ぶった事をしたい。
「…降参。ごめん、酷ぇ事言って。」
止めようと必死になって堪えてた涙がまた溢れ出す。
私を置いてけぼりにして行ってしまった筈の声がすぐ傍から聞こえて、目を覆っていた指の隙間からは白いつなぎが見えた。
「バ…カァっ!ペンギンのバカバっ、カぁっ!!」
「ごめんって。…だってあゆみしつこいんだもん。」
俺びっくりしちゃったとおどけるその口調は
楽しかったあの日を過ごしたいつものペンギンだった。
「ウイの変わりにしようとしたのはほんと。都合良く使った。ほんとごめん。」
ぶんぶん首を振って否定する。
謝らないで。
それでも私は嬉しかった。
「でも楽しかった。良いヤツだなって。本当に、顔もスタイルも体の相性も、マジでタイプ。」
「え!」
我ながら現金だ。
嬉しすぎる言葉にばっと顔を上げれば、すぐ目の前に立つペンギンが私のぐしゃぐしゃの顔を見て呆れたように笑った。
「どうでも良くねぇから、こんな望みもねぇ最低男の事なんてさっさと忘れて…あゆみの幸せ掴みなよって思った。」
「忘れ、られる訳ない…っじゃん!ペンギン以上に好きになれる人なん、て…この世にいない!」
それはどうもと苦笑いするその顔が、どこか弱々しく見えた。
こんなペンギン初めて見た気がする。
「しんどいから、俺も。叶わねぇって分かってても、どっかで何か起こってどうにかなるかもって。有り得ねぇ期待にしがみついてんの分かってっから。」
「おんな、じ!私も…諦め、らんない!」
いつも弱いとこなんて微塵も見せないペンギンもやっぱり同じ人なんだ。
つらい事があれば悲しいし
そんな素振り見せなくたって傷付いてる。
「しんどいから、絶対つれぇから、あゆみはこうなんな。」
やっぱりペンギンは誰よりも優しい。
多分、ウイよりも優しい。
優しさの見返りを求めない。
優しくされたって思われる事を放棄してでも、相手の為を思って行動してる。
「だからごめん。その涙は、俺拭いてやれねぇ。」
真剣な顔。
こんな顔も初めて見た。
して欲しい事をしないって言われたのに、その後ろに隠れてる優しさが大きすぎて何とも言えない気分になる。
「もし、もしだ、よ?ウイを振っ切れたら、会いに来てくれる?」
「それが叶わねぇ期待だって言ってんの。」
ほら行くぞ、と歩き出すペンギンを追う足が
今度はちゃんと動いた。
あゆみのこと好きになれたら良かったのにねって、最後にくれたその言葉を
私はきっと、一生忘れない。
「ウイにこれだけ了承させろ。後は俺がなんとかする。」
「大丈夫っすよキャプテン!ウイさん二日酔いでグロッキーっすもん!」
「そっすよ!薬で釣れば簡単に釣れる!!」
あっちのチームの連中がウイを呼びに行ってる。
その間こっちはこっちで罰ゲーム回避に向けた談合中だ。
昨日聞いた罰ゲームの候補とその選び方。
そのどれかを執行させられると思うとぞっとする。
要はルールに乗っ取った上でそれを回避すれば良い。
あいつらが昨日それで俺らを負かしたように。
こっちの船でそれを決める事にしたのは第一段階。
結構な量を飲んでたウイが二日酔いで動けなければ、こっちに来れなければ
今日決めると言ったあいつの約束違反を盾に罰ゲームを無効化する。
でもウイは、這ってでも来る。
そういうヤツだ。
「ちょっとベポー、揺らさないでー。」
「背中でゲロったらぶっ殺す。」
ベポにおぶられてやって来たウイの顔色は青白い。
眉間に寄った皺の原因は頭痛か吐き気か。
這う事もせずに楽して来やがった。
「もう私具合悪いから決めるとこまで皆でやってー。」
「了解っす!」
死にそうなウイがソファーにぐったりと横になると、他のやつらはいそいそと壁に模造紙を張り付ける。
縦線と、その下に連なる忌々しい罰ゲームタイトル。
“全身タイツ花束仁王立ち”
“ふりふりエプロンおたまリレー”
“海軍支部長のヅラむしり取り追いかけっこ”
“女装で外壁モデルウォーク”
“梅干し詰め込み睨めっこトーナメント”
“真顔で調査!おっさん100人のパンツの色”
本気でこれを俺に、俺らにさせようとしてんのかこいつらは。
主にあいつだ。
あの死にそうな顔で呼び寄せたベポを座らせては膝枕をさせているあいつ。
「ウイ提案がある。」
「…却下。」
こっちに顔を向ける事もなくそう言い放つその態度に、米神に浮かぶ青筋を納めようと深呼吸する。
「俺らはこれ、すげぇやりたくねぇ。」
「そういうの選んだんだもん。当たり前じゃん。」
つーんとでも言わんばかりの聞き入れなさ。
良くもまぁこんだけふざけた罰ゲームを考えついたと思う。
これはもう、称賛に値する特技だろう。
「あみだで決めんだろ。決まった罰はちゃんとさせる。」
「当たり前じゃん。させる、じゃなくローもするんだよ。」
ムカつくが何も言えねぇ。
なんであんな猿芝居に騙された、昨日の俺。
いや、2つ目までは完全に読みきって防げた。
敗因は流石にあれで奇襲は終わりと思った自分の読みの甘さだ。
最後のあのバケツを成功させる為の布石の布石。
俺も自業自得か。
「どうせ決めんならこっちとしても救いの手があった方がおもしれぇだろ。」
「全然面白くない。」
抑えろ、俺。
ここでキレたら確実にあの中のどれかが執行される。
「一本で良い。1/7だ。罰の免除を追加しねぇか?」
「やだよ。それになったらつまんないじゃん。」
やっぱおまえはそういうヤツだよな。
よく知ってる。
だが、これならどうだ。
「自分で飲み過ぎたバカには薬はやらねぇが、それを飲むなら今回だけ薬を分けてやっても良い。」
なぬ!とでも言いたげにウイの表情が動いた。
おまえの船の二日酔い薬が在庫切れだってことは、既に調査済みだ。
揺らいだ心に畳み掛けるように、ウイより年下のクルー達に目配せを送る。
「ウイさん!お願いっす!救いのないアミダくじとか!!俺泣きそうっす!」
「ハズレればちゃんとやりますから!!少しだけでも希望が欲しいんすよ!!」
臨終間際の病人でも囲むように、ウイの手を握っては懇願する畳み掛け部隊。
そこまでしろとは言ってねぇ。
勝手にウイに触るなと腹が立つ。
でも、背に腹は変えられねぇ。
これで罰ゲームを免れられるなら安いもんだ。
「えー…一本だけだよ?もー。しょうがないなー。」
ふらふらと立ち上がったウイが、模造紙に一本マジックで線を追加する。
その下には“免除”の文字。
勝った。
これで罰ゲームは免除。
悔しがるウイの顔が思い浮かんで、つり上がりそうになる口元に力を込めた。
まだ何かを書いているウイの手元を見れば
ヅラむしり取り鬼ごっこという、一番まだマシだったそれが消され
“男限定!一晩5千ベリー〜俺を買って下さい〜
物乞ごっこ二時間”
一番最悪な罰ゲームが出現していた。
「約束だよ!薬ちょうだい!」
「あぁ、ありがとな。これで大分気が楽になった。」
薬と水を渡せば、それを飲んでベポの膝枕へと戻って行くウイ。
「俺らが一本選んで、そのあとおまえらが横線を引く。その流れで良いか。」
「そうだね。そっちのがズルできない。」
一本の線の上に印をつけると、それが見えないように上の部分を折り畳む。
「スリルが味わいてぇ。横線引き終わったら紙かなんかで覆っとけ。」
「了解っす!」
がやがやと向こうのチームが模造紙に群がっては線を引きまくっている。
「キャプテン、本当にこれでセーフなんすか?」
「あぁ。勝った。もう免除は決まりだ。」
信じられなさそうな顔をしてるクルー達に鼻を鳴らした。
「じゃあ良いですかー?先にロー達が選んだ方をお披露目!」
少しずつ復活して来たらしいウイの指示で、折り曲げられた上部が開かれる。
そろそろか。
聞こえねぇように抑えた声で、使いなれた三本指を翻した。
「シャンブルズ。」
「じゃあ続いて下もお披露目するよー!…って、え?」
驚いたのはウイだけじゃねぇ。
敵も味方も問わず、この場にいる全員がそのわざとらしすぎるあみだくじを唖然と見つめている。
「なんだ。随分親切なくじだな。罰ゲームは免除ってことで、解散だ。」
「ちょっと!なんで!おかしい!これはおかしすぎる!!」
口をパクパクさせながら必死の形相で掴みかかってくるウイに吹き出しそうになる。
それもその筈。
俺らが選んだ位置から、最短距離かつシンプルに二本だけ横線が引かれたあみだくじ。
その先の“免除”の文字。
道を開けるように、他の棒に密集する横棒。
「あんなわっかりやすい横線引く訳ないでしょ!ねぇ!」
「引きやした!もっと満遍なく!!」
「ほら見ろ!ズルしただろ!絶対そうだ!酷い最低!!」
昨日のおまえらはどうなんだ。
きゃんきゃん騒ぐポメラニアンのようなウイにドヤ顔をお見舞いしてやった。
「は!?…もしかして!シャンブったの!?こんなんも出来るの!?」
「俺らが選んだ棒の先が“免除”に繋がってた。あみだくじのルール上、それで間違いねぇよな。」
引き分け、それで良いだろ。