12-26
水鉄砲戦争から二日後。
二日酔いは収まったけど、怒りが収まらない。
ローに面白罰ゲームを執行するチャンスだったのに。
こんな事なら罰決定までの嫌そうな顔を眺めて楽しみたい欲求を抑えてでも、一つに決めておけば良かった。
『おまえらも中々アホな事すんだな。』
「水鉄砲手に入らなければこの前の椅子取りゲームしようと思ってたの!」
まだ時間があるならあれもしようかな。
でもどうやってローを負かそう。
勝てる策がないのに挑めば返り討ちに合う。
身体能力じゃローどころか他の誰にも敵わない。
「でもね!凄かったんだよ!!格好良かった!本当にピンポイントで狙い射ちだったの!鼻血出さなきゃ勝てなかったー。」
『…俺だって銃くれぇ扱える。』
なぜ張り合う。
エースは炎出せるんだから銃とか必要ないだろ。
いや、ローもルームの中だったら撃ってきた相手の弾タクトでお返しすれば良いから必要ないか。
それにしても。
あー腹立つ。
思い出したらまた腹立ってきた。
昨日私が船に着いた時から、きっとリビングにはルームが張られてた。
だから気付けなかった。
あんな嫌そうな顔しながら、腹の底ではズルする事を企んでいたとは。
シャンブルズのやり方で分かる。
ローならきっとパッと計算して自然に選んだ棒を免除に届かせる事が出来た筈。
あんな分かりやすい事するなんて
運じゃなく意図的に免除にしたって言いたかっただけじゃん。
戦力が劣る私たちに戦略で負けた事、絶対根に持ってる。
あれは絶対俺も負けてないって自己主張。
プランAの仕返し。
あの負けず嫌いが!!
『俺の方が強い。』
「…なんで張り合うの。エースも格好良…
『たんまたんま!』
なんだよ。
エースも格好良いよって、言ってあげようと思ったらそれは慌てた声で遮られた。
『今は良い。合流した時まで取っといて。』
「は?」
何言ってんだエース。
『格好良いって、直接聞きてぇ。』
「…気が向いたらね。」
良いって言ってないのに、あからさまにエースのテンションが上がった。
そんな嬉しいもんか?
男の子の拘りって、本当たまに意味分かんない。
エースはまだアラバスタ周辺の調査に時間がかかるらしくて
それまでの間、皆と楽しく過ごさせて貰った。
バンジーの川の近くに自然公園があるって聞いて、皆でお弁当持ってピクニックに行ったり
大人数で人狼やったり
麻雀もした!
ただのんびりローの部屋で一緒に本を読んだり
ペンギンと水鉄砲で洗濯物を干すシャチに放水しては洗濯物まで濡らして怒られたり
ベポと久しぶりに飛び込みシャンプーしてたら、皆が混ざってきて海中息止め選手権が開催されたり
廃墟化してた古いお寺で肝試ししたり
楽しかったな。
こんなに長く一緒に居られるのは久しぶりで、慣れ親しんだメンツ以外の他の皆とも凄く仲良くなれた。
アウェイだったらどうしようって気にしてたのが今じゃ嘘みたい。
ローを慕って集った仲間。
それが皆楽しくていい人。
ほらね。私の好きな人、やっぱり凄いでしょ!
慕われるだけの魅力がローにはある。
ローを慕う人に悪い人なんていない。
ハートの海賊団に居候中、2日に1回は必ず掛かってきていたでんでんむし。
エースは快調なペースで目星を付けた島の調査を終えていってた。
その残りの数も、3、2、と減っていって残す所はあと一つ。
そろそろこっち向かっておけって言われて、いけないと思いつつダメな思考が頭を過る。
ローと、皆と離れたくない。
ずっと一緒にいたい。
ぶんぶんと首を振ってその考えを打ち消して、両手で頬をパンと叩いた。
今はサッチの仇討ち。
ローだって今はダメだって言ってた。
それとは別に、
心の片隅に感じる正反対のいけない感情。
エースに会えてないのが少し寂しい。
これ、ペンギンに妬き餅以上にアカンやつ。
エースには絶対言えない。
言ったら最後、凄い勘違いした上にぬか喜びする姿が目に浮かぶ。
いつも一緒に居たからだ。
白ひげ海賊団に入った後も、何かと理由を付けてはエースは私の行く先々に着いてきてくれてた。
もうひと月になろうとしてる。
こんなに長い間エースの顔見てないのなんて、出会ってから初めてで。
元気にしてるかな。
いつも見てた顔が見えなくて、そんな毎日に違和感を感じてるだけ。
きっとそうだ。
「じゃあ皆さん!お世話になりました!」
「「「「「「っした!」」」」」」
威勢の良い返事に頬が緩む。
こんな賑やかだと、船に戻ったら寂しくなっちゃうな。
「ウイ。」
呼ばれた声に振り返れば、そこには大好きなローさん。
また暫く会えなくなっちゃうけど、でも楽しかった。
ローと恋人同士になってる予定だったけど、予定は未定に逆戻りだけど
楽しいことも腹立つこともあったけど
今回会えて良かった。
「シャボンディに向かう。」
「新世界、入るの?」
まずは境目の実力を見定めるって話すローは、いつか罰ゲームをズルで回避した時みたいなニヒルな表情とかじゃなく
私の告白を遮った時と同じような、真剣な顔をしてた。
「無茶、しないでね。それが一番やだよ。」
「分かってる。…おまえそれ…」
ローの視線が私の右側に縫い付けられるように止まった。
伸ばされた手が触れるのは、あの日からずっと私の右耳を彩っているピアス。
「明かりのせいか?…おまえも気をつけろ。」
「ん?了解!」
なんか変なのかな。
ローの手が離れていったあと、それに触れてみるけど何の違和感もない。
なんだ?
別れがたいけどそう言ってたらきりがない。
皆にまたねって挨拶して、フリーウィングを出航させた。
見えなくなるまで手を振れば、ローとペンギン以外が手を振り返してくれる。
なんだかいつかもこんなことあったなって、可笑しくなった。
さて。
たまには仕事でもするか!
発酵中の物はタイミングを逃せば売り物にならなくなる。
島に滞在中、でき上がったシードルの酵母を失活させる作業だけはしてたけど
「あっちゃー。凄い量。」
食品庫に所狭しと並んだラベルの貼られてないシードル。
これ全部貼るのか、カオス。
その前にコーヒーでも淹れようと思ってキッチンに戻れば、聞こえてきたのはでんでんむしの着信音。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
誰だろうと思って音の元を覗けば、ごくりと自分が息を飲んだのを感じた。
ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる
ピンクのモフモフを携えた、つり上がったサングラス。
こんな見た目の人を、私は一人しか知らない。
「お待たせいたしました。ブラーヴェでございます。」
『他人行儀な挨拶は要らねェと言っただろ。』
その声は、予想通りの相手。
ドンキホーテ・ドフラミンゴだった。
「そうでした。いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます。」
『まァ良い。…今どこに居る。』
どくり、と心臓が跳ねた。
あの後、あの最初の会合の後から
この人からの連絡は一切なかった。
配送に関しても問題報告も全くなくて、普通のお客さんと変わらない。
何か情報が欲しいと思っていたけど、そんなに上手くいかないかって諦めてた程だ。
「今は、前半の海に居ます。」
『そっちに何か良いモンでも転がってンのか?』
偶然、なの?
ロー達と離れてすぐかかってきたでんでんむし。
ベポはドフラミンゴはローに接触したがってるって言ってた。
「こちらにも店舗はありますので。それにしてもどうかされましたか?」
『あぁ、そうだった。以前話してた酒、大体の時期に目処が着いたンで頼もうと思ってな。』
以外とあっさり引いてくれた事にほっとしつつも
本当に安心して良いのか、不安が消えない。
「物によっては期間が必要ですが、それでも構いませんか?」
『こっちもすぐ整うモンじゃねぇ。半年、あれば十分だろう?』
それに肯定の返事を返せば、酒への要望をつらつらと述べるドフラミンゴ。
度数高め、癖のあるもの、巨体らしくて量が必要。
四皇の中で、ドフラミンゴが取引してる可能性のある人は
ビッグマムかカイドウ。
どっちも巨体。
「パッケージはどうされますか?瓶や、桐箱に入れるとか。」
『任せる。違いが分かる男じゃねぇが…特別な取引の記念に贈るモンだ。ラベルには…スマイルとでも入れてくれ。』
「承りました。」
確定だ。
…男って言った。
ドフラミンゴの取引相手はカイドウ。
半年後、スマイル。
これは何かに関わる大事なワードの可能性がある。
切ったでんでんむしをハートの海賊団に繋ごうとして、ダイヤルを押す指が止まる。
私、見張られてない?
タイミング良すぎだ。
電波だって盗聴されてないとは限らない。
今はまだ、やめておこう。
そっと受話器を元に戻した。
島の南西の方角に船を停めておけって
調べ終わったら合流するからって言われて待ってるけど
来ない。
昨日の朝最後の島に着いたって連絡があって、昨日の夜に指定された待機場所に着いて、一晩経った。
エースも来なければ何の連絡もない。
何やってんだろ。
ドラム王国の時は2日待ってろって言われたけど、今回はどうしたら良いんだ?
特に何も言われてないし、島に直進で進んでいけば行き違いになる事もない筈。
私も上陸しちゃおうかな。
あんまり目立たないようにすれば例え治安の悪い島だったとしても即変な人に目をつけられるとかはない、と思う。
エースも同じ島に居る訳だし
いいや。
上陸してしまえ!
船の進行を妨げていた錨を巻き取った。
でんでんむしじゃ足りない。
エースに話したい事が沢山ある。
少しずつ島の様子が視認できるようになってくると、ここはあんまり栄えた島じゃないんだろうなって思った。
機械的に区画整備されている訳でもなければ、建物も木造のものばかり。
最近こういう島に上陸してなかったからなんだかドキドキする。
こういうとこ、特産品とか結構面白い物売ってるんだよな。
島に着いたらエースを探さなきゃいけないのに
頭のなかでは観光する事ばっかり考えてる。
島が近付いてくるにつれて上陸したいって逸る気持ちが加速して
そわそわ落ち着かない。
旅行に来てるんじゃないって分かってるけど、エースを探しながら少し見て回るだけだもん。
自分で自分に言い訳をしながら、港に着いたフリーウィングの錨を降ろした。
カァー、カァー
「珍しいね、こんな時間に。いつもはもっと早いじゃない。」
時刻はもうどちらかと言えばお昼に近い。
カモメ新聞は朝早くに届く事が多いのに。
上陸しようとしてる最中に届いたそれを、邪魔をするなと普段より少しむっとしながら受け取った。
帰ってきてからでいっか。
早く島を見て回りたい。
購入したカモメ新聞をリビングのソファーにぽいっと放り投げる。
よし!
いくか!!
早く上陸したいって、そればっかり考えて
私は新聞の見出しすら確認しなかったんだ。