12-27


島に上陸すると、アホな私でもその異変にすぐ気が付いた。


路上に踞る怪我人の多さ、怪我をしてない人達も
その表情は揃いも揃って硬い。


何かが焦げるような臭いと、おが屑のような臭い。


「あの、何か…あったんですか?」
「何もくそもねぇよ…、こっちが聞きてぇ。」


街行く人に話を聞けば、絶望したかのような表情で頭を抱える人々。


「街は吹っ飛ばされるは燃えるは、…大勢死んだ。行方の知れねぇやつも居る。ったく。なんでこんなとこで…。」
「…これからどうすりゃ良いんだ。怪我人だって満足に治療してやれねぇし。」


嫌な予感が、胸を掠める。
決して当たって欲しくない予感。

どこか冷静に街の人達の話を聞きながら、走ってもいないのに
ドクンドクンとBGMのように自分の鼓動がやたらと大きく聞こえた。


「悪夢だこれは…。天変地異だぜあれは。ったく化け物共が…!」
「太陽と闇がぶつかったんだ!ひと堪りもねぇよ…!」


少しずつ
完成して欲しくないパズルのピースが埋まっていく。


ここで起こった事はなんとなく…分かった。


ティーチが居たんだ。
エースとティーチがぶつかった。


…闇?


エースのメラメラの実が太陽と比喩される事はなんとなく分かる。


「闇って…?」
「ブラックホール…!家も、人も、木も家畜も岩も!全部を飲み込んでいった。吐き出されたそれはもう見る影もねぇよ。」


ティーチ…?
それとも、ティーチの仲間に悪魔の実の能力者が…?


そんな摩訶不思議な能力、悪魔の実以外考えられない。
でもティーチは白ひげ海賊団に居る時、能力者じゃなかった。









…違うでしょ。
今はそんな事どうでも良い。


嫌な事から逃げようとする思考を叱咤する。




信じてない訳じゃない。




エースは強い。




でも




連絡もなければ、エースも戻って来ない。




「…あの、背の高い男の人を見ませんでしたか?黒髪で、顔にそばかすがあって、背中に…大きな白ひげの海賊旗の刺青をしてる人。」




どうか無事で居て。




そんな願いを込めて、絞り出すように声を紡いだ。




走った。

無我夢中で。








『あ?…嬢ちゃん新聞見てねぇのか?白ひげんとこの隊長なら…。』







新聞で報道されるくらいなら、きっとそれは嘘じゃない。

分かってるけど、そんな筈ないって
どこか受け入れられなくて。







「はぁっ、はぁ…」








街の人達に聞いた、エースとティーチの決闘の跡地。









そこは所々が焦げた瓦礫の山。







手の中で握り締められてくしゃくしゃになった新聞の文字を否定したい。






なにそんなデマ真に受けてるんだって
瓦礫の山からひょっこり顔を出して笑ってくれるって






エースは捕まったりしないって






「エース!!…エースどこ!?」






嘘だって言ってよ。







ねぇ、エース…






「エース!!…返事、してよ…!」





瓦礫の山を掻き分けて、そこにエースが居るんじゃないかって
必死で岩や柱をどけて回った。





ささくれた木が刺さったり
爪が剥がれて血が滲む。





痛みなんて、感じなかった。




















昼前に上陸した筈だったのに、気付けば辺りは夕焼けでオレンジ色に染まってて


汗と血で滲んだ手の感覚は、もう何もない。



いつの間にか風で飛んで行った新聞が、木の根元でかさかさと音を立ててる。





“白ひげ海賊団2番隊隊長“火拳のエース”大監獄「インペルダウン」へ幽閉”





やめて。
そんな文字、見せないで。





見たくない現実を突き付けてくるそれに、ぎりっと奥歯を噛み締めた。






その木の根元に、何かある。





そこに駆け寄ってみれば、それは見覚えのあるリュック。






開けてみれば、中には詰めてあげた時には綺麗に収まって居た筈の地図やエターナルログポースがぐちゃぐちゃに詰められていた。

エースのリュックだ。















もう、認めるしかないのかな。






ぎゅっとそれを抱き締めて、鼻を啜る。









汗じゃない水が頬を伝っていった。




ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる




誰…




ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる




着信を知らせるでんでんむしが知らせる相手は、マルコだ。



怒られるかな。
勝手なことして、エースが捕まっちゃって


ほら見ろって
おまえのせいだって


怒鳴られるかな。




「もし、もし。」
『ウイ!?ウイが出たよい!!』




ガヤガヤとマルコ以外の声が後ろで聞こえる。




『無事だったんだな!大丈夫かよい!?』




なんで…




なんで怒らないの。




『心配したんだよい!新聞見て、おまえまで何かあったんじゃないかって!』




こんなに語尾を荒立てるような喋り方するマルコ、見たことない。




『こんな夜中まで…何やってたんだよい!…ウイ?』
「ごめ…ごめんなさいぃ…っ!」



ダメだ。
あんなに泣いたのに。



エースのリュックが涙でびしょびしょになるくらい
誰もいないのを良いことに声を上げてわんわん泣いてきたのに。



『…泣くんじゃないよい、って…無理か。大変だったな。』
「っく…、ごめ、なさ…私が…!ぜん、ぶ!わたっしが悪い…!」



どんなに謝っても、エースは帰ってこない。
インペルダウン。


私だって知ってる。
脱出不可能。
重罪人達が幽閉されてる、海軍本部の大監獄。



もう癖になってしまったかのようにリュックを抱き締める。
ほんの微かに、エースの匂いがまだ残ってる気がした。



『…ウイ。またベソかいてんのか。』
「パパ…?」



低い声。
優しい声。



またじわりと涙が溢れて来る。



『心配するな。エースは取り返す。』
「だって…!インペルダウンって…!!」
『俺らを誰だと思ってる。』



パパの威厳のある声。
その絶対的な威厳は、ずっと落ち着かなかった心を少しだけ安心させてくれた。



『俺の息子に手を出したらどうなるか…海軍のバカ共に教えてやらねぇとな。』
「…私達が勝手にした事だよ。」



パパはやめろって言った。
今回は特例だって、追うなって、そう言ったのに。



『いや俺は追えと言ったぞ。とんだ苦労かけたな、おまえにも。』
「嘘!!…ちゃんと!怒ってよ!!勝手な事した癖にって!!」



なんで誰も…私を怒らないの。





「パパの言うことも聞かないで!勝手に飛び出して!!エースが捕まっちゃって!!」



自分が悪いって分かってるからこそ、責めてくれないのは逆につらい。



「自業自得だって!エースが捕まったのは私のせいだって!!なんで怒ってくれないの…!」
『邪々馬の次は自暴自棄か…多感な年頃だな。おまえ以外に娘はいねぇから…こういう時どうしたら良いか困るな、グララララ!』



野郎だったらぶん殴って放っておくんだがって、こんな状況なのにパパは笑った。

なんで笑えるの。
私のせいなのに、笑い事じゃないのに。



『最初に言っとく。ウイ、これはおまえのせいじゃねぇ。』
「そんなことない!エースにレッドライン越えさせたのも!ティーチが居そうな場所の情報仕入れたのも…私だよ!!」
『やるじゃねぇか。有能な娘だ。』



違う。
違うんだよパパ。



「エースがティーチを探して回ってる時、私友達と…前に一緒に旅してた人と…暢気に遊んでた!エース一人に任せて…。」



私が後ろめたい本当の理由はこれだ。

一緒にサッチの仇を討つって飛び出して、エースを巻き込んで、私は自分だけ安全な場所で能々と遊び歩いてた。

エースに全部押し付けて…



『おまえが居たら何か出来たか?ウイ。』
「…っ!でも!!私も捕まるべきだった…!何も出来なかったかもしれないけど!!私だけ何ともないなんて狡い!」



勝手に飛び出しても、エースとティーチが鉢合わす手筈を整えてしまったとしても
精一杯やってダメだったならきっとここまで後ろめたくなかった。

私は出来る事をしなかった。



『おまえまで捕まってたら…エースを助けた後2、3発ぶん殴ってやらなきゃいけねぇとこだったな、グララララ!』



だからなんでパパは笑えるの。
海軍本部だよ?
インペルダウンだよ?

助けるって、本気で言ってるの?



『エースは大事なうちの一人娘を守った。やるじゃねぇか、そこは褒めてやらねぇとな。』
「大事にして貰える資格なんて…私にはもうない!!」



寧ろ罵られて罵倒されるべきなのに。



『それが家族だ。人間一つや二つ、いやもっとだな…失敗ぐらいする。それがなんだ?誰もおまえを責めやしねぇ。』



優しさって痛いんだって、そう思った。



『もう十分過ぎる程自分を責めて反省してるやつを叱ってどうする。次に生かせ、おまえはまだ若い。』



私は家族っていうのを、分かってなかったのかもしれない。
父親っていう存在がどんなものなのか、きっとちゃんと分かってなかった。


昔父様に叱られた時、私は怒ってる父様が怖くて
母様が父様に酷い目に合わされるのが怖くて
父様の気に障る事はしないようにしようって思った。


外に出るのも、怪我をするのも、本を読むのも
どれも自分が本当に悪かったかなんてちっとも考えなかった。


ただ怒られたくなくて、父様を怒らせたくなくて
言われた通りにしようってそれだけ考えてた。



父様に、自分の考えを反省を
尊重された事なんて一度だってなかった。



『過ぎた事を今更とやかく言っても何も変わらねぇぞ。こっちはエース救出の為に隊を組む。おまえはその間どこかで待ってろ。』
「…嫌!!私も何かしたい!」



ただ安全な所で待ってるなんて嫌だ。
私も何かしたい。

戦えなくても、エースを取り返す手伝いをしたい。



『グララララ!学ばねぇな、ウイ。俺の言うこと聞いとけば良かったって反省してたんじゃねぇのか。』
「出来る事を精一杯やらなかった事に反省してるの!」



パパの言うこと聞かなかったのも悪かったってちゃんと思ってる。

でもこれは、これだけは
自分で蒔いた種は自分で刈り取りたい。

私一人じゃ取り返せなくても、その為に何かをしたい。



『看護師達も置いていく。女は戦場に連れて行かねぇ。聞き分けろ。』
「私は看護師じゃない!パパの娘だよ!私だって家族だよ!」



少しの間の後、パパはまたあの特殊な笑い声を響かせた。
血の気の多い娘だって、邪々馬にも程があるって、笑ってた。


結局、折れたようで折れないパパが私に出した指令は情報収集。
本隊の方には入れてくれないみたい。


バナロ島でのエースとティーチの決闘の話をしたら、ブラックホールのようなその能力はティーチに違いないだろうってパパが言ってた。

サッチは殺される前、悪魔の実を手に入れていたみたい。
ヤミヤミの実。

ティーチはきっと、その実を食べた。


物取りで家族を殺しただけに留まらずエースまで。


本気で、ティーチに殺意が沸いた。

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destruct at reality.