12-29



「闇は全てを引きずり込む。銃弾も刃も打撃も火も雷も…常人以上に引き込んじまう!!闇水!!」


今度は何だ。


見えない何かに手繰り寄せられるかのように、体が不自然な引力に引っ張られた。


これは…踏ん張ってどうにかなるモンじゃねぇな。


「それと引き換えに闇の引力は正確に能力者の”実体”を引き寄せ、そして俺の体は…どうだ?もう気付いたんじゃねぇか?エース。」


どごっ!!


「っ!!?」


ティーチに肩を掴まれた瞬間、血の巡りが悪くなるような
そんな感覚を覚えた。


迫り来る拳を炎と化して受け流す事も叶わぬまま、腹部を襲う衝撃。


「ゼハハハ!殴られるなんて久しぶりなんじゃねぇのかエース。俺がおまえを掴んだ瞬間、わかったはずだ。」


あぁ、分かったよ。
これは確かに少々やっかいだ。


吹っ飛ばされた瓦礫の山から起き上がれば、口の中は鉄の味。
中がどっか出血した。


混み上がってくる血を吐き捨ててティーチを睨み付ける。


「俺の闇が引きずり込むもう一つのものは悪魔の力だッ!!」
「捕まらなきゃいいんだろうが。」


ニヤニヤ気色悪ぃ笑みを浮かべるティーチが
出来るもんならやってみろとでも言うように再びその引力を発動させた。


「ぐっ…!!神火、不知火!!」


ティーチに触れる前であれば力は使える。
そしてこいつはそれを受け流せねえ。


二本の炎の矢。
それをできるだけ高温に、矢先を鋭利に調整して放った。


狙いを定めるまでもねぇ。
俺を手繰り寄せようとするこの引力は、図らずも他のもんまで引き寄せる。


「ぐぁっ!!」


ティーチの体を貫く二本の紅蓮の矢。
呻き声を上げる割に、引き寄せる力が弱まる事はねぇ。


ちっ…!
悪魔の実と関係なしに、中々耐えるじゃねぇか…!!


一か八かで、全身を炎に変えてその引力から逃れようと試みるものの
炎化はできるものの引力はそれをも引き込むらしい。


「諦めろエース、おまえは俺にゃ勝てねェ!!」
「がはぁッ!!?」


ご丁寧にさっきと全く同じ場所。
その拳は確実に2、3本あばらを砕いて尚のめり込んだ。




吹っ飛ばされはしたものの、二度も瓦礫に突っ込む真似はしねぇ。


空中で体勢を建て直し着地した足で踏ん張れば、みしりとあばらが軋んだ。


「”闇”の前では全て無力!!お前の強さをもってしてもな。しかし増々惜しい力だ…!!エース…!!俺の仲間になれ!!」
「…力に屈したら男に生まれた意味がねぇだろう。俺は決して人生に”くい”は残さねぇ…!!わかったかバカ!!」


負ける気なんて更々ねぇんだろうが、ノーダメージって訳でもねぇ。
あの場から全く動いてねぇ割に肩で息してるとこ見ると、こっちの攻撃は想定以上に効いている。


ちんたらやってても分が悪ぃな。




「大炎戒、炎帝!!」



これが俺の今の最大級の攻撃。
一撃で最上のダメージを負わせるなら、これがベスト。


頭上に集結する炎の球は、ちりちりと燃えながらその大きさと密度を高めていく。


直径十数メートルにも及ぶそれは、辺りに熱風と蜃気楼を生んだ。



「ゼハハハ!!太陽か!!闇か!!勝者は一人だ!!」
「俺は白ひげを王にする。」


負けられねぇ意地と共に炎帝をティーチへとぶつければ、同じくティーチの頭上に現れた闇がこちらへ放り投げられようとしていた。


ぶつかり合う太陽と闇。
自分達を中心にまき起こる突風。


太陽を飲み込みながらもその灼熱を受けて叫び声を上げるティーチ。


イケる。


このまま押しきろうとした瞬間、ぜぇぜぇと肩で息をするティーチが闇を捨てて突っ込んで来た。


「おめぇが警戒すべきは…この闇じゃなく、俺本体だッ!!」
「がっ…!!!」


三度目の拳。
それは何度も何度も同じ場所にめり込む。


掴まれた腕のせいで太陽が霧散していくのと、意識が途切れるのは
ほぼ同時だった。


最後に見た景色は何だっただろう。


船影一つ見えねぇ水平線。


あぁ、これは泣くだろうなって
また心配かけちまうって


そんな事を思いながら、薄れていく意識の中で海を見た。


見えなくても、その先に確かにいるだろうウイを思って
あの時確かに俺は海を見た。




眠れなかった。


自責の念で眠いのを我慢したとかじゃない。
シャワーを浴びても、傷の手当てをしても、眠たくならない。
指先に消毒液をかけた途端、急に痛覚が目を覚ましたように復活した。


ズキンズキンとまるでそこ自身が脈でも打っているように痛い。














エースの方がもっと痛がってる。
目隠しをされたまま歩かされるようなあの感覚。

どこに向かってるのか、目の前に何があるのかも分からないのに進んでいく不安。

私はわかる。
わかってあげられる。

今度は私がわかってあげたい。
エースが私にそうしてくれたように。


しんと静まり返った船内にはフリーウィングが波を掻き分ける音だけが微かに聞こえていた。














もう、会えないのかな。

ううん、パパも絶対助けるって言ってくれた。















でもどうやって…?

インペルダウンが実際にどんな所かなんて分からない。
だからこそその助けるって言葉に実感が沸かない。














私に出来る事…なんだろう。

本当に私は無力だ。
戦う力がないどころか足手まとい。

パパにはあんな事言ったけど、寧ろ私は何にもしない方が上手く事は運ぶんじゃないだろうか。
皆の足を引っ張らずに遠くで見てた方が、結果は良いんじゃないだろうか。











ぶんぶんと首を振る。





私が出来るかもしれない何かを見つけるんだ。
何もなくても、精一杯考える。

何か一つくらいはある筈。







諦めるのは簡単だ。
いつでも出来る。


今諦めない事が選べるなら、私は精一杯もがこう。








「…エース。」









決して返事が返ってくる事はないそれがついぽろりと口から漏れでる。










私が強くなれた気でいたのは、パパ達に出会えたからだけじゃない。
きっともっと前から、ぽっかり穴が空いたようなこの胸に埋まっていたもの。


当たり前過ぎて気付けなかった。
恵まれてて幸せだったからこそ、持ってないものに手を伸ばそうとした。










欲しいものじゃない。
なきゃいけないもの。












ねぇエース。


どうしよう、今私
堪らなくあなたに会いたい。


あなたの笑顔が見たい。




空が白み始めた頃から、でんでんむしは鳴り出した。


ロー、ソニア、ペンギン、アオイ、ベポ、カレン、シャチ、ディゼル、シュウ。
でんでんむしが百面相してるんじゃないかって思う程、その顔は私に電話を掛けようとする人の真似をする。


どの着信音も、受話器を取る事が出来なかった。
何て言ったら良いか、分からなかった。


きっと皆、新聞でエースの事を知ってる。
もしかしたら私が一人でわんわん泣いてる時も
ここではでんでんむしの着信音が鳴り響いてたかもしれない。


何も言えない。
何て言ったら良いか分からない。


パパ達がそうだったように、もしかしたら皆も私を心配してくれてるのかもしれない。
心配かけたくない気持ちもあるけど、今は上手く話せないから


…ごめんね。


鳴り止まないその音は、私を心配してくれてる事を教えてくれる確固たる証拠。


心配されるのも、気にかけて貰えるのも
ずっと欲しかったものの筈なのに


私は今そんなものより別のものが欲しい。












エースを返して。













リビングで太陽が水平線から顔を出しきるのを待ちながら
その先のどこかに居るだろうエースを想った。





待ってて。
…今度は私がエースを迎えに行くから。






でんでんむしの音が、どこか遠くに聞こえるような気がした。
どこか別の空間にでも居るような気分。


寝不足で頭が朦朧とでもしてるんだろうか。





この先エースに一生会えなかったら…
考えただけでぞっとする。




そしてそれは、もしかしたらっていう想像じゃなく
実現しそうな現実の未来。





本当に、弱くなったものだ。

こういうやりきれない思いだとか
落ち込んでる時

会えないって分かってても真っ先に浮かんでくる顔。



それは今でんでんむしが化けているいつか私が贈った帽子を被ったあの人じゃない。



気付いてって顔や態度に出して
そんな自分に嫌気がさして

それでもそんな私ごと認めてくれるあの人。



そんな私すら好きだと言ってくれるあの人。



どうした?って私の顔を覗きこむあの太陽みたいな

そばかす顔の笑顔が


瞼の裏から消えてくれなかった。




そろそろ起きてる筈。


鳴り止まない着信音の響くリビングから、金色のでんでんむしを持ってサンルームへ向かった。


土と緑の匂い。
差し込む朝のさわやかな日差し。


こんなことさえなければ、きっと私はこの空気を吸い込むだけで幸せな気分だった。







『ウイ?おはよう、どうしたえ?』
「おはよう。あの、いつも本当にごめんね。…助けて欲しい事がある。」


本当に、都合が良いなと自分でも思う。
私がこうして自由に海を旅できていることだけで、もう感謝してもしきれないくらいこの人は私を助けてくれてるのに。


『なんだえ?言ってみるえ!』
「…大切な人が、海軍に捕まっちゃった、の。」
『ローかえっ!!?』


耳が痛くなる程の大声に驚いた。


ローか。


そう、なるよな。


『いやローならもっと騒がれるえ!ペンギンかえ!?シャチ!?それともベポかえ!?』


ベガス聖が上げる私の大事な人リストに、エースの名前がない事にまた胸が痛む。

ベガス聖は私がエースと旅をしてた事なんて知らないんだから、当たり前のこと。


ハートの海賊団やブラーヴェ、近況を話す時に誰が何したって色んな人の名前を出しすぎて
ベガス聖もこんがらがるだろうなって。


エースが私の護衛をしてくれる事になった時も、親切な海賊に護衛して貰える事になったって言っただけで
エースの名前は出さなかった。


これも言い訳だ。


仲良くなってからも、他の楽しい事は報告する癖に
エースを改めて紹介しようだとか
エースとの出来事を話そうともしなかった。


「違うの。皆は元気。」
『じゃあ誰かえ!?…カレンが振られた恨みで遂に男でも刺したかえっ!?』
「っぷ!…ち、違うってば…。」


ハートの海賊団以外で、次に海軍に捕まりそうな人として上がった名前。
悪いとは思うけど、思わず噴き出してしまった。





…私は本当に、エースの事を軽んじてた。
居なくなってこんなに辛いのに、悲しいのに
傍に居てくれた時にはそのありがたさに気付こうともしないで、大切な人って話に出すことすらしなかった。


「ポートガス・D・エース。ずっと私の護衛してくれてた親切な海賊、彼なの。」
『どぅえぇえっ!?マジかえっ!?』


ベガス聖が驚く声が、鼓膜を痛い程揺らした。



destruct at reality.