12-30


『うーん…。取り敢えず使えそうなのに状況聞いてみるえ!』
「いつもこんな事ばっかり頼んでごめんなさい。」


一頻り驚いた後、ベガス聖はそう言ってくれた。

大事な人のこと、今まで黙ってたのに
いつも我が儘ばっかり言ってるのに
嫌そうな声一つしない。


本当に迷惑かけ通しだ。
でも、こんな事頼めるのも
今パパ達が調べられそうもない何かを知ってそうなのもベガス聖しかいない。


本当にごめんね、いつもありがとう。


直接言えない代わりに金色のでんでんむしにその想いを込めた。

マリージョアに着くのはいつだろう。


さんさんと照る太陽の元で、戯れ合うカモメ達。
もうバナロ島は影も形も見えない程遠ざかっていた。


エースは今、どうしてるかな。
インペルダウンはマリージョアの近くだった気がする。


フリーウィングでも着かないんだから、どんな早船で護送されてたとしてもまだ船の中なんじゃないかな。


お腹、空かせてるよね。
ご飯ちゃんと出されてるのかな。


「どうせ一人前じゃ、足りないよね。」


口に出した言葉に自分で笑ってしまった。
乾いた笑いって、きっとこういう事だ。


何も面白くない。


お肉だってオムレツだって、何だってお腹いっぱいになるまで作ってあげるから
シードルだって何本でもあげる。

シャンクスさんにあげたラム酒が気に入ったって言ってたエースに
エースの為だけにそれを山ほど作っても良い。

飲み過ぎたって叱らないから。

仕方ないなって、ちゃんとベッドかソファーまで運んであげるし
ふざけた起こし方ももうしない。

ちゃんと優しく起こしてあげる。

















「…ダメだ。…私本当に、エースに禄な事してないや。…酷いことばっかり。」


みかんも自分で剥くし、3回に1回はへこんじゃった時もちゃんと我慢する。


自分ばっかり遊び歩いて、エースに大変な事任せるとかももう絶対しない。


自分ばっかりじゃなくエースの話も、ちゃんと聞くから











「お願い…戻って来てよ、エース…。」


瞬きをする直前まで滲んでた景色は、降りてきた瞼に掬い取られるように地面を濡らす。


何度泣き止んでも、後悔は波のように押し寄せて溢れてきた。





「…ダメだ。出ねぇ。」


ため息と共に置いた受話器。
リビングで固唾を飲んでその様子を見守っていたクルー達も、つられるようにもう何度目になるか分からない重い息を吐いた。


火拳屋の記事が新聞の一面を飾ってもう3日。
一緒に来てたと言っていたウイは別れてからアイツと合流しようとしたに違いない。


今までこんな事はなかった。
こんな夜通しかけまくって出ない事も。
あっちからの連絡がねぇことも。


ウイのことだ。
どうせ火拳屋が捕まって有り得ねぇほどにへこんでる。


気の毒だとは思う。
だが海賊を名乗った以上それは覚悟の上。


あの実力でも、上には上が居る。
新世界へ入ろうか検討し出した矢先のこの事件。


偶然にしては出来すぎだ。
明日は我が身。


ただそれ相応の覚悟はしてるつもりだ。
火拳屋も恐らく。




でもウイは違う。
俺らが慎重になるきっかけをくれたアイツは、どんな事情であれ近しい人間の身の危険を許さねぇ。


へこんでるだけなら良い。
良くはねぇがまだマシな部類。



…アイツまたバカな事考えてねぇよな。



インペルダウン。
白ひげ海賊団隊長。
5億5000万ベリー。



俺らの時とは訳が違ぇ。
ぽっと出のルーキーと四皇の右腕。

ウイが何をしたところで海軍は火拳屋を見逃しやしねぇだろ。


今回は手配もかかってねぇし、ウイが海賊と一緒にいた所で海軍にはウイを捕まえる動機も権利もない。


それでも止まらないこの胸騒ぎ。


ウイの人となりを理解してるからこそ
変な所で頭が回って、形振り構わずそれを行動に移しちまうヤツだと知っているからこそ


嫌な予感が収まらない。


別れ際に気になった自分が贈ったピアス。
前も継母と鉢合わす前に、あれは持ち主の危機をいち早く察知していた。


なんで気のせいだなんて思った。
なんで知らせを見逃した。









俺もどっかしら浮かれてたか。



「っあのバカ女。」



蹴り飛ばした椅子が音を立てて床に倒れる。




何してる、ウイ。


頼むからバカな真似はするな。
こっちは守ろうとあれこれ手ぇ妬いてんのに、なんでおまえはいつも自分から危ねぇとこに突っ込んでいくんだ。





「キャプテンも少し寝なよ。どうせずっと寝てないんでしょ。」
「…アイツが出たらすぐ起こせ。切る前にだ。」


ベポの心配そうな顔。
そうもなる。


隈はいつもの事だけど、寝不足で苛立ちが増してんのかキャプテンの人相は普段以上に悪い。


リビングを出ていくその後ろ姿を見送って、残ったヤツラの顔を見渡せば
こっちもこっちで揃いも揃ってひでぇツラ。


葬式か。


「おまえらも寝ろ。」
「でも出るかもしんねぇっすよ!俺かけてみます!」
「俺も!」


ウイのことになるとその執着が人並み以上なキャプテンが心配ってとこを差し引いても、すっかり懐いてたこいつらもこいつらで気になんだろ。


「俺ずっと当番強奪されてたから。今日はこれ俺の。明日以降は交代で頼むわ。」
「え…ちょっ!副船長!!」


抗議の声は無視してでんでんむしを片手にリビングを出た。
今日試して出ねぇなら、何度かけてもウイは出ない。
そんな気がする。


キャプテンがでんでんむしを独占しだしてからずっとどっかしらにある期待。


もしでんでんむしに出られないんじゃなく、出ねぇんだとしたら
何か事情があるんだとしたら


ウイは俺なら出てくれるんじゃねぇかって。


キャプテンも、他のやつらも周りに居ないって分かれば
俺だけしかウイと話した事もその内容も知らないってあいつに伝われば


出てくれる気がする。


何の根拠もねぇ、ただの勘だけど。
















実際今ウイの身に何が起こってんだとしても、本当にうちのお姫様は手がかかる。


部屋の扉を閉めて、誰もいない空間で一人息を吐いた。


持ってきたでんでんむしに手を伸ばしかけて、ふとそれを躊躇する。














…これで出なかったらどうする。


出ねぇんじゃなく、空っぽのフリーウィングでただでんでんむしが鳴り続けてる状況だったら。
マジで何かに巻き込まれてんだとしたら。


途端に脳裏を過る、喉元に剣を押し当てるウイの姿。


足がすくむような、嫌な感覚が全身を走った。






本当にやめて。
でも有り得る。


普通じゃないから、あの子。




いかんいかんと肺に溜まった空気を押し出して気合をいれた。



まずは確かめねぇと始まんねぇ。







ぷるぷる
ぷるぷる
ぷる
ぷる
ぷるぷる






ぷる
ぷるぷる
ぷる
ぷるぷる
ぷる








なに?








ぷるぷる
ぷる
ぷるぷる
ぷる








マリージョアにはまだ着かない。
何もする気が起きなくて、ただエースのリュックの中身を開けて見たりしてた。


ぐしゃぐしゃに詰められた地図。
エターナルログポース。
よく分からないガラクタ。



このガラクタはどこかの露店ででもエースが買ったんだろうか。





ぷるぷる
ぷる
ぷる
ぷるぷる
ぷるぷる





皆も諦めたのか、暫く静かだったでんでんむし。
それが不自然に鳴ってる。




ぷる
ぷる
ぷるぷる







なに?

…誰?






ずっと存在をなかった事にしていたそれに目を向ければ、とても見覚えのある姿。

きっと一番良く見てる。
何日か置きに夜に話すのがもう日課になってるその人。




ぷるぷる
ぷるぷる
ぷる
ぷる
ぷるぷる






…なんでこんな変なかけ方してるの?






ぷる
ぷるぷる
ぷる
ぷるぷる
ぷる





でんでんむしは小刻みに鳴っては切れる。
ワンコールとツーコールの繰り返し。

…これもしかして。







ぷるぷる
ぷる
ぷるぷる
ぷる






…モールス信号?












に…











…あの野郎。


貧乳。
間違いない。


ペンギンがでんでんむしに出ない私に着信音で伝えて来たメッセージ。


なんでそれなの。


小刻みとは言えそれが鳴り出してからもう随分経つ。
今晩はペンギンが当番なんだろう。

きっとこんなふざけたことしてても、ペンギンも心配してる。




ぷるぷる…





何回も番号をダイヤルするなんて、とんでもなく面倒な事だろうに。












こんなふざけた事出来るくらいだ。
きっと今ペンギンは部屋に居る。

一人で。



『俺別におまえの秘密になんて興味ねぇし。』



…心配かけたくないのは本当。
でも聞かれても今、私は自分の気持ちを上手く言葉に出来ない。


ねぇ、ペンギンは今回も聞かない?


彼に化けたでんでんむしに問いかけるように、穴があくくらいじっとそれを見つめてた。





いつまでもこんなことしてられないって分かってる。

私が今、エースがどういう状況で今後どうなってしまうのか不安で堪らないように
皆も私を心配してくれてるって分かってる。



…こんな気持ちを、大好きな人達にも味わわせてるなんて最低だ。

勘違いなのに。
私は何ともないのに。



でもローは絶対問い詰める。


何があったって。
心配してくれてるからって分かってるけど、怒られる。


なんででんでんむしに出なかったか。
今まで何してたか。


今そんなこと、とてもじゃないけど平静を装って話せない。


…この人なら、聞かないかもしれない。
こんな状況でこんな事するくらいだ。


ペンギンが私が無事なことだけ皆に伝えてくれたら…


そんなズルい考えしか思い浮かばない頭で、ツーコールのタイミングを見計らって受話器を取った。


『もしもし?ウイ?』




ペンギンの声だ。




『もしもーし。』




なんて言おう。
出てみたものの、どうしたら良いかやっぱり分からない。




『そういやね、俺も大人になったからDカップくらいから女に認定してやる事にした。』





いきなり何を言い出す。





『でもそれでもウイちゃんは女じゃないね、どんまい。』
「…喧嘩打ってんの?」
『やっと喋った。』


ほっとしたような声。
やっぱり心配かけてた。


『ウイに何かあったらどうしようって、死ぬかと思った。』
「嘘付け。」
『本当。俺寂しいと死んじゃううさぎさんだから。』


ペンギンが寂しいとか、似合わない。
似合わな過ぎる。

そもそもペンギンに寂しいとかいう感情が存在するんだろうか。


いつも一人で飄々としてるイメージしかない。



それっきり、ペンギンはいつものように下らない話を続けた。


水鉄砲戦争の準備の時に作ったカレーが旨かったとか、なんであれの作り方をシャチに教えてないんだとか、胸はデカさより形と感度だって力説したりとか。



『やっぱ乳輪のサイズとか大事よね。あといかにピンクかとか。』



何言ってんだ、この人は本当に。


まともな相槌すら打たない私に、ペンギンは何も言わなくて。
でんでんむしに出なかった事も問い詰めたりしなくて。






本当に、ペンギンには敵わないって
そう思った。



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destruct at reality.