「ろ、ローはどうしたの。」
「あー。たまーに、こうなるんだよ。」
ダイニングテーブルではローが肩を震わせながら、
お腹を抱えて笑っている。
だから待てって!と笑いながら続きを話そうとするペンギン。
未だに口を覆いながら肩を震わせて笑うローの顔は
今まで見たことのないような
少年のような笑顔だった。
「だから!マジで見た目女な訳!しかもそれが結構可愛い訳!めっちゃ巨乳だったし背だって割と小さかったんだよ!」
「ちげぇよ。そこじゃねえよ。お前、本当にろくでもねぇな。」
話しながら自分で笑ってしまっているペンギンと、
声を上げて笑うロー。
聞き覚えのあるこのペンギンの話は、この前ナンパした女の子が、実は女の子じゃなかったという、最近ペンギンの身に起こった珍事件のアレだ。
海へ散歩に連れていって貰ったとき、
ペンギンが黄昏れながら話してくれたその話には
私も爆笑したものだが。
ローがここまで笑うのは意外というか
こんなローを見たことがない。
楽しそうに目尻に皺を寄せ、大口をあけて笑うロー。
彼だって人間だ。
笑わない訳じゃないんだろうけど、ここまで爆笑した所は初めて見た。
(か、可愛い。)
「あれ、面白ぇぐらい明日には覚えてねえんだよ。本人は。」
「え?」
キッチンで取り皿や箸を準備するシャチが、そう教えてくれた。
ローに気をとられて見逃していたが、彼の傍らには琥珀色の液体の入ったグラス。
酔っ払って、るのか?
いや、前にローに結構な量のお酒を飲ませた事はあったものの、こんな風ではなかった。
「でも俺の方は一応心が女だった訳じゃん!キャプテン正真正銘の男に男として求められちゃった訳でしょ!そっちのが問題っしょ!」
「金持ちの好色ジジィなんてそんなもんなんだろ。あれは二度とごめんだ。思い出すだけで気持ち悪ぃ。」
ローが眉間に皺を寄せながらグラスに口をつけ、中の酒を一気に煽る。
(おいおいそれをそのペースはまずいだろ。)
アルコール度数40%程度の酒をロックで飲んでいるローは、まるでそれが水か何かであるかのように
平然とそれを飲み干した。
足元に置いていたらしい一升瓶の中身を空になったグラスに注ぐロー。
瓶から少量の琥珀色の液体が流れ出て瓶が逆さになると
その口から滴がぽたりと落ちた。
「ウイ、これまだあるか。」
「ある、けど。ローそれ一人で全部飲んだの?」
自分の記憶が正しければ、そのリンゴのブランデーは未開封のものしかなかった筈だ。
私の問いかけに、ローは空になった瓶を眺めつつ眉を寄せて少しだけ首を傾けた。
「開いてなかったか?これ。」
「開いてねえよ!自分で開けてたろさっき!」
すっとぼけた様子のローに、すかさずペンギンが突っ込みを入れる。
ローが酔っ払っているのは、まず間違いないようだ。
いくらローが酒に強かろうと、確実に飲み過ぎだ。
ローは空き瓶をキッチンのケースにしまうと、自分で新しい酒を棚から取り出し席に戻ってしまう。
いつもポーカーフェイスなローが子供のように素直に感情を表に出すのは貴重なことなので、正直嬉しい。
もっと自分の知らないローを見てみたい。
でも、このまま飲ませて大丈夫だろうか。
私の心配を余所に皆は何でもないことのようにダイニングテーブルの上の買ってきたパックを開けて夕食を始めている。
彼をよく知る皆が大丈夫だと認識しているなら、これは多分大丈夫なんだろう。
「キャプテン今日の回診で船の頭金稼ぎおわったんだって。」
ベポが困惑している私の様子に気付き、そう教えてくれた。
(なるほど。これは仕事納めの慰労会といったアレか。)
ローは患者さんの対応が面倒だと頭を抱えていたし
それから解放されて飲みたい気分なんだろう。
「キャプテン80のじぃさんに今晩どう?って誘われたらしいぜ。っぶ!マジウケるよな。」
ペンギンが私にこっそり耳打ちをしながら
聞いたその話を思い出したかのか、噴き出して肩を揺らす。
なるほど。それでペンギンのあの話か。
ローがそういう性癖があるという話など聞いたことはないし
綺麗なお姉さんならまだしも同性の、しかもそんなおじいさんにベッドに誘われたら
それは飲みたくもなるだろう。
相手はお客さんで、下手なこともできないだろうし。
気の毒というか、ローからしたらはた迷惑でしかないんだろうけれど
ローはその相手を実力行使なしでどうやって断ったんだろうか。
本人には申し訳ないけど、想像するとちょっと面白い。
「それでヤケ酒なの?」
「あっち結構マジで、やたら粘られたらしぃぜ。」
耳元でひそひそとペンギンからローがこうなった原因について情報を仕入れる。
でも待って。
ローをおじいさんがベッドに誘う。
男の人同士のそういう行為は話でならなんとなく聞いた覚えがあるけど
「ローってつまり掘る方と掘られる方どっちで誘われたの?」
「ぶっはっはっはっ!!お前、それ超ウケる。いやでも確かに。どっちでもウケるけど。」
確かにどっちでもウケるというか、
実際はそうならなかったのだからこれはもう笑い話で良いだろう。
ふと疑問に思ったことを口にしただけなのだが
それがツボに入ったらしいペンギンはゲラゲラと笑い転げている。
「お前ら、近い。」
ローの声に私たちは揃ってそちらを向く。
少し怒っているような様子のローだったが、
生憎私たちの間でネタに上がっていた彼の顔をまじまじと眺めると
やっぱりそれは可笑しくて。
「っ、だ、めだヤバい。ぷっ。可笑しい。」
「お前だろ言ったの。ぶっ。やべぇ腹痛ぇ。」
同時に肩を震わせながら笑い出す私たちに
ローは眉間の皺を更に深くした。
でも完全にスイッチの入った私たちはそれすらも可笑しくて
私は横に座るペンギンの肩に頭を預け、ローの顔を見ないように
笑いを堪えようと奮闘する。
しかしペンギンの肩からは彼が同じく笑っているせいで
肩を震わす振動が伝わってきて
それがおさめようとしていた笑いの波を再び引き返す。
「おい、くっつきすぎだと言ってるだろ。」
急に隣からローの声が聞こえたと思ったら、腕を捕まれペンギンから引き離される。
ローが隣に立っていることに全く気付かなかった。
私の腕を掴むローと、居る筈もない所に急に出現したローに驚いている私。
そのまま何秒か見つめ合う形になったけど
「ちょっ!なになになになに!?ごめんって!!」
脇に手を差し込まれ、軽々と持ち上げられた私はじたばたと暴れてみたけれど
ローはそんなことお構い無しに私を抱えたまま歩き出す。
彼は自分の席に座り、私を後ろから抱えるように
足の間に座らせた。
「あの、これは一体。」
「ここに居ろ。」
そう言うとローは何事もなかったかのように食事を再開した。
「何食いたい。」
「いや、あの、私戻る!」
「嫌だ。」
なんてことだ。
多分、あれだ。
私がペンギンと耳元でひそひそやっていたのに
ローは焼きもちを妬いてくれたんだろう。
あれから私を避けるようにしていたのに
酔っているせいでその辺が飛んでいるらしい。
背中から伝わるローの体温はあったかい。
左腕でしっかりと私の体を抱き締めているローの腕は
自分のそれと比べるととても長くて
背だってあんなに高いんだから当たり前かと思うんだけど
ローは男の人なんだなと改めて思わされた。
こういうのを嬉しく感じる気持ちはあるんだけど。
さっきシャチが言っていたように
明日になればこのこともローは忘れているのかもしれないけど。
「堂々とイチャつかれるとからかい甲斐がねえ。」
呆れたような顔でこちらを見ているペンギンや
遠い目をしながらあえてこっちを見ないシャチ。
隣にいるからローの腕で見えないけど、
ベポも同じような顔をしているんだろうと思う。
流石にみんなの前でこれは恥ずかしすぎる。
「ロー!離してってば!ねえ!」
腕を退かそうと力をこめてもびくともしなくて
脇腹を押さえている指を剥がそうと人差し指を掴むと
するりとそれをかわされ指を絡めてられてしまった。
「ローの酔っ払い!離して離して離して離して!!」
前にローにキスされた時、私たちがこんな手の繋ぎかたをしていたことを急に思い出してしまい
顔に熱が集まる。
今までも恥ずかしさで多少赤かったかもしれないが、
これは本格的に真っ赤になっているだろう。
手足をバタつかせて逃れようともがくものの、ローは平然と焼き鳥なんか食べている。
「お前も食うか?」
この人は人の話をまるで聞いていないらしい。
ローの食べかけのそれを口の前に持ってこられたものの
今さらだけど間接キス。
皆の視線が串に集まっている気がして
何だか食べるに食べられない。
しかも、右手は繋いでいるし左手は体と一緒に抱き締められている。
これは
はい、あーん
というあれか。
「いや、あの、私別なの食べるからローが食べなよ。」
勢いですぐに食べてしまえば良かったのかもしれないが
色々と考えすぎて、もうなんか無理だ。
「なんだよ、口移しで食わせて欲しいのか。」
「んなっ……!!?ちょっとロー酔っ払いすぎ!!皆も見てないで助けてよ!!」
何を言い出すんだこの人は本当に。
ペンギンは俺知らね、と他人事のようにこちらを観察しているし
シャチはこちらに無視してフランクフルトにかぶりついた。
ベポ、ペポは!!?
身を乗り出してローの隣に座るベポの顔を覗き込むと
それに気付いたベポが目を合わせてにこりと笑った。
助かった。やっぱりベポは天使だ。
そう思った束の間、
「邪魔したら俺がひどい目にあうもん。」
ごめん、と笑顔でそう言うベポ。
てめぇ期待させやがって。
薄情なみんなに呆然としていると
乗り出していた身を抱き寄せられ、結局さっきの体勢に戻ってしまった。
「お前は大人しく飯も食えないのか。」
「あんたのせいだよ!!」
もう良いや。ローが食べ終わるまで大人しくこうしていよう。
薄情な皆のお陰で、人前でこんなの恥ずかしいとか
そう思ってる自分がバカらしくなった。
せっかく、ローに触れていられる。
彼が酔っ払っているのを口実に
暫くの間その温もりを堪能させて貰おう。
諦めて背中のローに体重をかけて体を預けると
ローは絡ませている手の指を左右に動かし
私の指をこりこりさせながら玩んでいる。
酔っているローのすることは、
本当になんだか子供みたいだ。
お腹が減っていたはずなのに
なんだか胸がいっぱいで食べる気が失せてしまった。
皆は私が大人しくしているのを良いことに
何事もなく楽しそうに話をしている。
私が、ローの気持ちを受け入れていたら
こんな毎日が待っていたのかな。
ローと一緒に居る私を
当たり前のようなものだと特に気にも止めない皆と
笑顔に囲まれて過ごす毎日。
流石に毎食これでは困るけれど
なんか、こういうのって良いなと
そう思った。
「どうした。」
「え?」
急にローに声をかけられて顔をあげたものの
私は別にどうもしていない。
そっちこそどうした。
「手。」
「?」
そう言われて繋がれた手に目を落とすと
私は無意識にローの手を握りしめてしまっていたようだ。
どうせローは明日の朝には忘れてる。
少しくらい良いかと
更に指に力を込めてみた。