「母様も死んで、家にあのまま居ても、いつか売り飛ばされるだけで。だから海に出たの。」
母様の形見の指輪だけを持って。
あんな父様を、母様は死ぬ瞬間まで、愛してたと思う。
どんなに怒鳴られても、手をあげられても
母様がそれを大事にしていた事を知っているから。
「私ね、永遠って信じられない。どんな気持ちでも、必ずそれは変わってしまうものだと思う。」
体をひねり、ローと向かい合うようにして、その目を見つめた。
ローが今、私を愛してくれているのは信じるよ。
でも、それが永遠だなんて思えない。
「父様の話を聞いてしまった時、私凄く悲しくって。私は父様のたった一人の子供なのに、父様に認められよう、褒められようって頑張ってきたつもりだったのに、父様はもう私の事、いらないんだなって思ったら、凄く虚しくなって。」
あの時のことを思い出すだけで、また涙が溢れてくる。
私を部屋に閉じ込めて、友達も本も何もかも奪った父様なのに
そんな父様なのに私、父様に愛されたかった。
「目の前で父様に撃たれた母様を見て、私きっと誰の事も愛せないと思った。こうなるなら、愛したくないと思った。」
それなのに、気付いたらいつの間にか
この人のことばかり考えるようになってた。
私も、人を愛してしまった。
「本当に大好きだから、かけがえのない人だから、ローにまでいらないって言われたら、私今度こそ耐えられない。」
だから、ごめんね。
逃げる私を許してね。
逃げるのに、忘れなきゃいけないのに
あなたにすがり付いてしまう私を
許してね。
「お前、バカだろ。」
口調とは裏腹に、頬を撫でてくれる手が優しい。
知ってるよ。下らないって。
分かってるよ。
自分が気にしすぎなだけだって。
分かっているけど
私には父様と母様だけだったの。
父様にいらないって言われて
母様は死んでしまって
世界中にはこんなにたくさんの人がいるのに
誰も私の味方なんていなくて
父様一人にいらないって言われただけなのに
世界中の人から必要ないって言われたみたいで
怖くて、孤独で、寂しかったの。
「嫌だって泣いて喚いても離してなんかやらねえよ。」
痛いくらいに抱き締めてくれるローの腕が
とても心地よかった。
ローの心臓の音が聞こえる。
ローが抱き締めてくれる腕の力を感じる。
胸に溜め込んだものを吐き出すと
何だか少しすっきりした。
今まで何度だって否定した。
自分を必要としてくれる人は居るはず
父様が、たまたまそうだっただけ
何度心の中で否定しても
結局はそう思えなかった。
それなのに何の根拠もない筈のローの言葉は
私があれこれ仮説を立てて証明しようと頑張っていたことよりも
全然温かくて
つい信じてしまいそうになる。
「お前つまり、こうしてても俺が信じらんねえんだろ。」
「……ごめんね。」
大好きだから、
100の幸せを抱えきれずにいつか溢してしまうより
確実に抱えきれる10の幸せが欲しい。
その分幸せは少ないかもしれないけど
必ず私の手の中にそれは残る。
「俺はどうすれば良い。どうしたらお前を安心させられる。」
ふと
本当にローが今酔っているのか不安になる。
顔も赤くなければ
変なことを口走ったりもしない。
何より
そう言って私を見つめる目は真剣だ。
壊れ物でも扱うみたいに、私を抱き締めるその腕は
自分が尊いものにでもなってしまったみたいに思えてくる。
「ローのせいじゃない。私が面倒臭い人間なだけ。私はありのままのローが大好きだよ。」
これ以上何かして貰おうなんて
本当に考えつかない。
ローはいつだって
私が知らない、思い付かない方法で私の心を浚っていく。
愛されることを知らない私に
ローが分からないことなんて
思いつけるはずがないんだ。
「ルーム、メス。」
聞きなれた言葉に、ローが突然能力を使ったことを知る。
こんな時に一体何をしたのか。
意図を探ろうとローの顔を覗きこむと
ローは抱き締めていた腕を解いてしまった。
久しぶりに外気に触れた体は
それを少し寒いと感じさせ
ローの温もりが途端に恋しくなる。
「やる。」
そう言ってローが差し出したのと同じものを私は見たことがある。
見覚えのある四角いキューブ。
「これって、心臓?だっけ?」
私を拐った海賊達のこれを
ローは確かそう言っていた気がする。
手渡されたそれは、さっきまで包まれていた温もりと同じ温度で、規則的な鼓動を感じる。
「俺の心臓、お前にやる。お前が不安になるような事があれば、遠慮せずそれを握り潰せ。」
そう話すローの顔は真剣で
冗談でそんなこと言ってる訳じゃないって分かる。
心臓を私に?
「どうせ俺はお前に三度、命を救われてる。一個しかねえからやれねえけど。お前が好きにしろ。」
「ちょ、ちょっとこれは貰えない。ちゃんとしまって!」
ローに心臓を返そうとするけど、ローは受け取ってくれない。
心臓なんて、そんな大事なもの私が受け取れない。
第一明日起きたローが自分の心臓がないことに気付いたら
色々とまずい。
「これなら信じられんだろ。まだ足りねえならかさ張るが他のどこでもくれてやる。」
「いや、あのそう言うんじゃなくて!だって、そんなの脅しみたいじゃない。死にたくなければ側に居ろって。そんなのなんか違うよ。」
大事なものを預けてくれるっていうのは
なんだかこう、おこがましいかも知れないけれど
プロポーズみたいで凄く嬉しかった。
でも、例えそれでローがずっと隣に居てくれても
彼の気持ちが同じく側にいるかなんて分からない。
「脅せよ。良いじゃねえか。死にたくなければ一生愛してろって、やれよ。望むところだ。」
この人は、バカだ本当に。
一時の感情で、これから先の人生を棒に振ろうとでも言うのか。
「言えよ。そっちの方が、俺もお前に愛されてる気がして安心だ。」
どうしてこの人は
私の思い付かないような方法で
こんなにほいほい幸せと温かさをくれるんだろう。
私、本当に幸せだ。
そして、
バカは私だ。
ローに気持ちを伝えてみたくて
でも怖くて
こんな卑怯なやり方をした。
ローは、私が想像していたよりも
ずっとずっと
嬉しくて死んでしまいたくなるくらいの幸せをくれた。
でも、これはきっとそういうことだ。
神様が私にこう言ってるんだ。
それは明日には覚えていないよ。
これはなかったことになる出来事。
思い上がるな。
お前が本当にそれを受けとる権利のある運命なら
なぜ、彼の覚えのない今こうなった?
これは夢だ。
幸せな夢。
自分でも創り出せない
手の届かない
幸せな、幸せな夢。
前にベガス聖が私の事を魔法使いみたいと言ったけど
私にはローが魔法使いに見える。
私には魔法にしか見えないことも
ローにとっては私がお酒が作るくらい
当たり前で普通のことなんだろうか。
私の魔法使いさんは、左胸にぽっかりと穴をあけたまま
真剣な目で私を見つめてる。
本当に
大好き。
「ぅぐっ!」
「あ、ごめん。」
堪らずにローに抱きついたら、彼の心臓を一緒に潰してしまったみたいだ。
苦しそうな声をあげたローは
それでも私を抱き締め返してくれる。
危ない。
ローを殺してしまう所だった。
「ありがとう。でもやっぱりこれは返すね。」
「いらねえ。」
いらないなんてことはないだろう。
これは命の要だ。
ローにはこれから、果たさなければならない使命が待ってる。
「私が持ってたら、今みたいにうっかりローを殺しかねないもん。やだよ。そんなの。」
何も言わない彼は、私の普段の行いを思い返して
有り得るとか、そんな事を考えてるんだろうか。
「ローが持ってたほうが安全だから。大好きだから、愛してるから、だから絶対に死なないで。」
「人間辞めねえとそれは約束できねえな。」
寿命には勝てねえ、とそう呟くローが
いつか体の中をスキャンで覗かれて文句を言った時に
消化管は体内じゃないと言った時の彼と重なった。
たまに、医者のローがこうしてひょっこり顔を出す。
今はそういうことを言ってるんじゃないのに。
結構渋られたが、ローはちゃんと心臓を受け取ってくれた。
「お前あれから俺のこと避けてただろ。」
「避けてたのはローでしょ。」
「どう接するのが正解か分からなかった。」
「あはは。同じだ。」
抱き合いながら、彼の温もりを感じながら
こうやって話せるって素敵なことだ。
「言うんじゃなかったと、後悔した。」
ローも後悔とかするのかと
少し驚いた。
でも、そうさせてしまったのは私だ。
「どうやっても気付かねえお前に痺れを切らした。でも、お前が俺を避けるから。アイツらとは楽しそうに笑ってんのに俺には微妙な顔向けるから、それが戻かしかった。」
同じだよ。
私も、それまでと全く変わってしまった関係性が
戻かしくて
さみしかった。
「まあ、別にもうどうでも良いけどな。」
私の髪をくるくると指で巻き取って玩ぶロー。
実は、どうでも良くはないんだよな。これが。
ローは明日の朝には全部忘れてしまってて
またその日常が帰ってくる。
ローはなにも悪くないよ。
悪いのは全部私だ。
そんな私からローに
お詫びもかねて1つだけプレゼントだ。
変に気を使わず、いつも通りに接しよう。
気を持たせるだとか、そういうことはもう考えない。
私を愛してくれる前のローも
きっとそんな私を気に入ってくれたんでしょう?
それがあなたのらしくない後悔を一つでも消してくれるなら
そんなのお安いご用だ。
あれ。
でも結局それって私も得しちゃってるや。
まあ、いっか。
それからローは、前にペンギンとここで話していたのを船首部の下にしがみついて皆で盗み聞きしてたことや
皆が私たちのことをちょいちょい覗き見しては面白がっていることを教えてくれた。
皆、バカだなあと思いつつも
そんな皆がやっぱり大好きだなと思った。
ローが話すのをやめてしまったのを不思議に思って顔をあげると
ローがこっちを愛しそうな目で見ていた。
私はせっかくだからローの話が沢山聞きたくて
それを笑いながら聞いていた。
こんな時に私の話をして時間を使っちゃうよりも
私の知らなかったローの話が聞きたい。
視線が絡み合ったまま、しばらくそうしていると
どちらからともなく顔の距離は近づいて
私たちはキスをした。
それはさっきのような触れるだけのキスじゃなくて
私をとろかせる
ローを沢山感じられる
甘い甘い大人のキス。
どうしたら良いのかよく分からなかったけど
ローがするように舌を絡ませてみたら
一瞬目を見開いたローがそれを優しそうに細めて
更に深く、ねっとりと舌を絡ませてきた。
どのくらいそうしていたか分からない。
お互いを求めあるように
お互いを確かめ合うように
混ざり合おうとするように
2つの影が、離れることはなかった。
ローの肩越しに見える月だけが
そんな私たちを見ていた。