もうほとんどローに寄りかかるようにすがり付きながら
飽きることもなく唇を重ねていると
頬に冷たい水滴が落ちた。
するとポツポツと、海面に水が落ちる音が聞こえてくる。
雨だ。
顔を離そうとする私の頭をしっかりと抱え込んだローが
もう一度だけしっかりと舌を絡み合わせ
最後に私の舌先を吸うと
そっと離れていった。
最後に舌の先を吸うのは、彼の癖だろうか。
それを発見できたことは嬉しいが
その癖がつくまでの経緯を想像するとちょっと胸が痛い。
「戻るか。」
「うん。」
当然のように私の手を握って歩くローが
なんだか嬉しくて悲しかった。
「あれ?キャプテン生きてたの?それにウイも。」
なんということでしょう。
リビングに戻ると、そこには冷蔵庫の前で酒の瓶を抱えているベポの姿が。
私が慌ててローの手を振りほどくと
ローに睨まれた。
悪いと思う気持ちはあるものの
ちょっとそっちに構っていられない。
誤算だった。
確かにいつもより大分早く部屋へと戻った皆が
大人しくそのまま寝る訳がないじゃないか。
「お散歩デート?雨降ってきちゃったもんね。」
特に気にはしていない様子のベポではあるが
これを明日ローに話されてしまうと非常にまずい。
「ローが大分酔ってたから、夜風にでも当たった方が良いかなーと。」
「俺は酔ってねえ。」
むっとしたようにそう言う彼はこの際無視だ。
本当にごめん。
「無駄だよー。何やったって明日にはけろっと忘れてるから。」
「ベポ!あの、ちょっとこのままここで待ってて!すぐ戻るから!!」
きょとんとしたベポが足を止めたのを確認して、ローの背中を押して階段を登らせる。
文句が飛んできたがそれは華麗にスルーした。
「じゃあロー!おやすみ!」
部屋にローを押し込みそのまま戸を閉めようとすると、がしりと腕を捕まれた。
「一緒に寝ねぇのか。」
「は?ぅえっ!?ああ、えーっと。」
寝るというのは、
つまりそういうことだろうか。
ど、どうしよう。
確かに今の私たちは両想いの恋人同士みたいなことになってて、
そうなっても何らおかしくないんだろう。
でもカレンは付き合ってすぐ手を出す男はダメだとか言っていた気もするし
だからといってローがカレンが言うからだ目的とか、そういうんじゃないのは
もう十分分かってる。
今まで全くそういうのがなかった訳でもないし
第一ローはそんな人じゃない。
いや、そんな人だったかもしれないけど
今私の目の前にいるこの人は違う。
「え、と。ベポ!ベポに私用があるし、今日は、ちょっと……。」
「アイツらもいい加減面倒臭ぇし俺からちゃんと言っとくか。」
「ちょ、ちょっと待って!そういうのは、明日で良いじゃん。皆居るときにさ!」
我ながら自己嫌悪で嫌になる。
それもそうかと思い止まってくれたことはありがたい。
ローに、抱かれてみたい気もする。
初めてだし、ちょっと怖いけど
キスよりも
ずっとずっとローを感じられそうだ。
でもいかん。
只でさえ我慢ならなくてローに手を伸ばしてしまうのに
そんな事してしまったら本当に後戻り出来なくなってしまう気がする。
「焦らなくて良い。無理すんな。」
ローの大きな手が私の頭を撫でた。
私が初めてなの知ってて、
怖じ気づいた私に
気を使ってくれたんだ。きっと。
実は結構そこは軽々乗り越えていたりするんだけども。
「そんな目で見んな。今日は一緒に寝られねえ。」
私は物欲しそうな目でローの顔を見てしまっていたのだろうか。
バツの悪そうな顔をして、ローが屈んで顔を寄せてきた。
「今お前と同じベッドで寝たら、何もしねえ自信がねえ。」
「なっ!!……んっ。」
そう言って口付けたローは、まあこれからはいつでもできるとニヤリと笑った。
ズキン、と
胸が痛んだ。
ローが言う“これから”は
こない。
ローを騙しているみたいでそれが辛い。
実際、騙してるようなものか。
何を感傷的になっているんだ。
全部自業自得。
私が悲しむ権利なんてない。
ベポ待ってんだろと背を向けるローに
返事をして
部屋を出た。
さようなら。
大好きな人。
素敵な時間を
温かい言葉を
ありがとう。
「ごめんねベポ。急に呼び止めちゃって。」
「別に良いけど何かあった?」
待っている間にお酒を開けていたベポが
ダイニングテーブルに座っていた。
さて、どうするか。
これはもう、
単刀直入に頭を下げるしかないだろう。
「あの、ね。今、私とローが一緒に居たこと、皆に黙ってて下さい!」
テーブルと水平になるように頭を下げた。
「なんだそんなこと。まあ、ペンギンとかはからかってきそうだもんねー。良いよ。」
「えっと、ローにも!ローにも黙っててほしい、の。」
「え?」
私がからかわれたくないからこうしていると思っていたらしいベポが
目を丸くして驚いた。
「なんで?まあ、キャプテンはどうせ覚えてないだろうけどさ。」
二本目もこんなに飲んだの?と机の上に置かれた一升瓶を呆れたように眺めながらそう言うベポ。
なんでって、それは
言えない。
自分がした最低なことがバレてしまうし
私がローのことを好きだと言うことも、知られてしまうだろう。
「なんとか、事情を聞かずに見なかったことにしてくれないでしょうか。」
「え?ちょ、ちょっとやめてよウイ。顔あげて!」
再び頭を下げた私にベポが慌てる。
理由は話せないけど
既にこの時点で大分不審者だ。
記憶をなくす相手とのやりとりを
見なかったことにして欲しいなんて
後ろめたいことがあるのがバレバレだ。
「どうしても話せない?」
「……どうしても、話せない。」
眉を寄せながらこちらを見るベポの視線が痛い。
お願いだから見逃して欲しい。
「ウイは俺のこと好き?」
「え?そりゃ、好きだよ当たり前じゃん。」
どうしたんだ急に。
意味不明な質問をされたものの
ベポはまだこちらをじっと見つめている。
「俺もウイのこと好き。よく分かんないけど、ウイが何か後ろめたいことをしたのと、すごく困ってることは分かった。」
ですよねー。
やっぱりそう思いますよねー。
内心ふざけたテンションになってきたものの
今はそれを出しては行けない時だ。
気を引き締めてベポの言葉の続きを待った。
「俺が見なかったことにしたら、ウイはそれで幸せになれる?」
「え?」
どういうことだろうか。
ベポが少し怒っているようにも見えなくもない。
「言っとくけど正直俺、ウイのこと信用してない。」
なんか、予想外にショックな現実を突きつけられたぞ。
まあ実は腹黒いベポが、笑顔の裏でこいつ信用ならねえと思っていたなんてことは
割と有り得そうなことだ。
寂しいというか、悲しいけど。
「ウイは周りのことばっかり考えて自分のことはいつも後回しにする。ウイのそういう所は正直嫌い。」
結構私自分のことしか考えてないんだけど
なんだか凄い健気な子だと思われているのは
良いことなのか悪いことなのか。
嫌いとか、さっき好きって言ってくれたのに。
上げて落とす作戦なのか。
さすがベポ!人の心のえぐりかたが容赦ないな!
「頼ってよ。少しは。今は偶然俺がここにいただけだけどさ。なんか壁作られてるみたいで腹立つ。」
「私は結構全身全霊をかけてベポのこと好きなつもりだったんだけど、そう思わせてたならごめん。」
頼ってるよ、
十分すぎるくらい。
やっぱりベポは、なんだかんだ言って優しいんだ。
「俺が黙ってることは、本当にウイにとって幸せなこと?俺が黙ってたせいで、影でこっそりめそめそしたりしない?」
一瞬ドキッとした。
ベポは全部見ていたんじゃないかと。
それどころか
私の心の中が全部見えてるんじゃないかと思った。
「しないよ。絶対しない。」
「……いつか、訳を話せる時が来たらちゃんと教えてね。ウイのバーカ。」
「………ありがとう、ベポ。」
ローだけじゃない。
ベポも、皆も、本当に大好きだ。
ベポに言ったことを嘘にしないように、
明日からは気を引き締めて頑張らねば。
皆待ってるから、と地下へ酒瓶を抱えて降りていくベポを見送り、
机の上を片付けて部屋に戻った。
ローの部屋の扉を開けてみたい衝動に駈られたけど
それはちゃんと我慢した。
こんなこと、切りがないもの。
ベッドに入って目を閉じると
自分の体からローのにおいがする気がした。
もう早速
ローの温もりが恋しかった。
「あ、おはよう!」
「はよ。今日からウイの飯復活?」
「マジで!?やったぜ!!」
翌朝、外は生憎の悪天候。
室内にいても、窓に打ち付ける雨の音がザァザァとうるさい程の土砂降りだ。
地下から出てきたシャチは、ご飯当番から解放されたのがそんなに嬉しいのか
朝から結構なハイテンションだ。
「おはよーウイ。」
「ベポおはよ。」
遅れて階段を登ってきたベポが、あくびをしながらリビングのソファーに腰かけた。
「ご飯どうしよう。ローって、ちゃんと起きれるの?」
「さあ。どうせこの雨じゃ出掛けらんねぇし。ほっとこーぜ。」
あれだけ飲んだら流石にこの時間には起きられないかと
四人で朝食を済ませた。
「これ、今日やむの?」
「微妙だね。遠くまで空真っ暗。」
ガレーらカンパニーへ行く予定だった皆と
ちゃっかり着いていこうとしていた私は
特にすることもなくリビングでだらだらと過ごしていた。
「こんな雨久しぶりだー。」
「俺らはお前迎えに行く途中、へそ曲げたフリーウィングのせいで大分土砂降りくらったけどな。」
そう言えば、目が覚めた時皆がいたせいですっかり忘れていたけれど
フリーウィングはちゃんと皆を乗せてウォーターセブンまで運んでくれた。
嵐には突っ込んだみたいだけど。
「あはは。でも皆をちゃんと乗せてきたってことは、多分皆にも気を許してるんだよ。」
「キャプテンが頼んだんだよ。お前を絶対連れ戻すから協力しろって。それまでは初めて乗った時とまんま同じだったぜ?」
なあ?と同意を求めたシャチに全員がこくこくと頷く。
そんな、ことがあったのか。
なんか、嬉しいぞ。
ローの行動も嬉しいけど
なんでフリーウィングはローの言うことを聞いたんだろう。
この子が私を大切に思ってくれてることは
他の誰よりも私が一番分かってる。
一人で泣いてた夜も
寂しくてでろんでろんになるまで酔っぱらったことも
悲しい歌ばかり選んで夜の海で歌ってはため息をついて落ち込んでいたことも
全部分かった上で、それでも私を守ってくれてる。
昨日のアレも
この子は知ってるもんね。
「話してみたいなー。フリーウィングと。」
ぽつり、と心の声が口から溢れた。
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