「そもそも誰のせいとか話したところでさ。今からなにか変わったり…しなくない?」
「ぞれは!!ぞう"だげどっ!」
理解は出来ても割りきる事が出来ないベポがボロボロと涙を流す。
言っている内容は“自分を責めるな”。
だが号泣する相手に淡々と事実をぶつけるウイの姿は、どこかベポを批判しているようにも見えなくもない。
そんな二人の間を まぁまぁとシャチが止めに入った。
「え?なに?私何かおかしい?寧ろさなんでさっきからシャチもペンギンもローもなんも言わないの」
ウイの言うことは確かに至極全うな事実。
そしてハートの海賊団(一名を除く)もベポの自己批判に賛同しているから黙っている訳ではない。
言えないのだ。
ローが助かったのは、ウイが誰よりも早く間髪入れずに海へと飛び込んだから。
命懸けの功労者を差し置いて意見しても良いのだろうかと シャチもペンギンも取り敢えず黙っていたりしたわけだ。
除かれた方の一名はといえば、我関せずとしれっとおにぎりを頬張っていたりする。
誰のせいでこんな事になっているのか この集団のトップは誰なのか 自覚を問いたいところだ。
「皆は悪くない!!俺が!俺が悪いんだー!!」
「ベポって耳悪いの?それとも悪いの頭の方?人の話聞いてた?いつまでそれやるのって言ってるじゃん何回も」
泣き喚き続けるベポと相変わらず容赦の無いウイに、シャチは本気で頭を抱えたくなった。
視線だけしか話に雑ざらずおにぎりを頬張るロー。
自分に火の粉がかからないように存在感を消すペンギン。
何か言えと言う癖に、ひと言でも口を開こうものなら容赦なく噛み付いて来そうなウイ。
あうあう号泣し続けるベポ。
詰んだ。
シャチは正に、そう思った。
「誰のせいとか決める必要とか意味あるならさ、それがどれほどのもんなのか教えてよ。納得出来たら一緒に決める!」
「決めなきゃとかっ!意味とかじゃなぐ!ごうなっだのは!俺の…!!おでのぜいなんだごべん!ごべんなだい!」
シャチとペンギンにはベポの気持ちは痛い程理解できた。
理屈がどうかという問題ではない。
理屈に合ってるか、反しているかではない。
大切なものを自分のせいで失ってしまっていたかもしれないという大きすぎる恐怖。
それが今ベポの感情を占拠していた。
しかし仮にここでウイをどうにか黙らせたとしよう。
気持ちがわかるからといって このいつまで続くのかわからない号泣懺悔の会にベポの気の済むまで付き合いたいかと聞かれれば、二人は揃って首を横に振るだろう。
この眉を寄せ足を組み据わった目で苛立ちを全身から醸し出しているウイが実際に黙るかという方が 実際最も有り得ないのかもしれない。
この昼食の場で、海賊ではない誰かさんのガラが一番悪かった。
シャチはというと、ウイを宥めようと立ち上がった事を死ぬほど後悔していた。
今さら座ってペンギンのように存在感を消そうにも、 臨時の女海賊様が許してくれそうにない。
「ほら、ベポ。さっさと泣き止まないと。シャチが困ってるって。ベポのせいで自分までとばっちり受けて迷惑だって」
「ぅ"わ"ー!ジャヂもごべんー!!」
何のいじめだ。
実際頭を悩ませる状況とは言え、それを今のベポに そんな言い方で伝える必要はないだろうと
シャチは途方に暮れた。
「ねえベポ。ハートの海賊団って、何かあれば誰のせいかを決めて、全責任をその誰かに押し付けてウサ晴らしするようなそんな人達なの?」
「それ、は…」
ベポはそうではないと胸を張って言い切れる。
だが今は負い目が邪魔をして、自分にとって都合の良い言葉を紡ぐ事ができない。
「へぇ…私そんな薄情で理不尽な人達を船に乗せてたんだ。普段いい人達ぶっておいて…ガッカリ。本っ当ガッカリだわ。けど所詮海賊なんてそんなもんか。そうかそうか」
「違うよ!!キャプテンも皆も!そんな人なんかじゃない!!!!!」
蔑むようなウイの口振り。
流石のそれには腹を立てたベポが強い口調で反論した。
「なんでそんな酷い事言うの!?ウイだって今まで見てきたでしょ!?皆は!ハートの海賊団は!絶対そんなんじゃない!!」
俺の仲間を侮辱するなとでも言いたげなベポが 涙を溜めた目でウイを睨み付けた。
噛み締めているだろう歯がギリギリ音を立てそうな程 唇は真一文字に結ばれ、普段つぶらな丸い瞳は怒りで吊り上がっていた。
呼吸を荒立てる白くまを ウイは変わらず平然と眺めている。
動じることも 怒りに応戦することもなく。
「…ならよかった」
両手を合わせてそう言うウイが満足気ににっこりと笑った。
「けど皆が本当にそんな人じゃないか心配だな。口だけじゃないって、ちゃんと証明してよね。さあ…ベポはどうしたら良いんだろう」
「…ずるいよ、ウイは」
一瞬怒りを挟んだせいか ベポの行き過ぎた自責は薄まったようだ。
じゃあこの話はおしまいね、とウイは鮭のおにぎりに手を伸ばす。
「今後は、なんかあるなら事前に共有しろ。俺も上手く落ちれなくて悪かった」
もういくつ目になるのか、ローがおにぎりをもぐもぐと頬張りつつぼそっと呟く。
散々今まで放置しておきながら、一応落とし所はつけていくらしい。
船長にそう言われれば、その下につくクルー達はもう何も言えない。
「俺!!もうこんな思い二度としたくない!!どんな海でも皆が安心して航海できるような!凄い航海士になるよ!!」
ベポの決意表明を、皆が微笑ましい顔で見守っていた。
「ウイ!ありがとう!!」
ぐるりと、ウイに体を向き直し改めてお礼を伝えるベポの顔は真剣だった。
このお礼にはきっと、いくつもの感謝が含まれている。
未だにグスグス鼻をすすりながらも 白熊の顔はどこか晴れやかだった。
「なにが?感謝どころか寧ろ迷惑とか思ってそうだよ?サングラスかけてらっしゃる誰かさんとか特に」
「やめてくれ…収まりそうじゃん今…もういいじゃん色々と…」
名指しされた誰かさんが頭を抱える姿を、ニヤつきながら眺めているウイは心底楽しそうだ。
そんな普段の空気が漂いだしたダイニングで 急になにかに思い至ったウイが口を開く。
「っていうかそうだった!そうだよ!なんでローはさっきからほぼほぼ喋らない訳?船長だし当事者じゃん。ローが最初から気にすんなって言ってあげたら良かったじゃん!」
無責任だと眉を寄せたウイはローに食ってかかるが、詰め寄られた張本人はやはり黙っておにぎりを食べ続けている。
目線はウイに向けつつも、咀嚼している分を飲み込んだ途端に次のひとくちを頬張るだけ。
「…キャプテン、おにぎり大好物だから。…最近食べる機会あんまりなかったし嬉しいんだと思う」
「…は?」
一応誤解は解いておこうと口を開いたベポ。
その言葉に、信じられないと言わんばかりのウイがローを凝視する。
「え…?そんなに?そんなに好きなの?おにぎり」
「…悪いか」
いやまさか嘘だろ、と。
その嘘を確かめる為の問いに返ってくる 肯定の言葉。
確かにローの胃袋に消えたおにぎりはもういくつ目になるだろう。
食べ盛りの、そして男だ。
ローに限ったことではなく、ハートの海賊団はよく食べる。
だがこんなにも食の進むローをウイが見たのは初めてだった。
「悪くは…ないけど。でも状況とかあるじゃん?ああいう時は空気とか読んだ方良いと思うよ」
「おまえが言うか。それを」
さも常識人ぶったウイをバッサリ切り捨てたローに、クルー達は心の中で拍手を送った。
ぶちギレ寸前のローを前にしても動じなければ
人の都合等お構いなしに自分のやりたいことに周りを巻き込む。
ウイも、事実奔放な方の人だから。
自覚がないのか自分のことは棚に上げておく主義なのか
さっきだってめっちゃ空気読んでたじゃんとギャーギャー喚くウイに苦笑うベポが、そういえばと口を開いた。
「…そういえばウイ。さっきのって、あれなんだったの?」
「さっきのってなに?」
思い当たる節が全くないのか、質問に質問を返すウイの顔はきょとんとしている。
「船に行くなって言ったり、キャプテンに死ぬなって言ったりしてたアレだよ!!」
気になっていたのはやはりベポだけではないようで、あの場に居た残り二人の視線もウイへと向いた。
注目が集まったことで真面目に考え出したウイは記憶を遡るようにこめかみに人差し指をぐりぐりと押し付ける。
「そんなん言った?うーん…言った気も…するかも」
そうだったとして
だからどうしたとでも言いたげにウイは眉を寄せ首を傾げた。
「なんか空気が震えるっていうか、電気みてぇなのが走ったっつーか。そんなんだったよな?」
「俺チビりそうになったもん」
シャチとペンギンが言うその状況を聞いても、ウイは釈然としないようにこめかみをぐりぐりやっている。
そんなこと言われても困るとでも言うように。
「それに言ったこと全部本当になってた!船もウイの所に向かって行ったし、キャプテンもそれで目を覚ましたみたいに見えた!!」
「私にそんな力が…」
いつかシャンブルズを自分の力と勘違いした時のように両の手のひらを驚き見つめるウイの姿を 初見の二人は元より、二度目ましての一人と一匹も今回ばかりは茶化す気にならなかった。
今回は本当に、その線が濃厚であったから。
「確証はねぇが…確かに“声”は聞こえた気がする。電気だか振動だかは覚えがねぇ」
例えオペオペの実を使いこなす名医で海賊であろうと 溺れて意識を無くしていた時の状況でさえ鮮明に覚えていたら、ちょっと怖い。
「そっちは偶然だったと仮定して。…流石に船が海流を逆走するのは偶然じゃ片付けられねぇぞ」
「…ちょっと。おにぎり全部食べた途端何事もなかったかのようにしれっと会話入ってくるのやめてよ」
論点のズレた文句を言うウイに、ローは取り合う気はないようだ。
答えろとでも言うような鋭い視線が ウイに向けられる。
クルー達もまた、じっとウイを見つめた。
「そんな睨まないでよ。…フリーウィングはいつも私のこと助けてくれるし。今回もまたそうだったってことなんじゃないの?」
「それがどういう事かと聞いている」
ぐりぐりとこめかみで円を描いていた人差し指が、ポリポリとそこを搔く。
困ったなとでも言いたげなウイが、フリーウィング号の事を話し始めた。