3-7

「そもそも誰のせいかとか話したところでなんか変わったりするの?」
「ぞれは!!ぞう"だげどっ!」


理解は出来ても割りきる事が出来ないベポがボロボロと涙を流す。

言っている内容は“自分を責めるな”でも、号泣する相手に淡々と事実をぶつけるウイはどこか責めているように見えなくもない。
そんな二人の間を まぁまぁとシャチが止めに入る。


「え?なに?私何かおかしい事言ってる?寧ろさ。なんでさっきからシャチもペンギンも、ローもなんも言わないの」


ウイの言うことは確かに 至極全うな事実。
しかし彼らはベポの自己批判に同意見だから黙っている訳ではない。
言えないのだ。

ローが助かったのは、ウイが間髪入れずに動いたから。
命懸けの功労者様がいらっしゃるのに、自分たちごときが意見はしにくいとシャチもペンギンも口を出せずに居たわけだ。

渦中の人物はといえば、我関せずとしれっとおにぎりを頬張っていたりする。
誰のせいでこんな事になっているのか 自覚を問いたくなるレベルの自由さだ。


「皆は悪くない!!俺が!俺が悪いんだー!!」
「ベポはさっきから私の話の何を聞いてたのかな。いつまでそれやるのって言ってるじゃん何度も」


泣き喚き続けるベポと相変わらず容赦の無いウイに、シャチは本気で頭を抱えたくなった。

視線だけしか話に雑ざらずおにぎりを頬張るロー。
自分に火の粉がかからないように存在感を消すペンギン。
何か言えとは言うものの、下手なことでも言おうものなら容赦なく切って捨てそうなウイ。
あうあう号泣し続けるベポ。

詰んだ。
シャチは正に、そう思った。


「誰のせいとか、決める必要も意味もないでしょって言ってる。そこ決めても誰にも何にもいいことないじゃん」
「ごべんなだい!ぞおだった!ぞおだっだごべんなだい!」


シャチもペンギンも、ベポの気持ちは痛い程理解できた。
だが感情論を感情的にぶちまけるベポに向かい打つのは、それを華麗に無視した救世主の現実論。
ベポもベポでもし取り返しのつかないことになっていたらという申し訳なさで 謝ることをやめられない。

シャチはウイを宥めようと立ち上がった事を死ぬほど後悔していた。
今さら座ってペンギンのように存在感を消そうにも、 腕組みしながら鋭い視線をベポとシャチに交互に飛ばすウイはそれを許しそうもない。


「ほら、ベポ。さっさと泣き止まないと。シャチが困ってるって。ベポのせいで自分までとばっちり受けて迷惑だって」
「ぅ"わ"ー!ジャヂもごべんー!!」


何のいじめだ。
実際頭を悩ませている状況とは言え、それをベポに そんな言い方で伝える必要はないだろうとシャチは途方に暮れた。


「ねぇベポ、教えて欲しいんだけどさ。ハートの海賊団って、何かあれば誰かに責任を押し付けてウサ晴らしするような人達なの?」
「それ、は…」


ベポはそうではないと胸を張って言い切れる。
だが今は負い目が邪魔をして、自分にとって都合の良い言葉を紡ぐ事ができない。


「へぇ…私そんな薄情で理不尽な人達を船に乗せてたんだ。普段いい人達ぶっておいて本性それか。…ガッカリ。本っ当ガッカリだわ。けど所詮海賊なんてそんなもんか。そうかそうか」
「違うよ!!キャプテンも皆も!そんな人なんかじゃない!!!!!」


蔑むようなウイの口振り。
流石のそれには腹を立てたベポが強い口調で反論した。


「どうだか。こんな所で船から下ろされても困るでしょ?そりゃ取り繕うよね。得意そうじゃん"そういう"人達。その場だけ取り繕うのとかさ」
「なんでそんな酷い事言うの!?ウイだって今まで見てきたでしょ!?皆は!ハートの海賊団は!絶対そんなんじゃない!!」


俺の仲間を侮辱するなとでも言いたげなベポが 涙を溜めた目でウイを睨み付けた。
噛み締めているだろう歯がギリギリ音を立てそうな程 唇は真一文字に結ばれ、普段つぶらな丸い瞳は怒りで吊り上がっていた。

呼吸を荒立たせる白くまを ウイは変わらず平然と眺めている。
動じることも 怒りに応戦することもなく。










「…なんだちゃんと分かってるんじゃん」
「?」


両手を合わせてそう言うウイが満足気ににっこりと笑った。


「皆が本当にそんな人じゃないか私は心配だよ。口だけじゃないって、ちゃんと証明してよね。さあ…ベポはどうしたら良いんだろう」
「…ずるいよ、ウイは」


一瞬怒りを挟んだせいか ベポの行き過ぎた自責は薄まったようだ。
じゃあこの話はおしまいね、とウイは鮭のおにぎりに手を伸ばす。


「今後は、なんかあるなら事前に共有しろ。俺も上手く落ちれなくて悪かった」


もういくつ目になるのか、ローがおにぎりをもぐもぐと頬張りつつぼそっと呟く。
散々今まで放置しておきながら、落とし所はしっかりつけていく。
船長にそう言われれば、その下につくクルー達はもう何も言えない。


「俺!!もうこんな思い二度としたくない!!どんな海でも皆が安心できるような、凄い航海士になるよ!!」


ベポの決意表明を、皆が微笑ましい顔で見守っていた。


「ウイ!ありがとう!!」


ぐるりと、ウイに体を向き直し改めてお礼を伝えるベポの顔は真剣だった。
このお礼にはきっと、いくつもの感謝が含まれている。

未だにグスグス鼻をすすりながらも 白熊の顔はどこか晴れやかだった。


「なにが?感謝どころか寧ろ迷惑とか思ってそうだよ?サングラスかけてらっしゃる誰かさんとか特に」
「やめてくれ…収まりそうじゃん今…もういいじゃん色々と…」


名指しされた誰かさんが頭を抱え、その姿をニヤつきながら見ているウイは心底楽しそう。
そんな普段の空気が漂いだしたダイニングで 急になにかに思い至ったウイが口を開く。


「っていうかさ。なんでローはさっきからほぼほぼ喋らない訳?船長だし当事者じゃん。ローが最初から気にすんなって言ってあげたらすんなりまとまったのに」


無責任だと眉を寄せたウイはローに食ってかかるが、詰め寄られた張本人はやはり黙っておにぎりを食べ続けている。
目線はウイに向けつつも、咀嚼している分を飲み込んだ途端に次のひとくちを頬張るだけ。


「…キャプテン、おにぎり大好物だから。…最近食べる機会あんまりなかったし嬉しいんだと思う」
「…は?」


一応誤解は解いておこうと口を開いたベポ。
その言葉に、信じられないと言わんばかりのウイがローを凝視する。


「え…?そんなに?そんなに好きなの?おにぎり」
「…悪いか」


いやまさか嘘だろ、と。
その嘘を確かめる為の問いに返ってくる 肯定の言葉。
確かにローの胃袋に消えたおにぎりはもういくつ目になるだろう。
食べ盛りの、そして男だ。
ローに限ったことではなく、ハートの海賊団はよく食べる。

だがこんなにも食の進むローをウイが見たのは初めてだった。


「悪くは…ないけど。でも状況とかあるじゃん?ああいう時は空気とか読んだ方良いと思うよ」
「おまえが言うか。それを」


さも常識人ぶったウイをバッサリ切り捨てたローに、クルー達は心の中で拍手を送った。
ぶちギレ寸前のローを前にしても動じない。ウイは今のローに勝るとも劣らない奔放な人だから。

自覚がないのか自分のことは棚に上げる主義なのか
めっちゃ空気読んでたじゃんさっきも普段もとギャーギャー喚くウイに苦笑うベポが、そういえばと口を開いた。


「…そういえばウイ。さっきのって、あれなんだったの?」
「さっきのってなに?」


思い当たる節が全くないのか、質問に質問を返すウイの顔はきょとんとしている。


「船に行くなって言ったり、キャプテンに死ぬなって言ったりしてたアレだよ!!」


気になっていたのはやはりベポだけではないようで、あの場に居た残り二人の視線もウイへと向いた。
注目が集まったことで真面目に考え出したウイは記憶を遡るようにこめかみに人差し指をぐりぐりと押し付ける。


「そんなん言った?うーん…言った気もするな」


そうだったとしてだからどうした、とでも言いたげにウイは眉を寄せ首を傾げた。


「なんか空気が震えるっていうか、電気みてぇなのが走ったっつーか。そんなんだったよな?」
「俺チビりそうになったもん」


シャチとペンギンが言うその状況を聞いても、ウイは釈然としないようにこめかみをぐりぐりやっている。
そんなこと言われても困るとでも言うように。


「それに言ったこと全部本当になってた!船もウイの所に向かって行ったし、キャプテンもそれで目を覚ましたみたいに見えた!!」
「私にそんな力が…」


いつかシャンブルズを自分の力と勘違いした時のように両の手のひらを驚き見つめるウイの姿を 初見の二人は元より、二度目ましての一人と一匹も今回ばかりは茶化す気に等なれそうもなかった。
今回は本当に、その線が濃厚であったから。


「俺があの時どこまでヤバかったかは知らねぇが…おまえの声は聞こえた気がする」


例えオペオペの実を使いこなす名医であろうと 海で溺れて意識を無くしていた時の自身の状況を客観的に説く事は出来ない。
だが一応、その"声"はローに届いていたようだ。


「仮にそっちは偶然だったとして。…流石に船が海流を逆走するのは偶然じゃ片付けられねぇぞ」
「…ちょっと。おにぎり全部食べた途端何事もなかったかのようにしれっと会話入ってくるのやめてよ」


論点のズレた文句を言うウイに、ローは取り合う気はないようだ。
答えろとでも言うような鋭い視線が ウイに向けられる。
クルー達もまた、じっとウイを見つめた。


「…フリーウィングは気に入った人しか乗せないから。気に入ってくれてる私を、今回もまた助けてくれたんじゃないの?」
「それがどういう事かと聞いている」


ぐりぐりとこめかみで円を描いていた人差し指が、ポリポリとそこを搔く。
困ったなとでも言いたげなウイが、フリーウィング号の事を話し始めた。





destruct at reality.