6-9

「お前の覇気のせいなんかね。フリーウィングがお前ばっかり守るの。」


そうなのかな。
もしそうなら、それは謎が解明できてすっきりするのかもしれないけど
なんだか少し寂しい気もする。

私はフリーウィングにも心があって
この子が私を選んで乗せてくれてるって
そう思いたいからなのかな。


「キャプテンの言うこと聞いたならキャプテンも鍛えれば覇王色の覇気持ってるってこと?」
「あんな暴君にんなもん使われたら世界が終わる。」


ローの覇気がどういうものなのかは分からないけど
結構な言われようだ。

皆はローを暴君だとか自分勝手みたいに言うけど
彼以上に仲間想いな人はいないと思う。
皆もなんだかんだ言うわりに
ローを凄く信頼しているんだろうけど。


「なんかここまで雨降ってると、ちょっと外出て遊びたくなってくるかも。」
「やめとけよ。良くなってきたとは言えまだ前の方が辛うじて女らしい体してたぞ。」
「うっせーぞオイ。」


冗談めかしていつもそんな事ばっかり。

風邪引くと心配だってなんで素直に言えないかな。

そんなペンギン気持ち悪い気もするけど。


「俺ちょっと昼寝してくるわ。キャプテン起きて来たら起こして。」
「俺もー。」


シャチとペンギンが起きてまだそんなに経っていないというのに
堂々と昼寝宣言をして階段を降りていく。
その様子にベポと二人で顔を見合わせて笑ってしまった。


「ベポ何か飲む?」
「紅茶が良いな。温かいの。」
「良いね。それにしよう。」


私が紅茶を淹れにキッチンに回ると
ベポは棚にしまった海図を出してきてそれを広げ出した。
雨が上がるまでベポに海図の書き方でも教えてもらおうかなと思いながら
お気に入りのアールグレイの缶から茶葉を掬った。

普段通りに接してくれるベポに安心する。
これがペンギンとかだったら
絶対に不自然な態度を取られただろう。

まず、ペンギンなら理由くらい話せって引き下がらないんだろうけども。




「ねえ、……ローは放っておいても大丈夫?ちゃんと生きてるよね?」


ベポに海図の書き方を説明して貰っていたら
ベポのサインというか肉判というか
とりあえずそれがどうにかならないかという話に脱線し
更に脱線した私たちは気付いたらお絵かきしりとりを楽しんでいた。

それにしてもひどい。

人の事はいえないが
絵は描いているものの

紙には
糸人間と得体のしれない付属品と
同じく得体のしれない付属品とセットになった熊の絵が
交互に並んでいる。

ポールダンスを踊るシャチ
チキン南蛮を出前で届けるベポ
ポテト男爵と散歩するシャチ
チョコレートと友達になったベポ

もう何個か前の絵がどんなお題だったかは誰にも分からない。
どんどんマニアックな事になっていくシャチとベポ。

そこはお互いに真顔かつドヤ顔で相手にそれを渡すことで
お互いにしか分からない奇妙な面白さを生んでいた。






「心配なら見てきたら?流石にもう十分寝たでしょ。」


時計の針はもう11時を指している。
あれだけ飲んだとは言え日付が変わる前にローは寝た筈だ。
二階からは物音一つしない。

一見普通通りだったことで忘れそうになるものの
彼が昨日飲んだ酒の量は人によっては致死量だ。
いや、結構な人が死ねる量だ。

死にはしないだろうけれど
無事だろうか。


「ベポ見てきてよ。」
「やだ。」


なんて薄情なクルーだ。
ぷいとそっぽを向いて糸人間を描きだすベポ。

どうしよう。
水くらい持っていってあげようか。

でも覚えていないとは言え
なんだか今ローと二人きりになるのは怖い。



自分が。



普通にすると決めたものの
誘惑は少ないに越したことはない。



「うるさいなー。じゃあウイキャプテンの様子見てきて。お願いね。」
「な、何も言ってないじゃない!」



心の声がうるさい、とじと目でこちらを見ているベポにドキッとする。
昨日もそうだったけど
ベポは本当に人の心の声が聞こえているんじゃないかと焦ってしまう。

行った行った、と手でしっしっとあしらわれ
コップに水を入れてローの部屋に向かった。




「ロー?生きてる?」


部屋の扉を開けておそるおそるベッドに近づきながら声をかける。

割と肌寒いというのに
上半身裸で布団もはだけた状態で眠っているロー。

胸が上下していることから
ローの生存はとりあえず確認できた。

前に一緒に眠ってしまった時もそうだったけど
ローは寝るとき上は何も着ない派なのだろうか。

彼の胸に彫られたハートをモチーフにしたトライバルタトゥー。
これを初めて見たときは
タトゥーという物を始めて見たせいで
興奮して随分大胆な事をしたものだ。
いつかの自分が恥ずかしくなってくる。


「ロー!もうお昼だよ!起きて!」
「ん。」



結構大きめの声で声をかけたつもりなのだが
散々寝た筈なのにローは眉間に皺を寄せただけで起きようとしない。

どうしましょう。

とりあえず水の入ったコップをサイドテーブルに置いた。
いや、ここは頭から水をぶっかけるべきか。

やめよう。
起きるだろうけど流石に後が怖い。
そういうのはペンギンとかシャチにやろう。






人ってどうやって起こすものなんだろう。

ずっと一人で航海をしてきたし
家に居たときも誰も私を起こしにくることもなければ
父様や母様を起こした記憶もない。


「ローさんローさん。起きて!」


とりあえずローの肩を揺すってみた。
ローはそれが鬱陶しかったのかこちらに背を向けるように寝返りを打ってしまった。


なんて寝汚いんだ。


「ロー起きて!脳ミソ溶けちゃうよ!」


寝返りを打ったことで布団を抱き枕のように抱えて眠っていたローから布団をひっぺがす。

寝ている筈なのにそれを離すまいと抵抗を見せたものの
寝ているロー相手なら力勝負でも勝てるらしい。

見事布団を奪い取ることに成功したものの
ローが起きる様子は全くない。

どうしよう。
やっぱり頭から水をぶっかけるしか方法はないのだろうか。


どうせ起きないだろうとローの頬をぐりぐりと人差し指で突っつきながら
何か良い起こし方はないものかと考えていると
ガシリと腕が捕まれた。


「痛ぇ。……なんだ朝から。」





「おはようロー!もうお昼だよ!」
「……マジか。っつ、頭痛ぇ。」


何かを頬に強く押し当てられて意識が浮上した。
頬にぐりぐりと押し付けられていたのはどうやら人の指らしく。
誰かと思ってその指の元を辿ると
ちょっと力が強すぎやしないかという程人の頬を突っついていたのは

お決まりのあの
親指に顎を乗せて握り拳を唇に押し付けながら
視線を上に向けて唸っているウイだった。


なんでウイがここに、とは思ったものの
自分はどうやら昼まで寝過ごしていたらしく

体を起こした瞬間とんでもない頭痛に襲われた。



「はいお水。」



にこにこと笑うウイから
コップに入った水を手渡された。

頭も痛いが喉も乾いていた。
気が利くなと思いつつそれに口をつける。

なんだかやたらとウイの機嫌が良いというか
最近感じていたよそよそしさを感じない。

昨日、俺は帰ってきてから何をしていた?



「具合悪いんでしょ?」



口元は笑っているものの、呆れたような視線をこちらによこすウイ。


具合?


悪ぃな。



「なんで分かる。」
「そりゃあれだけ飲めば誰だって具合悪くなるわ。」



この頭痛と胸焼けのような胃のムカつきは二日酔いか。
確かに言われてみれば気色悪ぃジジィに夜の誘いを受けて
そのしつこさにうんざりしながら帰ってきた俺は
ウサ晴らしに酒を煽っていた気もする。



「……マジか。」



確かダイニングで酒を飲んでいた筈だ。
自分がベッドまで戻った記憶が全くない。



「なかなか面白かったよ。酔っ払ったロー。」
「何かやらかしたか。俺は。」
「やらかしたねえ。」




即答で返ってくるその返事に
頭を抱える。
以前にもこういうことがなかった訳ではないが
今というのはタイミングが悪すぎる。
ちらりとウイの顔を覗き見ると腕組みをして呆れた顔でこちらを見ている。
怒っている訳ではなさそうだが、







何をした。俺。



「悪い。記憶にない。」
「らしいね。まー、たまには良いんじゃない?許したげる。」



何をしたのかは気になるが
記憶にない間の自分と何かがあったのは確かなようだ。


「薬飲んだら?取ってこようか?」



色々と申し訳ない状況ではあるが
頭痛が半端ない。
ここは素直に好意に甘えようと薬の在りかを伝えると
ここにあるんだ、今度勝手に貰おう。とほくそ笑むウイが薬を持ってきてくれた。

それを水で流し込む。
具合が悪いとはいえ一日中寝ている訳にもいかないだろうとベッドから起き上がると
細心の注意は払ったものの
頭にかかる重力が増したせいか激しい頭痛が襲ってきた。



「今日雨だし、出かけるの明日にして寝てたら?」
「……雨?」





窓の外は昼過ぎだと言うのに薄暗く
ザー、と強い雨が叩きつける音が聞こえていたことに今更ながら気付く。








昨日も、雨が降っていなかったか?



夜、甲板で。

その時、ウイがそばにいた?




「昨日、俺はお前と甲板に出たか?」
「出てないよ。」



夢でも見てたんじゃないの?と言われると
確かにそんな気もする。
よく思い出せないけれどウイと抱き合ってキスをしていた気がする。
彼女もそれに応えてくれて
そんな幸せな、自分に都合が良い夢。

あり得ない。
自分の願望が夢に現れただけだ。



「かもな。悪ぃ。……俺は、お前に何かしたか?」
「みんなの前でちゅーされた。」
「……悪ぃ。」



なんとなく、そういう類いのことをしでかしたんだろうなとは思っていたものの
あいつらの前でだとは思わなかった。


自分のすることを誰かにとやかく言われる筋合はないと思う。
でも、彼女のしたいようにしようと決めた今
しかも記憶を飛ばしていた今回に関しては

言われて当然。
むしろ申し訳なさすぎる。


でも、ウイにキスをしてしまったのなら、そんな夢を見てしまったことにも納得がいくというものだ。

余韻に浸っていたのだろう。

記憶のない間の自分を羨ましく思う。



「本当に恥ずかしかったんだから。……でも良いよ。シャンブルズ100回使用券で許したげる。」




違うな。

後ろめたさだけではない。
彼女にあれこれ言われるのを
自分は嫌だと感じない。

内容によっては正直ムッとすることもある。

でも、ウイが自分に望むことは
なんでも叶えてあげたいと思うし

ウイが自分に何かを望んでくれることを
どこか喜んでいる自分がいる。




destruct at reality.