「やっと起きたの?おはようキャプテン。」
ウイがキャプテンを起こしに行ってしばらくして、
顔をしかめたキャプテンが階段を降りてきた。
何を言われなくても分かる。
なかなかの二日酔いっぷりだ。
キャプテンが具合を悪くするなんてことは
こういう時ぐらいしか記憶にない。
ダイニングに腰かけ、頭を抱えている。
相当ひどいのだろう。
ウイはキッチンで朝食用に作ったしじみの味噌汁を温め直している。
朝食にそれが並んだときペンギンに
酒癖の悪い旦那を持つと嫁も苦労するな
とからかわれ、
だってあれは相当な二日酔いで起きてくるでしょと軽くかわしていたウイの様子を思い出す。
キャプテンのことをからかわれるといつも
顔を真っ赤にしたり
うんざりした顔をしていたのに。
昨日皆の前でキスされて怒って部屋に戻ってしまったのだから
その頬を染めてムキになって否定した方が彼女らしいリアクションだったんじゃないかと思うけど。
言わないし聞かないと約束した。
ウイが話してくれるまで待とうと決めたけど
昨日キャプテンとウイの間で何があったんだろう。
最近食事の時くらいしか二人をセットで見ることはなかったが、
どうも様子がおかしかった。
お互いがお互いに遠慮しているような
よそよそしい感じ。
「うまい。」
「汁だけにしといたよ?私優しいでしょ?」
ダイニングテーブルに向かい合って座る今の二人にはそれを感じない。
今まで通りの二人だ。
昨日リビングに帰ってきた時、二人は手を繋いでいた。
自分の顔を見るなり慌ててそれを振りほどいた辺り
ただ仲直りしただけって訳ではない気がする。
キャプテンが記憶を飛ばしていることを知ってたウイが
そんなキャプテンと何をしていたのだろう。
イチャついて来ただけにしては
理由も話さず黙っていて欲しいと頭を下げたウイの表情は
真剣を通り越して深刻だった。
「これまだあるか?」
「おかわり?あるよー。」
こうしていると本当に夫婦のようにすら見える二人。
結果として二人が普段通りに戻ったのであれば
ウイが隠したいことは、二人にとってそう悪いことではなかったのだろうけれど
この前ウイに改めて助けて貰った事にお礼を言ったときから
彼女が隠そうとしているものに、良い印象が沸かない。
ロイに言われて初めて気がつくほど
ウイと涙という組み合わせはイメージがつかない。
涙なんて流さなくても
悲しんでいたり
つらそうな顔をするウイを見たことがない。
でもウイだって人間なんだ。
悲しまない訳も辛くない訳もない。
隠してるんだ。
命がけで自分たちを助けてくれるのに
ウイは決して自分たちを頼ろうとしない。
何もしてあげられなくても
辛い気持ちを聞いてあげたり
泣いているウイの側にいてあげることくらいならできる。
自分たちに壁を作って立ち入らせようとしないウイなんて嫌いだ。
確かに守れなかったけど、守られてばかりだけど
頼ろうともしてくれないウイに腹が立つ。
俺は仲間だって思ってるのに
ウイはそうじゃないって言われてるみたいで
なんだか虚しい。
「私たちもそろそろお昼にしよっか?」
にこにことこちらを向いてそう聞くウイ。
いつも明るい顔をしているウイはやっぱりなんだか温かく感じる。
ぽかぽかしたお日様みたいで
絶対に拒絶されないような安心感がある。
ずるいよね。
拒絶しないのに立ち入らせて貰えないなんて。
「シャチとペンギン起こさなきゃ。」
「あはは。そうだった。」
嫌いだけど、でもやっぱり大好きだ。
俺でもこんな片思いみたいな戻かしさを感じているんだから
キャプテンはもっと複雑なんだろうな。
なんだアイツらもまだ寝てんのかよと文句を言うキャプテンに
心から同情した。
とんでもない人に惚れちゃったんだね。
冷たいお茶でも飲もう。
ウイに淹れて貰った紅茶はとっくに飲み干してしまった。
まだ外は大荒れだけど
湿気のせいか室内は少し蒸し暑かった。
「ベポ。……昨日お前、夜にここで俺と何か話したか?」
冷蔵庫からお茶のボトルを取り出してコップに注いでいると
キャプテンがそんなことを言い出した。
珍しい。
いつもああなると全く覚えていないと言うのに。
昨日と同じメンバーと同じ立ち位置であるこの状況が
キャプテンの記憶を刺激したのだろうか。
聞いてはみたものの確証は持てないのか
キャプテンの表情はなんとも微妙だ。
ウイはウイで
絶対に言わないでと必死の表情でこちらに訴えかけている。
「話したも何も、昨日皆でここで夜ご飯食べたでしょ。」
「そうじゃなく、お前と……ウイと三人で、何か話さなかったか?」
本当に珍しいこともあるものだ。
前にトランスモードになった時は
泣き叫ぶ俺たちでダルマ落としをやりだし笑い転げていたことを
何度説明して謝れと言っても思い出さなかったのに。
「話してない。ウイは昨日キャプテンがみんなの前でキスしたりするから、怒ってさっさと部屋に戻っちゃったもん。」
「……お前やっぱり怒ってたんじゃねえか。」
「怒ってないとは言ってない!ただ、まあしょうがないじゃん!本人も覚えてないんだから。」
あっさり諦めたところを見ると
そんな気がする程度で思い出した訳ではないんだろう。
ウイもほっとした表情をしている。
「キャプテンそれより、覚えてないならもう一回話さなきゃいけないことがあるんだけど。」
「まだ何かあんのかよ。なんだ。」
そう面倒臭そうに言うくらいなら節度を守れと声を大にして言いたい。
自分たちも飲み過ぎて羽目を外すことはあるものの
キャプテンのように綺麗さっぱり記憶を飛ばすことはない。
「ウイごめん。ちょっと話してくるからご飯の準備お願いしてて良い?」
「……うん。ついでにシャチとペンギン起こしてきてね。」
どうせウイに話す内容なのだけど
先にキャプテンにそれを言っておいた方が良いだろう。
ウイは自分のいない所で昨夜の話でもされるかと思っているのか
不安そうな顔でこちらを見つめていた。
「大丈夫。後でウイにも話すから。」
そっか、と息をついてキッチンに入っていくウイを見送り、キャプテンを立たせて階段を降りた。
「俺は覚えてない所でも割とちゃんと俺なんだな。」
地下に降りてシャチとペンギンを叩き起こすと
昨夜話したらしいことの概要を説明された。
記憶にない間の自分はちゃんと考えていた案をクルー達に説明していたようで
誉められた事ではないと分かっているものの
感心した。
「キャプテンは大事なクルーをダルマ落としとかボーリングの道具だと思ってるってことか。」
悲しいぜ!とペンギンがわざとらしく泣き真似をする。
前に同じような事があった翌日、
散々それを責められた覚えはあるが
申し訳ないが覚えていない。
アンピュテートでバラバラにしたクルー達でそんな事をするとは
中々自分は面白いことをすると思う。
「昨日だって俺らの前でウイにべろちゅーだぜ?勘弁してくれよマジで。」
「したかったんだろう。それはしょうがねぇ。」
ハイハイご馳走さま、と言うシャチに
普段散々覗いておいてどの口がそれを言うのかと少し呆れた。
「とりあえず、船が出来たらウイと一旦別れることは俺らも納得した。さっさとドフラミンゴ、ぶっ潰そうぜ。」
「今ウイがお昼作ってくれてるから、お昼食べながら話そう?」
簡単にぶっ潰すと言うペンギンには悪いが、アイツはそう簡単に倒せるような相手じゃない。
これからは、情報を集めつつ自分たちの力の底上げを図らなければならない。
いつになるのか、はたして本当に可能なのかも分からないが
必ず果たす。
そして必ずウイを迎えに行く。
ウイは何と言うだろうか。
船ができるまで俺らを乗せる案に、協力してくれるだろうか。
散々仲間になれと言っておいて、諦めたと言う自分たちを彼女はどう思うだろう。
せいせいするだろうか。
それとも、少しは寂しいと思ってくれるのだろうか。
朝食を食べて割とすぐに寝たらしいシャチとペンギンは、
大してエネルギーを消費していないというのに
階段を昇りながら腹が減ったと溢す。
薬は大分効いてきたものの
まだ腹が減るという感覚は覚えそうにない。
「お話終わったの?早かったね。」
「昨日話してたのキャプテンが忘れてただけだから。」
リビングに戻ると、キッチンに立つウイがきょとんとした顔で迎えてくれた。
それに応えるベポの言葉にトゲを感じる。
悪いとは思うものの、今回はそんなに大層なことはしていない筈なのだが。
直接的に非難された訳ではないため気にしないことにしてリビングのソファーに掛ける。
なんだか香ばしいような香りがリビングに充満していた。
「ローはまだお昼食べられないでしょ?」
「ああ。悪い。」
「良いの良いの。そうだと思ってパンにしたから!」
この香ばしい匂いの正体はパンか。
自分の嫌いな食べ物である筈のこれは、こんなに良い匂いを発していただろうか。
コラさんがパンを嫌っていたこともあり、
彼に連れ回されていた時から一切口にしていないそれ。
正直食べられない程嫌いなわけではない。
口の中の水分をやたらと持っていくことと
味気ないというか、特に好む味でもなかったせいもあり
それは自然と嫌いというポジションに落ち着いていた。
こんなに食欲をそそる匂いをさせていただろうか。
「超良い匂いすんだけど。やべー。パンとか超久しぶりー。」
「パンもウイが作ったのか?」
「おうよ!急だったけどちゃんと大丈夫そう。サンドイッチにしようと思って。」
ウイは料理が上手いと思う。
他で食べるそれは好きではなくても
彼女の作るものであれば好きだと思うものが結構ある。
その証拠に
空腹を感じていなかった筈の胃が匂いに誘われて活動を始めた。
嫌いな筈のパンの匂いで。
もう少しかかるから待っててと言うウイに促されてリビングへ戻ってきたシャチが
テーブルの上に乱雑に置かれた海図の中から1枚の紙を手に取り顔をしかめた。
「なんだこれ。」
よく見ると他の物と紙質の違うそれは海図ではないのだろう。
「シャチとベポだよ。」
「は?」
それが何かを聞いた後、更に訳が分からないといった顔をしたシャチが隣に腰を降ろした。
紙に描かれた糸人間と熊とごちゃごちゃした絵。
確かに全くもって理解不能だ。
ベポがお絵かきしりとりだと言うそれ。
確かに糸人間と熊の間は矢印で繋がっているが
シャチとベポの名前はどう頑張ってもしりとりでは繋がらない。