「ウイのやつめちゃくちゃ心配そうだったな。」
「慣れて貰わねぇと困る。」
船を出る時のウイの表情。
まるで死にに行く者を見送るかのような顔をしていた。
これまでウイが居るときにはあまり目立った戦闘は避けてきた。
フリーウィングが避けて進んでしまうということも理由の一つではあるものの
ウイにとって戦闘と言えば
セントローズでの戦いを連想してしまうのだろう。
あまり心配もかけたくはないが
資金は調達しなければならない。
こちらとて
命がかかっていることに加えて
自分たちに何かあれば
何をしでかすか分からない彼女が必ずしゃしゃり出てくる事は十分承知している。
慣れてもらうしかないのだ。
本当に。
「今日どのくらい回るの?」
「日が暮れる前には戻る。その間に狩れるやつら全部だ。」
ある程度残しとかねえとペンギンが煩ぇな、と呟くシャチは狩る気満々だ。
効率良く済ませるに越したことはないのだが
必ず戻る為に
雑魚相手だとしてもある程度温存しておかなければならない。
「本当に各自特攻で良いの?」
「ああ。今日は必要な時以外能力は使わねぇ。」
自分が全力で大人数を相手にする際には
本当に狩りの要領でクルー達がサイドから敵を追い込み自分の元に数を集中させる。
ルームを張る範囲を狭め一気に叩くこの戦法が最も効率が良い。
しかし今日はそれをしない。
いくら鍛練の成果もあって能力を使える限界値が上がったとは言え
体力を消耗することに変わりはない。
念には念を入れなければ。
いざという時のみ、能力は使う。
丁度新しい刀、鬼哭の戦闘での使い勝手も気になっていた所だ。
血生臭いことになるだろうが
致し方あるまい。
町外れの酒場を根城にしている割と大所帯の海賊団。
店の周りにはそれらしき男達がたむろしていた。
中から聞こえる喧騒から、これでは一般客はとてもではないが入れないだろうと感じた。
人数が多い割に首に金が懸けられたお目当ての人物はたったの四人。
それでもこの海賊団が最もトータルバウンティが多い。
手配書で顔は確認してきたものの
人数が多すぎて今酒場の中にそれがいるかすら分からない。
「じゃあ俺とりあえず突っ込んで来て良い?」
「ああ。用がねぇやつは極力相手にするな。」
お先ー!と威勢良くベポが店の方へ駆け出して行く。
どこから見てもただの通行人ではない白熊が突進して来る様子に店の前にいた連中が事態を悟る。
奴等が刀や銃に手を伸ばした時には
ベポはそこを通過し終えており
低いうめき声と共に成す術もなく男達は地に沈んだ。
「じゃあ俺もー。」
店に入っていったベポに続いてそちらへ駆け出したシャチは
絶対わざとだと思うがベポの拳を腹部に受けて意識を飛ばしている連中の上を踏みつけていく。
ふぐっと苦しそうに呻くこいつらは
暫く立ち上がれそうにないだろう。
突然の白熊の来訪に
喧騒が一層大きくなった店内へと足を踏み入れる。
次々と相手を投げ飛ばし店の奥へ突っ込むベポと
投げられた奴等を的確に沈めていくシャチ。
ベポの進む先には見覚えのある顔が1人。
全員不在じゃなくて助かった。
見たところあまり歯ごたえのなさそうな連中ではあるが
無駄足は御免被りたい。
他に賞金首はいないものかと店内を見渡すと
チリチリとした殺気をうなじに感じた。
ガキィィィン
「お前が頭か?随分行儀の良いクルーだな。」
「……一番行儀の悪ぃのは生憎留守番なんだ。」
背後から振り落とされた薙刀を鬼哭の根元で受け止めた。
薙刀を振るった男の顔には見覚えがあり
自然と口角がつり上がるのを感じた。
この程度で同格とは随分舐められたもんだ。
交わる刃の押し合いが続く。
腕力だけで言えば
確かに同格なのかもしれない。
一度後方に引くと待ってましたとばかりに四方から雑魚が飛びかかってきた。
一番軽そうなやつが大きく振りかぶった事によってがら空きの懐に峰打ちを食らわせる。
そいつは想像通りそのまま壁に叩きつけられた。
一番近くにいたヤツの腹を凪ぎ払うと鮮血が辺りに舞った。
生ぬるいそれがかかったことは不快でしかなかったが
身を翻して残りの二人の刀を一度に鬼哭で受け止める。
「キャプテンもてもてじゃん。」
「あっちの白熊程じゃねえよ。」
丁度敵陣から間合いを取ったシャチと背を合わせる格好になる。
シャチの傍らには結構な数の動かなくなった男達の体が転がっており
ベポは未だに手当たり次第に相手の頭数を減らしている。
やはり量より質だなと改めて思った。
頼もしい奴等だ。
先ほどの頭らしき男と比べ物にならない程力の乗っていない剣を二本まとめて弾き飛ばし
前を塞いでいた男達を切り伏せる。
「行儀はどうだか知らねえが。躾がなってねぇんじゃねえか?」
「てめぇ。良くもうちのクルーをっ!!」
先ほどから思っていたことなのだが
どうしてこんな雑魚に8000万ベリーの値が付いたのか理解に苦しむ。
激昂して飛びかかってくる男の腕目掛けて刀を振り上げると
薙刀を握ったままの腕が後方へと飛んでいった。
「ぅぉおおお!痛ぇっ!!糞野郎がぁっ!!」
痛みに悶えながらも当て身を食らわそうと突進してくる男の脇腹に狙いを定め鬼哭を突き立てた。
ブシュァっ
手に肉を貫く感覚が走る。
オペの時とは違うそれは
何度経験しても
頭の芯は恐ろしい程冷えていくのに
体に熱い欲望のような物をたぎらせる。
絶命した訳ではないようだが
動かなくなった男から刀を引き抜くと
それと同時に血飛沫が飛び散った。
立ち込める血の臭いに
体の奥で獣が騒ぐのを感じる。
「こっちは合わせて3000万くらいかな。」
「こっち雑魚ばっかりだと思ったらベポの方にいたのかよ。」
自分が倒した男をシャチが引きずり、ベポが残りの三人を担いだのを確認し店を出た。
ウイが待っている。
早く帰らなければと思うものの
今の状態で彼女に会うのは
少しまずい気がした。
今ウイを前にして自分を抑えられる気がしない。
「ペンギンがなんであんなに弱いか分かった気がする。」
「なんでお前らに勝てねえか分かった気がする。」
前々から麻雀講座を開いて欲しいと言われてはいたものの
皆が居るときは打ちたいがあまりそれは延び延びになっていて
気が紛れるかと思って始めた麻雀講座。
ペンギンの持論に唖然とした。
「だってよー、こんなの運だろ!運!!」
大体そんなん理解してたって打ちながら計算できねぇよとペンギンが麻雀上達への道を諦めかけている。
確かに麻雀は運の要素も強いけれど
自分の点数や状況に応じて突っ張るか降りるか、牌効率をちゃんと計算できるかで勝敗は大分変わってくる。
「あとねー、ペンギンはちゃんと手配順番に並べるじゃない。切った牌がどこから出てきたかとかも私見てるよ。」
「は!?マジで!?」
怖ぇーとわざとらしく怯えるペンギンはそんな所を見られていたとは思わなかったようだ。
恐らくローとシャチもそこは見ている。
彼らの手配は順不同に並べられているし
目線を見ていれば一目瞭然だ。
「俺だって降りる時はちゃんと降りるし筋引っ掻けとかもやってんだぜ!?」
「ペンギンはさ、ルールは理解してるんだよ。ただそこから勝つ為の工夫が決定的に足りない。」
麻雀に限らずチェスもオセロも
勝つためにはルールの奥にある秘訣を理解しなければならない。
だからこそ頭脳戦なのだ。
ペンギンは場当たり的すぎるからいつも私にコテンパに負かされるのだ。
「そういう工夫はキャプテンとかシャチがやるから俺はこのままで良いんだよ!」
「うわー、開き直ったー。」
俺が考えて動くようになったらそれを使うキャプテンが困るだろ、とペンギンは
考えることを放棄した癖にやたら偉そうだ。
まあ別にペンギンがそれで良いなら良いんだけど。
でもなんだか
足りない物を当然のように補い合っていたり
お互いのことをちゃんと分かってるんだなって思うと
そんな皆が羨ましい。
「俺は格好良さを求める!あれやろうぜ!見ないで指で触って何の牌か当てるヤツ!」
「盲牌?」
弱すぎて楽しみがいはないものの
やっぱりペンギンは今のままが良いなと思った。
「東だ!絶対東だ!!」
「ファイナルアンサー?」
「イエスっ!!」
「残念南でしたー。」
くそっ!と南の牌を投げつけるペンギンは先程からちっとも盲牌を当てられない。
こう、ツモった瞬間に上がりを確信して手配倒してぇんだよ!と夢を語るペンギンは
まずは振り込まずにテンパイまで行着く所から始めるべきだ。
「お、帰ってきたんじゃねえか?」
「本当!?」
ベポだけじゃなくペンギンも、物音がしなくてもある程度の距離の気配は分かるらしい。
ペンギンのお陰で気持ちが沈むことなく皆が帰ってきた。
あまり時間も経ってないし、本当に何事もなかったんだろう。
取り越し苦労だったことにほっと息を付く。
出稼ぎ組を迎えようと立ち上がると
丁度甲板に繋がる扉が開いた。
「……っ!!?ロー!?」
姿を表したローは、血まみれで
鉄が錆びたような臭いが
頭から血の気を拐っていく。
「だ、大丈夫!?無茶しないでって言「触んな。」
パシリと
伸ばした手を払い除けられた。
ローの目が
いつもと違う。
声も、いつもよりずっと低くて
少し掠れている。
初めて
ローに拒絶されたかもしれない。
息ができなかった。
血まみれになるほどの怪我が心配で
こんなに血を流して、死んでしまったらどうしようって不安で
怖くて
いてもたってもいられなくて
それなのに
ローに手を払い除けられたことが
胸を締め付けて
何が起こったのかが分からない。
「悪ぃ。返り血だ。心配すんな。」
ローはそのまま
バスルームへと消えて行った。
返り血ってことは、あれはローの血じゃないんだろう。
大怪我をした訳じゃなかったみたいで
取り敢えずはほっとした。
でも
なんで、あんな顔で
私の手を払いのけたの?
何があったの?
ねえ、私
何かしちゃった?