6-22

暫くその場を動けなくて
払い除けられた手を見つめながら呆然としていた。



「あ、ウイただいまー!ちゃんと怪我してないよ!見て!大漁!!」
「いやー口ほどにもねぇ?いや額程にもねぇ?楽勝楽勝!!」



ベポとシャチのハイテンションな声にそちらに視線を向けると
二人は外の水道で血を洗い流してきたのか
服は赤黒く変色しているものの
ロー程返り血は気にならなかった。


二人が話しかけてくれたことにほっとした。


出掛けている間に何かがあって

皆に嫌われてしまったんじゃないかって

怖かった。



ベポとシャチが怪我をしていないかとか
そんなことより

そればっかり考えていた。



トランクケースに入った札束を自慢気に見せてくるベポとシャチは今まで通りというより
むしろテンションが高くて

それなのにローはあんなことになってて

訳が分からない。



皆無事で帰ってきて
収穫も上々だったんだ。

喜ばなきゃと思うのに

上手く顔が動かない。




なんで?














ぽすんと頭を温かいものが覆った。

そちらに目を向けると
それは複雑そうな顔をしたペンギンの手だったようだ。



「さっきのだったら気にすんな。今だけちょっとそっとしといてやってくれ。」
「私、何かしちゃったのかな。」



私が何をしてしまったのか、
ペンギンは知っているのだろうか。

知りたい。

謝ってローが許してくれるなら謝りたいし
直せる所ならどんな所だって直す。

ペンギンは言いにくいことなのか視線を宙に漂わせた。


「お前が何かしたとかじゃねえんだよ。マジで気にすんな。」




な?と困ったように笑うペンギンを見ると

普段空気を読むことをしない彼にすら気を使わせてしまうほど重大な何かを自分がしでかしてしまったのではないかと

余計に胸が重たくなる。



「どしたの?ウイ。」



いけない。

ちゃんとしなきゃ。



「皆が無事に帰ってきてほっとしちゃった。」



いつまでもこれが最後だと感情に振り回されていてはいけない。

私はちゃんと笑えてた。



ローは結局、バスルームから出てきた後
夕飯はいらないと階段を上がり

部屋にこもってしまった。


夕食の時間、皆は相変わらずテンションが高くて
俺の勇姿を見せたかったと詳細を語り出そうとするシャチを食事中だとたしなめると
シャチはある程度グロテスクな表現をオブラートに包んだ武勇伝を聞かせてくれた。

本当に楽勝だったみたいで、それなのに皆はあんな短時間で一億以上のお金を稼いできて

皆は私が思っている以上に強いんだなと
私の心配は取り越し苦労だったことを痛感した。



「じゃあ俺はお楽しみに行ってくるぜ!」
「しょうがねぇなー。俺も付き合うぜ?」



食事を終えると鼻の下を伸ばしたシャチとペンギンがトランクケースから何枚かのお金をポケットに忍ばせて出掛けることを告げた。

隠すつもりもないようで
二人は夜の町に繰り出すようだ。

シャチもペンギンも男の人だし
これだけのお金を稼いできたんだ。
島にいる時くらい、好きに過ごしたいんだろう。



「……ローは、誘わなくて良いの?」
「行かねえだろ。キャプテンは。」



なぁ?とペンギンに同意を求めるシャチの顔は複雑そうで
シャチもシャチで、帰ってくるなり様子がおかしいローがどうして部屋に引きこもってしまったのかに思い当たる節があるようだった。



「ふぁーあ。俺今日はもう寝てるよー。」



ベポは人間の女に元から興味はないのだが
結構暴れてきて疲れているのか皆とは出掛けずにもう寝てしまうらしい。



「じゃあガキは大人しく寝てろよ!行ってくる。」



ガキというのはベポだけじゃなく私も含まれているんだろう。

別に、シャチやペンギンにそういう目で見られたい訳じゃないけど
卑屈になっている頭では

夜のお店の色っぽいお姉さん達のように
私はそういう目的でも役に立たないと言われたみたいで

少し胸が痛んだ。



ベポは本当に眠いらしく相変わらずあくびが止まらない。
ベポなら私がローに何をしてしまったか教えてくれるかなと思ったけど
眠い時にそれを遮る話をしたら嫌がられるんじゃないかって
なんだか聞くに聞けない。
地下へ降りるベポの背中に、明るい声を心がけておやすみと告げた。









食器を洗いながらも、ため息が止まらなかった。




ローはもしかしたら
今回の出稼ぎの結果に満足がいっていなくて
気が立っていたのかもしれない。

ただむしゃくしゃしていたのかもしれない。




ただ虫の居所が悪かったのかもしれない。











そんな筈ないよ。

ローは黙って苛立っているようなこともたまにあるけれど
八つ当たりとかをする人じゃない。




私が、何かしてしまったんだ。

彼らの強さを信じずに心配しすぎた自分が鬱陶しくなったのだろうか。

それとも
今までの私の行動の何かを
思い出して嫌になってしまったんだろうか。



食器を布巾で拭く手は
いつもと変わらないのに

さっき払い除けられたこの手が
なんだかとても悪いことをしたものみたいに思えてしまって

布巾ごと手を強く握りしめた。



ローだって
たまに苛立つ時だってあるだろう。

ペンギンは気にするなと言っているし
一々大事かのように私が気にするのも
それこそ迷惑なのかもしれない。

でも気にしないなんて無理だ。





ローだけじゃなく

皆にまで嫌われてしまう気がして

怖くて不安で、気分が沈む。




食器を片付け終えてしまうと

リビングには誰もいなくて。

私も今日はお風呂に入って早く寝てしまおうと思った。

寝て起きれば
明日の朝には少しは気持ちも落ち着くかもしれない。



部屋に戻ろうとすると、何の偶然だろう。

ローが扉を開けて部屋から出てくる所だった。



ローは私の顔を見るなり眉を寄せる。






お互いを認識すると、どちらともなく足が止まってしまった。










ねえ、私あなたに何しちゃったのよ。



謝るから


直すから





私にそんな顔しないでよ。




船に戻り不快な他人の血液を洗い流すと
バスルームを出る前に頭を冷やす為に冷水を頭から被った。


冷たさに体が萎縮するが、その位が丁度良いだろう。


未だに人を斬った後の気の昂りが収まらない。

能力を使っての戦いではあまりそれを実感することはないが
真剣を交えたり
人の肉を斬る感覚や血の臭いは

相手がどんな雑魚であろうと
命のやり取りをしている事を自分に知らしめる。

人の肉を抉っておいて
自分の命を危機に晒して
それに気を昂らせる自分はやはり狂っているのだろうか。

自分が普通の感覚を持ち合わせていないことくらい自覚している。

命を救う為の知識や技術を学ぶ医師としての傍ら
それを奪うことにも、どこか快感のようなものを覚える。

敵が敵わないと恐怖に顔を歪めると背筋は栗立つし
そこそこ良い戦いが出来そうな相手と刃を交わせれば
ぞくぞくと自分が高揚していることを感じる。

戦いの最中であればこれは全く不都合がない。

相手をねじ伏せたい
屈服させたいという
欲望を叶えてくれるその場では

ただ己の欲のままに勝手に体が動く。






船に戻った時のウイの表情が頭に浮かぶ。

血まみれで戻った自分をさぞ心配したのだろう。






あのまま押し倒したら

ウイはどんな顔をしただろう。






だめだ。

自分はまだ彼女に手を出せる立場にない。

例えそれが出来たとしても

今の自分は確実にウイを傷付ける。

無理矢理組敷いて滅茶苦茶にしてしまう自信がある。

初めてであろう彼女に気遣ってやれる余裕がない。




ダメだと思いつつも

それを実行したいと思う自分が暴れている。














彼女を傷付けたい訳じゃない。

それなのに

自分が求めているのは性別上女に部類されるその辺の女ではなく
ウイだ。




ぎりぎりで保っている理性が彼女を大切だと言う。

しかし
未だ収まらない本能という名の欲望が
ウイを抱きたい、征服したい、支配したいと騒ぐ。


今の自分は、彼女を殺してしまいかねないとすら思う。
そうすれば永遠にウイは自分だけのものだ。





何をバカなことを考えているんだ俺は。


結局体の奥で暴れる欲望が収まらないまま風呂を出ると
夕飯はいらないとだけ伝えて部屋にこもった。

極力ウイを視界に入れないように気を付けたつもりではあったが
それでも見えてしまった彼女の様子は
どこか元気がないように見えた。

未だに心配が抜けないのだろうか。





部屋に戻ったからと言って特にすることもない。

早いところ手入れをしてしまおうと、鬼哭を鞘から抜いた。
人を斬ると、どうしても血液と脂が刃に付着し切れ味が落ちる。
そのまま何日も放っておけば、確実に使い物にならなくなってしまう。

普通剣や刀はそういうものなのだが
流石妖刀とでも言うべきか。
刀身にはべったりと血や脂が付いているというのに
鬼哭の切っ先はそれを弾いたかのように銀色に輝いていた。


これは常識を逸脱しすぎていやしないだろうか。

便利なことに越したことはないので
刀身についた血液を拭き取る。
ある程度乾いていた筈のそれは
一拭きで銀の輝きを取り戻した。


部屋の明かりに刀身をかざしてみると
刃零れ一つ見当たらない。

今日初めて実戦で使ったこの刀は
これまで振るってきた物より大分刀身が長いと言うのに扱いやすい。

扱うと言うより、体の一部かのように自分の意のままに動く。




ウイを連れていかなければ自分はこれと出会えなかった。

彼女には感謝しなければ。
良い相棒と巡り会えた。








何にせよウイに結び付いてしまう思考は自覚してはいたものの

今は彼女から気を逸らしたくて刀の手入れを始めたと言うのに。

本末転倒な自分の思考に呆れを感じる。






窓から繁華街の明かりが見えたものの、不思議とそこには心が惹かれない。
そこには自分の欲をただぶつけても何の問題のない対象がゴロゴロ転がっているだろうに。




「俺も随分贅沢になったもんだ。」




女なんてどれも変わらないと思っていた。
顔が違おうが
体つきが違おうが
所詮本質は同じだと。




destruct at reality.