6-23

暫く外の景色を眺めながらぼんやりとして過ごした。
少しずつ、頭に冷静さが戻ってくると
喉が渇いていることに気がつく。

思い返せば賞金首を狩りに行く前に水を飲んだっきり
全く水分を取っていなかった。

まだそんなに遅い時間ではない。
どうせまたリビングでは賭博が繰り広げられているのだろう。

もう大分落ち着いた。
あいつらも居るなら、大丈夫だろう。

そう思いリビングに降りようと扉を開くと
そこには今

一番会いたくて
一番会いたくない人物が

丁度階段を登ってくる所だったようで




予想外のことに自然と眉間に皺が寄る。

風呂上がりに見かけた時もそうであったが
ウイはなんだか元気がないというか
どこか思い詰めた顔をしている。

正直普段通りの彼女でいて欲しい。
どこか弱った印象を受ける今のウイは
体の中で暴れる獣の格好の餌食だ。

その証拠に
収まりかけた欲望がまた少しずつ燃え上がるのを感じる。



「ねえ、本当にどこも怪我とかしてない?」
「……無傷だ。」



段差の影響もあるのだろうが
心配そうにこちらの顔を覗きこむウイは自然と上目遣いになり
見下ろす感覚に征服欲を擽られる。




「わ、私何かしちゃった?」
「は?」




その、ロー帰ってきてから様子が変だったから、としどろもどろに話すウイに
彼女がどこか元気がなかった理由を悟る。




「何かあったならちゃんと言ってよ。……私直せる所なら直すから。」




少し潤んだウイの目に
己の理性が警笛を鳴らす。

欲望が暴れだす前に、踵を返してドアを勢い良く閉めた。

本当にやめてくれ。
俺はお前を傷つけたくない。



「ロー!?」



パタパタとこちらに近付いてくる足音がやむと、
寄りかかっている扉に何かが当たる感覚があった。




この扉を挟んだすぐそこに、ウイが居る。



感じる筈のない彼女の温もりが
扉を伝ってくるかのように感じた。

絶対に、この扉は開けてはいけない。


クルー達も滅多に上がってこない二階に
数センチの板を挟んだ先に
欲しくて仕方のない存在が絶好の状況で転がっている。


頼むから放っておいてくれ。


頭を抱え、扉に背をつけたまま床に座りこんだ。




「ねえ、なんか言ってよ。文句でもなんでも良いから。」




再び部屋にこもってしまったローはさっきから何も言ってくれない。
私と話している途中で急に部屋に戻り、バタンと勢い良く戸を閉められた。
もう原因は私なんだろう、これは。



さっき、手を触れていた扉から何かが動く振動を感じた。

ローは、この扉に背を預けて居るのだろう。
ドアノブを回して扉を押しても
ぴくりとも動かない。





なんで、何も言ってくれないの。



拒絶されたらされたで悲しいけど。
そうかもしれないと不安に思う気持ちはそれ以上に辛い。
違うと思う希望があるからこそ
それを失うかもしれないことが
とても辛くて苦しい。





「ローは、私のこと……嫌いになっちゃった?」
「……んな訳ねぇだろ。」




微かに聞こえてきたローの言葉にはっとして
顔を上げた。




「お前は何もしてねぇ。気にすんな。」



ローの声はやっぱりいつもより低くて掠れていた。
シャチもペンギンも、同じようなことを言っていた。

その言葉をそのまま信じたいけれど
何か理由があって、今ローが自分を避けていることは事実だ。



「あいつらはどうした。遊んで貰ってろ。」
「シャチとペンギンはお楽しみって出掛けちゃったし、ベポは疲れて寝ちゃったよ。」



こうして扉を挟んでいれば
会話には応じてくれるらしい。

私の言葉にローがため息をついたのが聞こえた。

どうあってもローは、私を避ける原因を話してはくれないのだろうか。





「ねえ、何か嫌なことしちゃったなら謝るし今後は気を付けるよ。言ってくれないと私、気付かないでまた同じことしちゃう。……そんなのやだ。」
「言っただろ。俺の気持ちは変わらねえ。」




こつん、と二人の間を遮る扉に何か当たった振動を感じた。
扉の向こうで、ローの頭が扉に当たったのだろう。




「お前が聞かなかったことにした方のことだ。……本当に、これは俺の問題だ。」



頼むから今日は放っておいてくれと言うローの声は
本当に参っているというか
困っている。







私は本当に自分のことしか考えてないな。

ローの言葉に、
あの時遮ってしまったローの気持ちが変わらないと言ってくれたことに


あんなに沈んでいた気持ちが浮上して



むしろ嬉しくてドキドキしてる。



私はローに嫌な思いをさせてしまったことが嫌だったんじゃなくて

ローに避けられたことが嫌だっただけなんだ。


ローは私のせいじゃないって言うけど
それはさっきと変わらなくて。

変わったのは
ローが今でも私のことを好きでいてくれるって



そう言ってくれただけ。



それだけで、なんだかもう満足してしまった気分になるし
本当にローにはローの事情があるんじゃないかと思えてくる。


なんて自分勝手なんだろう。




「今日はもう寝ろ。気に病ませて悪かった。」
「えっと、その、しつこくてごめん。ローも、ゆっくり休んでね。」




オブラートに包んではあるが
私を好きな気持ちは変わらないと言われた途端に引き下がる私は
なんだか現金なヤツというか

これでは聞かなかったことにしたのも、
私がそれを嬉しいと思っているのも
ローに筒抜けじゃないかと思えてくる。


扉に向かっておやすみなさいと声をかけると、ああと返事が帰ってきた。

ローは部屋から出てくる途中だったし
何か用事があるんだろう。

いつまでも私がここに居たら、ローは出てこないんだろうし
部屋に戻らなきゃ。




ローにも聞こえるように自室の扉を閉めると
少し間を開けて向かいの部屋の扉があいたようだった。

階段を降りていく足音の方に自然と目がいくものの
視界に広がるのは自室の壁だ。












気持ち悪いくらい、自分の顔がにやけているのが分かる。
これはベポに言われなくても自覚できてる。

扉を挟んでいて良かったかもしれない。

顔を合わせた状態でローにあんなこと言われたら

その途端にだらしなく頬を緩ませる自分に
ローは呆れてしまっていただろう。



ローにも色々事情があるんだ。
自分は話さないくせに自分ばかり首を突っ込むのもいい加減自分勝手が過ぎるだろう。

途端に物分かりが良くなる自分の思考に呆れてしまう。

ローの言動に一喜一憂。

小説で恋する主人公のそれを
どこか他人事のように感じていたが

なるほど。
あれは的確な表現だ。


先ほどと比べて足取りが軽いのを自分でも感じる。

今日は長風呂でもしようかと
バスタブに続く蛇口を勢い良くひねった。





「じゃあ行ってくる!!」


今日はシャチがお留守番係のようで
昨日それを食らったペンギンが勢い良く船を飛び出して行った。

彼にとってはそんなに、戦いは楽しいことなんだろう。

ローはちゃんと朝食にも降りてきて、少し気まずそうに昨日は悪かったと謝ってくれた。
謝るどころか、むしろこっちがお礼を言いたい位の言葉を貰ってしまった。

私は何が原因でローがあんな風になったのかは分からなかったけど
やはりまだ感じる不安は胸にしまった。

私が心配しすぎることが原因ではなかったとしても
あまり心配されすぎるのはいい気分もしないだろう。

私がお守り役なんてつけなくても大丈夫だと思うように。



それにしても
昨日の女は当たりだったと
未だに鼻の下が伸びている気がするシャチをそんなに美人だったのかと少し呆れたような目で見つめた。


「お前分かってねぇな。確かに美人だったけど女はそれだけじゃねぇんだよ。」
「……胸か!胸なのか!巨乳だったの?」


シャチがまあそれもあると何故か得意気だ。
美人で巨乳なのは羨ましいけれど
それはお店のお姉さんであってシャチじゃないだろう。



「まあ色々あんだよ。その辺はキャプテンにじっくり教えて貰え。」



どういうことだ。
ガキには分かんねぇよとバカにしたように笑うシャチに少し苛っとしたが
テクニックとか、そういうヤツだろうか。

確かにそれも自分にはないものだろう。
しかしシャチには言っていないのに
私とローがそういうことをする体で話すシャチは

私の気持ちにも気付いているんだろう。きっと。

ベポにもバレバレだと言われたし
もしかしたらロー本人も気付いているのかもしれない。

なんでこういう気持ちを隠すのってこんなに難しいんだろう。












そう言えば。

シャチも昨日ローが私を避けていたことに心当たりがあるみたいだし

私のせいじゃないと皆は言っていたけど
なんでなのかは気になる。




「ねえ、昨日さ。ロー確実に私のこと避けてたじゃない?シャチは何でだか知ってるの?」
「あー。多分だけどな。」



本人に聞いた訳じゃねえけどと頭をポリポリ掻くシャチは
やはり理由を知っているらしい。

付き合いの長い皆が自分よりローのことを知っているのは当然なのだが
なんだか羨ましいというか疎外感を感じなくもない。




「なに?気になんの。大好きなキャプテンがなんでお前を避けるのか。」
「なっ!そういうんじゃなくて!!……何かしちゃったのかなって、心配になるじゃん。」



ほら、やっぱりバレてる。
ニヤニヤしながらこっちを見ているシャチは、慌てる私を見て更に口角を釣り上げる。






「お前には分かんねぇだろうけどな、鍛練じゃなく実戦で戦った後ってこう、ハッキリ言っちまえばヤリたくなんだよ。」




ハイ?

当然のことのようにそう言うシャチはふざけている訳でもなさそうだ。

ヤリたくなるって

こう、ムラムラするとかそんな感じか。
それと避けられたのに何の関係があるんだ?

シャチの言っている意味が分からない。



「ヤリたくなるって、つまりセックスね。」
「そこは分かるわ!!」



私が理解していない部分を盛大に勘違いしたシャチが呆れたようにそう言うのだが

いくら私でもそのくらいはちゃんと分かってる。

そこは分かった上でなんで避けられたのかが分からない。



「なんで分かんないかなー。大事にされてるってことっしょ。」
「え?益々分かんない。」



大事にしてたら避けなくないか?
どういうことよと詰め寄る私に、シャチは本格的に呆れだす。

正直不服だ。
分かるように説明して欲しい。



「お前まだヤったことねぇんだろ?初めてであんな状態のキャプテン相手にしたらお前絶対おっかねー思いすんぞ?」
「え……。」



シャチが言うには、戦った後というのは
ヤリたくなるにしても
こうがっつくというか
攻撃的というか
残虐的というか

つまりそんな感じらしい。



「キャプテンはお前のこと好きな訳だから、お前が近くに居たらそりゃヤリたくなんだろ?」



お前んなされたら泣くわ喚くわ寧ろトラウマになんだろうが、とシャチは私の望み通り根絶丁寧に説明してくれた。








じゃああの時私の手を振り払ったのって









やっと事態を理解した私は自分でも分かる位ぼっと顔が赤く染まった。



「相当愛されてんだな。俺には真似出来ねぇ。」



ニヤニヤしながらこちらを覗きこんでくるシャチの視線に耐えられなくて

私は手で顔を覆った。



destruct at reality.