「ひどいひどすぎる。何か告白してもいないのに振られた気分。」
依然として私の上に乗っているペンギンは少し重い。
少し肌寒かったから
温かいとは思うものの
ペンギンはローと同じぐらい背が高い。
鍛えている彼らの体重は筋肉の分重たい。
「お前熱でもあんの?体温高くね?」
「ペンギンの方があったかいよ。」
私の文句を華麗に無視したペンギンは
額や首に手を触れては本当にガキみてぇだと笑いだした。
「つーかお互い様だろ。」
「何が。」
散々人の心を抉っておいて
お互い様とは何事だ。
私は皆になにもしてないぞ。
すぐ近くにあるペンギンの顔を睨みつける。
それに気付いたペンギンは私のほっぺたをつまみ引っ張って遊んでいる。
「お前だって俺が何しようと全然赤くなんねぇじゃん。」
「……ほんふぉはー。」
未だにほっぺたを引っ張られているのは少し痛いが
確かに
こんな体勢で密着していても
顔だってこんなに近くても
全然ドキドキしない。
なるほど。
そういうことか。
私の色気が足りないとかそういうことじゃなく
相手への認識の問題か。
「でもお前割と可愛い顔してるし、全く胸なくもないのに。なんでここまで何とも思わないのかね。」
「ペンギンだって黙ってたら格好いいし、背だって高くて良い体してるじゃん。」
お互いの顔をまじまじと見つめるものの
なんだかそれが可笑しくなって同時に吹き出した。
「てめぇら何やってんだ。」
急に体に乗っていた重みが消え
目の前には首根っこを掴まれながら真っ青な顔をしているペンギン。
重さとともに暖かさも消えてしまったことを少し寂しく思いつつ
ソファーから体を起こすと
ペンギンを睨み付けていた目がこちらに向いた。
「違ぇ!違ぇことを証明しようとつい!!」
「何訳分かんねぇことほざいてんだ。あぁ?」
ペンギンの言い訳に再び視線をそちらに戻したローがペンギンの襟をより掴みあげて
寧ろ拳で気道を塞いでしまうのではないかと思うほど喉に拳を押し付けている。
なんだかペンギンと一緒に笑っていたタイミングでローが現れたものだから
地味に気まずい。
ペンギンは事の経緯を必死で説明してるけど。
結局一緒になって笑ってた私も私だけど
元はと言えばペンギンが悪い。
私はチャンスとばかりにローの背後に回りメジャーを垂らして襟元から踵までの長さを採寸する。
ひえー。
背が高いとは思っていたけど襟から下の長さが170センチって
どんだけ大きいんだ。
内心驚きつつも
肩幅と腕の長さもきっちり採寸を終えた。
「何やってんだ。」
「別に?」
サプライズだ。
気付かれたくはない。
「お前も何度言えば分かる。ペンギンだって男だ。何かあっても知らねえぞ。」
「いや、ついさっきご本人から全裸で迫られても全くその気が起きないと言われましたので。」
「は?」
ローは訳が分からないという顔をしているが事実だ。
そして本当にペンギンは私が全裸で抱きついても全く何もしないんだろう。
女の子としてそれもそれでちょっとアレだが
女としてではなく私という人間を
仲間や友達として
好きでいてくれると言うのはなんだか嬉しい。
私もそうだから。
「ぐほぅっ!」
ローはペンギンの鳩尾を一発殴ると
そのまま階段を登って行ってしまった。
「お前らもキャプテン上がって来てたなら教えろよ!」
「いや、下手に手を貸してとばっちり食らうのもゴメンなんで。」
ペンギンは殴られた鳩尾をさすりながら不満そうにシャチとベポを睨んでいた。
私は皆の採寸表にローの分も書き加えて
机の上を片付けた。
さて。
今日の夕飯は何にしよう。
「俺あれ食べたい。豚肉とキャベツとピーマンのやつ。」
「回鍋肉のこと?」
「そんな名前だった気がする。」
今日はベポのリクエストで決まりだ。
丁度温室のピーマンが実っていたはず。
キャベツは収穫したものが食品庫で保管してあるし
他は何を作ろう。
「アレも食いたい。モヤシの辛いやつ。」
「オッケー。あと一品どうしようかな。」
私はいつもおかずは3品作る。
メインと副菜2品。
炒め物と冷たい和え物なら、煮物かスープだな。
冷蔵庫に豆腐と塩蔵ワカメを発見したので
全体的に中華っぽいからこれで中華風のスープにしようと決めた。
こうやって皆の食べたい物を聞きながら献立を考えるのは楽しい。
さて、準備だけしちゃうか。
私はハサミを片手に温室へと向かった。
「わーい。俺これ好きー。食べたかったんだ!」
「気に入って貰えたなら良かった。」
夕食の時間、いつも通り皆で手をあわせて頂きますの挨拶をして
和気藹々と食卓を囲む。
すっかり定着した習慣ではあるが
私と会うまで
彼らが干し肉と酒とパンだけで海の上の食事を済ませていたと聞いた時は衝撃を受けたものだ。
あの時は、まだそんなに仲良くもなかったから言えなかったけど
今ならローを説得できるだろうか。
「ねえ、皆私と会うまでって風邪とかよく引いてたの?」
「そういえば最近誰も風邪ひかねえな。」
自分の分がまだ残っているというのに
私の皿から肉を掠め取ろうとするペンギンの手を叩く。
食欲旺盛なのは良いことだが
元から私以外の皿には多めに分けたつもりだ。
「なんか風邪引かなくても体軽いし、口内炎とかも最近出ないかも。」
「確かに。」
ベポとシャチもそういえば、と自分の体調を思い返している。
よし。
自覚症状があるのは説得しやすい。
「それは皆が不摂生な食事してたからだよ。」
「あー。俺ガキの時すらこんなに野菜とか食うことなかったもんな。」
お前の母ちゃんの飯結構まずかったよなと言うペンギンはシャチのお母さんの作った食事を食べた事があるらしい。
小さい頃からずっと一緒にいるらしい二人にちょっとほっこりしたものの
人の母親の作る料理にケチを付けるとは
家族ぐるみで相当仲が良かったんだろう。
「野菜だけじゃなくてね、皆鍛練したりしてるから、お肉とか魚とかのたんぱく質とか、そういうのもバランス良く食べると鍛えた分だけ筋肉付きやすいらしいよ。」
「お前随分詳しいな。その手の本もあんのか?」
ローの言葉に頷くと、なるほどなと回鍋肉をおかずにご飯を頬張るローが無言で茶碗を差し出した。
俺もと茶碗を出すペンギンのそれも受け取っておかわりのご飯をよそってあげる。
今までは3合炊いて冷凍ご飯を量産していたというのに
彼らが来てから毎食4合のご飯がすっからかんになる。
男の人だし、体を動かす彼らは良く食べる。
こんなに食べるのにこれまでずさんな食生活を送ってきたと言うのだから
本当に信じられない。
「ローがお医者さんだからって、それに甘えて体調管理全くしないのは考えものだよ?」
「俺の能力でも全部が何とかなる訳でもねえからな。」
ローのオペオペの実の能力は
ルームの中で執刀医になれるらしい。
メスやアンピュテートで切り刻んだ体は出血もしなければそのその機能を止めることもない。
ノーリスクで手術ができるのだ。
スキャンで体の中の状態を見たり、血液に細菌やウイルスが混ざっていることも分かるらしい。
便利な能力であるが
ローの知識や医者としての腕があってこそその力が生かされているのだろう。
しかし、これも万能ということではないらしく
例えば口内炎に関しては炎症を起こしている患部の膿んだ部分を取り除いてやることは出来るものの
それは対症療法であり
また他の所に再発したりすることもあるらしい。
外科的な処置でどうにかなる範囲と
血液中の異物を取り除くことはできても
それ以外に関しては普通の医者と変わらないとローは言う。
私が栄養失調で倒れてた時も
点滴や食べさせる手伝いをする以外、取れる方法はなかったらしい。
人の体はまだ未知の部分が多く
栄養が必要だといっても
急激に血糖値が上がれば体はそれに対応できないらしい。
「まあ、もう慣れちまったけどよ。普通に海の上で飯食えるってことがまず驚きだったからな。」
「でもウイのご飯食べるまで俺野菜って好きじゃなかったよ?」
嬉しいことを言ってくれる。
彼らの潜水艦の設計図にはキッチンがちゃんとあったし
大きな濾過装置を必要としているのだから食事を作るつもりはあるんだろう。
ただ、面倒だからと炒飯やラーメン、カレーなど炭水化物に偏った食事ばかりしているのは
体に良くない。
「本、また頼んでも良いか。」
「オッケー!良さそうなの選んで持っていくね。」
恐らくご飯を作るのはシャチだろうけど
彼らを動かすキーを握っているのはローだ。
ローが日々の食事の大切さをちゃんと実感してくれれば
周りはそれに従わざるを得ない。
「俺何作るか考えんの嫌いなのに更にハードル上げるなよ。」
シャチが嫌そうに顔をしかめてこちらを見ている。
申し訳ないとは思うものの
皆の体の方が大切だ。
シャチにレシピノートでも作ってあげようか。
なんだか彼らに渡す物を準備するだけで忙しくなってしまいそうだ。
ローのシャンブルズ用のミサンガも
たくさん準備しなければ。
それから私はローに読んでもらう栄養に関する本や文献を物色しに地下一階の書斎を訪れていた。
栄養や食事に関する本というのは
書いた人の考えで大分偏る所がある。
かくいう私だって、今まで読んだ本の中で
確かにと納得したことを文献で裏取りをして
それが真実だと思っているのだから
何とも言えない所はあるものの
実際それに沿った生活をしている私は体調を崩すことは滅多にないし
皆もそれを実感しているならあながち外れではないんだろう。
「いつも悪いな。」
「上で待っててくれて良かったのに。」
本を厳選していると
ローが階段を降りてきた。
地上に続く戸が開いた時に
ベポとシャチの笑い声が聞こえてきた所をみると
皆はもう何かしらゲームを初めているんだろう。
「お前ずっとそういうバランス考えた飯作ってくれてたのか。」
「うーん。バランス悪くても食べたい物ある時はそれ作ったりもするよ?」
でももう癖かな、と今までのことを思い返してそう呟いた。
蛋白質が少ないメインの時は、副菜に豆腐や卵を持ってきてしまうし
必ず緑黄色野菜はどこかに入れてしまう。
きのこや海藻も、使える所があれば容れてしまうし
これはもう癖だろう。
「世の中皆お前みたいだと、俺の商売はあがったりだな。」
「ちゃんとバランス良く食べてても病気になることもあるよ。」
ローは私が既に選んだ本を腕の中から取り
パラパラとページを捲った。
確かに医者にかからないようにと健康管理をすることは
ローの商売敵かもしれない。
でも、皆には風邪や口内炎の処置はしてあげるんだろうけど
お金を取って治療をするローのお客さん達は
もっと複雑で難しい病気なんだろう。
そういうのは、食事でなんとかできる物じゃないと思う。
「前から思ってたが、お前本選びの趣味良いな。」
「本当?ここに置いてるのはお気に入りだけだからかな。」
読んでみて、参考になるものや興味が引かれた物以外は次の島で売ってしまっている。
あんまり関心なかったがこれも読みやすい、と話ながらも目線が文字を追っているローは本当に本の虫だと思う。
そんな彼に褒められるのは嬉しい。