6-27

あんまりマニアックなものよりも
とりあえずはローが食事のバランスを重要だと思う根拠を証明できるようなものが良いだろうと
何冊か選んだ本をローに手渡すと

開いている本の文字を目で追いながら
片手で結構な重さのある本を受け取ったローが
書斎にあるソファーに腰掛けた。



「まだここに居る?」
「ああ。」



読んで欲しい本なのだからそれに熱中してくれるのは嬉しい。
しかし随分適当な返事だ。

私はローの邪魔にならないように階段を登った。
お皿洗って明日の朝ごはんの準備をしなければ。










「読むの早いね。流石。」
「サンキュ。」


テーブルに淹れてきたコーヒーを置くと、ローがそれに口をつけた。
もう夜なのでコーヒーはどうかとも思ったが
夜更かし常習犯かつ、結構なカフェイン中毒だと思われる彼には
夜にコーヒー一杯くらいなんてことないだろう。

自分の分のコーヒーをテーブルに置いて、折角なので私も栄養素に関する本を一冊引き抜いてローの隣に腰かけた。

特に何を話す訳でもなく
ページを捲る音がたまに聞こえてくるこんな時間も
なんだか良いなと思う。




「ねえ、癌とかって本当にビタミンCで予防できるものなの?」
「まだそれを証明できる文献は出てねぇが、そう言われてるのはビタミンCってよりも抗酸化物質全般だな。」


丁度私が持ってきたものが結構マニアックな部類の本で
栄養は治療だ!って感じの本だった。
摂りすぎなければ確かに体に悪いこともないんだろうけど
こういうのって医者から見たらどうなんだろうと気になった。



「ローはどう思う?本当にこういう栄養素で病気の予防とか、治っちゃったりとか、すると思う?」
「何の根拠もねぇなら本書こうとすら思わねえだろ。文献以外の本は、俺はそんなこともあんのか位にしか捉えねえ。」


信じない訳ではないが、鵜呑みにする訳ではないと。

なるほど。
なんだかそれってローらしい。
周りの情報に惑わされることなく、必要な所だけを抜き取って吸収していくローは
頭も良いんだろうけど考え方が凄く合理的だ。




それからもたまに私は気になったことをローに話しかけては彼の読書の邪魔をした。

ローの話は興味深い。
私の知らないことを沢山知っているのも凄いと思うのだが
私はローの考え方が好きだなと思う。

本を読んでいる時に話しかけられるのなんて
絶対嫌なはずなのに
嫌な顔一つせずにちゃんと答えてくれるのが嬉しかった。

ローは今読み出した本で最後だし
読み終わった後の彼と本の内容について討論などしたら面白そうだ。

持ってきたコーヒーはとっくに飲み終えてしまっていて
少し眠くなってきた気はするものの
ローと意見交換をしたい気持ちが勝り
手元の本の文字を目で追った。




























こつん、と腕に重みを感じてそちらを見ると
ウイが頭を腕に預けていた。

腕を動かさないように気を付けながら顔を覗きこむと
予想通りというか彼女はスヤスヤと寝息を立てていて
眠くなったなら部屋で寝れば良いのにと思いつつも
近くにウイが居ることが嬉しくて
膝の上に乗った本をそっと取りテーブルに乗せた。

あまり暖かい気温ではないため
早くベッドへ連れていった方が良いのだろうが
今読んでいる本も後少しで読み終わりそうだ。

彼女が一度寝たらなかなか起きないのは知っている。
そっと頭を預けている腕をよけると
羽織っていたパーカーを脱ぎ眠る彼女にかけてやろうとした。

すると元からこちら側に重心が傾いていたウイは背中を浮かせていた自分の背後にそのまま滑り落ちる。



「流石だな。本当に。」



先程より安定した姿勢で眠れることになった為か
ウイが起きる様子は全くない。

ウイの体を起こして座り直すと、自分の太ももに彼女の頭を乗せて体にパーカーをかけてやった。
人肌好きなウイは頭を寝やすい位置に変えると
足に手を回してきた。

寝ているとは言え内腿に彼女の手が添えられているのは
何というか、ちょっとそういう気持ちが起きないでもない。



昼間、ウイはペンギンに全裸で迫られてもそんな気が起きないと言われたらしいが
果たしてそれは本当だろうか。

今ウイは服を着ているし
内腿に触れている手も
特にそれが動くわけではなく
本当にただ触れているだけだ。

それなのに
確実にそっちの方に思考が傾いたのを自分でも感じる。

全裸で迫られでもしたら
むしろそんな気を抑えることの方が不可能だろう。


ペンギンがどんなつもりでウイにそんな事を言ったのかは知らないが
自分がリビングに上がった時

ウイをソファーに押し倒しているペンギンを見つけた時は苛立ちというか
むしろ虚無感を感じた。

特に抵抗する様子のないウイとペンギンが
その体勢のまま笑いだしたのが聞こえてきて

ほっとした。

またいつもの行き過ぎたじゃれ合いだ。


それもそれで腹は立つものの
いちゃついていた訳ではなかったことに
心からほっとした。


思い過ごしだったとは言え
自分は我慢しているというのに
軽々しくウイを押し倒したペンギンへの苛立ちは収まらず
結構加減せずに鳩尾を殴った。

本当に、少し目を離すと
ペンギンはいつもウイに構う。

シャチもシャチで先日ウイの耳にピアスを開けてみたり
よく一緒に何かを作ったりしているようだし

一番手強いのがベポだ。
あいつは熊だし
元からウイを恋愛対象とは見ていないことは分かりきってはいるものの
あの二人は仲が良い。
二人は何か秘密を共有しているようだし
結構な強さでひっぱたかれて泣かされたと言うのに
それ以降は更にウイはベポに懐いている。

あれからもたまに一緒に寝たり二人で酒を飲んだりしているようだし
正直羨ましすぎる。

夜になればウイはあいつらと賭博や酒だし
それに自分が加わるとしても

あまり二人で居られる時間はなかった。

だからこそ、案内を口実に
ウイと島へ出掛けようと誘ったのだ。




船に戻ると、出航準備だとウイの傍らにはシャチやペンギンがまとわりついているし

少し目を離した隙にペンギンのアレだ。





だから



本を選んでくれた後にリビングへ戻るウイの背中を見ると
悔しいような
切ないような気分になったし

コーヒーを淹れて戻ってきてくれた時は嬉しかった。

上ではあいつらが今日も何かしらやっているのだろうが
そこに加わらずに自分の隣で本を読む事を選んでくれたことが
堪らなく嬉しかった。


ウイは時折
栄養素と医療に関することを質問してきたが

相手がウイだというフィルターを除いても
それに答えるのは楽しかったように思う。

いつもそうだ。
ウイは会話が上手い。

自分の興味関心のある医療という分野に関する話であることに加えて
彼女自身も物知りであるためか
結構他の人が知らないような突っ込んだ事を聞いてくる。

知識をアウトプットすることも、楽しい部類に入るのだろうが
持論を話してそれに感心するようなリアクションを取られると
話していて気分が良い。

あれは狙ってやっているのか
それとも素なのか。

然り気無く相手を立てられるウイだからこそ
子供達も懐くし
余計な虫も寄ってくるのだろう。



バカに物を教えるのは苛立つが
的を得た質問や切り返しが返ってくるウイに何かを教えるのは楽しい。


ウイの髪を撫でながらそんな事を考えていると
結構な時間が経っていたのではと思う。

あと僅かではあるものの、読みかけの本を閉じた。

折角ウイに触れられるのに
本など読んでいては勿体ない。


そっとウイの頭をソファーに落とすと
背中と膝裏に手を差し込んで抱え上げた。

すっかり元の体型に戻ったとは言え
それでもウイの体は軽い。

起きはしないものの
パーカーを握りしめながら体を捩るウイは本当に猫のようで
その額にそっと口付けた。


リビングを通り抜ける時にちらりとクルー達に目をやると
彼らはジェンガを囲んでいた。
丁度こちらに顔を向けて座っているヤツがいなかったこともあり
真剣そうにそれを楽しむ彼らを無視して2階へと上がった。

気付かれてもそれはそれで面倒だ。

ウイの部屋の扉を開けると
そこは自分の好きな彼女の香りが充満していた。

テーブルの上にはスケッチブックやメジャーが散らばっており
そう言えば彼女は昼間それを持っていたことを思い出す。

ペンギンがウイにお揃いのつなぎを作ってもらうと言っていたし
きっとそれの打ち合わせをしていたんだろう。

別に勝手にすれば良いと思うものの
自分もそれを着るのは遠慮したい。

つなぎ自体にも抵抗はあるものの
全員が仲良くペアルック、というのに自分も加わる姿を想像して少しぞっとする。

揃いの物を着るとか、そういう団結心が強いのは良いと思うのだが
その格好で島を出歩くのは絶対嫌だ。

軽くため息をつきつつ部屋の奥のベッドに迎い布団を捲ってウイを寝かせた。

余程熟睡しているのか
手を引き抜いても自分にすがり付いて来ないことを残念に思う。

ウイの手がかけてやった自分のパーカーを握りしめているからということもあるのだが。




折角自分の気持ちを隠さずにウイに触れられる今
ハプニングを期待していたというのは言うまでもない。

彼女の頭を乗せた枕に手をつくと
そのまま顔を寄せて唇に口付けた。

多少啄む程度なら起きないだろうと
眠る彼女を見下ろしながら

何度も何度も口付けを落とした。

身を捩って横向きに寝返りを打ったウイの首もとが露になると

月明かりに照らされたそこは白く
陶器のよう滑らかだ。



(ここならウイも気付かねえか。)



顎と首の境目に顔を埋め
彼女の柔らかい肌を強く吸い上げた。


「……んっ。」



流石に痛みを感じたらしい彼女が声を漏らしたが
起きた訳ではないようだ。

白い肌に映える赤い跡。

いつかもつけたそれはとっくに消えてしまったが
やはり気分が良い。

自分の物だと主張しているかのようなそれを満足気に眺めながら指でなぞった。



destruct at reality.