6-28

朝起きたら自分の部屋で
顔に半分かかっていた
毛布とは違う肌触りのものからはローの匂いがした。

握りしめていたそれは昨日ローが着ていた黒のパーカーで
結局ローが本を読み終える前に寝てしまった私を彼が部屋まで運んでくれたんだろうということが推測できた。

なんだか良く眠れた気がするのは
ローの匂いに包まれて寝ていたからだろうか。

ローのパーカーに顔を埋めて深く息を吸う。
やっぱり良い匂いだと思いつつも
服に残った残り香を必死で嗅ぐ自分は朝から大分変態じみているなと自嘲が漏れた。




「おはよー。ねえ、昨日運んでくれたよね?ありがと。」
「お前いっぺん寝ると起きねえからな。」


朝食の準備をしていると、ローが2階から降りてきた。
少し申し訳ないと思いつつも
運んでくれたことやパーカーをかけてくれたことは嬉しい。

皆はまだ起きてきていないし、
朝食の準備もまだかかりそうだ。

ダイニングテーブルで朝一番で届いたカモメ新聞を開いているローにコーヒーを運んだ。

サンキュ、と言ってそれに口をつけるローを横目に朝食の準備の続きをする。

なんだか、これって夫婦の朝のひとこまみたいで
ちょっとテンションが上がる。

にやけそうになる口元に力を入れてそれを耐えるが
なんだかローの機嫌も心なしか良いような気がする。

何か面白いニュースでもあったのだろうか。


ローにお許しを貰って解禁されたパン。
良い香りを立てて焼き上がったそれの出来に満足する。
我ながら上手く焼けた。

サラダとベーコンとスクランブルエッグはお皿に盛ったし
野菜たっぷりのコンソメスープも良い具合に温まっている。
キウイとバナナを混ぜて蜂蜜を垂らしたヨーグルトも準備オッケーだし。

ローと二人で先に食べてしまおうか。
テーブルに朝食を運び
洗い物を先に済ませてしまったものの

皆が起きてくる気配はない。


「先食べちゃおっか?」
「だな。」


二人で頂きますと手を合わせた。
私たちの席順はいつも適当でバラバラだ。
私が一番キッチンから近い所に座るのはお決まりなのだが
あとは皆適当に席に着く。

ローが向かい側に座るのは珍しいことでもないが
二人だけでこうやって船で食事をするのは初めてで
さっき想像してしまった夫婦みたい、という設定を思いだし
また顔がニヤけようとするのを抑えた。




ロールパンをちぎって、それにスクランブルエッグを乗せて口に運ぶローが
旨いと言ってくれる。

本当に、この人はパンが嫌いだったのだろうか。

私もパンは結構好きな方だと思うが
ローはいただきますと同時にパンに手を伸ばし
バターを塗ったそれにかぶりついた。

そのままも美味しいけど
最近までそれを嫌いだったのなら
バターを塗ったとは言えそのまま食べるというのは少し通すぎやしないだろうか。


「お前は今日何すんだ。」
「んー。何か色々作りたいものもあるから、作業してよっかな。」



まだ7ヶ月以上あるとは言え
濾過装置にエターナルポースのコレクションケースとピアスのケース
皆のつなぎとローの分のロングコートに
シャンブルズ用のミサンガを量産してシャチにレシピノートを作らなければならない。

沢山皆に持っていって貰いたいとは思うものの
皆と過ごす時間も大切で
こんな調子ではあっという間に時間は過ぎてしまいそうだ。


「ローは?」
「鍛練して、あとは昨日の残りを読む。」


私が寝る前の時点でもう最後の一冊の半分は読んでいた気がするけど
私は本当にとんでもなくローの読書の邪魔をしたらしい。

読み終わったら、ローと討論というか感想を聞きたい気がするけど
ローは他にも何か用事があるのだろうか。

ちらりとローの顔を覗きこむと
こちらを見ていたらしいローとばっちり目があった。


「お前の見解が聞きてぇ。」
「本当?私もローの感想とか、意見とか聞きたいと思ってたの!」


なんだか今日は朝から嬉しいことが続く。
昼過ぎだな、と言うローに頷くと午前中にできるだけの事はやってしまおうと気合いを入れる。

皆は昨日そんなに遅くまで起きていたのだろうか。
そろそろ8時だと言うのに起きて来ない皆の洗濯物は明日に回そう。



洗濯物を干してリビングに戻ると
皆は起きてきて朝食を食べていた。




「昨日そんなに夜更かししたの?」
「意外とおもしれーぞ!ジェンガ!」



ジャルタでペンギンが入手してきたジェンガという積み木のような物は
倒さないように積み木を引き抜いて上に積んでいくゲームだ。

私もやりたいとは思ったものの
ローの近くに居たくて昨日はそれを断ってしまった。

そんなに楽しかったのか。
次の時は是非参加しなければ。

お風呂場とトイレと洗面所の掃除を済ませてリビングに戻ると
既に皆は居なくて
窓から外を覗くと

食後すぐだと言うのにさっそく体を動かしている皆の姿が見える。

皆頑張ってるんだから私も頑張らねば。

洗い物を片付けてキッチンとリビング、ダイニングの掃除を終えると
自分の部屋へと向かった。

昨日皆と相談したつなぎのデザインを見ながら、型紙を起こしていく。
まずは形を見てもらうのだから、布は適当なので良いだろう。

つなぎは名前の通り上下が繋がっている。
一つのパーツは大きいものの
縫う部分は少ないから意外と作業に時間はかからないかもしれない。





集中して作業にあたったせいか、割と早く形が出来てきた。ベルト止めやポケット、ファスナーをつけるとなかなかそれらしくなる。

シャチのサイズでサンプルを作ったものの
後は着て貰って絞る所や改良する所を話し合えば良いか。

一段落した所で時計を見ると針は11時を指している。
私はリビングにノートとペンを持って降りた。






スポーツドリンクをコップに注ぎトレーに乗せて外へ出ると
鬼哭を振るい皆の相手をしているローの姿が目に入ってくる。
シャチとペンギンも真剣を使っているし
ベポもエレクトロを手に纏わせている所を見ると
真剣勝負のようだ。

3対1という状況ではあるが
あまり戦闘に詳しくない自分でも
ローが押していることは分かる。


私はベンチにトレーを置くと
その様子を食い入るように見つめた。



鍛練とは言え、使っているのは命を奪いかねない本物の武器だ。

お互いにその気はないとは言え
見ている方は気が気ではない。

ローが勢い良く振り下ろされた二人の剣を鬼哭で受け止めると
背後に回ったベポがローに飛びかかる。

そのまま押し切ってそれを避けたローがベポの脇腹目掛けて鬼哭を振るうと
突進してくるベポに顔を歪ませたローが後ろへ飛び退いた。

なるほど。
刃物を持った相手の攻撃を避けるにはそういうやり方もあるのか。
懐に入られては刃も届かない。

それにしても皆本当に同じ人間かと思うほど動きが機敏だ。

間合いを取ったローに再びペンギンが剣を振り下ろすが片手で難なく受け止められてしまう。
それを見たシャチがローの足目掛けて剣を片手に飛びかかった。

今度は押し返さずに力を緩めたらしいロー。
拮抗していた力が急になくなった事によってペンギンはそのまま前のめりになり、突っ込んできたシャチとぶつかってしまう。
その隙をついてローは二人の剣を弾き飛ばした。


「シャチ。どうせ突っ込んで来るなら逆から来い。」
「ペンギン相手にしたままだったらこっち側から行った方が避けにくいと思ったんだよ。」


一段落したらしい皆が私の姿を見かけてこちらへ歩いてくる。
普段通りの彼らの様子に
本当に先程まで剣を交えていたのは同じ人間かと思えてしまう。

ローが格好いいと思ってしまうのは
何て言うかもう当然と言うかそんな感じだけど

シャチもペンギンもベポも
さっきの目付きというか顔付きは
いつもと違って凛々しくて

なんだか格好いいと思った。


「お、ウイ気ーきくじゃん。」



ペンギンが隣に腰を下ろしてスポーツドリンクの入ったグラスに口をつける。
ごくりと液体を飲み込むのと同時に汗ばんだ喉仏が上下して
なんだかとても男の色気を感じた。



「なんか皆、格好いいんだね。真剣で戦ってる所初めて見た。」
「あ?惚れんなよ?面倒くせーから。」



得意気に見下ろしてくるペンギンはすっかり見慣れたいつもの顔で。
こういうのをギャップって言うんだろうと思った。

惚れないけど
なんだか凄い人達なんだなと改めて思った。


「キャプテンの本気はこんなモンじゃねぇぞ?」
「え!?ローあれで本気じゃなかったの?」



本人は飄々としながらまぁなとグラスに口をつけているが
汗ばんだ肌も汗で濡れている髪も
それでいて余裕な感じの表情も

ペンギンなんかと比べ物にならないくらい色っぽい。

私は思わずごくりと唾を飲んだ。



「本気のキャプテン相手だと俺ら一瞬で切り刻まれて終わるし。」
「訓練になんないね。あれは。」



確かにそれもそうか。
ローは能力を使っていなかったみたいだし
3人を一人で相手にしながら
終わった瞬間アドバイスなんかを言えちゃう位だ。

本気を出したローはきっと
それはそれは物凄いんだろう。



「ベポも、加減してたな。お前本気だったら突っ込んできた時エレクトロ使ってただろ。」
「まぁ。でも集団で一人抑え込む訓練だったらシャチとペンギンのコンビネーションがメインでしょ?」



ベポも本気じゃなかったのか!
結構残像が見えるほどのスピードで突っ込んで行ってたと思うけど
なんだか皆の底が知れない。



「お前だったらどうした。」
「え?私?」




急に話を振られても正直何も言えることはない。
護身術程度にかじったことがある体術や剣術も
彼ら相手に何の役にも立たないだろう。



「何が起こってるのかすら良く分かんなかったし、何もできないよ。」
「お前は戦術立てるのは得意な筈だ。こいつらの攻めもワンパターンだ。何かしら気付いた事があったら言ってやれ。」



ローにそう言われるのは嬉しいけど
チェスや将棋と実践は全然違うと思うんだけど。

シャチとペンギンがわくわくした顔でこちらを覗きこんでいるのには申し訳ないが
役にはたてそうもない。


「皆の癖とか、何が得意かとかもっと分かればもしかしたら何か気のきいたこと言えるかもだけど。ごめん凄すぎて分かんない。」
「お前はやっぱり軍司向きだな。」



役に立てないと言ったのに、どういうことだろう。
軍司って、指揮官だよね?
チェスの駒と違って行動パターンが多種多様な皆を自分が上手く使えるとはとてもじゃないけど思えない。




destruct at reality.