ローがドリンクを飲み干してグラスをシャチに手渡したのを皮切りに
ペンギンも立ち上がる。
みんなは訓練を再開するみたいだ。
ベポのグラスを受け取って
私もお昼の準備をするために船室へ戻る。
ちらりと彼らの方を振り向くと
シャチとペンギンが物凄い勢いで剣をぶつけ合っているのを
ローが人差し指一本で鬼哭の柄を支え
バランスを取りながら見ていた。
なんか、本当に格好いいなと頬が緩む。
私にも何か役に立てるのなら
皆の癖や動きを理解できるかは分からないけど
鍛練しているのをもう少し見学するようにしてみようかなと思った。
「で?どうだった?」
「お前が言ってる意味は分かった。物によっては結構誇張した効能を吟ってる物もあるが、実際食事も重要だな。」
お昼ご飯の後、栄養に関する討論をするために
ローを私の部屋に招いた。
コーヒーを啜りながらそう言うローの意見には私も賛成だ。
同じ価値観でいられることを嬉しく思う。
「栄養管理が重要だと言うことは理解した。だが実際それを作るとなるとまた別の知識や技術が必要だろ。」
「そうなのよ。だからね、レシピノートを作ろうと思ってたの。」
まだ書きかけのノートをローに手渡すと、ローはそれをパラパラとめくる。
俺には無理そうだがシャチが上手くやるだろと呟く彼は
やはりシャチを料理当番に指名するつもりだったようだ。
シャチのご飯、美味しいもんな。
「お前は俺が読んだやつ以外の知識もあるんだろ?何か医療に重なる所で効能を吟った栄養素ってあんのか。」
「あるにはあるけど、正直そこは私も半信半疑。見るからに嘘だろって思うのも割とあるし。」
虚偽でも構わねえと言うローは、やっぱり医学に対して貪欲だ。
今でも凄腕なんだろうけど
彼は一体どこまで登り詰めれば満足するんだろう。
私は青魚の脂のLDLコレステロールを下げる効能や
ビタミンAの粘膜強化作用
腸内環境が免疫に関与すると仮定してのプレバイオティクスやプロバイオティクスなど
割と信憑性のありそうな部類の話をした。
「なるほど。まあ聞く限りでは強ち嘘臭さも感じねぇな。」
ローがあれこれと質問をしてくれる所を見ると
本当に興味があるんだろう。
楽しいだろうなと思ってはいたけど
ローと意見や知識を交換し合うのはやっぱり面白い。
「お前、結構医学も詳しいな。」
「本でかじった程度だよ?食べ物好きだから、どっちかっていうとそこに関連する疾病の方が多いかも。」
生活習慣病や、食事で防げる病気などは興味があって結構調べた。
医者となると、敷居が高すぎてそれを志そうとは思えないものの
食事を作ることなら私だってできる。
それで病を防げたり管理できるのは、素晴らしいじゃないか。
「一つ提案だ。」
「なに?」
「お前は頭も良いし説明も上手い。」
「ありがとう。」
ローに比べればそんな事はないと思うのだが
誉められるのは嬉しい。
「医学書だけでも全ては読みきれねぇ。かと言って食った物で人体が構成されてる以上、それは関与度が高い。」
「確かに。そんなこと何かに書いてあったな。」
「今後も、医学と関わる分野での栄養素の知識を俺に教えてくれねぇか。」
ローが教えてくれなんて言うと思わなかった。
でもローの顔は結構真剣で。
少し意識して取り入れてくれたら良いなと思った位なのに
ローに何かしら影響を及ぼせたのだとしたら
それって結構凄いことだ。
「私で、よければ。」
「助かる。さっきの話も本で書いてはあったんだが、分子式やら専門用語が多すぎて理解するのに時間がかかった。お前から聞いた方が分かりやすくて早い。」
なんて嬉しいこと言ってくれるんだ。
ローに認められるって
なんだか凄いことすぎて興奮で体が熱くなる。
「どうせ船が出来た後も、同じ海の上にいれば会うこともあんだろ。定期的に頼む。」
ローの言葉に私は目を見開いた。
一緒にいる間だけでなく
離れてしまってからも
会う口実をくれたと、そう思って良いんだろうか。
「じゃあ頑張って知識仕入れないとね。」
「お前も医学関係で聞きたいことがあるなら聞け。ギブアンドテイクだ。」
そう言ってニヤリと笑うローと目を見合わせて
私も自然と笑顔になった。
ベポから聞いた、仲間にするのを諦めることの理由は
ローも皆もあれから全く教えてくれることはなかったけど
こうやって繋がりを作ろうとしてくれてるのは
ベポの言った事が本当だからだよね?
本当に、私はこの人が大好きだ。
「見えてきたー!あれアルトで合ってるよね?」
「さぁ?ベポに聞けよ。いんじゃね?あれアルトで。」
ジャルタを出発してから結構な日数がたった。
余りにも目的地に着かないので
最近は毎朝こうして海を見渡しては目的地であるアルトを探すのが日課になっていた。
ペンギンは遠くに見える島をもうアルトにしてしまえと言うけれど
色んな補給の面から考えてもアルトじゃなくてもあの島に上陸するしかないだろう。
お肉の在庫が空っぽになってしまい
釣った魚と野菜でなんとか過ごしてはいるものの
焼き魚好きなローは嬉しそうだが他の皆が不満たらたらだ。
お米まで尽きてしまえばローも流石に身の危険を感じるだろう。
食料以外でも、濾過装置や服の材料を仕入れなければ作業が進まない。
「あー、色っぽい姉ちゃんの肌が恋しい。」
「ペンギンはどんな人がタイプなのよ。」
船縁に肘をついて黄昏ているペンギンは
男としての事情も踏まえても早く島に上陸したそうだ。
「俺?あー、お前みたいなのも嫌いじゃねえな。」
「散々貶しておいてよく言うな。」
そういえばペンギンはどういう人がタイプなんだろう。
なんとなく聞いただけだけど興味がなくもない。
シャチはジャルタで熱を上げていたお姉さんの話からすると
ボンキュッボンな色っぽいお姉さんがタイプなんだろうし
ベポはメスの白熊だろう。
取り敢えず。
「いやマジで俺お前結構好きよ?面白ぇし可愛いとこもあると思うし。あと楽だし。」
「そういうんじゃなく。」
なんだか普段あんな扱いをされているのに慣れてしまったせいか
友達としてなんだろうけど面と向かって好きとか言われるとちょっと照れる。
「いやマジで。ヤるだけならそりゃ色っぽい姉ちゃんのが良いだろうけど、好みのタイプって聞かれたら俺お前みたいなのがいいわ。」
「何急に。散々欲情しねぇとか言ってたくせに。」
なんだか本格的に照れる。
なんだこれは。
ドッキリか?
ペンギンの方に目線を向けるとまじまじと顔を見つめられ更に照れてしまう。
「俺がお前を好きになる訳にはいかねえだろ。お前はキャプテンの好きな女だし、お前だって好きだろキャプテン。」
「いや、あの……ローは友達だよ。」
やっぱりペンギンにもバレてる。
恥ずかしくなって視線を海に戻すが隣から感じる視線に居心地の悪さを感じる。
絶対見られてる。
「俺前も言ったけどよ、キャプテンには幸せになって貰いてぇ訳よ。だから宜しく頼むな。」
「……私だってローには幸せでいて欲しいとは思うよ。だからって私に何かできるとは思わないけど。」
分かってねーなーと伸びをするペンギン。
最近そういう類のことをシャチにもよく言われる気がするのだけれど
私はそんなに男心というものに疎いのだろうか。
「居てくれるだけで良いんじゃね?」
むしろお前何かしようとした方がキャプテン気が気じゃねえと思う、と優しそうな目で見下ろされると
なんだか何ともいえない気持ちになる。
もしそうなら嬉しいけど
理由がないからこそ
それがいつ変わってしまうかが不確かで
怖いんじゃないか。
「まあ、ねぇと思うけど。キャプテンが他に鞍替えすんなら俺が貰ってやるから安心しろよ。」
「全裸で迫っても全く女として見てくれない方に貰って頂くのも何かヤなんですけど。」
根にもってんなとケタケタ笑うペンギンに呆れてしまう。
ペンギンは、何て言うか
シャチやベポよりもどちらかと言うとローに近い感覚で好きだ。
ドキドキはしないけど
こんなに一緒に居て楽しいと思える人に会ったことがない。
ペンギンを見かけたら何となく寄っていってしまうし
ローと違って照れとかそういうのがない分楽だ。
ローが心変わりしたら
ペンギンが私を貰ってくれるのか。
それはそれでなんだか楽しそうだ。
「お前の気持ちの持ちようじゃねえの?お前が俺のこと好きになってくれんなら俺の息子もバイーンと元気になるかも知れねぇし。」
「朝から下品!」
朝から下ネタ爆発なペンギンをじと目で睨むと、
男なんて大体そんなもんだと笑われた。
しょうがないなと思いつつも
こんな話も普通にできちゃうペンギンやシャチとの関係は嫌いじゃない。
恋愛じゃないけど
これもこれで特別な好きだ。
「でもさ、逆に俺がお前のこと好きだとか言い出したらお前どうすんの?」
「そんなあり得ないこと考える意味あるの?」
今日のペンギンはなんだか変だ。
普段はそんなあり得ない事を想定しようとさえしないのに。
「いや、マジで。どうすんの?」
声のトーンが下がったのを不思議に思って顔を上げると
ふざけていると思っていたペンギンは真顔でこっちを見ていた。
なんなのよ。
これは真面目に返した方が良いやつなの?
「好きな子苛めるなんてペンギンもガキだねって思うかな。」
そう言って視線を海に戻そうとすると
腕を掴まれてそれを遮られた。
少しびっくりしてペンギンを見上げると
なんだか神妙な顔をしている。
やっぱり真面目に返すべき所だったんだろうか。
「どしたのペンギン。」
「聞きてぇと思って。一応。」
一応って何だ。
私はため息をついて頭を捻る。
もしペンギンが私を好きだったら?
それを伝えられたら?
え。
私どうするんだろう。
ペンギンにはローが好きだからとは言えないし。
別の言い方で断らなきゃいけないんだろう。
ペンギンの好意を断る理由。
なんか見当たらないかも。
なんで私はペンギンじゃなくローが好きなんだろう。
二人は全然性格も違うし
むしろローよりペンギンの方がノリだとかツボだとかは似てると思う。
ペンギンはある程度は気を使ってるんだろうけど怒った時とかは結構そのまま表に出すし
めんどくさいだとか、お腹が減ったとか
ヤリてぇだとか
非常に欲に正直だ。
ペンギンがもし私を好きだったとしたら
気持ちが離れてしまったときも分かりやすいんだろうし
色々と不安にもならなそう。
「何をそんなに考える必要があるわけ?」
「いや、ペンギンをそういう目で見たことがなかったから。そういう目で見てみてた。」
へぇ、と息をつくペンギンは相変わらず私の腕を掴んだままで
やっぱりちゃんと答えなければいけないんだろう。
なんで私はローにだけドキドキするんだろう。
ペンギンにだって、好きな所は沢山ある。
ローとはタイプは違うけど
ペンギンも結構格好いいと思うんだけどな。