「どっち先攻?」
「交互で良いだろ。どうせあいつら帰って来ねえだろうし。」
ローの口から皆が帰ってこないと言われると
なんだか意識してしまう。
いかんいかん。
冷静になれ私。
きっと勝敗は拮抗する。
勝負数が奇数になれば
先に白を取った方が有利だ。
じゃあ先に白貰うねと白の駒を盤面に並べ出すと
ローがふっと鼻で笑った。
「なによ。」
「いや。楽しめそうだと思っただけだ。」
絶対挑発されてる。
私はローを睨み付けたけど
絶対気付いている筈のローはこちらを向くことなく酒に口をつける。
絶対に負かしてやる。
最初のポーンを動かした。
前の戦いでなんとなくローのやり口は把握した。
甘い誘いに乗らないように注意しなければ。
まだ序盤だと言うのに長考がお互いに続いている所を見ると
ローもそれなりに私を警戒していて
更には十数手先を何パターンも想定して作戦を練っている筈だ。
「やっぱりお前は軍司向きだ。迂闊に踏み込めねえせいで策が広がらねえ。」
「あら弱気だこと。それはこっちも同じだけどね。」
何パターンか相手の戦力を削ぐ策を考えては見たものの
あっちがミスしてくれないことが前提だと中々良い策が思い浮かばない。
キングは取らせてくれないだろうし。
そうなると細かく削って行くしかないんだけどな。
「お前なんで2手前でルークをそこに置いた。」
「さあ。気まぐれかな。」
ほらやっぱり。
安易に仕掛けても深読みされる。
然り気無く、それでいてローの意識の外から攻めるにはどうしたら良いんだろう。
やっぱりローとのチェスは楽しい。
一度でもミスしたらこっちの負けだ。
このスリルは堪らない。
「ローも飲む?おかわり。」
「ああ。」
考えすぎてお酒が進む。
まあローはこれくらいじゃ全然酔っ払わないんだろうけど。
「駒の位置いじったらダメだよ?」
「しねーよ。」
冷蔵庫からはリビングの机は死角になって見えない。
ローはそんな事はしなそうだが
ちょっとムッとした声色になったのが面白い。
ローにお酒の瓶を渡すと
同時にキュポンとコルクを抜く音が重なって
なんだか可笑しくて笑ってしまった。
ローも笑ってるかなと思って顔を覗くと
ふっと軽く息を吐く程度だったけど
とてつもなく優しい目をしているローに心臓が跳ねる。
止めてくれ。
嬉しいけど心臓に悪い。
「で?ローさんお考えはまとまったの?」
「まぁ、な。」
ローは単身でクイーンをこちらの陣地に進めてきた。
これは予想外の展開だ。
こちらも長考が必要か。
意図を探ろうとちらりと顔を盗み見ると
意外なことに特にニヤついてもいない顔でローがこっちを見ていた。
絶対ニヤついてるか敢えてこっちを見ていないかだと思ったのに。
「なによ。」
「……別に。」
そう言いながらも視線を外さないローに
なんだか恥ずかしくなってぱっと目を逸らしてしまった。
何考えてるか分からないならこっちに集中だ。
「そっちがそう来るなら、私も遊んじゃおうかな。」
入り込んできたクイーンへの対応ではなく、こちらも敵陣へ突っ込んだ。
お互いに守りに入っていてはつまらない。
敢えて相手の虚をつくことで入り乱れた打ち方をするのも面白いだろう。
「お前はやっぱり面白ぇな。」
今度こそローがニヤリと笑った。
お互いにそれまでの長考が嘘のように
ペンギンやベポのように場当たり的な打ち合いが続き
結局それでも結果はドロー、引き分けだった。
「割りかし考えてる人とだとこういうのも面白いね。」
「持ち時間制でやるのも良いかもな。」
確かに考える時間を与えればローは絶対ミスをしなそうだ。
こちらもそれは同じだが制限時間付きで打つのも楽しそうな気がする。
そんな事を思いつつ、次の対局の準備をしようと黒の駒を並べていると
ローがすっと立ち上がった。
「トイレ?」
「ちょっと待ってろ。」
そう言ってローは二階に上がって行ってしまった。
なんだろう。
割と直ぐに戻ってきたローは
握りこぶしをこちらに付きだした。
その下に手を伸ばすとローの手の中からシャラリと母様の指輪を通したネックレスが現れた。
「返しておく。大事なもんだろ。」
「え?うん。」
私はローに預けるまでずっと身に付けていたそれを定位置に戻して服の中にいれた。
なんだかこの感覚は久しぶりだ。
「なんでまた急に。」
「返しそびれてた。もっと前に返しても良かったんだが。」
私が皆に何か悪いことをしようとしたら事前告知するという約束の人質にと渡した母様の指輪。
これは何て言うか、信頼してると
そう言われたととっても良いのだろうか。
「それはお前の母親のものか。」
「……うん。母様の形見。」
なんだかこの手の話はあまり突っ込まれたくないのだけど
ローのことだ。
指輪のサイズと内側に彫られた言葉で
これが母様の婚約指輪で
今母様の手元ではなく私が持っているという意味も
なんとなく察しがついているんだろう。
「これは聞かれたくねぇ類の話か。」
ローの目が怖い。
別に睨まれている訳じゃないけど
何て答えても
ローはそれを糸口にこちらに入り込んで来そうで怖い。
「無理には聞かねえ。悪かったな。」
「ローはさ、誰にも言えない事ってある?」
それを覗かれてしまいそうで怖い気持ち
ローには分かるかな。
「ねえな。聞きてえなら話す。相手にもよるが。」
「そっか。」
ローらしいな。
ローがいつも堂々としていて
自分の信念に忠実に生きていられるのは
ローが強いからだ。
誰よりも現実が見えている。
見たくないことも
全て認めて、受け入れたうえで乗り越えていく。
そんな誰にも後ろめたいことのないローが
誰にも言えないことなんて
あるはずがない。
凄いと思う。
そんなローが好き。
でも
それが出来ない私は
自分の至らなさを痛い程突き付けられて
とてつもなく惨めだ。
「続きやろうにゃー。」
「……次は俺が勝つ。これは挑発じゃねえ。事実だ。」
重たくなってしまった雰囲気が嫌で
挑発するようにローを見上げると
少しだけ目を細めてそう言うローの顔は結構真剣だった。
次はローが先攻。
最初に仕掛けられる。
確かに、さっきもその前も白を貰って引き分けなら油断はできない。
「次は時間制限
ドンドンドンッ
ドンッ
急に心臓に響くような轟音が響き渡る。
驚いて一瞬目を瞑ってしまった。
「花火、か。」
いつの間に窓際に移動したんだろう。
そう言って外を眺めるローの顔にカラフルな光が反射していた。
「私花火見るの初めて!!ねえ外で見よう!!」
海岸で打ち上げられているらしい花火は
窓からでも見えなくはないけれど
せっかくなら外で見たい。
船尾の方はきっと特等席だ。
ローの腕を掴んで船室を出ると
先程よりも花火の音は格段に大きくなって
空いっぱいに色とりどりの大輪の花が咲いていた。
「わー!!凄い凄い凄い凄い!!」
「上見ながら走るな。こけるぞ。」
思っていた以上に近くで上がっていた花火は凄い迫力で
真っ暗な空に赤や黄色、ピンクや青の光が輝いている。
私たちは船縁に肘をついて並びながら
それを見上げていた。
「花火って凄いね!ダリアみたい!私ガーベラの次にダリアが好きー。」
「お前は色々知ってる割に初めてが多いんだな。」
ローは私ほどハイテンションではなかったけど
ただ、空に咲く花を見上げていた。
「ローは見たことあるの?」
「ああ。何度かな。」
皆と見たのかな。
子供の頃、家族と見たのかな。
「ねえ、ローはちっちゃい時どんな子供だったの?」
「別に普通だ。」
普通って。
ローに普通とか悪いけど似合わない。
「普通?ちなみにローは今自分を普通だと思ってるの?」
「お前に比べりゃ普通だろ。」
「心外だわー。ローの方が普通じゃないでしょ。」
「……お前は?お前はガキの頃どんなだったんだ。」
そりゃそう来ますよねー。
言ってしまった後に
ちょっとそんなこと聞かれるかなと、思ってしまった。
花火のおかげか
あの全てを見透かすような目がこっちを見ていないのが唯一の救いだ。
「……お嬢様だったよ。一応貴族だったからね。」
「想像付かねぇな。貴族らしいとこが見当たらねぇ。」
「ダンスとか上手いんだよー。ヴァイオリンも弾けるし。チェスも習ってた。」
「貴族はあんな趣味悪ぃ打ち方を教えんのか。」
ため息と共に呆れたような声が聞こえてくる。
顔をしかめてこっちを見下ろすローの顔がなんだか可笑しくて
思わず笑ってしまった。
そんなに趣味の悪い打ち方かな。
こういう話なら楽しい。
ローは分かってて
あんまり突っ込まないでいてくれてるのかな。
「ローは小さい時からお医者さんになりたかったの?」
「ああ。父親が、立派な医者だった。」
ローはお家が病院だったから
お父さんやお母さんに着いて回って
小さい頃から入院患者の血圧を計ったりカルテを書いたり、医療に触れて育ったそうだ。
流石に手術室には入れて貰えなかったみたいで
それに駄々を捏ねたりもしたらしい。
「ローにもそんな可愛らしい時期があったんだね。」
「一人前のつもりでいたんだろうな。やって出来ねぇ事なんてねぇと、本気で思ってた。」
ふっと自嘲気味に苦笑いするローのこんな顔は
初めて見たかもしれない。
花火にはもしかしたら
人を感傷的にする効果があるのかもしれない。
未だに景気よく空を彩る光は
とても綺麗だけど
儚い。
だからこそ
その数秒間の輝きがより美しく感じるのだろうか。
「やって、出来てるじゃん。ローは絶対世界一のお医者さんでしょ。」
「コラさんのおかげだけどな。」
命懸けでローの為にオペオペの実を手にいれたコラさん。
どんな人だったんだろう。
いつも笑ってて
ドジで
誰よりも優しかったってローは言ってた。
自分なんかの為に死ぬべきじゃなかったんだって。
私は、感謝してる。
ローを生かしてくれて。
故郷を殲滅されて真っ暗に染まったローの心を
明るい方へ導いてくれたのは
紛れもなくコラさんの温かさだ。
「会ってみたかったな。コラさんに。」
「……お前とコラさんが一緒になったら、手ぇつけらんねぇことになりそうだ。」
私とコラさんのどんなやり取りを想像してるんだろう。
花火に照らされたローの横顔が
呆れたように笑ってる。
本当に
どんな顔してても格好いいな。
花火も綺麗だけど
それよりもローに視線が向いてしまう。
初めての花火を
ローと二人で見れて良かった。
ローはあまり表立って花火に関心を示していなかったけど
私と違って
ずっとそれを見上げているローの方が
もしかしたら花火を喜んでいるのかもしれないね。
自然と目尻が下がって頬が弛む。
このまま時が止まれば良いのに。