「……入ったこと、ないと思うよ?」
「あー。これ例の聞かれたくないやつ?」
ペンギンはでこぴんの要領で指でお湯を弾いてかけてくる。
絶妙にコントロールされたそれは丁度顔に直撃して。
避けても避けても
避けた方にまたお湯が飛んで来る。
凄いコントロール力だ。
「別に、そういうんじゃ、ないけど、ってもうしつこい!!」
「別に無理しなくて良いけど。俺別にお前の秘密になんて興味ねぇし。」
なんでもないことのようにそう言うペンギンは
相変わらず中指でお湯を弾いている。
しつこい。
目とか鼻にお湯が入るし
入らなくてもやられっぱなしなのが気に食わない。
バシャーン
「ぶはっ!てめぇふざけんな!!」
「てめぇがふざけんな!!」
仕返しとばかりに浴槽のお湯をくんだ桶でペンギンにお湯をぶっかけた。
我ながら良い音がした。
ペンギンは鼻に入ったらしいお湯を拭おうと
顔をしかめてごしごしと鼻をこすっている。
ざまぁみろ。
「お前加減ってもんがあんだろ。」
恨みがましそうな目で睨まれたけど
先にお湯をかけてきたのはペンギンだ。
私悪くない。
つんと顔を逸らすとペンギンは
ったくこれだからガキはと文句を言いながら手のひらで掬ったお湯で顔を拭った。
「皆聞き出そうとするのに、ペンギンは興味ないんだ。」
「あ?聞いて欲しいなら聞くけど。」
ペンギンの表情を見ていても
なんだか本当に興味がなさそうだ。
聞かれたら聞かれたで困るんだけど
結構仲が良いと思っていたペンギンに興味がないとか言われると
何て言うか
それもそれで悲しい。
「別に良いだろ。見えてるとこは分かってるし。言いたくねぇことくらい誰でもあんじゃねえの?」
「……ペンギンもあるの?言いたくないこと。」
聞いておいてなんだけど。
とてもじゃないけどペンギンが人に言えない秘密を抱えているようには見えない。
「言いたくねぇとかじゃねえけど、誰にも言ってねぇことぐらい俺にもあるわ。」
ペンギンは怪訝そうに目を細めながら私を見下ろしている。
あるのか。
ペンギンにも。
マジか。
「俺あいつら程世話焼きじゃねえもん。お前の秘密聞いたってどうにもしてやれねぇ自信あるし。」
「……それもそれで凄い自信だね。」
ガラじゃねえんだよ辛気臭ぇの、と頭を掻くペンギン。
確かに。
それは納得だ。
私もペンギンにそんな秘密があるなんて思いもよらなかったけど
無理矢理聞き出してもどうにもしてあげられる気がしない。
「……ねえ、ペンギンはさ。絶対に変わらない気持ちってあると思う?」
「んなもんあるわけねぇだろ。」
わぁ、即答。
前からペンギンとは似てるかなって思ってたんだけど
それはどうやら勘違いだったみたいだ。
中々潔いというか男らしいお考えをお持ちのペンギンに
私の下らない拘りをどう思うのか聞いてみたかったのに
それはいともあっさり切り伏せられた。
「お前キャプテンのことどう思う?」
「……今それ聞くの。」
せっかくちょっと忘れてたのに
なんで嫌なこと思い出させるかな。
胸のもやもやを引き戻しやがった犯人を睨みつけると
言わなく良いから考えろと彼は言う。
どうって
私のこと好きだっていったのは嘘だったの、とか
好きと性欲は別物なの、とか
それとも、私よりステラさんの方が好きなの、とか
私以外の女の人に触らないで、とか。
ローが何を考えてるかが分からないけど
私がローをどう思ってるのかも
ごちゃごちゃすぎてよく分からない。
「羨ましくはねぇだろ。」
「え?」
呆れたような顔で私を見ているペンギンの言ってる意味が分からない。
羨ましい?
そりゃ今のこの状況では
どう頑張っても羨ましくはない。
なんて言うか、そういうのじゃないし
気持ちのベクトルが違いすぎる。
「気持ち変わってんだろ?前にキャプテンのこと羨ましいって、お前言ってたじゃん。」
本当だ。
初めて仲間に誘われた時、確かに私はローを羨ましいと思っていた。
そこに関しては今も変わってないけど
私のローへの気持ち
あの時とは違うや。
「良くも悪くも変わんだろ。んなこと気にするだけ無駄だ無駄。」
当たり前のようにそういうペンギンがなんだか凄い人に見える。
なんていうか意外だ。
意外すぎる。
「ペンギンって、意外と大人っていうか。色々考えてるんだね。」
「伊達にお前より6年も年くってねぇよ。」
そうだった。
ペンギンは私より6年も長い時間を生きてるんだ。
普段のペンギンがあんなんだからすっかり忘れてた。
そっか。
確かに気持ちは変わってしまうものだけど
それが必ず悪い方に変わるとは限らない。
もし、悪い方に変わってしまうのだとしても
気持ちってそういうものだ。
そこを気に病むのも確かに無駄な気がする。
私だってローを好きになろうとしてなった訳じゃない
気がついたら
ローのことばっかり考えてた。
そんな自分でもコントロールできないものを
周りが気にした所でどうにもならない。
なんか、本とか書けばいいのに。
意外と哲学者なペンギン先生の方をちらりと見上げると
なんだかガン見されていた。
「なに。」
「お前髪あげてんの似合うな。普段も結んでれば良いのに。」
まじまじとそんな事を言うペンギン。
私は今髪の毛を高い位置で縛ってお団子にしてたんだけど
確かに普段あまりこういう髪型はしないかもしれない。
基本的に結ばないし
商品を仕込む時は低い位置で適当に縛ってる。
お出かけの時も緩く巻く程度で
お団子とかポニーテールなんてお風呂以外で全然してないかも。
「子供っぽくない?」
「俺こっちのが好き。」
「……どうも。」
なんだか少し照れる。
普段貶されてばかりだし
むしろ別にそういう扱いで良い
調子狂うからやめて欲しい。
なんだかんだですっかり長湯してしまって
温泉効果もあるのか体は芯からぽかぽかだ。
脱衣所で体を拭いていると
下で着替えてくるとペンギンが先に出ていってしまった。
パジャマを着るにも水着を脱がなきゃいけないわけで
ペンギンが居ると着替えられない。
私が部屋で着替えようかと思ってたのに
然り気無くジェントルマンだ。
なんだか今日はペンギンの意外な一面をたくさん見た気がする。
裸の付き合いか。
本当に、悪くないかもね。
パジャマに着替えてリビングの扉を開けると
リビングは暖炉から溢れるオレンジ色の明かりが灯っているだけで
それは皆がまだ帰ってきていないことを私に突き付けた。
随分長風呂したせいか
時計の針はもう11時を指している。
まだ飲んでるのかな。
それとも……
「ウイー。これ勝手に取って良いの?」
ペンギンの声が聞こえてはっとする。
書斎の方から聞こえた声を辿って階段を降りると
ペンギンが本棚の前でパラパラとページを捲っていた。
「ペンギンが本とか超似合わない。」
「うっせーよ。なぁ!これ俺読みてぇ!超懐かしい!!」
ペンギンが開いていた本を見て、思わず笑ってしまった。
「うそつきノーランド?ペンギン絵本とか読んでたの?」
「北の海出身でこれ知らなきゃモグリだろモグリ!!」
まじ懐かしい!と目を輝かせてページを捲るペンギンは
さっき彼が意外と大人だったことを実感したばかりなのに
まるで子供のようにはしゃいでいる。
「ねえこれは?」
「それも知ってる!」
結局ペンギンは見覚えのある絵本を大量に抱えて階段を登ると
暖炉に一番近いこたつの辺に潜り込んだ。
「ウイちゃんシードルー。」
「はいはい。」
これはもうペンギンは動く気がないんだろう。
こたつの周りに必要な物を全て揃えて一歩も動かない。
怠け者にとって至極の幸せだ。
こたつを初めて買ったとき
私もしばらくああなった。
仕方ないなぁ。
呆れる気持ちもあるけど、ペンギンが居てくれて心強い。
溢れたため息には
呆れよりも感謝の気持ちがこもってた。
すっかり怠け者モードで絵本を読み耽ってるペンギンにクッションを投げつけると
サンキューと胸の下にそれを敷いたペンギンは
更なる怠け者へと進化した。
こたつの上に置いたシードルも
カーペットの上の絵本の脇にちゃっかり移動して
もう絵に描いたようなダメ人間の出来上がりだ。
「一緒読もーぜー。」
うつ伏せになって絵本を目で追いながらパンパンと隣を叩くペンギン。
まぁもう寝るだけだし。
たまにはダメ人間になるのも良いか。
ペンギンの隣にもぐりこむと
私も同じように胸の下にクッションを挟んでうつ伏せになった。
「ねえ8割増し面白くして読んで。」
「6割ぐらいならいける。」
私たちはセリフの所だけアドリブで差し替えて
北の海の名作絵本をとんでもない話にしては爆笑していた。
ナレーションは原作通りなのに
セリフが変わるだけでこうも残念な話になってしまうとは思わなかった。
セリフのセンスが問われるこの遊びを気に入った私たちは
他の絵本も次々と駄作に作り変えていった。
「ドラゴンは空へと帰っていきました。地球の人々に一言だけ呟いて。………ペンギン?」
ドラゴン役のペンギンがセリフを言わない事を不思議に思って顔を覗き込むと
破廉恥すぎるドラゴンは寝息を立てて寝てしまっていた。
さっき地球を救ったドラゴンが主人公の男の子に
「俺はEカップ以下は女と認めねぇ。」
と相変わらず意味不明なセリフを格好付けて口にしたばかりなのに。
眠ってしまったペンギンの顔をまじまじと見ると
なんだかあどけなくて可愛い。
「本当に、ありがとね。」
本当に、ペンギンのおかげで
大分嫌なことを考えずに済んだ。
ペンギンを起こさないようにそっと体を起こすと
見ないようにしていたのに
時計が視界に入ってしまった。
もう一時だ。
この調子じゃ、皆はもう帰ってこないんだろう。
開くはずもないドアを見つめてしまうのは
僅かな期待のせいだろうか。
ねえロー。
今何してるの?
なんで帰ってきてくれないの?
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