「……悪い。」
「いや……私が先にやったし、ね。」
どうやらローは返事を私と同じ方法で返そうとしたらしい。
自分からしておいて
されると異常に驚くとか、私アホみたいじゃないか。
「ぷっ。」
「何だ。」
何だか見つめ合ったままお互いに固まっているこの状況が可笑しくなってしまって
堪らず私は吹き出してしまった。
「何でもない。今日早かったんだね。」
「そうでもねぇ。お前らが最近早くから地下に引っ込み過ぎてただけだろ。」
確かに。
最近は地下でごろごろしながら話していることの方が多かった。
皆は私がローと顔を会わせないように
敢えてそうしていたのかもしれない。
久しぶりにまた皆でゲーム、やりたいな。
「修行の方は順調なの?」
「順調ではねぇが、多少の進歩はあった。」
ローが間繰り上げてこっちに差し出した左腕は
少し間をあけて一部が黒く変色した。
「これが覇気!?ねえ!これ触ってもバチっとかじゅわっとかしない!?」
「しねーよ。」
普通の部分と黒くなった部分の境目を指で押してみる。
やたらと黒い部分だけが人の肌とは思えない位に硬い。
特に温度は他の部分とは変わらないのに爪で叩いてみてもそこだけ硬質的な音を返してくる。
これは多分武装色の覇気なんだろう。
「これ肘とか膝とかでやったら関節曲がるの?」
「まだ出来ねぇよ。集中してこれがやっとだ。」
そう言って息を吐くと、ローの腕は元の状態に戻ってしまった。
あー……
さっさと境目ぐりぐりして覇気を纏った皮膚の下も硬いのか指突っ込んで検証しとけば良かった。
表面だけなのかな。
その下も何か変化はあるんだろうか。
初めて間近で見た覇気に興味がそそられすぎる。
「ねえ、もっかいやって!」
ローは顔を引き吊らせてため息をついた後
もう一度腕に武装色の覇気を纏ってくれた。
5,6センチ幅の黒い部分の裏側は特に他の部分と変わらないみたいで
表面をやたら硬い物が覆ってる感じみたいだ。
爪を立てても特に痛みは感じないみたいで
そんなに硬くなってる部分は厚くないというのに
端と端に指で力を込めて見ても、割れる気がしない。
何この不思議現象!
私はローが何も言わないのを良いことに気が済むまで覇気の観察を楽しんだ。
「相変わらずだな。」
「え?……あー、ごめん。ついテンション上がっちゃって。」
見たことがない物を見ると、それがどういう物なのかが気になってしまう。
それが得体のしれない物だったり、未知の物だったりすれば尚更だ。
まだ解明されていない物を調べられるのは
何て言うか心が疼く。
自分が第一発見者かもしれない。
そう思うと逸る気持ちが抑えられない。
ふと、覇気を解いた後もローの隣に身を寄せて腕に手が触れたままになっていたことに気付き
ぱっと手を離して少し距離を空けようとした。
「座ってろ。」
腰を浮かそうとした私の腕をローの手ががしりと捕らえ
結局肩が触れる程近い距離のまま
ローの視線を受け止めた。
どくん
ダメだ。
心臓が可笑しいくらい強くて早い鼓動を打ち出す。
ごめんね、ペンギン。
ペンギンのことも大好きだし
ほんの一瞬
あなたとなら辛い思いもせずに
ありのままの自分のままで一緒に居られるって
ペンギンとのこれからを少し想像しちゃったりもしたのよ。
でもダメだ。
この人は私のことを不安にもさせるし
良すぎる頭で導き出した想定外なことを不言実行で勝手に進めてしまう。
彼の強すぎる意志と信念は、私の心に劣等感や自己嫌悪を生むし
凄い人すぎて、自分はこの人に相応しくないって
惨めで不甲斐なくて
私の心は引っ掻き回されてばかりで気が休まらない。
それでも
私はやっぱり
この人が好きなんだ。
掴まれた腕から感じるローの力強さや体温も
大好きな彼の香りも
心の中を全て見透かされそうで、怖いとすら感じる彼の視線も
久しぶり過ぎて心臓が耐性を無くしてしまったみたいだ。
心の中に浮かんだ気持ちを
いけないと思って必死で掻き消す。
困らせるだけ。
駄々漏れの私の気持ちは
そうでもしないと簡単にローに伝わってしまうから。
実現しないって分かってるけど
そう思ってる事が伝わるだけでも
更に私の株は大暴落なんじゃないかと思う。
私のせいで
ローはここ一週間気苦労の多い毎日を送ったんだろう。
目の下の隈もいつもより濃い気がする。
ねぇロー
抱き締めて欲しい。
お互いの視線は絡まったまま
時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。
さっきまで
沈黙があんなに気まずかったのに。
何を言われるのかにびくびくして
何て答えたら良いのか
色んなパターンを頭の中でシュミレーションして
少しでも嫌われないようにって
この場をどう切り抜けようかって
そればっかり考えていたのに。
絡まったまま振りほどけない視線も
加減されてるのに力強さを感じる腕も
ずっとこのままで居て欲しいと思ってしまう。
いつからローに抱き締めて貰っていないかな。
あんなに頻繁に抱き締めて貰ってた頃は
それがあんなに私を安心させてくれる事だとは思わなかったのに。
いけないいけない。
また流されてしまいそうになってた。
目線を落として
絡み合っていた視線をほどく。
ローの顔見てると
溢れてくる気持ちが止まらない。
見なければ我慢できる。
話しに来てくれたんだ。
ちゃんと聞かなきゃ。
答えなきゃ。
「ロー何か用事あっ……!?」
物凄い力で腕を引かれて
体が一瞬無重力を体感した。
引っ張られたせいで
脇腹が伸び過ぎて痛みを感じたけど
体に感じる少し高い体温と
さっきより強く感じるローの匂いと
私を圧縮しようとしてるんじゃないかと思う程強い力に
色んな事が頭から吹っ飛んだ。
恐る恐る腕をローの背中に回すと
私を抱き締める力が更に強くなって苦しい。
苦しくても、
この感覚好きだなと思って触れていただけの腕に力を込めて
私もローを抱きしめた。
「悪かった。」
耳元で囁くような
ローの低い声が鼓膜を通じて頭に届く。
何に対する謝罪なの?
ステラさんと、色々あったこと?
それを教えてくれなかったこと?
それとも
また私が気付いていないだけで
ローは私の知らない所で、何か謝るような事でもしてるの?
もう、なんかどうでも良くなってきた。
ローがここに居て、抱き締めてくれてる。
私、それだけで幸せだ。
ローの鼓動を感じる。
私ほど早くないように感じるそれが何だか面白くなくて悔しい。
でも暖かい。
体だけじゃなく、心の中が。
ローのぬくもりを堪能していると
ふと抱き締める力が緩んで
ぴったり寄り添っていた体の間をひんやりとした空気が流れる。
どうしたんだろう。
不思議に思って見上げると
神妙な顔をしているローと目が合った。
ゆっくりローの顔が近付いてきて
少し顔を傾けたローの唇が
私のそれと重なった。
どくんどくんと相変わらずな心臓の音が煩い。
合わさった唇からも
この振動が伝わってしまうんじゃないかと思うと少し恥ずかしくなる。
「……んっ。」
ただ触れていただけのそれが一度離れると
次に触れてきた唇からは
ローの熱い吐息と共に
舌が滑り込んで来る。
舌先同士が絡み合う。
お互いの唾液を交換するように
徐々に深くなっていく口付けに
体の芯が熱を帯び始めた。
熱でも出たみたいに
頭がぼーっとして
何も考えられない。
ただこの人を離したくないと
このままずっとこうしていたいと思う気持ちだけが
すがり付くように背中に回った手に力を込めさせた。
それに応えるように
背中と頭に回ったローの手が優しく抱き返してくれる。
このまま溶けて
ローに染み込んでしまいたい。
そしたらずっと一緒に居られるし
離れてしまうことに不安なんて感じないだろうに。
激しすぎる口付けで
飲み込み切れずに口の端から溢れた唾液が頬を伝う。
重力に従って首を伝うそれは
あっという間に外気に熱を奪われてしまったようで冷たく感じた。
奥の方を這いずり回っていたローの舌がすっと引いて行ってしまうと
軽く吸い上げられた舌に
夢のようなひと時の終わりを感じて切なくなる。
もっとして欲しい。
全然足りない。
唇が離れた途端、私を抱き寄せる腕の力も弱まって
体と体の間に距離が生まれた。
私はローから離れたくなくて
自分からローにすがり付くように体を寄せようとしたけど
それより早く首筋を生暖かい物が這った。
「ぁっ……。んぅっ。」
伝い落ちた唾液を舐めとるローの舌使いがなんだか厭らしくて
ローの吐息が首筋にかかる度に体がビクリと反応する。
なんだか、体が疼く。
「んっ……。」
徐々に這い上がってくるローの舌は
所々で動きを止めては甘い痛みを首筋に落として行く。
特に運動なんてしていない筈なのに
煩すぎる心臓のせいか呼吸が乱れる。
恥ずかしいけど
気持ちいい。
唾液の跡を辿って来たローが
唇の端をぺろりと舐め上げた顔が
とんでもなく色っぽくて背中がぞくりと栗立った。
もう一回キスしてくれないかな。
熱の籠ったローの目が私を見つめている。
私も今、こんな目をしてるのかな。
もう欲にまみれた自分の理性はどこかへ行方不明で
私は自分からローの唇へ顔を寄せた。
ごちっ
「あだっ!」
「……おい、あんまり煽られると我慢がきかねぇ。」
せっかくローにキスしようと思ったのに
頭突きでそれは制されてしまった。
地味に痛い。
痛みと戻かしさで
額を合わせたままローの目を睨み付ける。
呆れたような顔で
私の顔を退けようとするローの腕の力に必死で反抗した。
「おいいい加減に「我慢なんてしないでよ。」
何て事を言っちゃったんだろう。
ローは私の爆弾発言にさぞ驚いたようで
目を見開いて固まっている。
だって
これからどうしたいかなんて今は考えられない。
ただ、今はこうしていたい。
もっとキスして欲しい。
触れて欲しい。
ローを感じていたい。
ごくりと唾を飲み込んだローの喉仏が上下する。
私もここに、キスしたい。
ローの首筋に顔を近付けようとすると
慌てるように体を引いたローが私の肩を掴んで距離を取った。
「……俺は、自分で決めたことをそう何度も覆すのは好きじゃねぇ。」
知ってるよ。そんなこと。
ステラさんの影響かな。
なんだか今の私は今までで一番、自分の欲に正直だ。