3-11



「なんかさ、意外と普通だよね」
「まあ、同じ海の上だしな」


最初こそ、危機を乗り越え到着した目的の海は輝いて見えた。
しかしその高揚も、時間の経過と共に収まる。


「私もっと、こうファンタジーっていうか…特別感あると思ってたんだけど」
「俺も」


落ち着いて見れば、そこはこれまでと何ら変わらぬ風景。
どんなものを思い描いていたかは知らないが、これではなかったらしいウイとペンギンが
頭のこぶを擦りながら海を眺めぼやいていた。


「リバースマウンテンのが面白かった」
「本当それ。アレもっかいやりたいね!」


双子岬と呼ばれるグランドライン入り口にある灯台。
一行は最初の島のログが貯まるまで、暫し待機をベポに言い渡される。


「お前良かったの?最初しか航路選べないらしいじゃん」
「良いも何も…島の名前聞いた所でそこがどんな所かわかんないし」


彼らは先刻、どの航路を選ぶかの話し合いを行った。
何の情報もない中でのそれは事実無意味。
そこでウイは7つの島の名前をこよりに書き、それを握ってローへと突きだした。
引け、と。

ローが引いたこよりには【ルンルンバース】という島の名が書かれていた。

決まった目的地を伝えようとそれを読み上げるローの姿に、笑いのツボが劇的に浅い二人組は笑い転げる。
7つの島の内最も愉快なこの島の名前を真顔で読み上げるローは、彼らの爆笑をかっさらった。
そしてその制裁を受けた二人の頭には、お揃いのこぶが出現したとか。


「ログが貯まったよ!出航しよう!!」


トテトテとベポが船へとかけてくる。
目的の島のプレートが掲げられた位置でログを貯めるシステムらしく、割とすぐにそれは貯まったようだ。


「面白いけど謎だよね。アレどうなってんだろ」
「だな」


元よりつるむ事の多いペンギンとウイではあったが、今彼は意図的にそれを心がけている。
船室の壁に腕を組み背を預けている人物から時折感じる視線は、ペンギンの意図するもの。


まだ痛むのか頭のこぶを擦っているウイを横目に、ペンギンはニヤリと笑った。





グランドライン初航海は特に問題も起きず順調そのもの。
夕暮れ時、夜間の航海は危険だろうと判断したベポにより船はその進行を止め
一行は錨を降ろし船室へと入った。


「おかしいなー。ここ本当にグランドラインだよね?」
「そうだと思うけど。何がおかしいの?」


ダイニングで夕食分のおにぎりを頬張る彼ら。
そんな中ベポは一人、ログポースを見つめ首を捻る。


「グランドラインは天候も風も、海流もあべこべな海なんだ。こんなに何事もなく航海できるはずないんだけどな」
「ローが当たり引いたんじゃない?」


一見代わり映えなく見えたその海は、やはり他の海とは違うらしい。
だがしかし、今のところはその片鱗すらも見えない。


「そんなことってあるのかなー」
「まあ問題あるより良いじゃねぇか」


グランドライン出身のベポはやはり納得がいかないらしく、ここの常識では考えられない状況に唸り続ける。
昼同様、ローは普段以上に寡黙におにぎりを頬張り続け
その様子をネタにされても文句すら言う間も惜しいと睨みだけを飛ばしていた。

どれほど悩み唸り首を捻っても、その疑問が解決することはなく
しかし過ぎた時間はベポから夕食を奪った。
唖然とし空腹に泣きそうになる白熊に
主犯の男は悪い、とただ一言そう言った。


「お腹ペコペコなのに…」
「甘いのでも大丈夫?これなら沢山あるけど」


ガクリと肩を落とすベポに、ウイは売り物用にラッピングされたパウンドケーキが山のように入った箱を持って来た。
それを目にした白熊はパァっと目を輝かせる。


「天使…!ありがとう大好きこれで生き延びられる!!」
「こんな人小バカにした天使いねぇよ」


ローはまだ、昼間ルンルンバースの件でからかわれた事を根に持っているのだろうか。


中身がちょっとアレな天使は都合の悪い事は綺麗に聞き流し
自分の手掛けた菓子を喜びガツガツと頬張るベポを微笑ましそうに眺めていた。




慌ただしかった一日の終わり。
まだ早い時間の内に、フリーウィング号の部屋の明かりは全て消えていた。

夜の闇に溶け込む船の、地下。
明かりの漏れぬその部屋ではとある集会が開かれていた。

また地上の明かりの消えた部屋でも、月明かりの下で酒瓶を傾ける人影があった。




「1週間!一週間以内にキャプテン自覚して、くっつくのはー…1ヶ月!1ヶ月以内!!」


ペンギンは自信満々にそう言い放つ。


「そんな上手く行くか?自覚するまででもひと月はかかんだろ!くっつくのは…そうだな。造船所着くぐらいにしとくか!」


シャチもシャチで、その口ぶりには自信を伺わせる。


「えー?…離れ離れになってからじゃないとキャプテン気付かないんじゃない?え?そうすると、二人って恋人同士になるの?あれ?」


ベポの意見も強ち有り得そうだ。






彼らは昼間、今後ローとウイの恋路が如何に進展するかを賭けた。
掛け金は1人20万ベリー。
ローがいつ自分の気持ちを自覚するか、二人がいつ付き合うか。
それぞれ10万ベリー分を最も近く予想した者が総取りとなる。

どちらも最も早い展開に賭けたペンギンは、さっさと発展させようと
それでやたらとウイの傍をうろついていたのだ。


「お前ズルいよな。キャプテンめっちゃ苛立ってたじゃん」
「シャチだって近くなったら似たようなことやんだろ?」
「まぁな」


3人はこのネタを肴に酒を酌み交わしていた。
冷蔵庫から引っ張り出してきた酒瓶が、テーブルとその脇に並んでいる。


「そういえばさ、さすがに恋人同士になれば分かる気もするけど。キャプテンがウイのこと好きって気付いた時はどうやって判断するの?」
「…確かに」


実はムキになりやすいローの性格を熟知している3人は、彼が自分の気持ちに気付いたとしても表には出さないのではと危惧した。


「女遊びしねえ理由聞いた時もなんかムキになってたしな!」
「あれはペンギンの聞き方が悪い」


思春期真っ盛りの少年が、男性器機能不全や同性愛の疑いをかけられれば
事実でない限りそれを証明しようとするだろう。
口で言うより行動で示す事の多いローなら尚更。


「でもキャプテン案外わかりやすいじゃん。過半数が確信持った時点で本人に聞いちまえば良くね?」
「素直に認めるかなー?」
「認めなくても反応で分かんだろ!」


策略家で滅多に動揺等しない彼らの船長は
恋愛面においてはそのポーカーフェイスを面白い程ズタボロに剥がされている。

経験がないせいなのか、そこには弱いのか。
今後ローが見せるだろう新しい一面も、賭けの結末と共に彼らの娯楽となるのだろう。




「じゃあ決まりだな。よっし!明日は何しでかそう」
「程々にしねーとまた昼間みたいになるぜ?」


覚悟の上だと意気込むペンギンは、ローはぶちギレようと仲間には斬りかかってこない事を昼間の件で学んだらしい。
殺されなければ良し。
彼の中では、面白さの代償として払えるものは一般のそれの範疇を大きく越える。

放っておいてはいつになるかも分からぬ鈍感な誰かを思って、ペンギンは邪な笑みを浮かべた。


「ねえ、キャプテンはともかくウイはどうなの?キャプテンのこと好きなのかな」
「知らね。でもキャプテンだぜ?欲しいと思えばどんな手使ってでも手に入れんだろ」


ウイはその日だけで二度も命懸けでローの危機を救った。
普段の彼女の様子から見ても、ローに抱く感情は恐らく好意だ。
それが恋愛感情かどうかはまた、別の話だが。


「キャプテンモテるしな」
「ウイはキャプテンに群がるような胸と尻のデカい色気ムンムン姉ちゃんとは種類違くね?」
「そもそもウイってなんか…普通じゃないよね。…良い意味で!」


"良い意味で"。
それは大体の失礼を誤魔化すのに便利な魔法の言葉。

だが実際、確かにベポはウイを普通じゃないイコール変、と認識していても
悪い印象は微塵もない。
寧ろその変な部分こそ気に入っている。

中々斬新な彼女が
一般的にはモテるローに恋心を抱きやすいのかが不明なだけで。


「アイツ恋とかしたことあんのかなー」
「なさそうだなー」
「例えキャプテンが気持ちに気付いて頑張っても、手強そうだよねー」


3人は遠い目で
今後彼らの船長に待ち受ける険しそうな道のりを思った。




今日は正直、疲れた。


夕食後冷蔵庫から失敬した寝酒を片手に戻ってきた部屋で、夜風を浴びながら一人物思いに耽った。


グランドラインに、入った。
能力の開発も順調だ。
つい数時間前死にかけたとは言え、結果今の状況は順風満帆と言って差し支えない。


だが最近、どうも自分の様子がおかしい気がする。
ウイへの警戒を解いたと同時に
別のものまでつられて弛みでもしたんだろうか。

原因の定かではない事に、動揺し腹が立つ事が増えた。
何がそうさせるかもわからないのに、それは抑えがきかない。


無駄にウイを警戒し拘った理由も、あれから何度も考えた。

船を盗む件で一杯食わされたのは、正直癪に障った。
感じた人間味の薄さは、恐らく自分とアイツの価値観が大きく異なるから。
見たことのない生き物に対する正常な反応だったと、そこで落とし所を付けるしかないのが現状だ。


最近の不調の方は解せねぇ部分が多すぎる。

能力の使い過ぎが体力の消耗以外でも影響を及ぼしているのか…。
だとするなら、今後は使い方を改める必要がある。
戦いの場で自分をコントロール出来ない等致命的だ。

もう一つ考えられるのが
本人もよく理解していないらしいウイの"力"、もしくはこの船だ。

真顔でふざけた事を抜かしていたあの様子では、ウイは本当にそれを把握していない。
だが何か普通じゃねぇものがウイかこの船にあるのは否定しようのない事実。


こうして可能性を検討してみても、結果それが結論に至る事はない。

解ってはいても、考えてしまう。
無駄でしかないというのに。


不調も結論のない思考に耽るのも、我ながららしくない。
そんな気分は酒を進ませた。
二本目のコルクを開け、そういえばと机の引き出しにしまった目的のものを手に取る。


それはウイから預かった、ダイヤとルビーで装飾された指輪。
預かった日から、それはずっとしまいこんだままだった。







destruct at reality.