ウイの考えそうなことが分かる。
彼女を好きになったばかりの頃
中々本心を見せないウイの心の内を
ゲームには本気で挑む彼女の中から見いだそうとしていた。
あの頃に比べれば
ウイは随分感情を
特に陰陽で言えば
陽ではないそれを表に出すようになった。
昔は彼女に感じなかった人間臭さを
今は大分感じる。
花火の時から少しは感じてはいたものの
自分から口付けようとしたり
押し倒したり
『我慢なんてしないでよ。』
あれには正直驚いた。
ウイもウイなりに
俺を求めてくれる気持ちがあったようだ。
だからこそ腹が立つ。
さっきの様子で確信した。
ペンギンはウイの部屋の扉を開ける前の時点で
中で何が起こっているか
十中八九気付いていた筈だ。
先にリビングに帰らせた時の言葉も
あれは俺への牽制か?
気にするな、好きなようにやる。
こいつはそう言った。
確かに随分好き勝手やってくれたものだ。
ペンギンがウイのことを好きな事はもう確実だろう。
どう動こうが、ウイはペンギンの気持ちにも応じるつもりはないのだろうが。
「ロン!2000だけど!」
「ペンギンに振り込むとか屈辱!!」
振り込んだシャチが拳をテーブルに打ち付ける。
結構な早上がりを決めて得意気にドヤ顔を決めるペンギンをウイは睨み付けていた。
まだ出来上がっていなかった彼女の手牌は
配られた時とは形を変えていて
向聴数は下げたものの二役上げて
中々えげつない形で待とうと企んでいたようだ。
これもこれでウイらしい。
ウイの顔つきが
部屋を訪れた時とは変わった気がする。
何かを吹っ切ったような清々しい顔。
『ローが、本当に好きになれる人見つけたら、私のために我慢とかしないでね。』
リビングに降りる前に
先を歩く自分に後ろから抱きついてきた彼女はそう言った。
『私、ローのこと大好きだから。ローが幸せになる邪魔はしたくない。』
元より人に幸せにして貰うつもりなどない。
ただ俺は
お前が隣で笑っていれば
それだけで幸せだ。
「は?!くっついてねぇの?」
シャチはそう驚いた後、少しだけほっとしたような顔をした。
なんで?変なの。
「ここまで拗らせ上手だともう何も言えない。」
ベポは諦めたようにため息をついてた。
せっかく離れないで済むかもって思ったのに、と小声で呟いたのが聞こえてきて
なんだかそれを嬉しく思えた。
「へー、俺これが良い。」
だと思った。
ステラさんイチオシのお店を
ペンギンと二人で訪れていた。
マスターにミックスベリーのパンケーキとキャラメルアップルのパンケーキ、それとコーヒー二つを注文する。
「で?俺文句言われる為に呼ばれたの?」
「そんなんじゃないよ。」
キャプテンは文句どころか噛み殺しそうな勢いで俺のこと付け狙ってんだけど、とうんざりした顔でため息をつくペンギン。
そうだね。最近のローはペンギンにそんな感じだ。
分かりやすく苛立ちをぶつけるローの様子を噛み殺すとか例えちゃうペンギンに
強ち誇張じゃないなと感じて苦笑いが溢れる。
「どういう風の吹き回しな訳?」
「お礼。したかったから。」
礼?んなことされるような覚えねぇけど、とペンギンは半目で胡散臭そうに私を睨んでる。
ペンギンには本当に沢山助けられちゃったから。
今私がこうやって穏やかな気持ちでいられるのは
ペンギンのおかげだ。
ペンギンがいなければ、あの一週間を
私は耐えられなかったと思う。
ペンギンが部屋に入ってこなければ
私はあのまま流されて
一時の幸せの後、
ローに依存しながらも怯えて過ごす毎日が待っていたと思う。
私綱渡りはやめることにしたの。
落ちることに怯えて進むのも
落ちてしまうのも。
私が考えてた選択肢は
いつもどちらも地獄だった。
そんなの
どちらを選んだって後悔するのは当たり前だ。
私は地面に
自分の足でしっかり立ってみたい。
ローみたいに
自分の進む道は自分で決めて
それを貫ける人になりたい。
「俺が知ってて乱入したって聞いてもそんなこと言えんの?」
「……それなら尚更ありがとう、だよ。」
あの時私は
初めて違う答えを見つけられた気がしたんだ。
「なに?お前はノリ気じゃなかったの。」
「ノリノリだったよ。」
言うねぇ、とニヤリと笑うペンギンに
なんだか大人の仲間入りをしたような気分になる。
ペンギン大先生に比べたら
片足突っ込んだくらいのレベルなんだろうけど。
「なに。心の準備が出来てなかったとか乙女な事情?」
「後付けしたらそうだけど。……色んなこと吹っ飛んで、自分が抑えられなかったから。」
ペンギンはへぇと呟いて運ばれてきたコーヒーに口をつけた。
「もう隠すのやめたの?キャプテンのこと好きって。」
「……やめた。本人にも言っちゃったし。そういうのがダメなんだなって思ったっていうか、気付いたから。」
ペンギンにそれを言うのは少し気が憚られたけど
私、少しずつでも
変わって行こうと思うんだ。
ローが強くなって迎えに来るって思ってくれてたみたいに。
私も一人でちゃんと立てるようになったら
ローに気持ちを伝えようって思うの。
もう遅いって言われても
ローに他に好きな人が出来ていても。
ちゃんと自分で自分を好きって思えるようになって
胸を張って
私はあなたが好きですって言いたい。
「ふーん。体より先に中身が大人の階段登っちゃった訳ね。」
「うまいこと言うね。」
「好きあってんのにくっつかねぇとか。意味わかんねぇ。」
アホらし、とペンギンは心底呆れた表情を浮かべていた。
運ばれてきた2つのパンケーキ。
ペンギンは当然のように私の皿からもそれを奪い取っていく。
そんなペンギンだから、私も気兼ねなくミックスベリーを大量に乗せたパンケーキを奪い取れる。
文句は言われたけど。
ステラさんのように上品にお皿に取り分けて半分こではなかったけど
あの時よりも
それは更に美味しく感じた。
「いやー旨かった。ごちそーさん。」
「いいえー。本当にありがとうございました。」
店を出ると
太陽で表面が少しだけ溶けた雪からは
冬の匂いがした。
雪が、嫌な思い出にならなくて良かった。
船への帰り道
溶けかけの雪のせいで足元は悪い。
転ばないように足元を見ながら歩いていると
隣に並んで歩いていたペンギンの足が止まった。
不思議に思ってどうしたのかと問いかけると
ペンギンはただ黙って
私を見下ろしていた。
「俺やっぱ一応謝っといた方良いよな。」
きょとんとこちらを見上げるウイは
キャプテンとのお楽しみを意図的に邪魔したと白状した俺にありがとうと、全く想定外の言葉を返した。
俺に気を使ってそう言ってるんじゃないかと思った。
あんだけバレバレな態度を取っておきながら
頑なにキャプテンの気持ちを拒んでいたウイは
あの時確実に
その気持ちを受け止めていた。
『……ロー可愛い。』
喘ぎ声の合間に聞こえてきた
ウイのあの言葉を紡ぐ声には
確実にウイがひた隠しにしてきた気持ちが
こもっていた。
二人が好きあってるのなんて
最初から分かっていたことで
それでも平気だと思っていた。
二人を応援したいのも
幸せになってもらいと思っているのも嘘じゃない。
ただあの時は
扉一枚挟んだ向こうで
自分の好きな女が
別の男に喘がされて
それを受け入れているという状況は
想像以上に堪えた。
これ以上聞きたくねぇと思った。
ウイがキャプテンに抱かれるのは
嫌だと思った。
後先考えずに邪魔してみたけど
徐々に後悔は膨れ上がっていって
キャプテンみたいにあからさまに怒りをぶつけてくるならまだしも
ウイはそれをしなくて
あの邪魔は偶然だと思っているウイに
わざとだと伝えても
お礼を言われる始末。
責めてくれれば
いつものように軽い調子で謝れて
そうすれば自分も許されて
受け入れられる気がした。
質問攻めかと自分でも内心呆れるほど
ウイの気持ちを探ろうとしたものの
どうやら本当にウイは怒っていないらしい。
かと言ってくっついてはいねぇくせに
キャプテンへの気持ちは認めると言う。
何やら色々と心情に変化はあったようだが
俺のしでかしたことと
思っていた以上に大きかったらしいこの気持ちを
上手く消化しきれない。
「本当に怒ってないよ?」
心情を探るように俺を見上げるウイは自然と上目遣いになる訳で
そんなウイを可愛いと思ってしまう自分にやりきれなさを感じる。
この女はどうしてこうも
人の心を掻き乱すのが上手いのか。
「でも一応。ごめんな。」
「もう本当になに?変なの。」
ウイは呆れたように息を吐いた。
邪魔したことに対しての謝罪じゃない。
幸せになって欲しいと言っておいて
それよりも自分の気持ちを優先したことへの謝罪。
「いつか、キャプテンとどうにかなる気あんの?」
「……今日のペンギン質問ばっかり。」
自分でもそれは自覚している。
ただ、ウイが今何を考えていて
何をしようとしているのかが気になる。
「そうしたいから頑張るの!」
そう言って笑うウイを
つい見惚れてしまう程、可愛いと思った。
ウイを笑わせる事なら誰よりも
キャプテンよりも得意だ。
でもこいつを泣かせたり
こんな顔をさせるのはいつだって
キャプテンだけだ。
「私ね。ペンギンに幸せになって貰いたいって言われた時嬉しかったんだ。」
「へぇ。」
どちらからともなく
止めていた足を船へと向けて進め始めると
ウイがのほほんとそんな事を言い出した。
今それを言われるのは
流石の俺でも心が痛む。
つい昨日、それと正反対な事をやらかしたばかりだ。
「だからね、ローにもそう思って貰えたら良いなって思って。ペンギンのセリフパクっといた。」
中々良い出来だったと思う、とけろっと言うウイ。
結構柔軟な考え方をする方だとは思っていたが
キャプテンがそれを聞いたら更に怒り狂うだろうと思う。
それを言われてキャプテンが喜ぶかどうかですら微妙なのに
そのセリフの発信元が俺だと知った日には
あの独占欲の塊みたいな男は
本当に俺を噛み殺す勢いでかかって来そうだ。
「盗作は犯罪だ。」
「海賊に言われたくない。」
こいつの
こういう冷めた顔で可愛いげのないことを言う所も結構気に入ってたりする。
「なぁ、俺に感謝してんでしょ。」
「してるからこうやってパンケーキご馳走しに来たんでしょ。」
キャプテンとくっつかなかったからといって
他にふらつくつもりもないらしいし
本人も礼をしたいと思っているなら
俺もたまには
思い出の一つくらい貰ってもバチは当たらないだろう。
「じゃあウイちゃん。お礼にちゅーして。」
ウイは目を見開いて
面白いくらいにぴしりと固まった。