「は……い?」
正気かと言わんばかりの形相で俺を見上げるウイは
もうちょっとマシな驚き方はできないのかと言いたくなるほど
女としてどうかと思う表情を浮かべている。
再び足を止めたその場所は
丁度すぐ脇に狭い路地裏があった。
「ぅおっ!?」
ウイの腕を引き
バランスを崩した彼女をそのまま路地裏へ引き入れる。
「良いじゃんちゅーくらい。してよ。」
逃げられないように頭をしっかり抱え込み
鼻先が当たる程顔を寄せてそう言うと
ウイの頬がみるみる赤く染まっていく。
「っ……!?」
声にならない叫びをあげるかのように
じたばたと暴れるウイではあるものの
それは全く意味をなしている気がしない。
「お礼、したいんじゃねーの?」
「したし!」
顔を真っ赤に染めて慌てふためくウイを
こうやって眺めているのは中々気分が良い。
自分のさじ加減で
いつでもウイにキスできる。
彼女は今、俺の腕の中だ。
「はーなーしーてーーーっ!!」
「やだ。」
更に顔を寄せて額を合わせると
ウイは目を見開いて固まってしまった。
合わさった額から
照れているせいなのか、異様に熱い体温が伝わってくる。
俺も少しくらい
自分が与える快感に酔うウイを見てみたい。
「してくれないなら俺がしても良いんだけど。」
「待て!ちょっと待て!いいから待て!とりあえず待て!」
ウイの頭を抱える手に
顔を離そうとする力を感じる。
掴まれている手首を捻ってみたり引いてみたりと
まあ俺から逃れようと必死だ。
本当にこいつは、頭は良い癖に
こういうところにその頭は回らないらしい。
男に力で勝とうとするなど
夜の店のバカ女共でも考えないだろう。
「待ってるけど。なに?届かない?も少しかがむ?」
「かがむな!むしろ伸びろ!そして落ち着けっ!」
混乱のせいなのかウイは既に涙目だ。
恍惚の表情を浮かべさせるならそっちの方がむしろ良い。
目を細めて唇の距離を少しずつ詰めると
戸惑いに顔を歪めたウイが
覚悟を決めたのかきつく目を瞑った。
「ぐほぅっ!」
忘れてた。
こいつ
結構な拳をお持ちなんだった。
鳩尾を抑えて鈍痛をこらえていると
取り逃がしてしまったウイは咄嗟に距離を取り
未だに赤い頬を両手で抑えていた。
「ご、ごめん。大丈夫?」
「だいじょばねぇ。」
照れるウイを面白がってなどいる前に
さっさとしちまえばよかった。
いやむしろ
両手掴んどきゃよかった。
非力な女の割には強い拳とは言え
実際それは多少時間さえ立てばなんともないわけで。
逃してしまったウイの温もりも
手に残っている彼女の柔らかい髪の感触も
それがすぐそこにあるというのに
戻っては来ないことが戻かしい。
「もー。盛るなっ!そういうのはお店の……。」
文句を言おうとしたウイが
ハッとして固まった後
申し訳そうな顔を浮かべて俯いた。
いつものノリで説教でもしようとしたみたいだが
いっちょまえに自分に想いを寄せる男に気を使ったらしい。
「俺、もう店の姉ちゃんは抱かねぇよ。」
「え?」
化け物でも見るような目でこっちを凝視するウイは
俺のことを色欲魔かなにかだと思ってでもいるんだろうか。
本当になんでこんなやつを好きになってしまったものかと
自分自身に呆れながらウイを見下ろすと
せっかく赤みが引いて来たと言うのに
戸惑うように俺を見上げるウイの頬は
また僅かに朱色がさしたような気がした。
「なんでだか分かる?」
「え……っと。あの、……」
ごにょごにょと眉を下げて口ごもるウイを
やっぱり可愛いと思ってしまう。
「嘘に決まってんじゃん。俺キャプテン程潔癖じゃねーし。」
「……もー。……びっくりさせないでよ。」
脱力して膝に手を付くウイは
俺が店の女を抱かない理由をどう考えたんだろう。
一瞬でも
俺がそこまでウイのことが好きなんだと
想像させられただけ良いか。
俺嘘は付けねぇし。
思い出作りは失敗に終わったものの
全く何のプラスもなかった訳ではなかったようだ。
別に構わないんだが
ウイが喋らない。
いつまでも膝に手をついて脱力しているウイに
さみーから帰んぞと声をかけ
再び船に向かって通りを歩いていた。
別にさっきのことを怒っている訳ではなさそうだが
隣を歩く彼女はやはりどこか上の空だ。
「なに。やっぱりちゅーして欲しかったの。」
腰砕けちゃうくらいすんごいやつ、とからかってみると
流石にぎょっとした顔でこちらを見上げるものの
すぐにため息をついて元通り。
なんなんだこいつは。
恐らく、お得意の乙女ちっく症候群を発症しているんだろう。
今は何を言っても無駄そうだと
見えてきたフリーウィング号に向かって足を進める。
そろそろ出港するとキャプテンも言っていたし
かまくらが崩壊する前にベポにでも崩させようかと考えていると
急にポケットに突っ込んでいた手を引かれて体が傾いた。
「……お礼!ちゃんとしたからね!」
頬に柔らかいものが触れて
ふわりと嗅ぎ慣れたシャンプーの香りがした。
「……これでお礼とかせこいわー。」
「じゃあ返せっ!!」
顔を背けて歩くウイの耳が赤い。
キャプテンとはもっと色々してた筈なのに
いちいちこういうのは照れるらしい。
こんな子供の戯れのようなキス。
しかも口でもなく頬だ。
全然物足りない筈だった。
隣を歩くウイはこれでも頑張ったのにと口を尖らせてぶつぶつ文句を言っている。
『嬉しかったから、そう思って貰えたら良いなって。』
返せと言ったのも
“嬉しいこと”のお裾分けを俺に吹き込んだのもウイだ。
ちゅっ
同じくポケットに手を突っ込んで歩くウイのそれを引き寄せて
わざとリップ音を立てて彼女の頬に口付けた。
ぴしりと固まり足を止めたウイは
わなわなしながら頬を抑えて
真っ赤な顔で俺を見上げている。
「返せって言われたから。返品。」
目を細めてニヤリと笑いながらウイの視線を受け止める。
全然怖くない顔で睨むウイを、鼻で笑ってやった。
ローの覇気の修行は
もう自分で精度を上げる以外方法はないようで
出航準備を整えて次の島へ向かうことになった。
今回のエターナルポースを選ぶ担当はペンギンで
残り2つのそれに
くじ引き感ねぇわーと文句を言っていた。
パンケーキを食べに行った日の帰り道
なんだか色々あったけど
あれからもペンギンはいつも通り
いたって普通だ。
夢でも見たのかと思うくらい。
ローも、今まで通りに接してくれてる。
それを望んでおいて
やっぱりどこか寂しくなったり
ローが恋しくなったりすることもあったけど
前までとは
少し、心持ちが変わった。
ローが私のことを好きでいてくれてるのは
もう大分前から知っていたけど
聞かなかったふりをしてみたり
自分の気持ちを隠したり
お互いの気持ちをちゃんと言葉にすることも
態度で表現することもなかったから。
ローの声で、好きだと言われることが
私の好きを受け入れてくれて応えてくれたローが
こんなにも揺らぎやすい私を
強くしてくれるとは思わなかった。
ちゃんと自立する。
誰かが離れて行くことを
この世の終わりのように感じてしまう自分とは
お別れする。
自分の生きる意味は
自分の中に見つける。
自分のことを、好きになりたい。
その為にも
皆と離れて
自分と向き合う。
皆が居たらどんなに決意したところで
結局甘えちゃうから成長できてるかなんて分からない。
皆に会う前に戻るんじゃない。
失いたくない人達を知った上で
それでも一人で生きていける人になりたい。
寒いのはあんまり好きじゃない。
ニシキを出航してからも
外は相変わらず湿気の少ない軽い雪がふわふわと漂っていた。
吐く息は白くて
指先も冷たすぎて痛くなってきた。
それでも
何だか色々と感慨深いことがありすぎたこの島を
もう少し眺めていたいと思った。
あれから半年が過ぎた。
相変わらず皆といると
毎日何かが起こる。
ニシキの次の島は
灼熱の夏島の、それも夏で。
気温の変化に体がついていかなかったのか
ベポは風邪を引いた。
ベポ不在の賞金首ハンター達は
その島で潜水艦のお金を払ってもお釣りが来すぎるぐらいの資金を調達してきたし
シャチとペンギンの誕生日パーティーも楽しかった。
ベポと二人で作った似顔絵風の誕生日ケーキは
いつかのお絵かきしりとり並の完成度だったけど
不恰好なそれも、私たちにとっては笑いの種だった。
皆は私の誕生日も祝ってくれて
自分が主役の祝い事に慣れない私は少し照れてしまったけど
祝ってくれる皆の気持ちが嬉しかった。
ローとの年の差が少しの間だけ1つ縮まって
私は17歳になった。
成長しよう、大人になろうと意気込んでいたからか
区切りというか、タイミングというか。
来年の今頃は
自分はどんな風になっていて
誰と一緒に居るんだろうって、ふと思ったりもした。
ローとベポの誕生日も、皆でお祝いしたかったなって
それが残念だった。
ローと二人で内陸の図書館にデートしたり
その後近くの酒場でお酒を飲んだりもしたの。
意外なことに外で二人っきりで飲むのは初めてで。
帰り道、シャンブルズを使わずに二人で手を繋いで帰った。
お酒のせいか
いつもよりローに触れたい気持ちが疼いてしまって
いつかみたいにくっつきだがる私を宥めようとするローに
今日だけ、とおねだりをして
力いっぱい抱き締めてもらった。
顔を出せと言うベガス聖のところへ
皆と遊びに行ったりもしたんだよ。
なんとなくそんな気はしていたけど
このおっさんウケる!と失礼すぎる態度のペンギンとベガス聖は意気投合してしまって
結局一週間近くベガス聖の豪邸にお世話になった。
ブラーヴェの皆は、私の正式な加入に合わせて広告を打つから、と
ハートの海賊団の潜水艦の完成に合わせて
ウォーターセブンに集まってくれていた。
本当に、本当に毎日が楽しくて
あと8ヶ月あると思ってこの島を出発したのに
8ヶ月、結構長いと思っていたのに
あっという間に
その日は
迫っていた。