「嫌?」
「最悪だ。」
そんなはっきり言い切らなくても。
本当に可笑しい。
最悪だと言うローの手は
私の頭を優しく撫でてくれてるんだから。
「お前に合わせて我慢してやってんだろ。何とも思わねぇとでも思ってんのか。」
どうしよう。
文句言われてるのに嬉しいや。
にやける顔が元に戻らない。
欲たかりな私は
コップごしじゃないキス、してくれないかなって
そう思って上を向いたけど
私を見下ろすローの顔は、もう本当に呆れ返っている。
「お前本気でいい加減にしろよ。」
「やだ。寂しい。」
不満感を全面に出してローを睨むと
もう何度目になるか分からない盛大なため息をついたローが
項垂れるように頭を抱えていた。
もう一息粘れば
これはキス頂けちゃったりするだろうか。
「ふぎゅっ!!」
「良いとこ取りばっかしてんじゃねぇ。」
頬を押し潰すローの大きな手のせいで
私の顔はさぞぶっさいくなことになっているんだろう。
ローはいつか飲み過ぎて記憶を飛ばした時みたいに
私の顔を見て声をあげて笑ってた。
ちぇっ。
本当に、ローはけちだ。
前はあんなにガツガツしてた癖に。
でも、あの笑顔は可愛いよね。
悔しいけど。
「乙女心が分からないローに愛想尽かして、私他の人好きになっちゃうかもよ?」
「それはねぇな。」
余裕を浮かべた顔で見下ろしながらそんな事言っちゃうローに
本気で少しイラっとした。
「分かんないじゃん。もし私が他の人好きになったらどうするの?」
「ぶっ殺す。」
物騒な答えを即答するローにぎょっとした。
え。
どっちを?
私?
それとも彼(仮定)?
別にふざけているようにも見えないローのそれが
本当なのか冗談なのかは分からないけど
それだけ私を好きってことでしょう?
やっぱりローは私の魔法使いだ。
私の発想が追い付かないことばかりして
それはいつも私を幸せにしてくれる。
大好きな人を抱きしめる腕に
今出せる精一杯の力を込めた。
絶対、またこうやって抱きしめにいくからね。
もうこれは
どれだけ粘ってもローの決意は揺らがないだろう。
仕方ないなって諦めて名残惜しかったけど
ローから体を離した。
リビングに戻る途中
私は自分で置いたコップのことなんてすっかり忘れてしまってて
呆れた顔をしたローがそれを持ってきてくれた。
今日は私、ローを呆れさせてばっかりだ。
本当にローは
しっかりしてるよね。
忘れっぽくてごめんね。
リビングに戻ると
ソニアとディゼル以外は皆揃ってすっかり眠そうで。
時計の針はもう1時を指していた。
楽しい時間が過ぎるのは本当に
残酷な程早い。
ソニアは明後日見送りに来るわね、と
酔っ払い組を連れて宿に帰っていった。
私たちも、
片付けは明日することにして
それぞれ部屋へと戻った。
次の日は朝からバタバタ騒々しくて
ローとベポが
荷物をまとめようとしては他のことをし出すだらしない二人を怒鳴り付ける声が
ほぼ一日中聞こえてた。
フリーウィング号から荷物が減っていくのを眺めているのはやっぱり寂しくて
私は丁度用事もあったから
街へ出掛けて寂しさを紛らわした。
明日の皆の出航の時、どうしても私一人じゃやりたいことを実行するのは難しそうで、協力をお願いしに行ったんだけど
協力者二人はそれを快く引き受けてくれた。
どうしよう。
本当に嫌なんだけど。
港まで歩いて来たものの
皆が出ていく準備をしている船に戻るのはなんだか嫌で。
かといってそんな彼らと一緒にいられる時間は残り少ない。
どんな場所に居て
何をしてても
時間は止まってはくれない。
『キャプテン!今日港に着いた船!あれ良いんじゃねぇか!?』
『アイボリーとブラウンの大きい船?』
『それそれ!俺らにかかれば誰のもんだろうが関係ねぇ!なっ!キャプテン!』
『乗組員の数によっては多少めんどくせぇが、問題ねぇ。』
ねえ。
あれは偶然だったのかな。
比較的栄えた島の
繁華街の中でもあまり目立たない小さな酒場。
そんな所に
船泥棒と、船の持ち主が居合わせるって
結構な確率だと思うんだよね。
私がみんなと会えたことに
何か意味はあったのかな。
そんな皆と別れることは
私の“これから”に
必要なことだったのかな。
その日の夕食
皆は不自然なくらいいつも通りで
それがかえって胸の中の切なさを助長させた。
皆は一日中
船を出ていく為の引っ越しの準備をしていた訳だし
今日は本当に“最後の晩餐”だ。
何も思わない筈なんてないのに
私が最後に取っておいたトマトを口に運んでも
皆は明日からのことに一切触れなかった。
食事中なのに下ネタばっかりのペンギンも
それに乗っかるシャチも
仕方なさそうに眉をひそめるベポも
基本的に我関せずなローも
いつも通りなのに
何も変なとこなんてないのに
なんだか心が落ち着かない。
皆、分かっていて
そこに触れない。
いつも通りのハートの海賊団が好きだけど
いつも通りを演じているように見える彼らは
なんだか違うなって
皆じゃない、そっくりさんか何かとでも一緒に居るみたいで
虚無感が広がる。
皆にそうさせてしまっているのは
きっと私なのに。
「何シケたツラしてんの。」
いつも通りを演じる皆の中で
それに乗り切れない私は浮いてしまっていたのか
ペンギンが頬杖を付きながら呆れたように私を見ていた。
「皆が、何か変だから。」
なんだか堪らなくなって
膝の上で握った拳に目を落とす。
こんな作り物みたいなやりとりをするくらいなら
シケてても
湿っぽくなっちゃっても
寂しくても
いつも通りの皆の方がマシだ。
最後なんだから。
明日も明後日も
当たり前みたいに一緒に居られる訳じゃないんだから。
らしくない気遣いなんて
やめて欲しい。
「ウイ顔上げて?」
ベポの声に目線だけそっちへ向けると
目の前には
黄色のリボンが付いた白い箱が置いてあった。
「俺たちから。今までのお礼。」
仕方なさそうな顔で笑うベポの輪郭が
目に集まって来た何かで歪む。
唇を噛み締めて
それが溢れないように
今度こそ顔を上げて瞬きをした。
胸の奥から
気持ちと一緒にこみ上げては視界を滲ませるこれが
皆のお礼の気持ちが嬉しいせいなのか
お別れだって思い知らされて悲しいせいなのか
もう、分からなかった。
「早く開けろよ。」
「お前絶対喜ぶから!」
ペンギンとシャチがにかっと白い歯を覗かせて笑っている。
お礼なんて、私の方がいくらしてもし足りないくらいなのに。
「なんだろ。開けてみ、っぎゃあぁぁぁぁあっっ!!」
ゲラゲラ笑う皆に
私は開いた口が塞がらなかった。
余りにも驚きまくった私のリアクションに
ローも顔を背けて肩を震わせている。
皆の気持ちが嬉しくて
何を贈ってくれたんだろうってわくわくしながら黄色いリボンをほどくと
勢い良く開いた箱からはバネが飛び出して来て
その先に付いていた憎たらしい程愉快なピエロの人形が今もビョンビョン揺れている。
未だに笑っている皆に
私は呆れを通り越して笑いが込み上げて来た。
「さいてー。」
「いやさいこー。マジウケる。」
そんなに笑うことないじゃないか。
こっちは一瞬本気で死ぬかと思うほど驚いたのに。
いつまで笑ってるんだと皆を睨み付けたけど
そんな私になんて気付かないくらい
ひぃひぃ言いながら笑い転げている皆を見て
これがいつもの皆で、いつもの私だって思ったら
さっきまでの憂鬱な気持ちは一瞬でどこかへ消えてしまってた。
「はい。今度こそ本当にお礼。」
笑いすぎて涙まで出てきたらしいベポから
先ほどと同じに見える箱を手渡された。
これ、また同じのじゃねぇだろうな。
私はテーブルに箱を置いてその脇にしゃがみこみながらリボンを引いた。
そこからはバネが飛び出した音も聞こえなくて
何度も同じ手使うかよと呆れた顔で皆が見てる。
立ち上がって箱を見下ろすと
白い箱の蓋は閉まったままで
私は今度こそ
それをそっと開けてみた。
「もし壊してもちゃんと上だけ付け替えれるから安心して。」
箱の中には見たことのないログポース。
箱から出してそれを眺めてみると
ピンクゴールドの台座には私と皆のイニシャルがセンス良く彫刻されていて
キャメルの革ベルトには
彼らの海賊旗を模した留め具がついていた。
「可愛い!!!これ作ってくれたの!?ありがとう!大事に使うね!!」
なんて素敵な物を用意してくれたんだろう。
デザインも可愛いけど
これは世界に一つしかない
私だけのログポースだ。
「それ。イニシャルんとこに埋まってる石、俺らからのラブレター。」
ペンギンに言われて良く見てみると、彼らのイニシャルの脇にはそれぞれ何かの宝石が埋まっている。
私のイニシャルの脇にだけ、それは2つ埋まっていて
見覚えのありすぎるそれに苦笑いが溢れた。
服の上から母様の指輪を握りしめる。
これが結構曰く付きな物なのは気付いているだろうに。
こんな事してくれちゃうとは。
流石だな、ロー。
「ねえこれ何て石?」
「知りたきゃ自分で調べろ。」
皆は私へのメッセージが込められているらしい石の名前を教えてはくれなくて。
早く知りたいのに。
これは宝石図鑑を買いに行かねばならんやつだ。
でも嬉しい。
売ってる物じゃなくて
これは私が皆と一緒に過ごした証だ。
私みたいに
手紙とか、ありきたりなメッセージじゃなくて
それを石に込めるとか。
素敵すぎる。
なんて人達なんだ本当に。
これ宝石言葉調べてみてそれがアホとかそんなんだったらどうしよう。
この感動を返せとか思いそうだけど
それもそれで面白い。
そしてこの人達ならやりかねない。
「そいえばだからあの時何か欲しい物ないのって聞いたの?」
「ウイは欲しい物何でも自分で作っちゃうから。」
何あげるか悩んだんだからと文句を言うベポを見て
確かにそうかもしれないと
可愛いげのない自分の性格を少し反省した。
「あ、でも私これ上壊しちゃってもログポースの選び方分かんないよ?」
「あれ嘘だから。適当に買って付けなよ。」
もう。
この腹黒白熊、本当怖い。
なんであんなナチュラルに大嘘付けるんだろう。
それが私の為だったとは言え
あれが嘘だったなんて驚きだ。
ベポの将来は詐欺師で決定。
きっと華麗に人を騙しまくって
そのうち教祖様として宗教でも起こすつもりなんだろう。
「ねえ。本当にありがとうね!!」
私は貰ったログポースを腕にはめて
満面の笑顔で、皆にお礼を伝えた。
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