「で?もう良いの?」
全く人のお腹の上でなにやってるのとベポの呆れた声にはっとする。
そうだ。
今、二人っきりじゃなかったんだった。
ローが私の上からどいてしまうと
シャチとペンギンも体を起こした。
っていうか、皆起きてたの?
くっそ恥ずかしいやつじゃん、これ。
皆は寝ていると思ったから
ローしか聞いていないと思ったからこそ言えた言葉だったのに。
「朝っぱらからお熱いこと。」
ニヤニヤしながらそう言うシャチに
顔が熱くなるのを感じてベポのお腹に顔を埋めた。
もう本当にやだ。
「俺がバラさなくてもウイの頭の中真っピンクだってキャプテン知ってたんだね。」
良かった良かったとからかうような口調で頭をよしよしと撫でてくれるベポを睨み付ける。
人を変態みたいに言いやがって。
「腹減った。飯にしよーぜ。」
ベッドから起き上がり、そのまま階段を登って行ってしまうペンギンの様子に
なんだか違和感を覚えた。
一番こういうのからかうの好きなくせに。
珍しいこともあるもんだ。
別にからかって欲しい訳でもない。
皆にも行こうと声をかけて
私もベッドから足を降ろした。
最後の朝ごはん。
皆とその日の予定を話しながら
食卓を囲むのはこれが最後。
でも
今日の予定なんて
聞かなくても分かってる。
私は重い足取りで階段を登った。
「忘れ物はないですか。」
「あったら届けに来いよ。」
見る限り皆の荷物は見当たらない。
シャチがそんなことを言うものだから
届けに行って良いのなら
何かくすねて困らせてやろうかと思ってしまった。
先に船室を出た皆の後に続くと
船首部の先には、彼らの海賊旗をはためかせた
黄色い潜水艦が停泊していた。
「じゃあロー、これお願いね。」
「ああ。」
甲板まで運び出した巨大な海水濾過装置。
ローがルームを展開すると
それは一瞬の内に目の前から消えた。
「うん。動作も問題ないね。我ながら完璧!」
「助かった。」
組み上げたばかりの海水の中を揺らめくソルトプランツを眺めながら
私の代わりに皆の役にたつんだよって
頑張って行って来いって
我が子と言っても過言ではない巨大な濾過装置を指で撫でた。
なんだか、もう吹っ切れた気がする。
私がどんなに寂しく思ってても、それが皆に伝わっても
この別れがなくなる訳じゃない。
寂しいよ?
行かないで、欲しいよ?
でも私
皆が私を思い出してくれる時は
楽しそうでも、何か企んでても、得意気でも、
嬉しそうでも、ふざけてても、美味しいもの食べた時の顔でも良い。
笑ってる顔を思い出して欲しい。
「まだ中見てねえだろ。案内する。」
「ほんと?やったー!!」
扉の脇に背を預けて腕組みしているローに
自分至上一番だっていえるくらいの笑顔で返事をした。
ちゃんと、笑顔でお見送り
するからね。
「残金の決済と潜水動作の確認、保守点検とメンテナンスの説明で30分程お時間頂きます。」
いつかの仕事ができそうな美人秘書さんとパウリーが
皆を1番ドックの応接室へと促す。
皆は私も来るかって言ってくれたけど
待ってるねって伝えて彼らの背中を見送った。
皆の後ろを歩いているパウリーが振り向いて
親指を突き立ててニカっと笑う。
私のお願いを快く引き受けてくれたそんな彼に
胸の前で両手を合わせ、頭を下げてお礼の気持ちを伝えた。
「よっし。やるか!」
「ありがとね。お願いします。」
皆の背中が見えなくなると、港の船影に隠れていたアオイが顔を出した。
さすがにエターナルポースのコレクションケースを一人で運ぶのは無理だ。
中で組み立てるのも時間が足りない。
驚く程手際良く皆へのプレゼントを運んでくれたアオイのおかげで
私がほぼ何もしないまま、セッティングは完了してしまった。
まだ物が少ない彼らの船はどこが何の部屋なのかいまいち不明だ。
ソファーのあるリビングらしき部屋なら
確実に誰かが見つけてくれるだろうと思って
プレゼントはここに置くことにした。
分厚くなりすぎた皆への手紙をテーブルに乗せて
勝手にリビングだと仮定した部屋を後にした。
今まで本当に、ありがとう。
さよなら。
「船の中見てたの?海賊団ズは?」
潜水艦から出ると
ブラーヴェの皆が見送りに集まって来ていた。
カレンに皆が引き渡しの手続きで造船所に行ってる事を伝えると
船受け取るのも色々面倒なのねと彼らの潜水艦に目を向けて溜め息をついていた。
「ねえ。わがままな事言っても良いかな。」
「どうしたの?」
ソニアが小さい子を宥めるような優しい顔で私の顔を覗き込む。
せっかく見送りに来てくれた皆にこんな事言うのは
本当に自分勝手なことだと思う。
「船が出る時さ、私一人で……見送らせてくれないかな。」
申し訳なさで視線を落とすと
皆の溜め息が聞こえてきた。
「夜から宿の下で打ち合わせも兼ねて歓迎会すっから。ちゃんと来いよ。」
「この前歓迎会してくれたじゃない。」
めでたい事は何回祝っても良いんだよとアオイに頭を小突かれる。
他の皆も、仕方ないなって顔を浮かべながら
私のわがままを受け入れてくれて
本当に申し訳ないなって
いつから私はこんなにわがままになってしまったんだろうって
こんな自分が居た堪れなくなった。
「お。本当に来てるし。」
「一昨日はどうも。素敵な船ね。」
引き渡しを終えて戻ってきた皆が
ブラーヴェの皆と口々に挨拶を交わしていて
私は曇ってしまっていた自分の顔を
ぱんと手で叩いて気を引き締めなおした。
笑顔笑顔。
頑張れ私。
あとちょっとの辛抱だ。
一昨日の飲み会ですっかり打ち解けた様子の皆を見ていると
こうやって、自然と広がっていく人の輪って
なんだか不思議だし素敵だなって思う。
全然違う場所で生まれて
年も、性格も、目指す所だって違うのに
船の完成を祝ったり、別れを惜しく思ったり。
こういう関係って、どこにでも転がっているような
良くある出来事なのかな。
一緒に居て楽しいと思える人に出会えることも
別れを惜しいと思う程大切な存在になってしまうことも
私には
奇跡みたいな
とても尊い出来事だったよ。
「じゃあ私たちはこれで。本当に、元気でね。」
「最後まで見送らねえのかよ。」
私のお願いを聞いてくれようとするソニアに、
ペンギンは薄情だなって文句を言った。
ソニアが何かを耳打ちすると
なんだか微妙な顔を浮かべて頭を掻き出すペンギン。
納得してくれたみたいだけど
何言ったんだろ。
街へと向かって歩いていくブラーヴェの皆の背中が小さくなるまで見送ってから
私は彼らの方へと向き直った。
「俺は特に言うことねえぞ。」
「ちょっと冷たすぎやしませんか。」
ローがこっちに歩いて来て
腕組みをしながらそんな事を言い出した。
ひど過ぎるだろ。
この人本当に私のこと、好きなんだよね?
「褒美が欲しけりゃやるべきことをやるんだな。」
私の頭に手を乗せて
ニヤリと笑うローのその顔は
今まで何度も見た、一番彼らしい表情かもしれないと思った。
そう言って踵を返そうとするローに本気で慌てる。
いくら何でも淡泊すぎる。
もうちょっと何かあるだろ。
「ロ、ロー!!」
私が呼び止めた理由に何も検討が付かないような顔で振り向いたローは
本当にあれだけの別れの言葉で行ってしまうつもりなんだろうか。
「あの、ありがとう。」
「ああ。礼言うの忘れてたな。世話になった、感謝してる。」
わざとなの?
なんでこんなにあっさりしてるって言うか冷たいの。
「あんまり無茶、しないでね。」
「ああ。」
「夜更かししすぎもダメだよ。」
「分かってる。」
「たまには連絡してね。」
「気が向いたらな。」
もう。
本当にひどい。
ひどすぎる。
笑顔で見送ろうって思ったのに
ローの素っ気なさすぎる態度のせいで
私の目は思いっきりローを睨みつけてしまっている。
こんな可愛げのない顔、思い出して欲しくないのに。
「何かあったら必ず連絡しろ。」
相変わらず表情の読み取れない顔のロー。
自分は気が向かなきゃ連絡してくれないらしいのに
私が連絡するのは良いらしい。
「必ずどこに居ても駆けつける。そこだけ忘れんな。」
今度こそ背中を向けて船へと足を進めるローが言ったその言葉。
なんだか
心の内側を
くすぐられてるような
何とも言えない暖かい気持ちが
胸の中を満たしていった。
ローが潜水艦に乗り込むと
今度はシャチが私の方へと歩いてきた。
「なんかアレだな。照れ臭ぇ。」
「本当だね。」
頭を掻きながらそんな事を言うシャチのせいで
私の方まで照れてきてしまった。
「俺、お前のこと尊敬してる。」
「……何急に。本当に照れるんだけど。」
視線を街の方に向けたまま話すシャチの目が
心なしか潤んでいるように見えた気がした。
「俺、一緒に生活してて楽しいって思った女、お前が初めて。」
やめてくれ。
嬉しいけど
泣きそうになる。
「こんなに見返りを求めねぇ気の遣い方あるんだなって、お前のおかげで勉強になったわ。」
いつも周りのことを考えながら
誰よりも皆を気遣っているシャチに
そんな事を言われるのは畏れ多い。
私は皆の為っていうよりも
いつだって自分の為にしか行動できてないのに。
「あんまり無茶すんなよ。お前自分が思ってる程強くねぇんだから。」
「それは心外だな。チェスでも麻雀でも、私に勝ってから言いなよ。」
そういうんじゃねえだろと
呆れて溜め息をついたシャチがやっとこっちを向いてくれた。
「ありがとう、シャチ。シャチは本当に、私の自慢のお兄ちゃんだよ。」
「じゃああんまり、兄ちゃんを心配させるような事すんじゃねえぞ。」
そう言って私の頭を撫でたシャチが、皆の方に戻っていく。
船に乗り込んだシャチの背中を目で追うと
船縁に背を預けているローの姿が目に入った。
流石に船室に入ることはしないらしいけど
こっちに背中を向けているローは
やっぱり薄情すぎると思うの。
そんな彼の様子に溜め息が出たけど
仕方ないなって、笑えてくる。
冷たくても、素っ気なくても
ローが今、私の事を大好きでいてくれてるのは分かってる。
不器用なんだか素直じゃないんだか。
もうちょっと感動的な別れの言葉を期待していたけど
そんなあなたも、大好きだ。
一人ずつ別れの挨拶をしていくシステムらしいこの段取り。
次に私の元を訪れたのは
私の大好きな腹黒白熊航海士だ。