12-32


「絶対に死ぬな。捕まるな。」
『分かった!』


本当に分かってんのか。


…なんで火拳屋の為にそこまでする。
助けて貰ったってなんだ。


アイツはおまえに何をした。


頑固一徹。
自分より周り。


そんなこと嫌になるくらい知ってる。
それがウイで、自分が好きになった女。


分かってるのに気持ちの落としどころが見つからない。
納得出来ない。
したくない。


…ウイが俺への想いを自覚したんじゃねぇかってタイミングは、これと極似してねぇか?


離れ離れになって、もう二度と会えない可能性があったあの一件。
目が覚めて俺の顔を見たウイは、自分から抱き付いて来た。


それまでとあれから。
それは確実に変わった。


今回も引き離されたせいで火拳屋に何かしら特別な感情を抱いたんだとしたら
そのせいでこうも聞き分けなく危ねぇとこに突っ込んで行こうとしてるんだとしたら


『でんでんむし出なくて本当にごめんなさい。…なんか色んな事がごちゃごちゃになって、何て言ったら良いか分かんなかった。』
「別に綺麗な答えが聞きてぇ訳じゃねぇ。分からねぇなら分からねぇで良い。一人で殻に籠るな。」


ウイのやっかいな癖。


こいつはいつも肝心な所で周りを遮断する。
そしてその中で弾き出された答えは、いつだって俺にとって良いものだった試しがねぇ。


おまえは何を考えてた。
纏まらねぇごちゃごちゃした考えってのは何だ。


つい最近まで、ドフラミンゴの一件さえ片付ければ丸く収まると思っていたのに
既にその心は火拳屋に向いてしまったんじゃねぇかとすら思えてくる。


聞きたい気持ちと、問いただせば問いただす程それはそっちに向くんじゃねぇかって
そんな葛藤が渦巻いて止まらない。


言うなと言った言葉が今は欲しい。
情けなくても格好付かなくても
それでも今、あの時遮った言葉が欲しい。


『そうだね、ごめん気を付ける!』


自覚がねぇのか
それとも思い過ごしか。

口煩い説教から逃れる為にそうしてんのか。









会いたい。
今会って確かめたい。


ウイはウイのままだって
何も変わってねぇ俺の知ってるウイのままだって


この手に抱き締めて
ウイの顔を見て確かめたい。





『ロー、本当にありがとね。』
「それは何の礼だ。」


謝られる覚えはあっても、礼を言われる覚えはねぇ。


えへへ、と笑うウイの声が受話器から聞こえてきて眉間に皺が寄った。
愛想笑いぐらいなら出来る程にはなったらしいが、何だ急に。


『心配してくれて、気にかけてくれて。…すぐ怒るけど優しいし、私愛されてるなーって。』


いつも本当にありがとうと受話器越しの声が鼓膜を揺らす。


ちょっと待て。
なんでこのタイミングでそれを言う。


さっき分かったって言ったよな。
死なない、捕まらない、必ず戻ると。


「おまえは空気も読めねぇのか。…フラグ立ててんじゃねぇ。」
『違う!そういうんじゃない!…なくしてから気付くのはもう嫌だなって。ちゃんとローにも言っておきたかっただけ!』


日々感謝。
良い心がけだ。

だがおまえがなくして気付いたっつってんのは何の事だ。


『当たり前じゃないのに、慣れて鈍感になっちゃってた。…贅沢になり過ぎてた天罰かな。』


バチなら私に当たれば良かったのに、とそれはため息混じりの声だった。


なんだ本当に。
仄めかしてんのか?


いや意外と気にしやすいウイのことだ。
意図してんな事出来ねぇ。
これは恐らく、自覚がない。


「おい、妬かせてぇのか。さっきから。」
『え?』


きょとんとした声に予感は確信に変わる。

変なとこ鋭ぇくせに、自分が異常な程火拳屋に執着してる理由に心当たりがねぇらしい。


「状況は分かる。おまえがダチ大事にしてんのも。だとしても…火拳屋火拳屋煩ぇ。」
『…もしローが捕まっちゃってたら、私今きっと…こんなんじゃ済まないくらい物凄い事になってるよ。』


その乾いた笑いの混ざった声に自分でも呆れる程肩の力が抜けるのが分かった。


俺の方が大事。
つまりそう言うことだ。


“ダチ”と敢えて強調して口にした事も、不要な事だったかと思うとウイがそれに気付いていないにせよ女々しい自分に嫌気が差す。


『ローも…本当に、本当に気を付けてよ!』
「あぁ。」


下手に止めてずっと気にし続けるなら、これは気の済むまで好きにやらせた方が良いんだろうか。






インペルダウン。
脱獄不可能な大監獄。


四皇の力がどんだけ強大かは知らねぇが
…普通に一生出て来れねぇ可能性のがデカい。


生き別れようが死に別れようが、それは人の心を縛る。


それに至る経緯に己が関わっているのなら尚更。


ふと目を閉じれば、ウイに纏わり付く炎の鎖が見えた気がした。
自分を纏うコラさんが愛用していた黒い羽と同じように。


それは呪縛。
時が解決する事は決してない、消える事のない枷。


囚われてるつもりはねぇ。
これを忌々しく思ったことだって一度もねぇ。


あるのは感謝と、不甲斐ない自分への後悔。


もしあの時こうしていれば
もっと自分に力があれば


2つも3つもある訳のない、実現しなかった未来への言い訳。








おい火拳屋。
てめぇいい加減にしろよ。


横からのこのこ出て来やがった癖になんてことしてくれる。


『落ち込むのはやるだけやった後にする!まだ何も情報ないから、何が出来るのかも分かんないし!』
「何もすんな。」


危なくなければ良いんでしょ!といつもの調子にすっかり戻ったその声に呆れる。


大丈夫だろうか。


バカな真似はしないと言うこいつを信じて。
助けて貰った恩を返したいという言葉を信じて。
気の済むまで好きにやらせて。


『ちゃんとローが心配してくれてることは分かったってば!』
「そうかよ。」


厳重注意もした。
ウイを連れ戻す為の出来る限りの言葉も並べた。


『私にばっかり言ってるけどローもだよ!新世界!危なかったら無茶しないでね。』


なんで言う事も聞けねぇヤツを気にする。

こんだけ忠告すれば何があっても自業自得。
そんなバカ、頭を悩ませる価値もねぇってのに。


言って聞かねぇバカは、身をもって学ぶしかない。
学ぶ事の対価として失うものが命や自由、かけがえのないものだったとしても。


それが人間だ。
学ぶことすら出来ねぇヤツは、何度でも勝手に繰り返せば良い。

そんなヤツの事なんて放っておけば良いのに
気にかけるだけ無駄なのに


『ちょっと聞いてるの?ねぇ!』
「あぁ、聞いてる。」


自分の事を棚に上げてよく言うもんだ。
危機管理能力がねぇのも、人の話を聞かねぇのもおまえだろ。




理屈では分かっていても
苛立ちも不安も消える気がしなかった。





なんだか、また少し心が軽くなった。
ローと話せて良かった。



甲板に出てみれば、まだ空気は朝の匂い。
1日の始まりを思わせる清々しいそれ。


状況は何も好転してない。


でも、心持ちが変わるだけで見える景色は随分違う。










考えろ。
エースを逃がすにはどうすれば良い。


穏やかな波間を眺めながら、必死で思考を巡らせた。
これが私に出来る唯一のこと。


インペルダウンに入ってしまえば、救出する為の難易度は格段に上がる。
今まで誰も脱獄したことがないそこ。


入る前に救い出すのがベスト。
でもきっと、海軍もそこは分かっている筈。
パパ達もきっとそれには間に合わない。


となると、やっぱり脱獄か。


唇に押し当てた人差し指の第二間接は、私の思考を上手く働かせてくれる。
ローに言われて気付いたけど、私はきっとずっと昔からこれをしてた。


癖に気付いてからは考え事をする時は意識してやってる気がする。
そうすれば一番ベストな考えが浮かぶ気がして。




脱獄に必要な情報、か。

インペルダウンの内部と外の構造や見張りの配置。
とんでもなく強い人が居るならその人の情報。


パパ達が少しでも安全に、確実にエースを助け出せるように。
陥落させるにせよ忍び込むにせよ必要な情報はまずそこだ。


後はエースに伝えたい。


助けに行くよって
待っててって


きっと心細い思いしてる。
一人で、知らない人に囲まれて。








エースは強い。
戦う力だけじゃなく気持ちも、心も。


でも強い人が落ち込まない訳じゃない。
見せなくても、例え普通に見えたとしても落ち込んでる。


「一人じゃないよ。」


まだこの海のどこかに居るのかな。
届かなくても、思ってるだけよりは伝わる気がして
一番伝えたい気持ちを口にした。


「私が居るよ。パパ達も。…エースに傍に居て欲しいよ。」


穏やかにそよぐこの潮風は届けてくれるだろうか。


意志も形もない、普段意識することすらないそれにすら、すがれるものならすがりたかった。


例え今は助け出せなくても諦めない。


何度失敗したって、いつまでだって足掻いてやる。




そうだ。
私が落ち込んでても何も事態は好転しない。




諦めなければ希望は消えない。




船室に戻ると、大人しくなったでんでんむしに目が止まってはっとする。


ブラーヴェにも連絡しなきゃ。
アオイとカレンとシュウ辺りは烈火の如く怒ってそう。


番号をダイヤルしながら皆の顔を思い浮かべれば、その様子に苦笑いしか浮かんでこない。
受話器から聞こえる無機質な呼び出し音は、あっという間に怒声に変わった。


『ってめェウイ!!今まで何してたこのくそ野郎っ!!』
『ウイ!!?無事なの!?大丈夫!?』
『なんで出ないんだよ!!心配すんだろ!!…もしかしてウイも捕まってたのか!?今解放されたのか!!?』
「ご、ごめん。私は大丈夫!」


予想通りの3人分の物凄いボリュームの声に寝不足の頭が少し痛んだ。







止めどなく聞こえてくる私を罵る声の合間を縫ってブラーヴェにも状況を話した。
皆もエースにはお世話になってるしって、外から情報を集めてくれるって。


ブラーヴェ、結構情報通だもんね。
心強い。


エースに友好的な皆でさえ
私に変なこと考えるなって、危ないことはするなって口を揃えて言う。

私はどれだけ信用ないんだろう。


でもこれは嬉しい信用のなさ。
心配してくれるからこそ。

怒られてるのに、注意されてるのに、それが嬉しい。


誰に相談しても、エースが海軍に捕まっちゃったことは変わらない。
助け出せる可能性なんて、エースの記事が新聞の一面を飾ったあの日から1%だって上がってない。


それなのに、あの日と今じゃ全然違う。


「皆、いつも本当にありがとね。」
『『『フラグか。』』』


可笑しい。

綺麗に揃った3人分の声に
ローとそのまんま同じなリアクションに思わず吹き出してしまった。


弱音を吐いても、励まして貰っても、心配して貰っても
現実は何も変わらない。


でも人の心はこんなに変わる。
皆が私の心を変えてくれたから、私は変わったその心で出来るベストを尽くそう。


想いが力になるって、きっとそういう事だ。
言葉や想いが変えられるのは、現実じゃなく気持ち。


そしてその気持ちは、何かをしようとする時に何よりも大事なもの。


エースにも伝えたい。


諦めてしまってない?
絶望してしまってない?


パパ達だけじゃなくブラーヴェも、皆エースのこと心配してるよ。


信じて待っててね。



destruct at reality.