12-35



ベガス聖のお屋敷に泊まりこむようになって、明日で3日目。
きっとそろそろ。


明日の新聞は、エースの公開処刑の記事が一面を飾る筈。


分子式が羅列された分厚い文献を読みながら、何か良い方法がないかと頭を悩ませてた。


潜入は出来る。
助ける時の環境も何とかなりそう。


後はこれだけ。


机の上でサイドランプが照らすのは、ベガス聖に調達してきて貰った海籠石の手錠。
実際に海軍で使われてるのと同じもの。
これの鍵を外さないとエースは逃げられない。


1分あれば、鍵の形に固まる素材ならある。
でも1分。

短いようで、その時間は長すぎる。


天気も分からない。
水が凝固時間に影響する因子は避けた方が無難。


そうすると、混ぜるか空気中の気体に反応して固まるもの。


中々閃かない思考に苛立って頭を掻きむしれば
指の間をするりとすり抜ける髪。
ばっさり短くなったこの髪は決意の現れ。


流石に見栄えが悪いからって、あの後すぐに斬切り頭だった私の髪をベガス聖がお抱えの美容師さんに整えさせてた。


こんなに髪の毛を短くするのは初めてかもしれない。
昔から女らしくって、伸ばさせられてたから。



違う、今考えるべきは鍵だ。


集中力が途切れつつあるのかあっちこっちに散る思考に渇を入れる。


1分は持つか持たないかのギリギリライン。
そんなあやふやなものに大事な事を賭けちゃいけない。


それに時間がかかればかかる程、邪魔が入るリスクは上がる。


10秒前後。
目指すのはそこだ。


考えろ。
固定観念を捨てろ。
今発見されてないその物質、方法。


なんだって最初はなかったんだ。
誰かが思い付いてそれを実用化させた。


新しいものを作り出すのは、私にだって出来る筈。


反応速度
条件
錠を回せるだけの強度


何かない?
何か…


温度
紫外線
酸化
混合
水分は…リスクがあるからダメ。


ベガス聖が夜更かししてる私にってメイドさんに入れさせたカモミールのお茶。
レモンとはちみつ入りのそれは、リラックス効果が期待される部類のもの。


根を詰めるな
ちゃんと寝ろ


つまりベガス聖からのメッセージはそういうことだ。


甘酸っぱい香りを楽しみながらも、寝られる気なんてしなかった。




文献を読み漁りながらも、もう一つ考えなきゃいけないことがある。


明日の処刑の知らせと同時に、きっとローはまた連絡を寄越す。


ローは絶対、許さない。
やめろって止められる。




止められても、聞き入れる気なんてない。
離れた場所に居るローが、実際に私を止める事なんて出来ない。

私が居ない状況で、海賊のロー達はここへは来れない。



見限られようと
愛想尽かされようと



絶対に譲れない。
人の命がかかってる。









でも心配、かけたくないな。



右耳のピアスに手を触れて、これを贈ってくれた大好きな人を頭の中で思い描いた。


きっと激昂して怒るんだろうけど
優しいから。
心配性だから、とっても。


口では何て言おうと、これを知ればローは心配する。


この前でんでんむしで話した時の、あんなローは初めて見た。
余裕がないような、懇願するようなあの感じ。


人に何かを望むことなんて、頼むことなんて、普段のローなら絶対にしないのに。

命令はしても、それに従わないようなら他の案を実行する。
結局全部、自分一人でなんとかしてしまう。




そんなローの頼み。

危ないことはするなって、それだけ私が大事だって思ってくれてるのはただただ嬉しい。


でも
心配はかけたくないけど、私はこれを諦められない。


それなら









本当のことは言えない。
優しい嘘が、今は必要。





ローは何でもお見通しだな。
今になってあの時言われた言葉に合点がいく。

本当に言う通りだ。


私以上に私のことを分かってるローに
どんな嘘を付こうか。


あっさり諦めたとか、大人しく待ってるとかはダメだ。
怪しまれる。








なんか考えることいっぱい過ぎて
頭爆発しそう。






「キャプテン!大変!これ見て!」


シャボンディで負傷した連中の治療を終えれば、騒々しく駆け込んで来たベポが握る新聞に目が止まる。


見ろと言うならさっさと見せろ。


鼻を鳴らしてそれを引ったくれば、一面を飾るのは火拳屋の公開処刑を知らせる文字。


「おいベポ、でんでんむし持ってこい。」
「アイアイキャプテン!」


リビングに駆け出して行く白熊を目で追って
今頃どんなツラしてんのか分かったもんじゃねぇウイを思った。


これはうまくねぇ流れだ。
あいつがこれを知って大人しくしてる筈がねぇ。


マリンフォード。


公開処刑の執行場所と記されたその場所はここからそう遠くはない。


助けられるものならば、助けてやりたい。
火拳屋には何の恩も義理もねぇが、それでウイの気が済むのなら
それでウイの気持ちが繋ぎ止められるのなら。




でもこれはどうだ。


新世界にも満たねぇこの場所で、七武海のデカい熊と大斧使いの男相手に遅れを取る始末。

重症者はいねぇがやはりここがボーダーライン。
自分一人ならともかく、こいつらはまだレッドラインを越えさせられねぇ。


「考えごとか。」
「あぁ、まあな。…ジャンバール。おまえ新世界に行った事があるんだよな。」


ついさっき、天竜人の奴隷として飼われていたのを解放して仲間に迎え入れた大男。


ベガス聖を見慣れてた俺らには些か衝撃的な他の天竜人の悪行の数々。
人間をペット、いやそれ以下の扱いで弄びそれを楽しむ胸糞悪ぃ人種。


「あぁ、それがどうした。」
「通用すると思うか?こいつらが。その海で。」


負傷しようが何だろうが和気藹々と騒いでるクルー達を顎で指した。


助けてやるから着いてこいと誘ったこの男は、きっと今は俺より強い。
経験も、力も格上だ。


「こっち側以上に何が起こるか予測の付かない海だ。…正直推奨は出来んな。」
「そうかよ。」


実際にそこを見たことがあるのなら、それは俺の推測よりアテになる。
付き合いは浅いが、このジャンバールという男は中々に信用できる男だと思う。


状況把握。
咄嗟の判断。


キャプテンジャンバールとしてその名を轟かせていただけあって、上に立つ人間の思考を理解しそれを的確にサポートして立ち回る能力は中々のもの。


良い拾いものをした。







ぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷる


聞きなれたこの呼び出し音も、この状況では何故か癪に障る。


また引きこもりか。


鳴り続けるその音に無意識に舌を打った。






『もし、もし。』
「少しは学んだか。…新聞見ただろ。」


今度はちゃんと出た事にほっとした。
分からねぇ状況は不安を煽る。


『新聞って…エースの?』
「他にねぇだろ。あのデカい記事。」


返事を聞かなくても、その弱々しい声でウイが処刑の件を知っているのは分かっていた。


「何企んでる。バカな事すんなって言ったの、忘れた訳じゃねぇよな。」
『何が、出来る?私に。エースを助ける為に私に出来る事なんてある?』


不貞腐れ。
八つ当たり。
自棄。


突っかかるようなその物言いは、かえって俺を安心させた。
打つ手がないならそれで良い。


『時間も、チャンスももうない。私にはここで得られる情報をパパ達に伝えることしか出来ない。そんな私が出来る事なんて…他に何かある?』


ウイが安全な場所で大人しくしてるだろうと確信が持てた途端
その心情を思ってやるせない気持ちが芽生え出す。


助けられた相手が死にそうで
自分には何も出来る事がない。


ウイは俺が宝箱の中でコラさんを思って泣き叫んだあの心境で
その時が来るのを待っている。

時の訪れを、待つしか出来ない無力な自分。










つれぇよな、それは。


相手が火拳屋だって事は相変わらず気にくわねぇ。

でもその歯痒さに
自分の無力さを呪う気持ちには心当たりがあり過ぎた。


あの時の俺は、どんな言葉をかけて欲しかった。


コラさんとドフラミンゴの会話を聞きながら
コラさんを待ち受ける未来を、それを想像する事すら嫌だった。

ただ守られるばかりで何も出来ない自分。


暗闇の中で、感情を抑えきれずに泣き叫ぶことしか出来ず
その泣き声さえもコラさんに消して貰うことで全てにおいて守られていた自分。


あの時俺は、誰かに何かを言われていれば
…救われたのか?




『なんでもやろうと思えば何とかなるもんだと思うな。』


暫くの沈黙の後、聞こえて来た言葉。


『助けたい気持ちだけで何とかなる程、めでてぇ世の中じゃねぇ。』
「どういう、意味?」


駄々をこねる子供でもあやすような、囁きかけるように語尾が掠れた声に胸がどくんと音を立てた。


いかん。
ときめいてる場合じゃない。


『おまえが悪いんじゃない。何も出来てねぇ訳じゃねぇ。』


今ここにローは居ないのに
これはでんでんむしを通した会話なのに

耳に囁きかけるその声は、吐息を感じる程近く思える。


『悩んで、考えて、おまえは今出来る精一杯をしてんだろ。』
「…うん。」


ローが考えてることと、私が実際しようとしてる事は違うんだけど…





エースを助けるつもり。
本気で助けたい。
その為に迷惑を承知で周りの助けを借りてる。


でもふとした瞬間に頭を過る心の声。











失敗したらどうしよう。
エースが助からなかったらどうしよう。













そんな不吉なこと考えたくないのに
聞こえなかったふりをしてもその声は心に黒い影を落とす。


そして私の心から
更に闇の色を濃くするあの時もしもって言葉を、引き摺り出す。



私がティーチを追うって言わなければ
エースにレッドラインを越えさせなければ
ティーチが居そうな島の情報を与えなければ
遊び歩いてなんていないで一緒に居れば

私に力があれば
もっと早く上陸していれば








『自分を責めるな。おまえは悪くない。』












何も知らない癖に
私がどれだけお荷物でダメな人間かなんて知らない癖に



確かにそう思うのに
何の根拠もない筈のローの言葉は内側から力を沸き立たせる。



考えないようにしても、自分で否定してみても
振り払えない悪魔の囁き。

それが一瞬でローの言葉にすり替わる。



この感覚には覚えがあった。








ああ、そうだ。
あの時もローはこうして私に魔法の言葉をくれた。


ローが覚えていないのを良いことに好き勝手思いの丈をぶつけたあの夜。











「そう…なのかな。」


返事はなかった。
でもローは受話器の向こうで頷いてくれてる気がした。








私はきっと
この人のこういうところを好きになった。

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destruct at reality.