12-36


ごめんね、ロー。
嘘ついて。


受話器を置いたでんでんむしはもう、目の下に常時隈を作っている大好きな人を模してはいない。


口に出さなくても
届かなくても
それでもなんだか謝りたかった。


私はまたローに励まされて頑張る力を貰ったけど
ローにとってこれは思わしくないこと。

私がしようとしてる事は
ローが決してして欲しくないこと。


ローが励まそうとしたのは
言うことをちゃんと聞いて大人しくしてる私。














なんか、騙したみたい。
いや実際そうなのかもしれないけど。





今まで隠し事なんて沢山してきた。
誤魔化す為の嘘も数え切れない程ついた。






でもいつからだったかな。
心に嘘を付くのがつらいと感じるようになったのは。


ローを好きになって
ローの優しさに触れて


この人の胸に飛び込みたい
この人に愛されて傍にいたいと思うようになってから


ローの真っ直ぐ過ぎる気持ちに気付いて
それを欲するようになってから


自分の本音を隠すのが難しくなった。
我儘になった気がする。






「言えないなら、するなって話だよね。」


言うこと聞けないから
心配もかけたくないから

こうするしかなかったのに。


本当に私はどうしようもない。
一難去ってまた一難。


ローの思い遣りで励まされた心は、その優しさに悲鳴を上げる。





ふぅ、とお腹の底から息を吐き出して受話器を取った。


ダメな私よ出ていけ。


…こんなことで何かが変わる訳、ないんだけどね。



『お電話ありがとうございます。ブラーヴェ本社でございます。』
「ソニア?ウイです。」


失敗する気はない。


『ウイ!あなた見たの?あの新聞。…今アオイ達がなぜこんな急にって、エースの処刑の件を聞き込みに回ってたわ。』
「その事なんだけど…今皆近くに居るかな。」


その気はなくても、リスクはある以上
上司であるこの人にはちゃんと言っておかなきゃいけない。


『聞き込みで皆出払ってるけど…どうしたの?』
「皆には内緒で、話しておかなきゃいけない事が…あって。」


上司としても
仲間としても
人としても

ソニアなら上手くやってくれるって信じてる。


もし私に何かあった時、何も知らない皆に迷惑をかけることのないように。






「…やっぱり期待を裏切らないのね。あれだけ危ない事はダメって言ったのに。」
『心配してくれてるのは分かってる!ちゃんと気を付ける!…でもどうしても私、じっとしてられない。』


叱られて思い止まるのではなく
叱られるなら隠そう、と。


まるで小さな子供ね。


この子を想う周りの気持ちは
心配をかけまいとするあまり、捻れた結果を生み出した。




公開処刑に潜入して打ち首になる海賊を逃がす。
新聞にあった情報だけでも、これを海軍が失敗出来ない事は手に取るように伝わってくる。


元帥、三大将、マリンフォード。
きっと最大級の警戒。
そんな中に戦う力を持たない女が潜入する。


正気の沙汰とは思えない。


「止めても聞かないんでしょうし、そうすればあなたは私にも隠し事をするでしょう?…分かったわ。止めない。」
『ソニア…!』


正直、ここでウイを止められる可能性があるなら
例えその可能性が低くても懸けるべき。

ブラーヴェとしても、一人の人間としても
私はこの子を失いたくない。


「でもどうして?エースにお世話になってる事は分かるわ。彼には大きな恩がある。…でもあなた、分かってるの?」
『え?』


誰かの為に。

それがこの子の原動力の一番深いところにある事は分かっていた。


商人として働けなくなるリスクを犯してでも海賊を船に乗せ
彼らを救う為に海軍に捕まり

やりたいことと聞かれれば身寄りのない子供の居場所を作りたいと言ったこの子。


元からそんな優しい子。

自覚がなかろうと
…彼を想う恋心があの時のあなたを動かしたんでしょう?



なら今は?
同じく命すら危うい場所に進もうとしている今、あなたを突き動かすその理由は何なの?


「捕まるかもしれない、…最悪命を落とすかもしれない。だからウイは私にこっそりそれを教えてくれたのよね?」
『…うん。』


尻すぼみなこの返事は、ちゃんと理解している証拠。
最悪の事態を想定出来ている証。


「そうなれば、ローにももう会えないのよ?あなたが大好きな海賊のお医者様。そのリスクを犯してでも、あなたはそれをするの?」


電話越しでもウイが息を飲むのが分かった。


酷な質問。

優しいこの子に、気持ちの上でどちらかを切り捨てる事を迫る問。
それを言葉にしろと促す言葉。






『エースのこと、好きにでもなってしまったのかしら?』
「…え?」


今、…なんと?












私がエースを…好き?


「いや…好きだよそれは!当たり前じゃん!」
『…そういう事聞いてるんじゃないんだけど。』


呆れたようなソニアの声。


ちゃんと分かってる。
ソニアは恋愛として、男の人としてエースを好きかって聞いてる。


「…私はローの事が好きだよ。」


本当に、堪らなく好き。
ローのこと考えない日なんてない。

何をしてても
何があっても
思考がローに結び付く。


疲れた時、ローも疲れたりしてないかなって思う。


嬉しい事があった時、ローに話したいなって思う。


つらい時、これを乗り越えてローに胸を張って好きになって貰うんだって頑張れる。


楽しい事があれば、ローともしたいなって思う。


ご飯が美味しく出来た時、ローにも食べて貰いたいなって
なんて言ってくれるかなって


朝目が覚めれば、ローは今この海のどの辺りに居るんだろうって


眠る前に目を閉じれば
あの強い意志の籠った眼差しで遠くを見据えるローの顔がいつだって思い浮かぶ。


『エースよりローが大事なら…辛いかもしれないけれど。…あなたはそれをすべきじゃない。』














エースよりローが…大事?














ローの事が大好きだ。
エースに好きだって言われても、その気持ちは少しも揺らがなかった。


でもローが好きなら














…エースを助けに行ってはいけないの?













『愛する人にもう二度と会えないかもしれないのよ?そしてウイに万が一のことがあれば…』






失敗しないように気を付ける。
でも。


覚悟だってちゃんとしてる。


戦乱に巻き込まれて死んでしまったとしても
バレて捕まってしまったとしても


私はエースを助けたい。









そう思うことは
おかしい事なの…?















どこ。
どこが狂った。


辻褄が合わない部分はどこ…?



『ローは心に傷を負うわよ。愛する人を失うという、深い傷を。』



ローのこと、傷付けたくない。
幸せになって欲しい。


あの強い人を、弱らせる原因になんてなりたくない。




愛する人を苦しめることは
愛する人と離れ離れになることはすべきじゃない。


それは、筋の通った事実。


私はローの事が好き。


それなら
ローを苦しめる事は
ローに会えなくなるかもしれない事は、すべきじゃない。


その通りだ。






じゃあなんで私は
それを分かっていても
ソニアにそれを言われて初めて気が付いたとしても


なんでそれでもまだエースを助けたい気持ちが消えないの?















初めて自分と似た境遇の人に出会った。


自分を産み出してくれた親を憎いと思う気持ちを理解してくれる人。


それを口にできない辛さ
自分は必要とされない人間なんじゃないかって恐怖。


知られたくないから
強く在りたいから
誰にも言えずにそれを抱える気持ち。


全部解ってくれて
その傷を、心の溝を埋めようとしてくれる優しさ。


辛いと思うとき
寂しいと思うとき
エースはいつだってそれに気付いてくれて
それを掻き消してくれた。















私にはエースが必要だ。













助けてくれたエースに
気持ちを分かち合う事を教えてくれたエースに
一人じゃないって、拠り所を与えてくれたエースに

私は何も出来てない。
何も返せてない。










私の気持ちの矛盾はどこ

何がこの矛盾を生んでるの








『…ウイ?』
「わ、たし…、なんでだろう。」






自分で自分が解らない。



ローの事が好き。
エースを助けたい。



揺らがない想いはどちらも相反するもの。



ローの事は好きだけど
私は今もエースを助けに行きたいと思ってる。



それなら
そっちが強い気持ちだとするなら






「私……エースのことが好きなのかな。」















考えられる可能性は
それしかない。














『ウイ、酷な事言うようだけど…死は感情を狂わせる。日常とは違った想いを抱かせるわ。』
「でも私…どうしてもエースに死んで欲しくない!」


例え今がどんな状況だろうと
私が今一番強く思うことは


エースに生きていて欲しい。
エースが居ない世界なんて


…考えたくもない。





『今ウイがそう思うのは、死が関わるからじゃない?…人の命が消えるのはそれだけ大きなことよ。』


エースが死んでしまうのは嫌。

だからそれを何としてでも止めたい。


『でもね、何もない日常で愛しいと思う気持ちこそ、本当の気持ちなんじゃないのかしら。…あなたが生きるこれからは、その日常の繰り返しよ?』


ローみたいに、何かにつけてエースを思う事なんてなかった。


それだけ…当たり前の事になってた。




考えなくても、言おうって決めてなくても
エースと会えば私は楽しかった事や面白かった事を話してた。


辛い時
エースに聞いて貰って、元気付けて貰ってって
笑わせて貰う事を前提に考えてた。


私の日常にはもう、意識すらしない程にエースが深く入り込んでた。



「私、ローのこと好きって…そればっかり思い込み過ぎて…他の事が見えなくなっちゃってたのかな。」
『…今のあなたは逆に、エースを助けたい気持ちが好きだって、そう思い込もうとしてるみたいに見えるんだけど。』



思い込みか。


好きってなんだろう。
どういう気持ちが好きなんだろう。


どんな気持ちが、“好き”に当てはまるんだろう。


ローが好き。
エースのことだって好き。


どっちの気持ちも負けない位強いけど
同じじゃない。


どっちが本当の“好き”で
どっちが“思い込み”なんだろう


『分からないなら無理に今それを決める必要はないでしょう?…本当は思い止まって欲しかった。私だってあなたが心配だから。』
「本当に、ごめんね。」


今決める必要はないと言われても
気になり出した思考は止まってくれない。


でも少し待とう
後でちゃんと考えよう。


ソニアには本当に申し訳ない。
きっと処刑当日、優しいこの人は本当に気が気じゃなくなるくらい心配してくれる。
でもソニアはきっと、それを誰にも言わない。


『変ね。…行かないで欲しいのに。あなたには私と同じ後悔はして欲しくないって思うのよ。』
「え?」


少し昔話をしましょうかとソニアが口を開いた。


それはソニアがガラス細工職人になる前の話。

自分の人生に後悔なんて一つもないんじゃないかって思える程
大人で
凛とした印象が強いソニアの

一つの後悔の物語。




destruct at reality.