12-37


「そんな事が…あったんだね。なんで今まで教えてくれなかったの?」
『もう、終わった事だもの。わざわざこんな暗い話をする必要なんてないでしょう?』


海賊を好きになって海に出て
好きな人のお荷物になりたくないからと身を引いて

陸で暮らす内に再び恋に落ちて
海賊船に乗っていた事が原因で破談。

確かに明るい話じゃない。


『陸で暮らし始めた時、何度も考えたわ。迷惑でもお荷物でも、船を降りなければ良かったって。』


話してくれるソニアの声は、所々にため息混じりの笑いが込められていて
それが自嘲なのか
穏やかな気持ちで思い出を振り返れているのかは分からない。


『生きてたけど、死んでたのよ。生きる事に希望も未来も見えなかった。息をして心臓が動いてるだけで、心はきっと…死んでたわ。』
「…想像付かないな。」


カレンやアオイ、私みたいにバカ騒ぎするタイプじゃない。
でもソニアはいつも、穏やかだけど強い意志の籠った目で私たちを見守ってくれていたから。


そんな死んだ魚のような目をしたソニア、本当に想像も出来ない。


『だからね、あなたにそうなって欲しくない。』
「それは…エースを助けに行けって、そういうこと?」


なんだかそう聞こえる。


私みたいに後悔するなって
行ってこいって


この件について初めて誰かに背中を押された気がした。


『ふふ…でも私今、それを乗り越えて幸せよ。船を降りなければ、ガラス細工にも、あなた達にも出会えなかったもの。』
「どっちよ…。」


どっちかしらとくすくす笑うソニアは
今度こそあの綺麗な笑みを浮かべてるんだろうな。


『どんな経験も糧になるのよ。無駄な事なんて一つもない。…もし経験が無駄になったなら、それは生かしきれなかった自分が原因ね。』


ソニアの恋人だった海賊さんは今、生きてるのかな。

でもこの広い海の上。
会いたくてもそうそう会えないか。


『私はウイにあんな思いはして欲しくない。でも危ない事も…して欲しくない。』
「もー…。でもソニアが私の事考えてくれてるのは十分分かったよ。話してくれてありがとう。」


どっちもして欲しくない、か。


『皆には黙っておくわ。でも私の口から、楽しくない報告なんて…させないでね?』


こんな愛の形も、あるんだね。
私愛されてるんだなって凄く思った。







耳に聞こえるのは、終話を知らせる音。
ため息を付いて受話器を置いた。


「…私は結局、何がしたかったのかしら。」


あの子には死んで欲しくも捕まって欲しくもない。
でも女としての自分が、あの子にそれが絡む後悔をさせたくないと思ってる。


「これは…パトロンさんに怒られちゃうわね。」


きっとウイが今エースに抱いてる気持ちは恋ではない。


死。
永遠の別れ。


失うかもしれないという想いはどんな形であれ気持ちを盛り上がらせる。
執着心を生む。


知的なタイプか我が道を進む俺様男。
ウイはそんな人が好きなのかと思っていたのに。


人当たりが良くて
少年のようで
よく笑うそばかす顔のあの男。


彼との間に、一体何があったというのかしら。


それともウイは何もなくても
友人が死ぬかもしれないのに助けに行くなと言われれば
誰であろうと、それがどんな場所であろうとこうなってしまうのかしら。


「…有り得るわね。」


きっとローが初恋。
恋愛という感情をあの子は扱いきれてもいなければ、よく理解できていない。


整理の付かない感情に混乱した頭は
それに名前を付けて安心したいんでしょう。


結構白黒付けたがる性格だから、定まらない想いを抱いてる事が不安で仕方がない筈。


あの子が恐らく出すだろうその結論。
例えそれが本当の恋ではなかったとしても、本人がそう思ってしまえばそれは本物。


ならばやっぱり、私はあの子に後悔をして欲しくない。
でもまだ、一緒にやりたい事が沢山ある。

気持ちの上の痛みもつらい。
けれど命や自由を奪われる事も、つらくない訳がない。


「考えてても…無駄ね。」


笑っていても泣いていても
溢れ出る素直な心のまま、輝いていて。


丁度マリージョアの方角に面した窓の外
どこまでも見通せる快晴の空の先


処刑される身としてその時を待つその人を想った。


ウイに助けに行くなと思う気持ちも確かに存在する。


でも私たちは彼に随分助けられた。
飾らないあの人柄には、好感しか覚えない。


だから皆も、死にもの狂いで情報を集めてる。


どうか無事で…。


胸の前で組んだ指には指先が白くなる程に力が込もった。





受話器を置くと、ソニアとの繋がりが切れると
途端に頭の中が煩く騒ぎだした。


自分に問いかける自分の声。










エースが好きなの?
これは恋なの?

ローの事はもう好きじゃないの?



…もうってなんだ。
ローへの気持ちは何一つ変わってない。


変わったのはエースへの気持ち、それと状況。






状況は変わったけど、気持ちは気付いてなかっただけだ。


自分がどれだけエースを必要としていて
どれだけ依存してたか。


ベガス聖が用意してくれた私の部屋の机の上
散らかってるそこに乱雑に置いたままの海籠石の手錠。


エースの自由を奪ってるそれ。
















ソニアは今決める必要はないって言った。
でも私、今それを決めないとそれこそ後悔する気がする。


ローが好きなら、私はやっぱりエースを助けに行くべきじゃないと思う。

パパ達だって居る
傘下に入ってる皆だって動いてくれてるって


私がやらなくても、エースが助かる可能性はゼロじゃない。


元より誰も私になんて期待してなかった
それが想定通りの結果に落ち着くだけ












これまでのローとの思い出と
エースの思い出が入り雑じりながら頭の中を埋め尽くす。

















うん。














私やっぱり














エースを助けに行きたい。
きっとこれが、好きって気持ち。




まだベストな解錠方法が思い付けていないそれを握りしめた。
悪魔の実の能力者じゃなくても、重いこれ。

こんな重い物に両手を拘束されてたら
エースはどれだけ不自由なんだろう。


ちょっと海水触っただけでふらつくくらいなのに。





夜光虫を見に行った時の事が昨日の事みたいに思い出された。





もっと早く気付いていたら、寂しそうで悔しそうに抱きしめて来たエースに
ちゃんと私はこの気持ちを伝えられたのに。










すっきりした筈の気持ち。
整理が着いた筈の気持ち。


それでもどこか重苦しい何かが胸の奥につかえている感じが否めなかった。


後ろめたさ
申し訳なさ

信念の強いあの瞳に睨まれている気がして
私はそこから目を逸らしたんだ。


整理の着いた気持ちを掻き乱されたくなくて


見ないふりをして蓋をした。






あっという間に時間は流れる。


エースの公開処刑まであと3日。


他の準備は整った。
パパ達の当日の動向も把握済み。
連携もばっちり。

ただ錠の形に即固まってくれる物はまだ出来上がらない。

そろそろ時間がない。
これはもう速乾性の物を諦めて既存の物で他のリスクを減らす方向に作戦をシフトした方が良いんだろうか。


1分。


それを稼ぐ方法。
その間邪魔が入らないようにする方法。
無抵抗なエースを守る方法。








…ダメだ。
どう足掻いても周りのリスクが増えて成功率が下がる。







寝不足で上手く働いてない頭に窓から差し込む日光の光は刺激が強すぎた。


ちゃんと必要最低限食べてる。
寝てる。


でも必要以上に酷使してる脳と、ストレスに曝され続けた心がそれじゃ足りないって
頭痛という形で悲鳴を上げてる。






「ウイ?…順調か?」
「…戻ってたんだ。ぼちぼち、…かな。」


海軍の方に顔を出していた筈のロイが控えめなノックと共に扉の影から顔を出した。


「あまり、根を詰めるなよ。」
「うん。…なんか懐かしいね。ロイと紅茶。」


いつかみたいにアールグレイの紅茶をトレーに乗せて部屋を訪れたこの人は
もうあの時みたいに私ごときにお茶汲みをするような身分じゃない。


ベガス聖が裏で手を回したところで
海賊王の息子の処刑執行人として海軍が、世界政府がそれを認める程の地位と実力のある海兵。


「もう2年か。こんなに長い付き合いになるとは思ってなかったよ、正直。」
「本当だね。あれ?そういえば私に何か話あるって言ってなかった?」


ロイに協力をお願いした時、そんな事言われた気がする。
すっかり忘れてた。
なんだろ。


「あれは…もう良いんだ。必要のない事だって分かったから。」
「なにそれ。なんか気になって気持ち悪いから教えてよ。」


必要あるかないかなんて分からないじゃない。


そう思いながら脇に立つロイを見上げれば、優しい目がそれを困ったように受け止めていた。


「ティーチが海軍に、火拳のエースを引き渡しに来た事を伝えようと思った。」
「…なるほど。」


なんでキミがティーチを気にかけていたのかも、火拳のエースとの繋がりも何となく分かったからって


椅子を持ってきて腰掛けたロイがため息混じりに呟いた。






「ウイはローと付き合っているのかと思っていたのに。知らない間に色々変わってて驚いたよ。」
「あー…あははは。」


私も驚いてます。
付き合っては、なかったけど。


ロイと息抜きに世間話と美味しい紅茶を楽しみながら
頭の片隅では別の事を考えてた。


あれから、ローに励まされたあの日から。
毎日でんでんむしは掛かってきた。


色んな事が複雑に絡みすぎて、もう何がどうなっているのか分からないけど


心配してくれてるんだと思う。


ローの事を好きで
言い付け通りに大人しく落ち込んでいる私。


ローが心配してくれてるのはそんな私。
私であって、私じゃない。


あまり自分からあれこれ話すのが得意じゃない癖に

後ろめたさで話す事が見つからない私がほぼ何も話さないせいで、きっとでんでんむしで繋がってる時間はローにとって居心地の悪い時間だろうに


それでも毎日かかってくる。



「そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ?」
『そのネジの飛んだ頭がいつ何を思い付いて突っ走るか分かったもんじゃねぇからな。』



居たたまれなくなってそれを聞けば

そのくらい気にするなって気遣いなのか
本当にそれが心配で見張ってるのかは分からないけど

ローから返ってきた言葉は私の胸を締め付けた。





ごめんなさい。
私にはもう、あなたに心配して貰える権利も
想って貰える資格もない。






エースの事が好き。






つい先日自覚したばかりのその気持ちを、ローに言えなかった。





今それを伝えたら、余計に心配をかけるから
でんでんむしで伝えることじゃない、大事な事だから直接言わなきゃ




ただ切り出せないだけなのに
罪悪感を感じながらもこの優しさを手放したくないって
そんなズルい理由が多分にあるのに



私は言い訳を考える天才だな。












「ウイ、言っておく。万が一作戦が失敗すれば、不測の事態が起これば…僕が処刑を執行する。」


飛んでいた思考はロイの深刻そうな声に引き戻された。


「…僕が協力するのはウイの作戦にだけだ。火拳のエースを逃がす事に協力する訳じゃない。」
「…そ、だよね。」


考えたくないもしもの話。


しておかなければならないその打ち合わせは、それでもやっぱり耳に痛い。




destruct at reality.