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「覚悟を、していて欲しい。目の前で愛する男の首を切り落とされる覚悟を。」


嫌だ。
そんな事、想像でもしたくない。


「不測の事態では僕の指示に従うと約束した筈だ。それが出来ないなら、僕は協力しない。」


頷かなきゃ。
分かったって、嘘でも何でも良いから返事をしなきゃいけないのに


見るからに動揺してるこの顔を取り繕えない。







でもそっか。
タイミングを逃したり、私が失敗すれば


私の目の前で
すぐ傍で

処刑執行人は罪人の首を切り落とさなければならない。



ローがアンピュテートで体をバラバラにしてしまうのとは訳が違う。



通常の空間で首を切り落とされれば
人は死ぬ。



あの時のペンギンみたいにくっつけてって
その落ちた首が私に話しかけてくることはない。



くっつけても戻らない。
そして大勢の人が注目している中、私はそれを悟られないように海軍の処刑執行人でいなければならない。



…できるの?
取り乱さずにいることが。



「出来る限りの協力はする。でも万が一ウイの作戦が失敗しても、僕はウイとベガス聖を守る為に、潜入の件を明るみに出す訳にはいかない。」


そうだ。
私だけじゃ済まされない。


ベガス聖にも、ロイにも迷惑がかかる。

















「…分かった。目とかは瞑っちゃうかもしれないけど、極力平静を装えるように頑張るよ。」
「頑張る、じゃなく…してくれないと困るんだが。」


まぁそっちもなるべくフォローするって、くしゃりと撫でられた頭から一瞬頭痛が消えた。


「そうならないように、絶対成功させるから!」
「そこは僕は頑張れとは言えないな。…一応海軍だから。」


本当だね。
そうだったね。


私たちは一瞬きょとんとした顔を浮かべた後、同じタイミングで笑いだした。


絶対成功させよう。
妥協なんてしたらやっぱりダメだ。


エースだけじゃなく、協力してくれるこの人達のことも
私は守らないといけない。






「このままではわしは死んでも死にきれん…!!七武海の称号などいらん!この戦いが止められるなら、わしは命もいらんっ!!」


薄暗くて錆なのか血なのか分からねぇ鉄臭さが立ち込める監獄。


ここに来て、もう何日経っただろう。


「わしは政府には海賊嫌いの海賊で通っとりやすが、“あんたら”は別さぁ。」


ここにぶちこまれて何日か経った後に同じくぶちこまれて来たジンベエ。
ご親切に同じ牢に繋いでくれるとは海軍も粋なことをする。


「エースさんにゃ意外じゃろうのぅ。白ひげの船にはよぅ出入りしとった。あんたらのことは好きじゃからのぅ…。」


両の手を別々に繋がれた俺らは
錠から逃れようともがくことすらいつの頃からかしなくなっていた。


拷問と、来る日まで命を繋ぐ為だけの最低限の飯。
それだけの毎日。

どこからどこまでが1日なのかも分からねぇ、頭がイカれそうな空間。


「俺はおまえに殺されかけた思い出があるがな…。」
「それはお互い様じゃろうが!!わしはただあの人の役に立ちたかった…。」


お互い様か。
確かにそれもそうだ。


全力をぶつけた上での結果と、為す術もなくそれを受け入れるこの状況。
死にかけてんのは同じ筈なのに、あの時と今じゃこうも違う。


魚人島に今平和があるのはオヤジさんのおかげじゃからのぅと黄昏るように放たれたその声は、冷たい牢獄に静かに響き渡った。


「あの日の事は…忘れもせん……!!」


そんなに恨まれてたかと横に目を向ければ、血走った怒りにまみれたその目はどこか遠くを睨み付けている。


「『この島は俺のナワバリにする!!』…一言じゃ。あのたった一言で、魚人島にゃあ誰一人手出しできなくなった!!なんという“力”!!」


あぁ、そっちか。
ついに頭まで回らなくなって来ちまったみてぇだ。


それまでの魚人島は通りすがる海賊達に魚人や人魚が拐われては売られていく、そんな場所だったらしい。


そりゃその辺の海賊ごときなら親父のナワバリには手は出せねぇだろ。


「…俺みてぇな世間知らずを除いて、な。」
「エースさんも分かったでしょうが…。あの人がその名前で色んな島を守っとることを…!!」


唯一自由の利く首を伸ばし天を仰いだジンベエが、その頭を壁に思い切り打ちつける。


その鈍い振動が冷たい石壁を通して伝わって来た。







「海賊のボスだから打ち倒せば良いってモンじゃないでしょうが…!あの人が万が一死んだら…海がどうなるか!!」


親父が…死んだら…


「何言ってんだジンベエ…親父は来ねぇよ。これは俺の独断だ。」
「エースさんは分かっちょらん!!あの人は自分の息子を見捨てたりせんっ!そういう人なんじゃ…。」


助かりてぇか助かりたくねぇかって聞かれりゃ…
助かりてぇと思ってた。


拷問。
快適とはお世辞でも言えないこの環境。
数日後に処刑されるらしいこと。


誰が好き好んでこの状況に身を置くか。


死にたくねぇ。
殺されたくねぇ。


それはガキの頃から暗示のように思っていたこと。


なんで知らねぇヤツの都合で殺されなきゃなんねぇ。
死んでやるもんか。

俺が何をした。
世間が俺を殺してぇなら俺は何としてでも生き延びてやる。


…そう思ってたのに。


怒りの捌け口がそこしかないのか、ジンベエは相も変わらず頭を壁に打ち付ける。


頭頂部の傷がそれで出来たもんなのかそうじゃねぇのか判別が付かねぇ程、傷だらけの全身。


「わしは死んでもこの戦いを止めたかった!!あんたを救い出したかった…エースさん…!!」


その恩の元が親父だとしても
こいつは俺を救い出したい一心で怒り、こんな目にあっている。


そんな姿を目の当たりにすると、自分が何を思うのが正解かが分からなくなる。


助かりたい
仲間達がそのせいで危ねぇ目に合うのは嫌だ


俺のせいで…


「…ジンベエ…もうよしてくれ、辛ぇだけだ…。」
「まだ希望は捨てておらん…!“奇跡”と“チャンス”を…わしは信じている…!!」


本当にやめてくれ。


希望を捨てねぇことが、ジンベエのようなヤツを増やしちまうなら
俺はもう良い。


俺の事なんて助けなくて良い。
捨て置いてくれ。


親父や仲間達の身を危険に晒したくねぇ…!!








『あなたにエースは殺させない』







ジンベエのせいだろうか。


以前死にかけた時
絶望的とも言える力の差に死を覚悟した時


庇うように目の前に立ちはだかった小さな背中が瞼の裏に浮かんだ。












誰よりも非力で
戦場に出ても何の力もねぇ存在。

それでもなんでか



俺の惚れたあの女は今回も

じっとしてない気がした。




どうしてあそこまで無鉄砲なのか。
弱い癖に
戦う術すらねぇ癖に





『エースに言われたくない。』






こんな事あいつと話した事なんてねぇのに
何て返されるかが手に取るように分かる。

不満げな顔で
腕組みなんかして
そう言って俺を見上げるウイが、見えた気がした。



確かにそうだな。
俺とおまえは、そういうとこは似てるな。



可笑しなモンだ。



温もりなんて一つもない。


無機質な監獄
冷たい手枷
ごつごつと背中に当たる石壁
硬い床


脱獄不可能
海籠石
処刑
海軍本部


あるのは底冷えするような環境と
絶望としか言えない状況



それなのに



なぜかウイを思うと心の芯が温まるような、そんな感覚を覚える。




俺のために
俺なんかの為に危険を犯して助けに来て欲しくない。



親父にも
仲間達にも















本当に狂ってる。
なんなんだ俺は。



守りたい筈の女
守ってやると約束した女

戦う力のない、ただの女。

















なんで俺、ウイに来て欲しいとか思ってんだろ。

危険な目に遭って欲しくないのはウイも同じなのに
来て欲しくても今回ばかりはウイにもどうしようもないだろうに

そもそもあいつは
あのイケ好かねぇくそ医者が何よりも大好きで仕方がないウイは

流石にこんな死にに来るくらいの状況へは来ようともしねぇだろ。


普通に考えろ。
願った所で有り得ない。







『じゃあ、エースのことは絶対私が守るから。』







やめろ。
希望を持つな。


来る訳ない。
来れる訳がない。






ウイが助けに来てくれる可能性なんて億に一つもない。
実質的に不可能。

無理だ。











『エース!』













それなのに消えない。

あいつならなんとかしちまうんじゃねぇかって
あの時みてぇに、助けに来てくれるんじゃねぇかって

そんな期待が消えねぇ。







そして好きな女を確実に危険に晒すそれを
願っちまってる自分が居る。






情けないことこの上ない。








それでもどうしても



またあの笑顔が見たかった。
俺を呼ぶ声が…聞きたかった。





「上手くやるんだえ?」
「うん!…ベガス聖、本当に…ありがとね。」


公開処刑当日。
前日から前乗りさせて貰って、マリンフォードの片隅に船で一泊。

昨日の夜、闇に乗じて必要な準備はしてきた。


船の窓から見てた限りでは、マリンフォードに入るまでの警備は厳しかったけど中はそうでもない感じ。


見張りらしき海兵が巡回して回ってはいたけど
素人の私が気付かれずにあれこれ出来る程度だ。
注意は外に、パパ達に向いてるんだろうきっと。


「別れの挨拶みたいで縁起悪いえ!ちゃんと戻って来て火拳のエースでバーベキューするえ!」
「うん!もう炭とか薪とか要らないよ。エース本体でずっとお肉焼いてやろう!」
「…もう少し緊張感持って下さい。」


海軍に扮装する為の準備をしながら、きゃっきゃうふふとベガス聖とバーベキューの予定を話していれば
一人深刻な顔でげっそりしてるロイ。


「してるよ!緊張!」
「おまえは堅物過ぎだえ、ロイ。もう少し気楽に生きるえ。」


もう勝手にすれば良いとでも言いたげに壁に凭れかかったロイを心配性だなって思いながら見てた。
私も出来ないと思ってたこれがちゃんと完成してくれて、少し浮かれてたのかもしれない。


ベガス聖のお陰でちゃんと完成してくれたこれ。


海軍のロングコートに忍ばせた、でんでんむしと2本のチューブ。
エースを助けるのに重要な役目を担うそれを、ポケットの上からそっと撫でた。


大丈夫だよ、ちゃんと成功させる。
意味不明過ぎて原理は分からないけど、何度も検証してその効果は立証済み。


後は私がタイミングを間違えなければ良いだけ。


「そろそろ行く?」
「あぁ、あんまり挨拶が長いのも怪しまれる。」


ロイの言葉に頷いてベガス聖に目を向ける。


交わる視線に、言葉はいらない。
想いの籠った目は、色んな事を言葉以上に伝えてくれてる気がした。


待っててエース。
今助けに行くから。


軍服をひっぺがされて布団です巻きにされては
部屋の片隅で伸びてる海軍の人には本当に申し訳ない。


でもごめんね。
私は世界の平和よりも
見ず知らずのあなたよりも


エースが大事だ。


先を歩くロイに続いて、船室から一歩
足を踏み出した。




destruct at reality.