12-42
「少し下がっていろ。」
「「はっ!」」
センゴク、か…。
カツンカツンとその靴の音を響かせて背後に迫る2つの気配。
『諸君らに話しておく事がある。ポートガス・D・エース…この男が今日ここで死ぬことの大きな意味についてだ…!!』
でんでん虫を片手に真横に立つ男には見覚えがあった。
流石にコイツを知らねぇヤツはいねぇ。
海軍元帥、センゴク。
こんだけの厳戒体制
いねぇ事はねぇと思ってたが
…何の用だ…?
『エース、おまえの父親の名を言ってみろ!!』
「……!!!」
こいつ…
知ってる。
俺の知られたくねぇ
誰にも言えずに来た俺の出生を
…知っている……!
深く息をついて、脇に下がったウイに目を向けた。
その目は射殺しちまうんじゃねぇかって程にセンゴクを睨み付けていて
知られたくねぇ。
いくらウイでも。
ウイだからこそ。
俺があの男の子供だと言う事を
愛してるからこそ知られたくねぇ…!!
折角想いが通じあった。
やっとこっちを見てくれた。
それなのに…邪魔すんじゃねぇ。
「オヤジ?何だ?こんな時に…」
そうだ。
俺の親父はあんなヤツじゃねぇ。
顔も知らない。
父親らしい事なんて何一つして貰った事はねぇ。
俺の親父はこの海で一番強くて
次の海賊王に最も近い
それが相応しい男。
「おれの親父は“白ひげ”だ。」
『違う!!』
「違わねェ!!白ひげだけだ!!!他にはいねェ!!!」
やめろ。
やめてくれ。
『…当時我々は目を皿にして必死に探したのだ。ある島にあの男の子供がいるかもしれない。微かな情報とその可能性だけを頼りに…』
やめろ。
黙れ。
憶測で物を言うな。
『生まれてくる子供、そして母親達を隈無く調べたが見つからない。』
『__それもその筈…おまえの出生には母親が命を懸けた、母の意地ともいえるトリックがあったのだ…!!』
聞きたくない。
『女は我々の頭にある常識を遥かに越えて…子を想う一心で実に20ヶ月もの間子を腹に宿していたのだ!!』
『…そしておまえを産むと同時に力尽き果て…その場で命を落とした。』
言わないでくれ…
頼むから…!!
『父親の死から一年と3ヶ月を経て…世界最大の悪の血を引いて生まれてきた子供。…それがおまえだ。』
顔を落とし奥歯を噛み締めるエースが
眈々と紡がれる己の出生の秘密を怒りで肩を震わせながら聞いていた。
どよめく群衆もまた
センゴクの言葉にただ耳を傾ける。
一人、また一人と
勘の良い者達はこの話が誰の話であるかに気付き始める。
その可能性は
ざわめきを少しずつ大きくした。
処刑台の隅に控える男の成りをした一人の女。
彼女もまた、煮え滾る想いを胸にその話に耳を傾ける。
愛しい人が
最も触れられたくない秘密。
海軍がその情報を掴んでいる事は、彼女もまた知っていた。
処刑という手段を取るのなら
それを公に公表するつもりであることも
頭の回る彼女には想定出来ていた。
しかしいざ
それを全世界に発信される恋人を想うと
様々な負の感情に肩を震わせ怯えるその姿を目の当たりにすると
噛み締める唇は血の味を滲ませる。
隠し通して生きる重み
それを知る彼女には
知られてしまう恐ろしさが誰よりも解った。
大切な人に
それを知られて気持ちが変わってしまうかもしれない恐怖。
昨日まで優しく微笑みかけてくれた友が
“そういう人だったんだ”と手のひらを返す、そんな悪夢。
何度でもそれを夢に見た。
彼が抱えるものは、彼女の抱えるものよりも大きく
揺らがず
決して変える事の出来ないもの。
『知らんわけではあるまい…!!おまえの父親は!!!』
言わないで欲しい。
でもそれももう、叶うまい。
ウイは想った。
愛する男を。
________
例え世界中があなたの敵になったとしても
私はあなたの味方だから。
私だけは傍にいる。
あなたと一緒に、世界中とでも戦おう。
だからどうか
今から紡がれる言葉が彼に与える苦しみを
辛さを、痛みを、
ほんの少しでも取り払えますように。
________
『“海賊王”ゴールド・ロジャーだ!!!!』
海軍元帥、知将“仏のセンゴク”
彼の放った言葉は世界中を震撼させる。
海賊王の血が今も生きていた事に
人々は驚き、そして震えた。
『__2年前か…おまえが母親の名を名乗り…“スペード海賊団”の船長として卓抜した力と速度でこの海を駆け上がっていった時…』
何をもって、それを父親と言う。
父親の定義って
息子の定義って…何なんだよ。
『我々はようやく気付いたのだ…ロジャーの血が絶えていなかった事に!!』
血ってなんだ。
切られりゃ流れるこの赤い液体に
体中巡ってるだけのこれに…!!
何の意味が
価値があんだよ…!
おまえらは血で物事を考えンのか?
頭は…心は…何の為にあんだよ…
俺だって好き好んであの男の血を引いてる訳じゃねぇんだよ…!!
『だが我々と時を同じくしてそれに気付いた“白ひげ”はおまえを次の“海賊王”に育て上げるべく、かつてのライバルの息子を自分の船にのせた…!!』
なん…だと…?
「違う!!!おれが親父を“海賊王”にする為にあの船に…
『そう思ってるのはおまえだけだ。』
違う。
俺が親父の縄張りを荒らして回った。
俺が親父に話した。
親父は知らなかった。
海賊王になるのは
なるべきなのは…親父だ。
『現に我々がウカツに手を出せなくなった。』
『おまえは“白ひげ”に!!守られていたんだ!!!』
「……!!」
守られてた、だ?
俺が…?
親父に…?
守られて…た?
『放置すれば必ず…おまえは海賊次世代の頂点に立つ資質を発揮し始める!!』
頭がついていかねぇ。
俺は海賊王になる夢はとうに捨てた。
それよりも叶えたい夢が
海賊王にならせてぇ男に…出会ったんだ…
『だからこそ今日!!ここで!!おまえの首を取る事には大きな意味がある!!!たとえ“白ひげ”との全面戦争になろうともだ!!!!』
ウオオオオオォオオッ!!!!
空気が震えるってのはこういう事か。
処刑される男があの男の血を継ぐ者と知った途端
士気が上がる人の群れ。
これが現実。
これが本来、俺に向けられるべき感情。
なり止まない怒号のような雄叫びを聞きながら
世界中が敵だという事実を
幼い頃に
力のない頃に怯えた悪夢を
目の当たりにした。
自分に向けられる敵意の束が
怖いと思った。
海兵が何か言ってて
センゴクが慌てたようにそれに答えて
すぐ近くにいる筈のセンゴクの声も
未だに煩ぇ雄叫びを上げては俺の処刑を心待ちにする声も
どこか遠くに聞こえた。
少し目線を横に向ければウイの顔が見えんのに
何かに押さえ付けられてるみてぇにそっちを向けねぇ。
押さえ付けてんのはきっと
防衛本能。
傷付きたくない。
俺がゴールド・ロジャーの息子だと知ったウイが
どんな目で俺を見るのかを確かめられない。
なんでこう
上手くいかねぇんだろ。
どうせ落とすなら上げないで欲しい。
世界はそんなに俺が憎いのか。
そんなに俺を打ちのめしたくて仕方ねぇのか。
なんでこんな…
「来たぞォーー!!!!」
「全員戦闘態勢!!!」
さっきまでとは、種類の違う喚声。
「突如現れたぞ!一体どこからっ!?」
慌てふためくようなセンゴクの声に顔を上げると
さっきまで濃い青と薄い青を区切っていた水平線上に
見覚えのある印がいくつも見えた。
「海賊船の大艦隊だァっ!!」
「“白ひげ”はどこだ!?確認を!!!」
デカいヤマを動かす時、共に戦った仲間
いつかその海賊旗をへし折って、傘下に加えた野郎共
近くに来たからと、朝まで飲み明かしたこともある
追い風を受けてその帆を誇張する、海賊の誇り。
何度も見た海賊旗。
「センゴク元帥!!報告します!!“勇騎士ドーマ”!“雷卿マクガイ”!“ディカルバン兄弟”!“大渦蜘蛛スクアード”…!!」
親父の傘下の…海賊達。
「錚々たる面々…!!いずれも新世界に名の轟く船長ばかり!!!総勢43隻!…白ひげと隊長達の姿はありません!!!」
「しかし間違いなく白ひげ傘下の海賊達です!!!」
「……おまえらまで…!!」
43隻…
どんだけ来たんだ…
もう…これは間違いねぇ
親父は来てる。
なんなんだ…
っとに…!!
状況が二転三転し過ぎる。
気持ちが着いて来ない。
躁鬱かってくれぇ浮き沈みが激しい。
死を覚悟して
生きる希望を見て
家族を巻き込む責任を感じ
好きな女に告白された。
知られたくねぇことを公言されて
世界中が敵に思えて
命をかけて助けに来てくれる
そんな仲間達の姿を目の当たりにする。
そしてまた感じる責任感。
死を近くに感じるこの状況で
残り僅かかもしれねぇこの気持ちは…騒がしすぎる
何を思って
何を考えて
何を願えば良いのかが分からねぇ。
「攻撃しますか!!?」
「まだ待て!!白ひげは必ず近くにいる!!!何かを狙ってる筈だ!!海上に目を配れ!!!」
騒がしくなる群衆。
さっきまでの勢いはどうした。
ざまぁ見ろ。
…違う。
これじゃない。
そう思う気持ちもない訳じゃねぇ…
でもそれは思っちゃいけねぇこと。
どんなにこの背中に正義を背負う敵の群れが憎らしくても
家族を想うなら
それは思うべきことじゃねぇ…
どうしたら良い…
俺は…
どうしたら良いんだ…!
「まさか…!!」
「え?」
「どこからだ!?」
只でさえ騒然としていた広場がどよめき出した。
「…こりゃぁとんでもねぇ場所に現れやしねぇか…?」
「布陣を間違えたかねぇ。」
海兵共の動揺が
その言葉の一つ一つが
とある可能性を確信したそれに変わっていく。
ゴポリ
それは遥か先の湾岸から
その海中から聞こえた。
気のせいかもしれねぇ。
この距離じゃ聞こえる筈ねぇ。
でもそれは
確かに俺の耳に届いた。
「湾内!!海底に影が!!」
「まさか…!!」
目に見えて気泡を立てる湾の中の海。
その数が増えるにつれ、それは本当に
今度こそ俺の耳に届いた。
「…そうだったのか!!あいつら全船…!!」
「コーティング船で海底を進んでたのか…!!」
青い海面が
海底じゃねぇ影を映し出す。
それは徐々に色濃く変わり
海中に確かに存在する船影を浮かび上がらせた。