12-48


「スクアード!無事だったか。さっきてめェに連絡を」
「ああすいませんオヤッさん!」


包囲されつつあるこの戦況の中、それでも白ひげは動じない。
モビーディックの甲板でその戦局を見極めていたこの男の元を、傘下につく一人の船長が訪れる。


「後方、傘下の海賊達はえらいやられ様だ…!」
「後ろから追われるんなら望む所だ。俺も出る!!こっちも一気に攻め込む他にねェ!!!」


息も絶え絶えに後方の状況を報告するこの男、スクアードは
己の身の丈以上にも及ぶ大剣の鞘を抜いた。


「そうですね。俺達も全員あんたにゃ大恩がある。白ひげ海賊団の為なら命もいらねェ!!」


カツンカツンと響く靴の音。
白ひげの真横に歩み出たスクアードが、その意志を瞳に宿し剣を構えた。


「ん?スクアード?あんなところに…」


傘下の海賊達はここより後方にいた筈。


マルコは父の傍らに佇む男の存在に気が付いた。

スクアードもまた、腕利き。
戦局を見極め統率する能力に優れた男。


何か情報を得て親父の指示でも仰ぎに来たのか…?


彼の存在に気づいたマルコ以外の者達も
それ位にしか、思っていなかった。

パシフィスタの登場で大きく戦況が傾いた今、彼が持ち場を離れここに居る理由。
凌ぎを削る部下達を置いてここを訪れるだけの理由。

それはきっと、この白ひげ率いる海賊艦隊にとってそれほど有益な何か。

スクアードの判断力はそれほどに、誰もが一目置いていた。











「!!?」










白ひげに
マルコに
ルフィに
エースに
ウイに


激震が走る。












スクアードがその剣を担ぎ上げ

白ひげの体を貫いた。






敵味方関係なく
その場に居合わせた者が目を見開き息を飲む。

ほんの一瞬
このマリンフォードを包む喧騒が、止んだ。








「「「「「オヤジィー!!!!」」」」」

















マリンフォードの至る所で上がる声。

一瞬の静けさの後、先程の比ではない驚声が空気を震わせる。



この激震を生んだ張本人、スクアードは体を震わせながらも、巨体を貫通するその大剣を引き抜いた。

ゼェゼェと肩で息をしながら父を見上げるその男の背後に、青き炎が迫る。


「スクアードォーーー!!」


マルコはその頭を掴み、地に叩き付けた。


「…なぜっ!!おまえがこんな事!!!」
「うるせェ!!こうさせたのはおまえらじゃねェかァ!!!」


体を捩りその大剣で青い不死鳥を凪ぎ払うスクアード。
その目に滲む、怒りと涙。


「こんな茶番劇やめちまえよ“白ひげ”!!!もう海軍と話はついてんだろ!?」


マルコに殴り飛ばされたスクアードが、尻を付き後退りながらも叫ぶ。


「おまえら“白ひげ海賊団”とエースの命は必ず助かると!!確約されてんだろ!!?」


その叫びに、後方を担う傘下の海賊達の中にどよめきが走った。


「何言ってんだ!?」
「どういう事だ!!?」


彼らの白ひげに対する忠誠は深い。
だがしかし
同じ者に忠誠を立てる横の繋がり。
それもまた、特別な結び付き。


「俺達ァ罠にかけられたんだよォ!!!」


スクアードの言葉は傘下の海賊達を混乱に陥れた。








「俺ァ知らなかったぞ…エースの奴があのゴールド・ロジャーの息子だったなんて…!!」


膝を付きスクアードの言葉に耳を傾ける白ひげ。
その身を気遣い手を差しのべるマルコを、彼は手で制した。


「俺がアンタに拾って貰った時…!!!俺は一人だった……!!なぜだか知ってるよな!?」


血の滲むような叫びを、遮る事もせず黙って聞き入れる手負いの白ひげ。


「長く共に戦って来た大切な仲間達を!ロジャーの手で全滅させられたからだ…!!俺がどんだけロジャーを恨んでるか!知ってる筈だ!!!」


損傷した内臓が生み出す鉄の味。


白ひげの顔色は蒼白
その口元を、内より込み上げる血が汚した。






「…だったら一言言ってくれりゃあよかった…!!!エースはロジャーの息子で!アンタはエースを次期“海賊王”にしたいと思っていると!!!」


スクアードはそれを聞いて尚、エースを救おうと剣を取った。


「その時すでに俺ァおまえに裏切られてたんだ…エースとも仲良くしてた…バカにしてやがる!!」


父親が誰であろうと、エースは仲間で家族。


仲間を皆殺しにしたのは
ロジャーであってエースではない。


「そしておまえにとってそれ程特別なエースが捕まった…!!」


怒り、苦しみ
己をも切り裂く程の激情を訴えかけるスクアードの目には、涙が浮かんでいた。

これから口にすること。
怒りの根源はそこだ。


でもそれを口にするのは
言葉にするのは

辛かった。


「だからおまえは俺達傘下の海賊団43人の船長の首を売り!!!引き換えにエースの命を買ったんだ!!!」


信じていたからこそ
信頼していたからこそ着いてきた。

怒りも感じる。
悔しさも、もどかしさも。

でもなにより


「白ひげ海賊団とエースは助かる!!!既にセンゴクと話はついてる!!!そうだろ!!?そんな事も知らずにどうだ!!?」


その現実が辛い。

何も言わずにそれを聞いている父と慕った男が

作り物でも
家族という温かさを教えてくれた男が

自分を切り捨てたという事実。

それがこの男をこうも駆り立てた。


「俺達は…!!!エースの為白ひげの為と命を投げ出しここまでついて来て…よく見ろよ!!!」


スクアードが指差す先で、パシフィスタの閃光を受け沈み行く船。
軍艦からの砲撃を受け響き渡る断末魔。


「海軍の標的になってんのは現に!!俺達じゃねェか!!!波の氷に阻まれて!既に逃げ場もねェ!!!」


スクアードの言葉は
海軍と戦う傘下の海賊達の状況を告げるそれは

事実。


「オヤッさァん!!?本当かよォー!!!」
「ウソだろ!!そんなわけ…!!」
「言われてみりゃコイツら俺達しか狙わねェぞ!!!」






嘘。

それに信憑性を持たせるには、そこに少しの真実を混ぜ込む必要がある。


その真実がないのなら、作れば良い。


智将、仏のセンゴクは
混沌とし出す敵の様子をただ、見据えていた。







「信じたくなかった…俺ァ目を疑ったよ…!!」


信じるに値しない作り話。
そう思っていたマルコは、動揺を見せ始める仲間の姿に焦りを見せた。


「バカ野郎!!!担がれやがったなスクアード!!!なぜ親父を信じない!!!」
「てめェまでしらばっくれやがってマルコォ!!!」


胸ぐらを掴みあげ怒りを顕にして怒鳴るマルコに、スクアードは臆しない。


「エースがロジャーの息子だってのは事実…それに最も動揺する男を振り回した…奴らの作戦が俺達の一枚上をいったんだ。」


荒い息を吐きながら傷口から溢れる血を拭う白ひげ。
その姿に、世界最強と謳われた海賊の面影はない。


「一撃刺せただけで奇跡だ…もう覚悟はできてる…殺せよ!!」


そう。
奇跡。

四皇の名を背負うこの男に一太刀浴びせる等
いくら新世界に名を轟かす船長とは言え、不可能。

例え心を許した仲間からの攻撃であろうと
“白ひげ”はそんなもの等くらわない。








『こんな器具つけて敵の同情でもひけってのかァ!?全部外せ!!!』
『親父ー!!』


それは出撃前
体を繋ぐ点滴の管をむしり取った白ひげと、それを止める息子達のやりとり。

訳もなく点滴等繋がない。
この男の体にとってそれは必要なもの。

船医であるマルコは父がなぜ攻撃を受けたのか
そこに思い当たる事実に焦りを感じていた。


「スクアード…おめェ仮にも親に刃物つき立てるとは…とんでもねェバカ息子だ!!!」
「ウアァ!!」


白ひげの怒り、それを一身に受けたスクアードは
死を覚悟した。






















「バカな息子を__それでも愛そう…」


スクアードの体を包む親の愛。

その逞しすぎる胸板と腕。
片膝を付いて尚、見上げる程の大きさのその体。

それがその力強い腕のなすものとは思えぬ程
息子を抱く父の腕は優しいものだった。






「おまえがロジャーをどれ程恨んでいるか…それは痛い程知ってらァ…。」


顔を覆う父の胸板から流れ出る血が
スクアードの顔を汚した。


「__だがスクアード、親の罪を子に晴らすなんて滑稽だ…エースがおめェに何をした…!?」



スクアードは何も、海軍の反乱因子だと名乗る男からもたらされたこの話を
ハナから信じた訳ではなかった。


親父が?
まさか。


相手は反乱因子だろうと海軍。


親父が自分を
自分たちを海軍に売るなんて、冗談キツ過ぎて寧ろ笑える。






しかし戦況は、その男の告げた通りに動く。


白ひげ海賊団を狙わない海軍。
それを知らずに果敢に挑み、倒れていく仲間の姿。


それはスクアードに巣食う黒い感情を刺激した。


疑心が、引き摺り出された。

踊らされていた。
担がれていた。

息子を抱く父の腕は、取り返しのつかぬことをしでかした愚息にすら優しい。



「仲良くやんな…エースだけが特別じゃねェ…みんなおれの家族だぜ…。」
「オヤッさん…!!」


後悔が、スクアードの目元を濡らす。

すっと立ち上がる父の姿を
悔しさと自責の念に駆られた息子はただ、見上げた。



「オヤジィ!ウソだと言ってくれー!!」
「俺達ァ売られたんだ!畜生ォ!!」


遠くで聞こえる、未だ混乱に包まれた海賊達の声。


「衰えてねェなァセンゴク…!!見事にひっかき回してくれやがって…。__俺が息子らの首を売っただと…!!?」


ドォォオオオオン!!!


怒りを顕にした白ひげが打ち出す両の拳が生む振動が
海賊達の退路を阻む氷の壁を砕いた。


「海賊なら!!!信じるものはてめェで決めろォ!!!!」


そのけたたましい轟音と、開かれた道。
我にかえった海賊達の混乱が解けていく。



親父はそんな事しねェ!
やっぱりウソだ!
海軍の作戦だったんだ!




帰りたきゃ帰れ。

そう言わんばかりの父の背中に、息子達は奮いたった。



「俺と共に来る者は…命を捨ててついて来い!!!!」



ウオオオォオオオおお!!!!



甲板を蹴り、戦乱の中に飛び込んでいく白ひげの姿に
海賊艦隊の士気は最高潮の高まりを見せる。


戦局は終盤に近い。


王将が今
守りも連れずに

自ら敵陣の中に打って出た。




destruct at reality.