12-50

この位置。
ポケットの上からでも押せる。


この子の発信ボタンはここ。


手汗が凄い。
緊張してる。


話に付き合ってくれながらも、エースが時折歯を食い縛って皆の戦いを見ているのを知ってた。


受け入れるって
そう言ってたけど、きっとまだエースは葛藤してる。


優しいから
責任感の強い人だから
仲間想いだから


そんなエースだから、好きになった。




「ほら、やっぱり弱虫じゃないじゃん。…来たよ、ルフィくん。」


ぶつかり合う戦闘の最中を
麦わら帽子を首に下げた少年が、襲い来る海軍を掻き分けて走ってくる。


「来たぞ〜〜!!!エース〜〜〜!!!」


ありがとう、ルフィくん。
先日はご挨拶できなくてごめんね。

初めましてがこんな形とは思わなかった。


ルフィくんの前に立ちはだかる海軍元帥、センゴクさん。
同じく抜け出て来た正義のマントを着けていない人達はきっと、私の見方。


きっと、ここがタイミング。
ごくりと息を飲む。


ちらりとパパの方に目を向ければ、相変わらず凄い数の海兵を薙ぎ倒しながらも
その目がこっちを向いた。





パパの大矛が空に突き上げられて、白ひげ海賊団の皆がそれに応えるように雄叫びを上げた。


「いくよ、エース。」
「…あぁ。」









ポケットの中のでんでんむしのボタンを押す。


それと共に、マリンフォードの町の至る所から
煙が立ち上った。
















いつか一緒に
実験したよね。


あの時は凄い煙で、煙たくてむせて、散々だった。

でもそれがあったから
これを思い付けた。




次々に上がる狼煙に、海兵達がどよめき出す。



「なんだ!?アレは!!」
「煙!?いや…!!」



真上ではなく斜めに、この戦場目掛け仕掛けられたそれが、距離を伸ばすにつれて重力に引かれ弧を描く。





距離も角度も、何度も実験した。




「…これは…花火!!?」




その煙の束は、予定地点で花を咲かせる。
それは光の花ではなく
たんぽぽの綿帽子のような、白煙の花。


ベガス聖の居る来賓席

逆サイドの広場

そして、この処刑台。


それは予定通りの場所で
花開いた。





「白ひげの策だ!!!処刑台と来賓席を守れェ!!!」
「行かせないよい!!」



「おのれ白ひげ…!!!」
「おまえの相手は俺だァアっ!!!」



事態に気付いた海兵達の行く手を、皆が阻む。




処刑台に届いたそれが炸裂したタイミングで、ポケットに手を突っ込んだ。
2本のチューブのキャップを素早く回して、これを


錠の穴に…







エースの手を抑えて手錠を固定して、握るチューブの先をその鍵穴に入れようとするのに








手が、体が
あり得ない程に震え出す。





緊張
失敗出来ない
これを逃せばエースは助からない
皆が命懸けで作ってくれたチャンス



ガタガタと震える手が、言うことをきかない。
さして小さくない鍵穴にチューブの先が入ってくれない。






「大丈夫。」







握られた手の温もりに
ふと我に返る。








「大丈夫だから、落ち着け。」







すぐそばで聞こえる、エースの声。
手に感じるのは、ずっと触れたかったエースの温もり。


ちゃんと調べて
この煙が持続するように
周りの視界を遮れるようにってこの煙幕の花火を作った。

ベガス聖が集めてくれた本格的な材料のおかげで、すぐ近くにいる筈のエースさえ背中以外が煙に覆われてよく見えない。

でもこの手は、エースの手。
ゴツゴツしてて、私の手よりも固くて大きい
戦う人の手。

高い体温は、海籠石に能力を封じられてても
エースが火だからかな。










なんだかほっとしたの。


体に込められ過ぎていた力が、頭の先からすっと抜けていく。



「ごめん、大丈夫!」



嘘みたいに震えの収まった手で、今度こそそれを鍵穴に差し込んだ。
中身を絞り出して、もう片方にもそれを突っ込む。



「すぐだから…!!もう少し待って…!」



震えは止まっても
焦りは消えない。


心の中で数を唱えながら、ただエースの指を握りしめた。




10秒、それだけあれば十分。

この鍵穴程度の量なら
樹脂に混ぜこんだ悪魔の実の力は海籠石と容易に反応してくれる。

理屈なんて分からない。
でもそれでエースが助かるならなんでも良い。

心の中で数えたそれが10をカウントすると同時に、鍵の持ち手と化したチューブを時計周りに捻った。


カチャリと響くその音は
どんな上質な楽器にだって奏でる事は叶わない、希望の音。


その重い手錠からするりと抜け出た腕が靄の中に消えていく。
出来の良すぎる煙幕のせいでエースの姿を見失ってしまった。


でも錠は外した。
エースはこれで、戦えるし逃げられる。
むしろもう、行っちゃったかな?


時間がないのは分かってるけど、少しだけ自由の身になったエースと喜びを分かち合いたかった。


鍵の形に固まっているエポキシ樹脂をポケットに戻して、証拠隠滅は完璧。

私もここから上手く逃げなければ。
ロイに指示を仰ごうと目をこらせば、目線の先とは違う方向から腕を引かれた。





驚いて目を見開けば、この煙幕の中でもはっきり見えるエースの顔と
唇に感じるカサつく熱。


すっぽり包み込むように抱き締めてくれるエースの体が温かくて

抱き締める腕の力は少し加減しろって言いたくなるほど強いのに
重なる唇と、交わる視線は優しすぎて


じわりと涙が込み上げた。





「ありがとな、ウイ。」




そんな事ないって伝えたくても、言葉にならなくて
エースの厚い胸板に顔を埋めたまま必死で首を横に振った。


エースだ。

エースが助かった。
助けられた。


私はこの人を
大事な人を失わずに済む。






存在を確かめ合うように、回した腕は隙間なんて1ミリもないお互いの体を
それでもまだ近付きたいと引き寄せ合う。


きっとほんの数秒。
でもなんだか、その時間は実際より長く感じた。

それでも全然足りないけど、こんな場所で抱き合ってる時間はない。



後でな、と頭をくしゃりと撫でる手に導かれるように顔を上げれば

私の首もとに埋めていた筈のエースの頭はもうそこにはなくて、
背筋の伸びたその姿勢は大好きな人の顔を靄で隠してしまった。








「ウイ!」


離れていく温もりが寂しくて
もっとくっついていたくて、声のする方に手を伸ばす。
でもその腕はエースに届く事はなくて、宙を掴んだ。

真っ白に埋め尽くされた世界の中で
生まれた橙色の炎。




「大好きだ!!」




炎に包まれ照らされたエースの顔が
お日様みたいに

ニカッと笑った。



私の方が好きだもん。



それを口にするより早く、炎は処刑台から飛び立って行った。



「せっかち。…ん?ぅ、わぁああぁっ!!!?」



嘘…
これって



「ウイ!」



ロイの声がした方に目を向ければ、伸びてくる腕が私の体を捕まえた。

ぐらりと傾く体。
違う。


傾いてるのは私じゃなく、処刑台だ。



抱き抱えられたまま、どうすることも出来ずにきつく目を瞑る。



傾き過ぎた足場は、そこに止まる事を許してはくれない。










落ちる…!!












「………っ!!」







来る筈の地面に叩きつけられる衝撃は、想像してたより緩やかで
そっと目を開ければ晴れていく煙幕から姿を現した破壊された処刑台。




誰だよ、こんなんしたのは…




「大丈夫か!!?おまえら!」
「はっ!火拳は!?」



尻餅をついて唖然としていたら、腕を引かれ立ち上がらせられた。
まだ視界の悪い中でロイが誰かと話してる。



「逃走中だ!おまえらも追え!!決して逃がすな!!」
「はっ!!」



ロイが助けてくれたんだ。

辺りに目を向ければ、騒然とする広場とは打って変わってひと気がない。



「ウイ走れるか?このまま町を通ってベガス聖の船まで行くぞ!」
「うん!」



お礼は後でだ。
何から何まで助けて貰っちゃって本当に申し訳ない。


私たちは閑散とする町を広場とは逆方向に向かって駆けだした。


背後から聞こえてくる喧騒や破壊音に
エースが無事かが気になった。


でも今は、信じるしかないから。


身長偽装の為の厚底の靴が走りにくい。
でも走った。


作戦完了までもう少し。
最後まで気は抜けない。





久しぶりの
体が火に馴染む感覚。

何にも囚われることのない自由。

処刑台を蹴って煙幕を抜ければ、巨大化したセンゴクが今まさにルフィ目掛けてその拳を振り降ろす瞬間だった。

拷問で痛め付けられた体がギシギシと悲鳴を上げる。
けどさっき充電してきた。


まだ手に残るウイを抱き締めた感覚が
唇に残る柔らかい感触が

内側から力をみなぎらせる。



「おまえは昔からそうさ、俺の言う事もろくに聞かねぇで」


その鉄拳の先から、ルフィの服を引っ張りあげそこを抜ける。
寸での所でかわしたセンゴクの拳はその先の処刑台を打ち砕いた。


「無茶ばっかりしやがって!!!」
「…!!エース〜〜!!!」


ちらりと処刑台に目を向ければ、白煙の中の影はロイに抱えられていて。上手く着地できそうだ。

“救助”

分かってる。
でも他の男の手がウイに触れるのが面白くねぇ。

まぁ良い。
それは後だ。




遠くで俺の存在に気付いた白ひげ海賊団の皆が、歓喜の声を上げる。

自分の無事を喜ぶそれが、俺の中で力に変わった。



「火柱!!!」
「うわぁあああっ!!!」


どこもかしこも海軍海軍。
見当たらない着地点に痺れを切らして、炎でそれを焼き払う。


「戦えるかルフィ!!!」
「勿論だ!!!」


こうして背を預けて一緒に戦うのは、一体いつぶりだろう。
威勢の良い返事とは裏腹に、肩で息をするルフィの余力がもう殆ど残っていない事は分かってる。


「おまえに助けられる日が来るとは夢にも思わなかった。ありがとうルフィ。」
「ししししっ!!白ひげのおっさん達が助けてくれたからな!!」


得意気に笑うその顔が、頼もしい。
本当にこいつは、強くなった。


「助かった気になるなァ!!!」
「ここがおまえ達の処刑場だ!!!」


雑魚の群れがぶっぱなす弾丸が炎の体をすり抜けて、食らったルフィはゴムの弾力でそれを弾き飛ばす。


こいつらはバカなのか。
俺らに銃が効かねぇことくらい知ってンだろ。


剣を構えて走ってくる多少は知恵のありそうなヤツら。
それに気付いたルフィと、目が合った。

離れていても、何年も一緒に森の猛獣達と戦った日々の記憶は薄れない。


こういう場面でこいつが次に何をするか
俺に何を求めているかが
手に取るように伝わってくる。




destruct at reality.