12-51
しゃがみこもうと屈むその頭に手をついて、斬撃には弱いルフィの体をその太刀筋の届かねぇ位置に押し込む。
「弟なんだよ、手出し無用で頼む!!」
刃先が掠めるのは、ルフィの体じゃなく俺の炎。
「火拳!!!」
「うおおおおお!!」
炎に焼かれ爆風で吹き飛ぶヤツらの傍らで
俺に押し潰された反動を利用して跳ね上がったルフィがその両手足を鞭のように振り回し近距離の敵を地に沈める。
「ふふ!何て息の合い様だ。」
「二人の逃げ道を作れェー!!」
仲間達の声が拾える程に、近づいて来た。
そりゃぁ兄弟だ。
息が合って当然。
「強くなったなルフィ!」
「いつかエースも超えて見せるさ!!」
それは頼もしい。
やれるもんならやってみろ。
「アイスブロック。」
海兵を薙ぎ払って作った道の先に、手を組み冷たい空気を纏う氷の海軍大将。
ルフィもそれに気付き、腰を落としてそれに構える。
「じゃあまだ今は俺が守ろう。下がれルフィ!__鏡火炎!!!」
「暴雉嘴!!!」
数メートルに及ぶ氷と炎の衝突。
その境目に発生する、焼かれる氷が生み出す水蒸気。
水なら消せたのに、残念だったな海軍大将。
「うわああ!!みんな避けろ敵の船が動き出したぞォ!!!」
「近寄るな!!外輪で陸を走ってる!!!」
白ひげ海賊団のパドルシップがそのデカイ船体で進路を阻む物を薙ぎ倒しながら広場の中央で暴れだす。
「おいルフィ!行くぞ!!」
「すげェなエース!!あのおっさん強ェのに!」
炎と氷の衝突をアホ面で見上げるルフィの首根っこを掴み上げて走った。
青雉だから良かった。
比較的相性の悪くない相手。
他のが出てきたら、流石の俺も手を焼く。
次々と海兵を踏み潰すパドルシップに一体誰が乗ってるのか。
その船上に微かに見える人影に目を凝らしながら、広場を駆け抜けた。
待ってろ、ウイ。
必ず生きて帰る。
この自慢の弟をちゃんと紹介して、親父達に二人で土下座して謝って礼言って
それからおまえを力いっぱい抱き締める。
離せって言われても離さない。
ずっと、朝まで抱き締めて眠る。
その為に必ず
生きて帰る。
こんな混乱の中でも、自分でも驚く程頭は冷静だった。
行く手を阻むヤツラの動きが、スローモーションに見えた。
「親父!!!みんな!逃げてくれェ!!!この戦場、俺達が請け負ったァ!!!」
パドルシップの甲板で、声高らかにそう叫ぶのはスクアードとそのクルー達。
「スクアード!!!」
「大渦蜘蛛海賊団だ!!!」
唖然とする白ひげ率いる海賊達が驚きの声を上げる中、白ひげは険しい顔でそれを睨み上げた。
「あの野郎共…」
「馬鹿な真似はやめろスクアード!!!」
「てめェ死ぬ気じゃねェか!!!」
パドルシップが進む先。
それは退路を確保しているとは思えない、広場の中心。
いくら新世界で名を轟かせる海賊団とて、単身そこに突っ込めば命はない。
「そりゃそうさ…!!俺は親父にそれだけの事をした。…たとえ償いにならなくても!!!こうでもしなきゃ俺の気が収まらねェ!!!」
大渦蜘蛛海賊団の覚悟を表す雄叫び
それを乗せたパドルシップは更に加速する。
「エースを連れてみんな逃げろォ!!!」
スクアードは腹の底から叫んだ。
昔自分の仲間を皆殺しにした憎い男の息子を
いや家族を、救えと。
ドゴオオォ…ン!!
「うおおおっ!なんだ船が…止まったぞ!!」
人が駆ける速度とは比べ物にならない速さで進む船。
千人規模で人を収用できる、大きな戦艦。
それは白煙を立て、その動きをピタリと止めた。
晴れていく砂塵の中から現れたのは
彼らの父、白ひげ。
比率が些かおかし過ぎる程、比べ物にならない巨大な船に手を付き
愛する息子を乗せるそれの暴走を制する父親。
戦いの疲労か
先ほど負った傷か
この巨大な船を押し留めた反動か
それとも別の何かか
息も絶え絶えな白ひげがギロリとその目を見開いた。
「親父ィ!!」
「子が親より先に死ぬなんて事がどれ程の親不孝か…てめェにゃわからねェのかスクアード!!!」
船上から父を見下ろすその顔は焦りと驚きで満ちていた。
「つけ上がるなよ!おまえの一刺しで揺らぐ俺の命じゃねェ…!!誰にでも寿命ってもんがあらァ…!」
なにかを匂わせるその発言に
陸上でそれを見守る息子達は嫌な予感を感じ目を見合わせる。
「今から伝えるのは…!!最期の“船長命令”だ…!!!よォく聞け…白ひげ海賊団!!!」
ぜぇぜぇと息を切らせながらも、白ひげの声は喧騒の犇めく広場の中を確かに通り抜けた。
「最後って、ちょっと待てよ親父!!縁起でもねェ!!!」
「そんなもん聞きたくねェよォ!!!」
「一緒に新世界へ帰るんだろ!!?」
騒然とする海賊達。
父が口にした、“最期”という言葉に
先ほど感じた予感は現実のものとなろうとしている事を息子達は心中で悟る。
「親父…!!!」
エースもまた、信じられないと言いたげな面持ちでその広い背中に向かって声を荒げた。
「おまえらとはここで別れる!!!全員!!必ず生きて!!!無事新世界へ帰還しろ!!!」
その地響きのような低い声は
この白ひげという男の魂からの叫び。
「俺ァ時代の残党だ…!!新時代に俺の乗り込む船はねェ…!!!」
「お、親父ィ!!!」
「ここで死ぬ気か!!?」
ズウゥウウ…ン!!!
白ひげの腕が、力の込められたその腕が
今までの彼の繰り出す拳とは比べ物にならない程の轟音と振動を生む。
「行けェ!!!野郎共!!!」
その衝撃はマリンフォードを襲い、白ひげとその息子達を大きな地割れが隔てた。
庇いながら戦わずして良くなった白ひげの本気。
その力の矛先は、長い人生で常にぶつかって来た正義の文字を掲げるこの勢力へ。
そしてそれを象徴する、海軍本部の建物へ牙を向く。
「親父ィっ!!!」
「いやだ親父っ!!一緒に帰ろう!!」
叫び声を上げながら亀裂に落ちるその姿に、海賊達の姿は一人も見当たらない。
父は子を、一人たりとも道連れにはしない。
親子を分かつ大地の割れ目の先で己を呼ぶ息子達に、白ひげはちらりと目線だけを向けた。
「船長命令が聞けねェのか!!!さっさと行けェ!!アホンダラァ!!!」
泣き叫ぶ声。
それが老いた白ひげの体を支えた。
自分との別れを悲しむ声が
共に生きたいと言ってくれる家族の声が
未来に命を繋ぐ為に命をかける、この男の力となる。
「ずいぶん長く旅をした…ケリをつけようぜ…海軍!!!」
「白ひげ…!!」
その目が見据える先には海軍を率いる元帥、センゴクの姿が。
そしてその遥か先に見える、2つの人影。
遠くても分かる。
それはたった一人の娘の姿。
遠すぎる距離は、その表情を白ひげに伝えることは叶わない。
しかし白ひげには分かっていた。
無茶ばかりする大事な一人娘が、その目を涙で濡らしていることを。
「急げ!!!親父の言う通りにするんだよ!!!」
「イヤだぁ!!!親父ィ〜〜!!!!」
その場を動こうとしないヤツラを、無理矢理立たせ船へと走らせる仲間達。
誰も皆、親父との別れはツラい。
「エース!!」
自分を呼ぶルフィの声が何を言いてぇかは分かってる、けど体が
嘘みてぇに動かねぇ。
「エース!!!行こう!!おっさんの覚悟が…!!!」
「…!!わかってる!!無駄にァしねェ!!!」
海軍の群れを一人で引き受ける親父の、周囲を取り囲む連中を炎で焼き付くした。
それに気付いた親父が、一瞬だけこっちに顔を向ける。
地に手をついて、頭を下げた。
これが俺の気持ち。
どんな言葉を並べても、この感謝は伝えきれねぇ…!!
「…言葉はいらねェぞ…ただ一つ聞かせろ、エース…」
本当はこれを、新世界に帰った後
いや途中でも良い。
ウイと二人でする筈だった。
親の言うことも聞かずに飛び出した懺悔を
これで伝える予定だった。
「…俺が親父でよかったか…?」
「勿論だ…!!!」
こんな、土下座でも伝えきれねぇ一生分の感謝は
まだ親父に伝える筈じゃなかった…!!!
「グラララララ…!!」
親父はそれっきり、こっちを振り返ることはなかった。
その逆光が眩しい広い背中を
俺はこの先一生忘れねェ。
受けた恩も
共に過ごした日々も
あんたに教えて貰った全ても
全部抱えて生きていく。
白ひげの息子として。
「エース!!急げ!!」
「…あぁ!」
ルフィの手を取り立ち上がる。
親父が生かしてくれた命を、ここで終わらせない為に。
息が切れる。
走りにくい。
体格の補強で巻いてるタオルが動きにくいし暑い。
相変わらず遠くで聞こえる戦いが生む音を、唇を噛みしめながら聞いていた。
大丈夫かな、皆。
「ウイ!この橋を抜ければ船がある!!」
「…う、ん!!」
そこは、湾とは別の港へ続く橋。
高さのあるそこからは、広場で戦うみんなの姿が見えると思った。
こんなに走ったのは久しぶり。
万年運動不足。
もう脚なんてガクガクだし肺も悲鳴を上げてる。
でも止まれない。
早く船に戻らないと。
ここでバレて捕まれば、元も子もない。
それに、皆の様子が気になる。
少しでも今の状況が知りたくて、ただがむしゃらに走った。
階段をかけ上がる足が、鉛みたいに重かった。
「今から伝えるのは…!!最期の“船長命令”だ…!!!よォく聞け…白ひげ海賊団!!!」
風に乗って聞こえてきた、地を這うような低い声。
「…パパ?」
聞きなれたその声はどこか切迫感を帯びていて
それに“最期”って…
なに。
何が起きてるの。
階段を登り終えた足が、真っ直ぐに続く橋を駈ける。
「おまえらとはここで別れる!!!全員!!必ず生きて!!!無事新世界へ帰還しろ!!!」
聞こえて来るパパの言葉は、嫌な予感しか感じさせない。
違う。
気のせい。
そんな訳ない。
パパとお別れなんて嫌。
パパの言葉から連想できる広場の状況を、首を振って掻き消す。
何となく、想像がついてしまった。
エースを救出したとは言え、海軍は強い。
そんな中ここから逃げる方法。
パパがしそうな事。
なんでもっと早く予測できなかったんだろう。
エースを処刑台から逃がした事に浮かれて、私の頭は他の事に向ける意識が疎かになってた。
「ハァ、ハァ…、ハァ。」
橋の中腹。
ここからなら広場が見渡せる筈。
膝に手をついて乱れた呼吸を整える。
ここからなら、港にあるベガス聖の船まではすぐ。
先を走っていたロイも
足を止めて広場に目を向けてた。
ごくりと唾を飲んで、顔を上げる。
ズウゥウウ…ン!!!
「う、わぁあぁっ!!?」
「大丈夫か!!?ウイ!」
立っていられない程の地震。
それはパパが生み出す、大地の鼓動。