13-4
「アレは絶対締まりが良い」
「いや、俺アレなら胸に挟ませて貰うだけで昇天する。あんな生き物実在すんだな」
浮上した途端にこっちに飛び移ってきたその女は、周りの空気さえ煌めかせる程眩しかった。
すげぇ胸…
いや括れ
いや尻
いや顔も絶世の美女。
叶うなら、是非一晩だけでもお相手願いたい。
これは滾る。
「キャプテン!!」
オペを終えたらしいキャプテンが船室から出てきて
それに気付いたクルー達が声を上げる。
もうキャプテンが戻って来たならお役御免だ。
へこんでる白熊もこの状態も
あとはキャプテンが上手くやるだろ。
「やれる事は全部やった。オペの範疇では現状命は繋いでる。だが、あり得ない程のダメージを蓄積してる。──まだ生きられる保証はない」
「それは当然だっチャブル!!!ヒィ〜ハ〜〜!!」
これは…
美女を見た後に見たくなかった顔面だ。
俺の目を汚さないでとばかりに顔がデカすぎるオカマから目を背けた。
革命軍のイワンコフ。
映像でんでんむしで見てたから知ってる。
「そうさ麦わらは頑張った!」
「あいつのお陰で脱獄できた!」
「インペルダウンの囚人達…ルフィの味方のようじゃ。軍艦に忍び込んでおった」
野郎の声とかどうでも良い。
切実にこの美女の声だけ聞いてたい。
「麦わらボーイはインペルダウンですでに立つ事すらできない体になってたのよ!よくもまァあれだけ暴れ回ったもんだっチャブル!!」
「そうだー!」
「あいつは頑張った!」
「俺たちァ知ってるぜェ!」
麦わらがエースを救おうと一生懸命だったのは知ってる。
でも折角頭ん中であの良い女とのイイコトを妄想して楽しんでたのに。
今は見知らぬ男達のむさ苦しい雄叫びなんて聞きたくない。
お楽しみタイムの邪魔をするヤツは同性だろうと男の敵だ。
「それもこれも全ては兄、エースを救出したい一心!!」
すげぇツラだ。
…化け物か?
オペを終えて甲板に出てくれば
まず目に入ったのはジャンバールとも比べ物にならない巨体、あと顔面。
「──その兄が自分を守る為目の前で死ぬなんて…神も仏もありゃしない…!!精神の一つや二つ崩壊して当然よ!!!」
「何という悲劇じゃ…できるものならわらわが身代わりになってあげたい…可哀想なルフィ……」
その脇でぐすりと顔を伏せて涙ぐむ海賊女帝はデカいカマ野郎と引き換えにまるで作り物みてぇな容姿。
恐らく女として最強の顔と体を持ち合わせている七武海の女に、自分でも驚く程何も感じなかった。
整いすぎていて寧ろ気味の悪さすら感じる。
こんな人形みてぇな顔よりも、笑った顔が人を和ますような女が良い。
でかすぎる胸や尻もなくて良い。
抱き心地の良い柔らかさと、すっぽり腕に収まる小さな体がちょうど良い。
すげぇとは思うけど、それだけだ。
全くといって良い程興味をそそられない。
長時間のオペで磨り減った神経
追っ手の可能性は聞いていたものの、突如現れた濃すぎる来訪者達
ため息と共に伏せた瞼の裏では
ウイの笑顔がぼんやり浮かんでは消えた。
あれから大分時間が経った。
あいつは大丈夫なんだろうか。
「ところでヴァナタ、麦わらボーイとは友達なの?」
「…いや」
物珍し過ぎる程の美貌を兼ね備えた女の観察から飛んだ思考に耽っていれば
同じく物珍し過ぎる化け物が口を開く。
麦わら屋とは友達ではない。
違う旗を掲げた海賊同士。
謂わば敵。
シャボンディで協闘したことはあった。
好きな女が助けたいと願う男の弟だった。
でもそれは、曖昧で具体性のない理由。
ただ落ちてる物を拾ったとかじゃねぇ。
あんな場所に居た理由。
追っ手がかかるのを分かって逃がす手伝いをした理由。
そして、放っておけば間違いなく尽きていた命をオペで繋いだ理由。
「助ける義理もねェ…親切が不安なら何か理屈をつけようか?」
「いいえいいわ!直感が体を動かす時ってあるものよ!」
無理につけようとすれば理屈なんていくらでも付けられる。
でもこのカマ野郎がしつこくそれを聞いてくることはなかった。
“直感が体を動かす”
まさにそれだ。
この手のヤツらの店には出入りした記憶がない。
酒を酌み交わし、元男や心だけ女のキャスト達がもてなすその店。
ウイに出会う前も、そこに求めるものなんてなに1つなかった。
立ち寄ろうとすら思わなかった。
でも風の噂でどんな所かくらいは聞いた事がある。
“彼女”らと飲む酒は旨い
“彼女”らと話すのは楽しい
“彼女”らは普通の女より深くて味がある
くそ煩ぇ表面上とは裏腹に奥深い人間性が取り柄らしいこの生き物に、自分でも理解しがたい行動をそんなこともあると肯定された。
そういうもんなのかと、どこかほっとしたのは事実。
こんないろんな意味ですげぇヤツに救われる日が来るなんて夢にも思わなかった。
こいつも色んな世界を、常人とは違った目線で見てきたんだろう。
「おい待てって!!」
「ジンベエ…!!」
船室に残っていたクルー達の焦ったような声に振り向けば
さっき治療を終えたばかりの魚が甲板に顔を出した。
元“七武海”ジンベエ。
「…ハァ…ハァ、“ノースブルー”トラファルガー・ローじゃな、ありがとう、命を救われた…!!」
「寝てろ、死ぬぞ。」
やたらと仁義を通すヤツだとは思っていたが
麦わら程じゃねぇにしてもこっちも重症。
アレと比べるから軽く見えるだけであって、こっちも絶対安静クラスの患者だ。
「心が落ち着かん…無理じゃ…───」
ジンベエが口にするのは麦わら屋のメンタル事情。
火拳屋という人物がどれ程人望のある人間だったか
そんな男が、しかも兄が
目の前で自分を庇い命を落としたという事実がどれ程精神に打撃を与えるか
俺の専門は外科だ。
体ならそこらの医者以上に治す事が出来ると自負してる。
でもその先は、俺には手に追えねぇ。
検討が付かねぇ訳じゃねぇ
優れた人格の人間が
失いたくねぇ関係性の恩人が
自分のせいで命を落とす
身に覚えが有りすぎて笑えなかった。
「ケモノ!でんでんむしはあるか?」
「あるよ。あ…!…ありますすいません」
相変わらずの熊いじりへの耐性のなさ。
見るからに落ち込むベポに怯む事も気遣うこともせずに更なる追い討ちを与える海賊女帝に
うちの航海士のメンタルもズタボロだ。
「いいなー、おまえ女帝のしもべみたいで。」
ペンギンが明らかに色めきだった目でこの女を見ていたことは知っていた。
そんなに良いか…?
深刻な表情で何やら考え込むその顔は、やはりどこか人間味が薄い。
良からぬ事を企みながらにやりと笑う、そんな顔の方が俺は好きだ。
「ルフィの生存が政府にバレては必ず追手がかかる。わらわ達が“女ヶ島”で匿おう。わらわがまだ“七武海”であるなら安全に療養できる」
無風地帯、カームベルト
普通の船ではそこを進めねぇ。
それをその先にあるらしい母国、アマゾン・リリーからの迎えを呼んで俺ら共々越えさせるという女帝、ハンコック。
麦わら屋がその命を取り止めるには、暫く俺の管轄下での療養が必要不可欠。
たが、海軍の追っ手がかかればそれも危うい。
折角繋ぎ止めている命も、更なる外傷が加われば呆気なく散る。
「それで頼む。」
「そなたの為にするのではない!!ルフィの為じゃ!!わらわに気安く声を掛けるでない!!!」
すげぇ形相で睨まれた。
傍目に見ても分かる麦わら屋への熱の入れよう。
この女はどうも麦わら屋に惚れているらしい。
「良い…!!強気な女がベッドで屈服するサマが見てぇ…!!いや寧ろ女王様スタイルでずっとあの調子でも良い…!!」
ふざけた事を抜かしてるペンギンに目を向ければ
それに賛同するようにだらしねぇツラで高飛車な女を見つめながらこくこく頷くクルー達。
アホかコイツら…
まぁ追っ手を避けられるならなんでも良い。
でんでんむしで母国に連絡を入れるその女を、面倒臭ぇと思いながらため息をついた。
来るらしい迎えを待ちながら、絶対安静の患者の容態を確認する。
落ち着いている。
あとは本人の生命力次第だが、恐らくこの男はそこを越えてくる気がした。
あんな死んでておかしくねぇ状況でこの世にしがみついてた男だ。
生還しても、…待ってるのは地獄だけどな
点滴の滴下量を調整してオペ室を後にする。
随分昔の出来事だ。
でもこれは思い出すという概念が当てはまらない。
それはきっと、忘れた事がないから。
俺の命を救う為に
実兄であるドフラミンゴに反旗を翻し、その命を落としたコラさん。
コラさんには、沢山のものを貰った。
家族も、国も、全て殲滅されて
世界の全てを恨んだ幼き自分。
白鉛病という不治の病。
どうせ長くはない己の寿命を感じながらも
自分のルーツを、全てを焼き尽くしたヤツらに一矢報いたいとただ破壊願望に取り憑かれたように生きた。
そんな中、コラさんに出会って
人間の温かさを思い出させられた。
ただ、ドンキホーテファミリーに首を突っ込んだ一人のガキ。
ボスを勤めるドフラミンゴの弟であるコラさんは
俺なんか気に留めたところでなんのメリットもなければ、俺が死のうが何をしようがそれに構う必要性なんて全くなかったんだ。
伝染病と恐れられていた白鉛病、それも治療法はないとされていた俺の命を蝕む病。
それを治す為にと、沢山の国の病院をしらみ潰しに連れ回された。
害虫でも見るような目の病院の関係者に出ていけと罵られ、物を投げつけられ、通報され
それでもコラさんは諦めなかった。
そんな俺を見捨てることもせず、いつも笑っていた。
ドジすぎるコラさんにはいつも世話を焼かされた。
煙草の火は高頻度で服に引火して焼死しかけるし
パン嫌いなコラさんが野営で米を炊く時、水をいれ忘れて米が弾けまくって散々な目にあったこともあった。
でもコラさんはどんな時でも、いつだって笑ってた。
でもある日、俺は見ちまったんだ。
声が聞こえて覚めた目に飛び込んできたのは
夜通し火の番をしながら、気の毒な俺を思って涙を流す大きな背中だった。
俺の前でコラさんが泣いた事なんて一度もなかった。
俺の先の短い命に、そんな運命を背負わされた事に憤りや悲しみを口にすることも
ただの一度だってなかった。