13-5



俺が気に病まねぇようにと明るく振る舞いながら、コラさんはいつでもその優しい心を痛めていたことをあの時初めて知った


その優しさに触れて
破壊願望しかなかった俺は涙を流すという事を無意識に思い出した


悲しくて泣いた訳じゃねぇ
嬉しかった


赤の他人の俺の為に
人に忌み嫌われる事でしかない白鉛病の治療法を探してくれる事が
俺を思って涙まで流してくれる事が


温かくて優しくて
嬉しくて泣いた


あの時初めて、それまで受け入れて来た“死”というものを拒みたいと思った
コラさんみてぇな人間も存在するこの世界は、そう悪いもんじゃねぇと思えた




通常の医学では治せない白鉛病を治療する唯一の可能性
それがオペオペの実

ドフラミンゴが喉から手が出るほど欲しがっていたそれの取引の知らせを受けたコラさんが
あの日それの横取りを決行した

海賊とドンキホーテファミリーの取引
多額の金が動くそれは、幼心にヤバい臭いを感じてた

でもコラさんは大丈夫だの一点張りで
怪我を負いながらも、本当にその危険な取引の裏をかいてオペオペの実を手にいれて来た

戻ってきたコラさんが血まみれなのが心配で仕方なかった

でもあまりにも嬉しそうな顔でコラさんが笑うから
俺の命が幼くして尽きる事を阻止できた事を、自分の事のように喜んでくれたから

俺も嬉しくて仕方なかった

白鉛病を治して、コラさんと二人で生きていこう
この危なっかしい大人の面倒を見ながら、世界中を旅して回ろうと
あの時の俺は希望に満ち溢れてた

俺はコラさんに救われたんだ
命も、心も





でもコラさんは死んだ

俺の為に盗んだオペオペの実
流石にバレずに掠めとることは難しかったらしく
ドフラミンゴにそれは筒抜けだった

俺は弟だから殺されない、おまえは隠れてろ

そう言われてまた守られた
すぐ側でコラさんの命を奪う銃声の振動を感じて、言われた言葉は俺を守る為の嘘だった事に気がついて
気がついたところでもう取り返しがつかなくて

あの時俺は本当に絶望した

希望という甘味を味わった後に、それを失いドン底へ落とされる

目の前で、誰よりも大切な人が
自分を守る為にその命を落とす


生半可なモンじゃねぇ






目を覚ました麦わら屋を待ち受けるのは
そんな地獄だ







「あれ、麦わら見てなくて良いの?」
「ずっと見てたらこっちがくたばる。モニターに異常があればすぐ呼べ」


いつぶりかも思い出せない程久しく喉を通る冷たい水の感覚に心地好さを感じていると
リビングで女帝の話に花を咲かせるペンギンに声をかけられた。


現状出来る限りの手は尽くしてる
こっちも人間

気を張り続けるのは体に堪える。


クルー達はあの海賊女帝の容姿に余程衝撃を受けたらしく
思春期のガキ真っ盛りな会話を鼻の下を伸ばしながら分かちあっていた。


もう思春期と呼べねぇヤツラも混ざっているものの
こいつらの頭ん中は万年発情期だから仕方ねぇ


アホ過ぎる会話にどっと疲れが増した気がしてふと部屋の片隅に目をやれば
そこには白とオレンジの塊。


隅で膝を抱えている白熊はそこに混ざらずぶつぶつと呪いのように文句を唱えている。


「ケモノなんてあんな失礼な事言う人見たこともない」

「失礼…あの高飛車牛女失礼」

「胸の大きさは民度に反比例する…」


自分の傷を抉った人間への称賛は耳にも入れたくないのか、クルー達の声を遮るように耳を塞ぎ壁の角を向くその様子は陰気にも程がある


目的のものを取りに行くついでに、その丸まった背中に声をかけた。


「面倒かけたな。…助かった、おまえも休める時に休め。」
「…キャプテン」


泣きそうな目で見上げられて怖じ気づく
その顔はこの短時間では考えられない程げっそりとやつれていたから


流石に手に負えないと思いその頭に軽く手を置いて宥めると
即座に身を翻して目的のものがいつも置かれている場所に目を向ける










…ない


「キャプテンお探しのものはこれ?」


いつの間にか下ネタ祭から抜け出て来たペンギンが、片手にでんでんむしを乗せて立っていた。


「あぁ、借りてく」
「…俺からもよろしく伝えといて」


あっさりそれを寄越したペンギンが任せたとばかりに肩をパシっと叩いて戻っていった


女のケツばかり追いかけるこの男が
心の内では一途に一人の女を好きでい続けてる事を知っている


たまに何考えてるか分かんねぇこいつも
きっとウイが今どうしてるかが気になって仕方ねぇ筈


再び輪の中に戻って騒ぐペンギンの様子にため息をついて部屋を出た


思うところもありすぎるが、まずはあのバカ女だ





どうせ確認するまでもなく落ち込んでる。


きっと泣いて悔やんで
自分を責めてる。


そしてそういう面を外に見せたがらないあの女は
でんでんむしには出ない。


そんな気がした。


例え出たとしても
気の利いた言葉をかけられる自信もねぇ。


溜め込んだものを吐き出させようにも
デリケート過ぎる問題なだけにどう切り出すのが正解かも分からねぇ。


でも何もしないでいるのも無理な話。

そのつらさが分かるからこそ
必要以上に自分を責める性格なのを理解しているからこそ
今遠い空の下で心を痛めるその女を守りたいと思うからこそ


放ってはおけない。










ぷるぷるぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷるぷるぷる






呼び出し音の僅かな間隔ですら、電波を受け取ったのではと一々勘違いしては緊張が高まる






ぷるぷるぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷるぷるぷる







出て欲しいと願いながらも
どう接するのが正解かはまだ定まらねぇ









ぷるぷるぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷるぷるぷる







直接会いに行こうにも、今はまだそれは出来ねぇ。
麦わら屋を救わなければというこの使命感。


例え助からなかったとしても
俺はベストを尽くさなければいけない。


そうしなければ俺は後悔する。
なぜかそんな想いが消えなかった。







ぷるぷるぷるぷるぷるぷる
ぷるぷるぷるぷるぷるぷる








やっぱり出ねぇか…


諦めて受話器を置く事を検討し出したその瞬間、呼び出し音は途切れた。





『…ローかえっ!?…私だえ!』


息も絶え絶えの様子で出たその声は、ウイが世話になっている屋敷の主のもの。


このパターンは正直想定外だった。


「…ウイが世話になってるみてぇで悪いな。」
『全くだえ!暴れて泣き叫んで脱け殻みたいに黙り混むの繰り返しだえ!!』


それも想定外なリアクション。

ベガス聖に心を開いているからこそそうなのか
それとも取り繕う程の余裕がないのか


ウイが母親を亡くした直後の様子を俺は知らねぇ。
他のヤツと比べようもねぇ。


火拳屋だからこそ、らしくもねぇ状態になってる


そんな可能性が頭を過って
胸がちくりと痛んだ。






「悪いが、俺はまだそっちに行けねぇ。やらなきゃいけねぇ事がある。」
『麦わらかえ?ローがマリンフォードから連れ去ったって海軍は血眼でおまえ達を探してるえ!』


そうだろうとは思ったものの
やはり俺らも海軍に目を付けられたらしい。


海賊を名乗ってる以上それは当然のこと。
だが実際に中の情報としてそれを耳にするとアマゾン・リリーへ向かうのは正解だと改めて思う。


「…今あいつは?」
『泣き疲れて寝てるえ。前みたいな事にならないように今からしっかり点滴繋いでるえ!』


この天竜人は本当に面倒見が良い。
そして結構頭も回る。


シャボンディで他の一般的な天竜人のくそ具合を目の当たりにしたからこそ感じる、ベガス聖がまともな人間であることの稀さ。


「こっちを片付けたらすぐ迎えに行く。それまで…悪いがアイツのこと頼む。」
『任せるえ!実際暴れられてとばっちり食らってるのはロイだえ!私は顔見に行く度に号泣されるだけで特に被害はないえ!』


あの野郎も居るのか…
そしてウイはそんなに暴れてるのか…


取り敢えず現状がわかっただけでも良かった。
良い状況じゃねぇにしろ、知らないでいる不安よりそれはマシだ。


『ローの愛するウイは他の男を想って涙する毎日だえ。残念だったえ!』
「…煩せぇよ。」


こんな状況なのにニヤニヤしてんじゃねぇかって声色でそんな冗談を交えてくるこの男の楽観的すぎる態度は
どこか安心感をもたらした。


冗談を言えるくらいの状況。


それはどうにも出来ねぇ身の上の俺の心を少し穏やかに変えた。
冗談のネタは正直洒落になんねぇけど。


『大丈夫だえ、私もロイも、使用人達も着いてるえ。ローはローのやるべき事をするえ!』
「恩に着る。」


何か変わった事があれば連絡するように伝えて、受話器を置いた。


耳に入る音がなくなった途端に襲ってくる漠然とした何か。


友達想いだから
責任感が強すぎるから
一緒に旅をしてたから


だからだ。


考えたくねぇ可能性がちらつく頭でそれを否定して
ベッドに横になった。









放っておけねぇとかじゃねぇ。
会いてぇのは俺の方だ。





「手を────から───」

「あなたの────────」






嫌。


聞きたくない。


やめて。
消えて。


前にも来たことがあるどこまでも白いこの空間。
これは夢なのかな。


夢でも嫌。


あの子達が私を責めるような
咎めるような目で見るから。


目を閉じて耳を塞いで踞った。


時間が立てば終わる。
夢は覚める。




「───────!!」




耳を覆っても聞こえてくる、捲し立てるような叫び声。



…泣いてる、の?










ごめんなさい。



ごめんなさい…



謝るから
もうしないから


私だってつらいんだから










お願いだからこれ以上何も言わないで。
どこかへ行って。










…怖い。

























「ウイ!魘されてたえ。もう夜だけど、起きるえ!」


色が映る
何かと何かの境目を知らせる線が、そこに物があることを伝える

光を受けて浮かび上がる影が
遠いもの程小さく見える事が

この世界は立体で成り立ってる事を知らせてくれる



ここはそんな世界。
エースが居なくても進んでいく、残酷で無情な世界。



魘されてた?



嫌な夢だった。



たしか前にもこれを見た。



今度はちゃんと覚えてる。



起きていてもただ悲しい。
でも眠れば、怖い。



起きて早々、また頬を涙が伝うのを感じた。



「ウイは泣き虫だえ。そんなに泣いたら、折角黙ってれば可愛い顔が台無しだえ?」


それを拭ってくれるベガス聖の指が温かい。

それがまた涙を込み上げさせて
困らせてるのはわかってるのにどうしようもなくて
そんな自分が嫌い過ぎてまた溢れてくる。



「ずっと食べてないえ。夕食、食べたいものだけでいいえ。引きこもってたらダメだえ。行くえ!」



ベッドから立ち上がらせようとするベガス聖の腕を思い切り振り払って枕に顔を埋めた。


本当に最低だ、私。


こんな困らせる事しか出来ない私なんて
生きる価値もない。


エースじゃなく私が死ねば良かったんだ。


枕カバーが濡れていく事をぼんやりと感じながら
エースは迎えに来てくれないだろうかと、シーツをぎゅっと握りしめた。




destruct at reality.