13-6
「ベガス聖、お食事が冷めてしまいます。私が着いてるのでどうぞ食堂へ。」
「…腹が減ったえ。頼んだえ。ウイ、デザートだけでも食べたくなったらいつでも来るえ!」
ベガス聖が出ていく足音と、それと代わるように近付いてくる足音。
パタンとしまった扉の音が聞こえて、それと同時に窓を打ち付けていた雨の音が聞こえてきた。
雨、降ってたんだ。
あれから何日経ったんだろう。
エースが居なくなっても進んでいく時間が嫌で
部屋に備え付けられていた時計を投げつけて叩き割った。
時を刻む針を覆うガラスが粉々に砕けても、それは進むのを止めてくれなくて
無駄だよって言われてる気になってまた泣いた。
泣きながらその針を根元からへし折った。
部屋に飾られてたカレンダーも何が書かれてるか読み取れない程に
細かく破って宙に放った。
何をしても、戻らない。
時は止まらない。
私はエースを置いて
エースのいない世界を進んでいく。
「ウイ、いい加減にするんだ。…立て。」
無理矢理枕から私を引き剥がす腕が、振りほどけない。
止まることのない涙でぐしゃぐしゃの顔で、ロイを睨み付けた。
「つらいのは分かる。悲しいのも分かる。…だからっていつまでもそんなことでどうする!」
「放っておけば良いじゃないっ!!頼んでない!!迷惑!!…寧ろ頼むから放っておいて!!」
ロイが怒ってるのが分かる。
当然だ。
私はこの人に当たり散らして物を投げつけたり、暴れて叩いたり蹴ったり罵倒したり
本当にどうしようもない人間だ。
「少し頭を冷やせ。」
「…やっ!!離して!!放っておいてって…言ってるの…にぃっ…!!」
腕を捕まれて
ベッドから引き摺り落とされた。
思い通りにいかない事に癇癪を起こして泣き喚く。
今の私はそんな、小さな子供と一緒。
暴れても喚いても
引き摺られる体がぶつかった家具が大きな音をたてても
ロイは手を離してはくれなかった。
階段に差し掛かっても
引き摺られるままその段差を転げ落ちても
ロイは腕を掴む手を緩めてくれることも立ち止まってくれることもない
あちこちに打ち付けられた体が痛くて
立ち上がろうと思ってもロイの足は止まらない
恐怖を感じて、踊り場に叩きつけられた体を起こして慌てて立ち上がり自分で足を動かした
大人しく着いてくるようになった私にロイだって気付いてる筈なのに
その顔がこっちを振り向くことも、あちこち痛む体に労りの言葉がかけられることもなかった
連れてこられた玄関
ロイは自分だけ靴を履いて裸足の私に構うことなくその扉を開けて更に腕を引く
月も星も見えない真っ暗な夜
体を打ち付ける雨の冷たさ
お屋敷から離れていくに連れて明かりがなくなっていく周りを
怖いと感じた
ロイが怒ってるのはわかってる
私が悪いのもわかってる
私の我儘が今のロイに通用しないのも分かってるから
ただ腕を引かれるがままに着いていく事しか出来ない
暫く歩くと、ロイがピタリと足を止めた。
「少しは頭が冷えたか」
…確かに少し、冷静になった
自分の我儘が通らない状況になって改めて気付く、優しさに、好意に甘えて不貞腐れてた自分の至らなさ
「火拳が今のウイを見たらどう思う」
…今まで誰も触れなかったエースの話
ロイが私を哀れんで気を遣うのを放棄した事を悟った
「…っ……!」
そしてまた気付かされた
私はあんなにエースに何かを返したいって言っておきながら
また自分の都合でしか考えてなかった
助けて欲しい
置いていかないで欲しい
傍にいて欲しい
自分の事ばっかり
本当に嫌になる
「ある程度なら悲しんで貰えて嬉しいと思うだろうな、僕なら。でもいつまでもこんな有り様じゃ浮かばれない」
ロイの言うことは正しい
ロイはいつでも正しい
流石正義を背に掲げる海軍様々だ
「望んだって生き返れる訳じゃない。どうにもできないのに、手の届かない場所では恋人がこんな状態。…正直あっちも困るぞ、これは」
煩い
正論かもしれないけど、煩い
自分勝手ながらも、言ってはいけない事を飲み込むくらいの理性はあった筈だ
でも、どうしても燻る不満
それをぶちまけられる捌け口になり得るこの人に
わなわなと震える唇はついに、押し負けた
「説教とか…何様のつもり…?誰のせいでこんな事になったの。全部…あなた達のせいじゃない…!!」
駄目。
言っては駄目。
「何が正義!?そんな文字背負って正論諭して!!そんなに海軍は偉いの!?」
違う。
ロイのせいじゃない。
「じゃあ聞くけど…」
止まれ。
これ以上は本当にダメだ。
分かってるのに…
「海賊王の血を引くかもしれないからって無関係な人まで沢山殺して!散々儲けて手に終えなくなれば島一つ滅ぼして!!」
止まらない
「人身売買だって見てみぬふりして許容してる癖に!!どこが正義!?なんでそんな矛盾だらけなもののせいでエースが…殺されなきゃいけないのっ!!?」
ロイを責めても仕方ないのに
優しいこの人が、仕方ないと分かりつつも傷付いてしまうことをちゃんと分かってるのに
「都合の良い時だけ正しいふりしないで!!あなた達のせいで苦しんでる人なんて沢山居る!!あなた達のその背中の文字は!!ただの偽善と思い上がり!!」
叫び過ぎて息が切れる。
上がった体温が、雨に当たらない部分の濡れた服を生ぬるく温めた。
「どうすれば気が済む。」
「…エースを返して。返してよ…!!エースはあなた達なんかより沢山の人を幸せにしてた!!」
そんなこと出来ないって、本当は分かってる。
もし死んでしまった人を生き返らせる術があるなら
人に頼む前に私がやってる。
「見たでしょ…?エースを助けようって集まった沢山の人たちを!!」
どうしようもないから
でも受け入れられないから
「エースがあなた達に何をしたっていうの!!?あなた達はまやかしで何も知らないバカを騙して傲ってる、自己満足な最低集団!!」
ただみっともなく喚いて
責任を押し付けられそうな相手を罵倒してるだけ。
「消えた命は戻らない。」
「責任取れない事ならしないで…!!エースを返してくれないなら私に構わないで!!」
本当はわかってる。
最低なのは、私だ。
「最低で構わない。ウイに蔑まれても嫌われても構わない。」
淡々と話すロイの声は、所々が雨音で聞こえづらい。
雨で張り付いた前髪が目元を隠して、どんな顔をしてるのかも見えない。
「僕のせいにしたければすれば良い。火拳が死んだのは僕のせい。それで良いから…」
掴まれていた腕が引き寄せられて、冷たい雨で濡れた服が顔に張り付いた。
触れた直後は冷たかったそれはお互いの体温で徐々に温まっていく。
体に感じる力が一層強まって、遅れてロイに抱き締められている事に気付いた。
「…やめて!…離し
「乗り越える為に踏み出すんだ。立ち上がれないなら手を貸す。一人で立てないなら僕が支える。」
何を…言ってるの…?
この人は私がさっき何を言ったのか、わかってる?
「いつまでも殻に籠ってちゃ駄目だ…!本当に取り返しがつかなくなる」
離して欲しいのに
力じゃ敵わない。
言ってはいけない言いたかった事
今だけじゃない、何ならずっと前から不満で仕方なかった事
爆発した怒りの余韻は体を小刻みに震わせた。
手先だけ痺れたように冷たく感じるのは、きっと雨に打たれてるせいだけじゃない。
頭に昇りすぎた血が、体の隅まで行き渡っていない。
「僕はウイが…またあの時みたいに何にも反応しなくなって、痩せ細って、今度こそ死んでしまうんじゃないかって…怖い」
死にたいって、言ってるじゃない。
疲れた。
この世界に期待する事なんてもう何もない。
生きる為にこんな思いしなきゃいけないなら、もう良い。
「あの時の僕はどうする事もできなかった。上からの指示にも、天竜人にも逆らえなかった。でも今の状況は…これはあの時とは違う!」
ロイの言葉に誘われた思考は
ぼんやりと、初めてここを訪れた時を思い出した。
あの時も、死んでも良いって思ってた。
でもあの時は、叶うなら生きたいって思ってた。
懸賞金の呪縛が消えて
逃げ出す事が出来て
また大好きな人達の元に戻れるなら…
そんな期待が確かにあった。
でも今は、それもない。
私の生きたい世界は、1%だって実現しえない。
「大切な人を救いたいと思う気持ちなら、ウイもわかってくれるだろ。」
ロイはもう、怒ってない。
さっきより断然怒られるような、気を逆撫でするような事しか言ってない私にかけられる声は
宥めるように穏やかで優しい。
恐いと思ったのに。
度が過ぎる程不貞腐れて八つ当たりして怒らせて
いつまでもこんな事してたら駄目だって
夜の雨に打たれながらここまで歩いてくる途中、本当に少しは反省したのに。
やっぱり私は変わらない。
励まそうとしてくれる優しさが見えた途端に、ずる賢い私はいつまでもそれを利用して暴れだす。
「…あなた達のせいでエースは…死んだの!!全部あなた達のせい!!それなのに救いたいとか…!!都合良い事言わないで!!!」
「死に追いやったのは海軍だ。それは…紛れもない事実。でも…火拳は弟を救おうとして、命を落とした。」
それは…
見てたから知ってる。
何を庇ったかまでは遠すぎて見えなかったけど
エースは自分からあの赤黒い拳の先に割って入った。
きっとルフィくんなんだろうなって
思ってた。
エースはルフィくんを本当に大事にしてたから。
目の前でその命が脅かされれば
エースは絶対に身を呈してでもそれを庇う。
そんな事わかってる。
きっと、エースは後悔なんてしてない。
ルフィくんを救う為に死んだこと、後悔なんてしてない。
そういう人だもん。
エースが決めたこと
その結果に私がいつまでも駄々を捏ねるのは、エースを否定することだって
それが嫌だから人のせいにしてる。
本当は全部わかってる。
わかってるもん。
わかってて認めたくなくて
進まなきゃいけない道がどれも嫌だからどこにも行けずに踞ってる。
「そしてその命を、トラファルガーが受け取った。」
「…え」
一瞬耳を疑った。
ロー…が?
なん…で