13-8
「ウイが誰かを笑顔にしたり、励ましたり支えたり。エースが遺したものはそうやって“生きる”え」
「私が…?なんで?」
なんで私がする事がエースの人生の証明になるんだ?
ふんふんと鼻唄混じりにお気に入りの燻製に手を伸ばすベガス聖は、まだ分からないのかとでも言いたげに
ちらりとこっちを覗き見てはニヤリと笑った。
「ウイはエースに救われたんだえ?エースがいなければここに居るウイは存在しないえ。きっとどこかしら何かが違うえ」
「そんなウイのすることは、エースが居たからできた事だえ。それはウイの価値であって、エースの価値だえ」
エースに出会って、確かに私は変わった
変わったと思う
良く変われたかなんて自信はない
人に頼る事を
甘やかされる事を知って
もしかしたら出会う前の私の方が強かったかもしれない
でも頼って良いっていうことは
甘えて良いっていうことは
こんなにも背負う物を軽くしてくれるんだって、初めて知った
私も誰かの重荷を、軽くしてあげる事ができるかな
エースが教えてくれた事を
誰かにもしてあげられるかな
…そっか
なるほど
ひねくれてるよりずっと良い
「そんな辛気くさい顔振り撒く功績なんて私ならいらないえ」
本当だね
ただ捻くれてるだけより、それはずっとエースの為になる気がする
それは誰にも伝わらないかもしれない
でもこれから先、私が誰かを笑顔にする事ができれば、その笑顔はエースに向けられたもの
誰かがありがとうと言ってくれれば、それはエースへの感謝の言葉
そう思ったら、久しぶりに気持ちが前を向いた気がした
例え誰一人救えなかったとしても
私という人間を不幸にしたっていう、エースにそんなレッテルは貼らせない
「ウイが作るえ。エースという人間が素晴らしい人であった証を。希望も気力もなくなったなら、ウイがこれからすることはそれだえ」
ありがとう、ベガス聖
なんか
まだしっかりは理解出来てないかもしれないけど
私、大丈夫な気がする
一歩を踏み出す勇気が、この場所から進む勇気が
沸いた気がした
ベガス聖は凄いな。
きっと私のこと全部わかってて、わかった上で私を上手く励ましてくれたんだろうな。
ベガス聖は他の天竜人とは違うって、思ってたけど
私は心のどこかでベガス聖を見くびっていたのかも
天竜人だからって、ラインを甘めに引いてた気がする。
私、凄い失礼だ。
この人は天竜人とかそういうのを抜きにして
凄く素敵な人間だ。
「今、エースがここにいたら何してると思うえ?」
「え?なにいきなり。…うーん、取り敢えずこの皿の上のもの全部食べ尽くすかな。あとベガス聖の美味しいものうんちくは半分も理解できない。」
寧ろこれじゃエースは足りないな。
それでベガス聖の話も理解出来ないどころかウマけりゃ良い!って聞きもしないかも。
突然何を言い出すんだろうって思いつつも
それは驚くほど簡単に想像できた。
きっとこんなにやさぐれてる私を見て、なにやってんだって笑う。
どうしたって、気にかけてくれる。
こんな誰から見てもあからさまなくらい泣き喚いて暴れなくても
エースなら気付いてくれる。
エースが居なくなって寂しいって言ったら、なんて言うかな。
どんな顔するかな。
また照れるのかな。
それとも仕方ねぇなって抱き締めてくれるかな。
俺の方が寂しいって、仕方なさそうに笑うのかな。
「エースでバーベキューもね、ふざけんな!って言いつつもやるんだよ。文句言いながらもちゃんと。変なとこ義理堅いから。」
あの呆れた顔で頭を掻きながら、どうしようもねぇ事ばっか考えんのなって、じと目で睨んでくるんだろうな。
「それでね、散々文句言った手前言い出しにくくなっちゃって。でも言わなきゃって決心して、照れながらベガス聖にお礼言うかな。」
目線を下に向けてきょろきょろさせて、意を決したように世話になったって。
助かった、ありがとうかな?
なんて言うだろう。
変なところで常識人なあの食い逃げする時の得意技を使って、ありがとうございました!って頭下げる方かな。
どれもあり得そう。
…可笑しい。
エースがここに居たらって話は
止まる事がなくて
いつまでだっていくらだってそれは溢れてきて
喋りすぎたかもって気付いた時には結構な時間が経っていた気がした。
…ちょっと恥ずかしい。
「ほら、ちゃんとここにいる。居なくなった訳じゃないえ。エースはウイの中でも、エースを知る全ての人の心の中で生き続けるえ。」
とん、と私を小突くベガス聖の人差し指が触れたのは
きっと心があるとしたらそこなんだろうなっていう、体の中心。
心臓と脳の中間辺り。
そこに手を当てて、目を向ける。
「…そっか。本当だね。居るね、ここに。」
死んでしまっても、存在しなかった訳じゃない。
最初に言われたあの言葉が今になって理解できた。
エースと過ごした時間は、エースが居なくなっても消えてしまう訳じゃない。
ちゃんと沢山、ここに残ってる。
「どうせ今死ななくてもウイもいつか死ぬえ。あっちに行ったとき沢山土産話ができるように、精一杯生きるえ。」
ぽんぽんと頭を叩いてくる大きな手は温かかった。
「さっさと死んで勿体ないことしたなって、罵ってやったら良いえ!」
そうだ。
いっぱい文句言ってやらなきゃ。
その為に沢山ネタを作ろう。
論破するだけのネタを。
口喧嘩なら楽勝でエースに勝てる気がする。
エースはあんまり口は達者じゃないから。
それに私には絶対強く言えない。
…私のことが好きで好きで仕方ないから。
沢山文句言って、沢山困らせてやろう。
久しぶりに、口角が上がった気がした。
エースは私の中でちゃんと生きてる。
私に大好きだって笑ってくれた
あの笑顔のまま
あの時の、私を好きで仕方ない気持ちのまま
ずっとここに居てくれる。
それから、少し言いにくそうに言葉を濁したベガス聖が
パパの最期を話してくれた。
エースのことでいっぱいだった頭でも
その瞬間を実際見てはいなくても
なんとなく、わかってた。
パパも、もうきっとこの世には居ないんだろうなって。
あの戦いは、頂上決戦って名前が付けられたらしい。
その戦没者の名簿を、ベガス聖は確認してくれたみたいなんだけど
海軍側ではないリストに並ぶ名前の数が多すぎて、そのどれも知ったものでは無さすぎて
暗記して来るのは無理だったって謝られた。
沢山死んだ。
エースやパパ以外も。
事切れるように地に伏したその姿を、処刑台の上から見てた。
知ってた。
やっぱり私は自分勝手だ。
エースを救う為に集まってくれてその命を落としたというのに
そのリストに見知った名前がなければ良いと願ってる。
マルコやジョズ、隊長達だけじゃない。
それを支えるあのモビーディックで家族として過ごした皆が無事で居て欲しいって
そう思う私は最低だな。
傘下の海賊の皆だって、パパの家族で
エースの仲間なのに。
エースとの思い出を共有できる皆が
私に唯一残された家族が
ただ無事で居て欲しいって、願ってしまった。
「ねぇエース。エースはまさかこうなるのをわかってて、それであの時あんなこと言ったの?」
久しぶりに体に入れたものがお酒だったせいか、そんなには飲んでないつもりなのに結構酔っ払った。
部屋に戻ってきて、ロイに引きずられたせいで荒れていた家具の配置は元通りになっていて
そんな様子を横目に、窓から見える夜空を見上げた。
まだ雲は多いけど、その隙間に控え目に輝く星の群れ。
『人って死んだ後、星になるって言うだろ。』
「らしくない事言うから。…まさかあれがこんなフラグだったとは思わなかったな。」
伸ばした手を遮るのは、エースの手じゃなく
曇り一つない窓ガラス。
こつん、と爪に当たる冷たい音が
どこか心を寂しくさせた。
──フラグじゃねぇよ。ンな事するか。
胸の中心から聞こえる気がする、エースの声。
そこに置いた手をぎゅっと
握りしめた。
翌日、朝から素敵で豪華な食事をご馳走になった。
決められた時間に起きて
身支度を整えて
決められた時間に食事を取る
そんな当たり前の事が、どこか気持ちを引き締めるというか、心にメリハリをもたらす事を学んだ。
踏み出すって決めたからだけじゃない。
お風呂に入るのも、歯を磨くのも
その一つ一つがどこか自分を律する。
まだね、完全に立ち直れた訳じゃないと思うんだ。
ふとした瞬間に漠然とした不安や空虚な気持ちに襲われる。
きっかけなんてなくても、本当に突然に。
エースにもう会えないって
なんの前触れもなく心が思う。
寂しくなって、嫌になって
やっぱりやめようかなって
この無気力な沼に嵌まっていようかなって、思ってしまう。
でも騙し騙しでも良いんだ。
そう思えない時があっても、一度はそこを目指して頑張ろうと思えたなら
頑張ろうと思える時はきっとまた来る。
それに、慣れる。
だからきっと大丈夫。
明るいふりだって、元気なふりだって
本物じゃなくても必要な時ってきっとある。
「おはよう、ウイ」
「…お、はよ」
食事を終えて、部屋に向かって歩いていれば目的地前の廊下に立つ
白いマントの見慣れた人。
「あの…きの──
「少し話したい。…嫌じゃなければ。」
大人しく言葉を遮られたのは、後ろめたかったから。
昨日私がこの人に言った言葉は、嘘じゃない。
でも、あんな言い方で
この人に言うべきではなかった。
扉を指差して、部屋で話そうと暗にそう言ってるロイを招き入れた。
怒ってる訳でもなく、目があったとたんふわりと表情を弛めてくれたこの人に
胸が締め付けられた。
いっそ責めてくれれば楽なのに。
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