13-9
「何か…飲む?」
「いや、大丈夫だよありがとう。そんなに時間は取らせない。」
おどおどしてる自覚がある。
私はこの人を傷付けてしまった。
謝らなきゃ
ごめんなさいって。
「昨日はごめん。」
少し困ったように笑うロイの笑顔が、痛かった。
謝らなければいけないのは私の方なのに
ロイは謝るようなことなんてなにもしてないのに
「私の方が、ごめん。ロイのせいじゃないのに、カッとなって酷い事言った。…本当にごめんなさい。」
「ウイの口の悪さには確かに…驚いたかな。まさか民衆をバカ呼ばわりとは…」
そこじゃないもん。
私は確かに口は悪いけど、謝ったのはそこじゃない。
海軍を盲信してる民間人をバカと称した事になんて、謝ろうとも思わない。
情報なんていくらでも操作される。
ただ平穏に幸せに暮らしてる人はそんな闇を知ることも、知ろうと関心を寄せる事だってない。
でもあなたたちだって、権力が邪魔と思えばいつだって切り捨てられるのに。
そうやって盲目に目の前の事しか見ない人達の信頼が、海軍の横行を助長させる。
権力者は民衆をバカにしてる。
何をやっても誤魔化せるって。
綺麗な事だけ並べ立てていれば、簡単に信じてそれに賛同するって。
そんな哀れな生き物を、バカって言って何が悪いの。
「…知らなかった事もあった。」
「え?」
沸々と怒りが沸いては、それは心の中をどす黒く染めた。
簡単に引き込まれる。
闇の引力は強大だ。
どんなに上手く覆い隠していても、それは確かに存在するものだから。
「フレバンス。滅ぼされた島は、昨日言っていた国は…フレバンスの事だろう?」
「…うん。」
偉そうな事を言っておいて、私だって聞くまで知らなかった。
フレバンス
ローの故郷。
珀鉛が特産の、豊かな国だった。
死に至る伝染病の蔓延により滅びた。
それが表で語られるその国の歴史。
でも実際に国を滅ぼしたのは世界の権力。
“珀鉛”
無垢で不思議な白い輝きを放つその鉱石は、フレバンスの名産品だった。
“富の象徴”
北の海だけじゃない
世界中の貴族達がこぞってそれを求めた
政府もそれを後押しした
無限とも言える程採掘できる珀鉛
それに高額な関税をかけ輸出させる
政府はただ珀鉛の美しさを語るだけで潤った
政府にマージンを抜かれても、それでも有り余る財力
フレバンスの民の暮らしは豊かなものだった
でもそれは、永遠には続かない
人々の幸せの影に
忍び寄る破滅の足音
いつからか、フレバンスの民の体には白い痣が目立つようになる
それは富をもたらす珀鉛の副産物
僅かな有毒性
微量であれば何ら害はない珀鉛は、少しずつ民の体に蓄積されていった
輸出するだけに留まらず、フレバンスには珀鉛が溢れていた
建造物、衣服、公園の噴水や食べ物にまで
何も知らない国民達は白い輝きに囲まれ束の間の幸せを過ごす
少しずつ国民の体内に蓄積されていく珀鉛
それは親から子へと受け継がれ、その蓄積量は世代を追う毎に増加していく
微量では害のないそれも、いつからか命を脅かす程に人々の体を蝕んでいた
老若男女問わずほぼ同じ時期に出現しては体を侵食する白い痣
それは感染病と恐れられた
地質調査でその有毒性を知り得ていた政府は
散々その利益の恩恵を受けておきながらあっさりフレバンスを切り捨てた
それが感染しないのは承知の上
患者が増え、その治療法を研究する医者も増えれば
いつか事実が明るみに出る
体内に蓄積する有毒性の物質
それを政府公認で世に卸していた事実も
それを発掘させ続けた事も
公の物となれば責任を問われる事は火を見るよりも明らか
感染防止の為と名を打ち、政府はフレバンスの国民を一人残らず虐殺した
全ては証拠隠滅の為
病で滅んだ国、フレバンス
国の滅亡の真の理由を私が知っていたのは
ただ一人生き残った国民が居たから
それが、ローだ
助けを求める国民すらも虐殺して回った海軍は
一人の少年の命の灯火を見逃した
ローは共に過ごした街の人の、家族の、友達の死体の山に身を隠して
閉鎖されたフレバンスから船で脱出した
何日もかかる航路で、見知った顔が放つ死臭が犇めく中を
まだ小さかっただろうあの人はどんな思いで過ごしたんだろう
ドンキホーテファミリー
コラさん
オペオペの実
沢山の奇跡が、ローを生かした。
恨みたくもなるだろう
散々良いように使ってはあっさり切り捨てた世界を
医者という社会で認められる力を持ちながら
ローが海賊として生きてるのはきっと
世界が
政府が
海軍が許せないから
きっと私も
ヒューマンショップの存在を知らなければ
そこに売られかける体験なんてしなければ
可愛そうに
酷い
寧ろ
誤解じゃないの?
海軍が、政府がそんな事をする訳がない
そう思ったかもしれない。
敵の敵は味方
人にはそんな感情が備わってる。
自分が恨みを持つ相手の落ち度。
それは例え自分が被害者ではなくても
相手を堕とす魅惑の材料に映った。
「あれは政府の中でもトップシークレットだったらしい。上司がクザンさんで良かった。彼じゃなきゃ…教えて貰えなかった。」
「私も、偉そうな事言っておいて…ローに聞かなきゃ知らなかったよ。」
ロイは話しながらも、私の方を見てなかった。
どこか別の場所に居るんじゃないかって思うような
そんな儚い目で、話しを続けた。
「ロジャーの子孫と思わしき子供を、海軍が殺して回ったのは知っていた。…ヒューマンショップの件も、知らないなんて言える訳がない。」
自嘲するような笑い。
「本当に、これで正義なんてよく言えたものだな。…僕が目指したのは、困ってる弱い人の味方だった筈なのに」
「あの、…本当にごめんなさい。ロイがした事じゃないって、分かってる」
海軍は正真正銘綺麗な訳じゃない。
でも例え表向きの顔だとしても、人々の平和の為に役立ってるのを
ちゃんと知ってる。
そこに命を賭ける人の中には、ロイみたいな人だって沢山いることを。
「ロイがどうこう出来ることじゃない。ただ私が…思い通りにいかないのが気に入らなくて、八つ当たりした」
どんな組織でも
そこに属する人同士が全て同じ思想だって、決めつけてはいけない事を知ってる。
人の命なんてゴミみたいに扱う天竜人でありながら
その天竜人であるベガス聖に何度も救われて来た。
散々不満を感じながら、ロイやクザンさんに…助けて貰った。
「私が一番、自分勝手でバカだった。その場の勢いで酷い事言った。…本当に、ごめんなさい」
膝におでこが付くんじゃないかってくらい、頭を下げた。
謝って済む事じゃないけど、だからと言ってそれをしない訳にもいかない。
私は自分がつらいからって、後先考えない事をしでかし過ぎた。
可哀想がってくれるからって、そこに甘えて
自分以外の事なんて全く考えてなかった。
「…僕は、平凡だろ?粋がったところで、ただ一人の女の子ですら救ってあげられない。支えにもなってあげられない」
そんな事…ないよ。
絶対ない。
ロイが力付くで私の我儘を叱ってくれたから
言っちゃいけない事でも、吐き出させてくれたから
そしてそれを後悔する程、それまで優しくしてくれたから
支えてくれてたから
だから私は前を向こうと思えたんだよ。
そんな悲しそう顔で、笑わないで。
「思い知ったよ。…僕は世界も、人も救えないって。」
「違う…!!私我儘で自分勝手で…狡いから!優しくしてくれる人に甘えて、調子にのってた…」
責められるよりも
怒鳴られるよりも
自分の言葉が誰かの夢を手折ってしまう事の方がなによりつらい。
責任取れない事をするな?
どの口が言うんだ…
本当に。
「違う。」
してしまった事の重大さに、なんとかそれを取り戻そうと必死になっていれば
それを遮るのは冷静な声。
「全くその通りだと思ったんだ。…僕はただ、正義の味方になりたかった。…図星だよ。正義と名前のついた海軍に居ることで、自分を正当化したかっただけだ。」
自分で言った罵る言葉を
誰かの後悔として聞くのは、こんな気持ちなんだ。
全然気が晴れない。
私は偉そうな事を言える人間でも、誰かの人生を変えられる程の人間でもないのに。
「ありがとう。言いにくい事を言ってくれて。…僕は感謝してるんだ。」
今思えば
言わなければ良かった。
私は海軍が嫌いでも
ロイは好きだったから。
そのロイの信じて来たものを否定する言葉を
今やり直せるなら絶対言わないと思う。
「センゴク元帥が位を降りるそうだ。後任に名前が上がってるのは、クザンさんと、サカズキ大将。」
“サカズキ”
それはエースの命を焼いた
私の大切な人の命を奪った人の名前。
その名前を耳にしただけでさっきまでの後悔はどこかに消え失せて
全身の血が沸き立った。
「クザンさんになら、着いていきたい。あの人のだらけきった正義の中に、僕の求めるそれがある事はまやかしなんかじゃない。」
震える体を叱咤して、唾を飲み込む。
落ち着こうと思っても
閉じた瞼の裏に映るのは、エースの体を貫くその男の拳。
ロイの話もちゃんと聞いてる。
でも、沸いてくる怒りと殺意は収まる気配がない。
「でももし、サカズキ大将が海軍の最高責任者になるのなら…」
どんな世の中なのよ、それは。
あの人にもあの人なりの立場がある
あの人なりの正義がある
でもそれが…
正しい事とは思えない。
エースを殺した人。
私念も承知の上だ。
でも、血で判断する人。
本人じゃなく、そんな事で人の命を奪う人。
とてもじゃないけど
私が思う正義とは違う。
「僕は海軍を辞めようと思う。誰かが名付けた正義じゃなく、自分が思う正義の為に…出来る事がしたい。」
この気持ちは何だろう
満足感?
後悔?
安心?
ロイの考えが私のそれと一緒な事に
自分の考えは間違いじゃないって満たされた気持ち
一人の人間の人生を
変えてしまった自分の言葉
果たして私はそれの責任を取れるのか
友達が同じ気持ちで居てくれて
賛同出来ない道に進まなかったことにほっとしてるの…?
…分からない。
「それが決まるまでの間、僕はこの正義を背負う資格なんてないかもしれないな。…でも、胸を張ってこれを掲げられない事が自覚できた。」
これからの事を話してくれるロイの顔は、どこか晴れ晴れとしてた。
何かを吹っ切ったような、そんな顔。
「それだけでも、同じ任務を遂行していて出来る事も、民衆にかける言葉も、思う気持ちも、部下に与える影響も…少しは変わってくると思うんだ。」
その穏やかな顔に宿るのは、強い意志の籠った真っ直ぐな眼差しだった。