13-10


「…でもどこにいても、どんな立場でも。…僕はウイの味方だ」
「ロイにそこまでして貰えるような人間じゃ、ないよ」


考えてみれば
今も、今までも

ロイには沢山助けて貰った。


私が今ここで“生きて”いるのもロイのおかげ。


つらいからって、そこに浸ってばかりじゃいけないと思えたのもロイのおかげ。


エースと最期に話せたのも


これまで自由に航海してこれたのも
ブラーヴェで色んな事ができたのも


ローが好きだと思えたのも
エースに出会えたのも


全部この人のおかげだ。


私は本当に、そんな大恩人になんて事を言ってしまったんだろう。


「…憧れだった。」
「え?」


後悔でいっぱいの頭に届いた声。


「極端かもしれない。自分本意かもしれない。周りの心配なんて、これっぽっちも分かってないんだろうなって…思ってる。」
「それ…私のこと…?」


褒められてる気なんて全くしない。


でも、伺うように除きこんだらバチリとかち合ったその目は
やっぱり穏やかに笑ってた。


「自分があるんだなって。それを貫く為にいつでも全身全霊をかけて一生懸命なんだなって。…僕にはそれがないから、格好良く見えるんだと思う。」
「…買い被り過ぎでしょ。」


それは我儘で無鉄砲なのを良く言い換えただけだ。


見えてる外側はそうなのかもしれなくても
私の心の中はいつだって、格好良いとは真逆の気持ちで溢れてる。


「きっと…ウイを救えるのは僕じゃない。でも…」


十分助けて貰ったよ。
救われたよ。


「ウイが必要としてくれるなら、僕はいつだって力になる。それだけは覚えておいて欲しい」
「もう十分過ぎるくらい助けて貰った。私がロイの為に何かしなきゃいけないくらい。」


この人は本当に良い人だな。
なんでこんなに優しくて、誰かに寄り添う事ができるんだろう。


「僕はやっぱり自分がなくて、人の姿を見てそこで学ばせられる事ばかりだから。海軍の背中よりも、ウイの背中の方が格好良い。…ただそれだけだ。」


そんなこと…ないと思うのに。


海軍よりはマシだって自分でも正直思う。
でもだからって、私は人に憧れて貰えるような人間じゃない。


私は親にすら、父親にすらいらないと思われた子供だから。






「…はぁ」


ロイが仕事に戻ると出ていって
残された私は部屋で一人きり。


1日って、こんなに色んな事があるんだったっけ。


誰かと話すこと
顔を合わせること

そんな気にも止めなかったことは
確実に誰かのなにかを少しずつ変えていく。


それは、良いことばかりじゃないのかもしれないけど


出来過ぎな位のタイミング。
私がそれを考えてばかりいるから、そう見えちゃうのかな。


「あれから初めて、“ありがとう、感謝してる”って。いただいちゃいましたけど。」


私の姿勢が、言葉が、ロイを変えた。
変えてしまった。


記念すべき1つ目の私を通したエースへの感謝の言葉は
事が大き過ぎて正直戸惑う。


「ねぇ、私良かったのかな。喜んで良いのか後悔したら良いのか…わかんないや。」



──決めたのはロイだろ。ウイが後悔してたらそれこそアイツが気の毒だ



「それは…確かに。」











不思議だね。


エースなら言いそうって言葉。
いくら言いそうだからって、考えてるのは私だ。


でも、一人で悩んでても出てこない答え。
自分以外の誰かに言って貰えた気がするその言葉。




「元気でた。ありがと、エース」


──どういたしまして




ふふ


素直にお礼を言われると、エースは照れて目を泳がすんだろうなって。
そんな顔がすぐ浮かぶ。


ねぇ、どこかで見ててくれてる?
私のこと。


こんなことしてる私のこと
バカだなって笑うのかな。

それとも俺はそんなこと言わねぇ!って文句言ってるのかな。


…可笑しい。








「なに一人で笑ってるえ?気色悪いえ」
「ぅわぁあぁ!?ベガス聖!!いつからいたの!!?」


突然聞こえてきた声に驚いて叫び声を上げれば
煩いと眉をしかめたその人は呆れた顔で私を見下ろしてる。


「ウイに言っとかなきゃいけない事忘れてたえ。」
「ん?なに?」


なんだろう。


「一昨日…だったかえ?ローからでんでんむしかかって来たえ。」






ドクン







自分でも驚く程、鼓動の音が大きく聞こえた。

心臓が跳ねたのは、なんでだろう。






「ずーっと鳴ってたえ。だから私が代わりに出たえ。ローも心配してたえ。」
「そっ…か。ごめんありがとう。」


忘れてた訳じゃない。


いつでも
考えてって
思い出してって

心の片隅で騒ぐその声。


放っておく訳にはいかないのに。


エースの事が好きだって気付いたところで
ローは、ハートの海賊団の皆は
私の大事な友達だ。


でもそれに触れてしまえば、いろんな事が崩れて
捻曲がって、歪んでしまう気がして

見えないように蓋をしてた。


折角頑張ろうって決めた。


今はそれを保つのが難しくても
この形で頑張って行こうって

これなら頑張れる、生きていけるって


折角出来上がった心の在り方。


まだ定まっていないこれは
とても脆い気がした。


そして蓋に覆われたあの気持ちは
これを崩してしまうだけのモノだって、わかってた。


「今は手が離せないらしいえ。でもそれ片付けたらウイを迎えに来るって言ってたえ!」
「え!?」


自分でも驚く程大きな声が出た。










ドクン






ローが迎えに、来る。














どうしよう。

私今はローに会いたくない。
会ってはいけない気がする。


…でも私はローにも言わなきゃいけない。
少し前にエースやペンギンに言ったように。


ううん、それ以上の事を言わなればいけない。












“他の人を、好きになってしまいました”












「…でも!ロー達海軍に狙われてるならここに来るのは危ないよ!」
「ローだってそれは知ってるえ。それでも来るって言ってたえ。」


ここはマリージョア。
海軍本部のある街、マリンフォードのすぐ近く。


危ないのに。
なんで…












なんでじゃないだろ。
わかってるでしょ。


ローは私の事が好きだから
私もローの事が好きだと思ってるから

あれだけ失いたくないと喚いてた人が亡くなって
そんな私を心配してくれてる。


わかるでしょ、そのくらい。


あの人は、大事な人にはどこまでも優しいから。


「私、そろそろ出発しようかな」
「は!?もうかえ?ロー達を待ってないのかえ!?」


いつかは会わなきゃいけない。
言わなきゃいけない。


でも
どっちみち、ローが今ここに来るのは危険過ぎる。






「他のやつらもかけてきてたえ!ブラーヴェとか!出航は連絡取ってもう少しゆっくりしてからでも問題ないえ!」
「連絡なら船でも取れるし!大丈夫!」


早くここを離れなければ。
ロー達が海軍に見つかるリスクも勿論怖い。

でも、こうしている間にも
心の準備が出来ないままローが来てしまうんじゃないかって

それが何よりも怖い。


「…寂しいえ。折角ウイが元気になったのに。」


本当に私は勝手だ。
しゅんと肩を落とすベガス聖に、甘えすぎてると思う。


力を借りて、助けて貰って、励まして貰って、面倒見て貰って
元気になった途端に、はいさよなら。


「本当に…ごめんベガス聖。いつも我儘ばっかりで、自分勝手で…」
「全くだえ!」


腕を組んでぷんすか怒ってるベガス聖に、今度は私がしゅんと肩を落とした。


「…嘘だえ。またいつでも来るえ!」


床に目を向けて落ち込んでいれば優しい言葉と温かい手が頭を覆う。


たまには怒ってよ。
ベガス聖も。

優しすぎて居たたまれないよ。


「実はウイのおねだり嫌いじゃないえ。私に何か頼んでくるのはウイぐらいだえ!」
「本当にいつも、ごめんなさい。」


ドフラミンゴの時も、今回も。
本当に無茶苦茶なお願いばっかりしてきた。


「いつか。誰かの為じゃないウイの為の我儘を…ねだりに来る日を待ってるえ。」
「ベガス聖…」


半日ぶりに込み上げてきた涙は
悲しいとか、虚しいとか、寂しいとか
そんなんじゃなくて。

嬉しくて、温かくてそれが視界を滲ませた。


思わず胸に飛び込めば、ベガス聖は抱き止めてくれて
ぽんぽんって優しく背中をあやすように叩いてくれた。


「それはそうとウイ。珍しい酒作ってるらしいえ?私も飲みたいえ。」
「それって…ラム酒のこと?なんで知ってるの」


企業秘密だえって笑うこの人に

一番良い状態に熟成したラム酒を贈ろう。


この人の為にって作れば
それはきっと沢山愛情の詰まったお酒になる。


お酒の出来が良くなることは
依頼主の七武海の男もきっと喜ぶだろう。


…それも伝えなきゃ
やっぱりいつかは会わなきゃな…






心の片隅にある、箱の中身。
これまでの心の中身の殆んどが詰まってるそれ。


開けてしまえば戻れない。
そんな気がした。







「うわぁあああッ!!!エースーーー!!」
「危ねェよ!!鎮まれ麦わらァ〜〜!!!」
「どこ行くんだ暴れるなァ!!!火拳ならもう…」


ここは女ヶ島
男子禁制のこの島に、麦わら屋の療養の為と特例で停泊を許可されている


「うわああああああああ!!!エースはどこだァーー!!エースーー!!!」


…見てらんねぇな
大事なもんを失った時のあの喪失感

痛い程にわかるそれも
あそこまで原始的に表に出すヤツは珍しいと思う

まだガキだった俺ですら、家族を、故郷を滅ぼされた時も
コラさんが死んだ時も
あそこまでは取り乱さなかった


…出来なかったんだろうな


俺は素直じゃなかった
我を忘れて暴れて喚き立てても、俺の身を案じて止めようとするヤツなんて
あの時の俺には1人もいなかった


出来たなら、俺もああしたかったんだろうか


何の解決にも改善にもならねぇのに、島の木や岩に当たり散らすように暴れる麦わら屋
八つ当たりとも違ぇな


自分を痛め付けたいんだ
無力な自分を
大切な人の命の代わりに生き延びた自分を

責めて罰したくて仕方がねぇ


わかる
俺には麦わら屋の気持ちが


「アレを放っといたらどうなるんじゃ…」
「……──まあ単純な話…傷口がまた開いたら今度は死ぬかもな」


暴れる麦わら屋を取り押さえようと奔走するクルー達
いくら死にかけの重傷患者だろうと、三億の賞金首


うちのクルー達の手には負えねぇ


喧しい麦わら屋の声を聞きながら、同じく重傷患者のジンベエと島の海辺で話をしていた


何度鎮静剤を打っても同じだ
数時間の間をあけて、意識を取り戻したアイツは暴れ出す


何度目覚めても現実は変わらねぇ


耐えるか
諦めるか


乗り越えるかしかねぇんだ


押さえ込もうとするクルー達が次々と投げ飛ばされて
そろそろ限界かと鎮静剤を打ちに行こうとすれば
すくりと立ち上がるジンベエ


「どうした。おまえもまだ絶対安静だ」
「わかっちょる。だが…アレを放ってはおけん」


一歩踏み出す度に顔をしかめるのは、傷が痛むんだろう


自分よりも大切なもの
それの為に満身創痍な体に鞭を打って、足を進めるこの魚人


羨ましいと思った


俺にもあの時、こんなヤツが傍に居れば何かが変わったんだろうか。




destruct at reality.