13-12



さて。


ブラーヴェには連絡した。
アオイとカレンは明日こっちに向けて本部を出発して来るらしい。


となると着くのは半月後くらいかな。


ドフラミンゴに依頼を受けてたラム酒の熟成も、放っておいた割に順調に進んでた。


あとは…











ハートの海賊団への連絡。










ブラーヴェの皆にもちゃんと出来た。
でんでんむしなら、顔も見えない言葉だけのやりとりなら
ロー達にだって上手く出来る。


皆と話してて気付いた。


一週間近く音信不通で悲しみに暮れてた人相手に
気遣う側はそこにずかずかと踏み込んでは来れない。


きっとロー達だってそうな筈。
大丈夫だよ、心配かけてごめんねって
明るい声で言えれば乗り切れる気がする。


そうなれば、連絡するのは早い方が良い。
時間があけばあく程、皆が思う私が落ち込んでる度合は増すだろうし

もしかしたらマリージョアに着いてしまうかもしれない。


私を迎えに来る為に危険な場所まで足を運んで
目的の人物がいないままロー達まで捕まってしまうなんて、それこそ最悪だ。








よし。








ごくりと息を飲んででんでんむしに手を伸ばした。




「心配かけちゃってごめんね、もう大丈夫だよ。」

「今マリンフォードの近くに来るのは危ないから。もうちょっとほとぼり冷めてから、会いに行くね。」




これで行こう。
うん。


ロー達に顔をつき合わせて会うのは、今はやっぱりちょっと無理だ。


会えば何日間かは一緒に居ることになる。
そんなに長い時間気を張り続けるのもちょっと自信ない。
ふとした時にエースの事を聞かれるかもしれない。


物事の真髄を見極めるのが得意すぎるあの人の容赦ない問い掛けに

今の私は耐えられない。


きっとローは
私の今の気持ちを理解してはくれない。









よし!
でんでんむしで済ませよう。


思い立ったが吉日!










ぷるぷるぷるぷるぷっ…──
『おまえ、髪どうした。』



ひぃっ…!!








でんでんむしの馬鹿。
なんでいつもクオリティの低い顔真似ばっかりしてる癖に


そんな心の準備が出来てない情報を


それもローに






渡すのよ…







「あ、…えっと、切った!切ったの!暑くて!」
『いつ』


あぁ…

なんで髪切ったこと忘れてたんだろう。
なんででんでんむしが受話器の向こうの人真似をする事を忘れてたんだろう。


「結構、前、かな。あれ?前に…でんでんむしで話した時ももう切ってたよ?」
『そうだったか?初めて見た。』


そうだ。
おかしい。


あれか!
実験するのに短い髪でも顔にかかるのが邪魔で結んでたのか!


…なんてことだ。
どんな再現度だ。











「…そう、だったよ。」
『へぇ。』


予想と違う始まりのせいですっかりペースが崩された。
気を取り直して…言わねば。




「あの、でんでんむしかけてくれてたんでしょ?ごめんね、心配かけて。もう大丈…
『今どこだ。』
 

は?


「あ、えっと…ウォーターセブンに向かおうかなって。ロー達来てくれるって、言ってたけど危な…
『それはもう聞いた。ウォーターセブンに何か用事でもあんのか。』


へ?

なんで?
誰に?


「買い出しとか、しよっかなって。」
『用が済んだらウォーターセブンとルテインから遠ざかるように出航しろ。』


「あの…!ちょっと待って!話が読めない!どういうこと?」
『…心配してくれてんだろ。俺らが海軍に見つかんねぇようにって。』


ベガス聖か。
ロー達に私の情報を流したのはベガス聖。
絶対そうだ。


すれ違わないようにって気を回してくれたんだろうけど…


「そうなんだけど、海で…落ち合おうって話?」
『それが一番安全だろ。海の上なら常駐してる海軍もいねぇ。もし遭遇しても俺らは潜りゃいいし、おまえに海軍は手を出せねぇ。』


どうしよう。
どうやって断れば良いの。


「でもっ…!エターナルログポースを逆に辿っても…!グランドラインの海の上で落ち合うなんて無理だよ!」
『こっちにはふざけたおまえを感知するセンサーと腕だけは良い航海士がいる。心配すんな。』


どうしよう。
本当にどうしよう。

断る理由が思い浮かばない。





「でも…!」
『会いたい。俺がおまえの顔を見てぇ。』










ドクン













違う。
これは癖だ。


長い間この人を好きでいたから。


ばくばく煩い鼓動も
顔が熱い気がするのも


癖。






きっと、ただそれだけだ。







「ふぅ…。」


どうしちゃったんだろう。


今までも落ち合おうって連絡をくれる事はあったけど
“会いたい”って

言われた事なんてあったかな。


通信の切れたでんでんむしに受話器を置いて、どっと疲れた気がする体はぽすんとソファーに沈んだ。


ウォーターセブンを指すログポースの指針の先に
まだ明かりは見えなくて

もう日が暮れて辺りは真っ暗になってた事に今更気が付いた。


まだ普段より早い気がする鼓動と
なにかが煩い胸の中。


蜃気楼のような、炎のような
何かがゆらゆらと蠢いている気がするこの感じ。

これを止めるにはどうすれば良いんだろう。





この気持ちの名前を知っている気がするけど
これはあってはいけないもの。




「…わぁー!!やだやだやだやだ!何かやだ!!」


誰も居ない船の中で
クッションを抱きしめながらぶんぶん首を振った。


このもやもやが頭から出ていけば良い。
そう思った。
















「ダメだ。…全然ダメだ。どういうことだ。」


頭を思い切り振っても、深呼吸をしてみても
胸の中のそれは確実に騒いでる。


なんとなく目を向けた窓の外。
どこからどこまでが空で海なのかが分からない暗闇に

一筋の光が駆けた。














「…デートのお誘い?」


急に切ない気持ちが広がるこの心は
本当に忙しい。


冷蔵庫からシードルを出して、甲板へと続く扉を開けた。
まだ上は見ない。


少しでも合流までの時間を稼ごうと錨を降ろして帆を畳む。


夜の航海は危ないから。
都合の良いように一般論を使わせて貰おう。


船縁に肘をついて、シードルのコルクを抜けば
慣れ親しんだアルコールの香りが潮風と混ざり合いながら鼻先を擽った。


「乾杯。」


やっと見上げた星空は
いつか見たそれよりは劣るけど、今日も中々綺麗。


「ねぇ、…これは浮気?エースが放っておくからいけないんだよ?」


制御できない心の中は
傍に居てくれないエースのせいにした。


─────


ダメだ。


こんな時エースが、エースなら本当に言いそうな言葉。

それを私は聞いちゃいけない。







「ブラーヴェでね、結婚式のプロデュースするんだよ。酷くない?今の私に結婚式」


──ウイ似合いそうだな!ウェディングドレス。白が良い。早く見てぇな。


「似合うかな?カレンのレースでふわふわな感じにするの!…エースは、タキシード似合わなそう」


想像してみて吹き出した。


いつでも半裸なイメージしかないエースのタキシード姿。
凄い似合わない。
笑う…!


──煩ぇよ!着てみねぇとわかんねェだろうが!


「いや、エースは似合わないよ。そんなカッチリした格好は。…でも半裸で結婚式も…可笑しい」


ぶつぶつ文句言ってる姿を、淡い光が立ち込める夜空に重ねながらシードルに口をつける。


「ジャケット羽織って中半裸ならセーフ?それなら似合いそう!色は黒限定!」


白とかライトグレーは何をどうしても絶対似合わない。
フォーマルな感じになっちゃうもん。

…タキシードって元々フォーマルな服装なんだけど。


思い描くジャケットを羽織ったエースは中々ワイルドだ。
あのテンガロンハットも勿論没収。


うん。
中々悪くない。


「ドレスはカレンだろうけど、タキシードは私かな?頑張ってエースに似合いそうなのデザインするね。」



















端から見たら、今の私は堂々と一人言を言っては笑いだす
中々ヤバい人だ。


でもエースに話しかけて
エースならなんて言うかなって
どんな顔するかなって考えてるその時間は心を静めてくれた。

いつの間にか大人しくなったそれは心の片隅にある箱の中に戻っていく。
出てこないでねって、そっとその蓋を閉じて夜空に輝く星を見上げた。




私たちのデートの時間。


夜は長い。
沢山話せるし、沢山聞いて貰える。


大丈夫だ。
私はきっと大丈夫。





シードル1本分

それを飲み終えるまでの時間を星空の元で過ごして、今日はなんだか疲れたしなって
そう思って部屋に戻ってきた。


2階の自分の部屋は、暫く放置してたせいか少し埃っぽい。


掃除しなきゃなって思いながら部屋を見渡せば、目が止まった先にはコルクボード。

そこではエースが好戦的な顔で、懸賞金を掲げて笑ってた。


その平面の輪郭を指でなぞる。
いつか不貞腐れた顔で俺のも貼れ!ってこれを持ってきたあの日の事が昨日みたいに思い出せた。


「焼き餅妬きだもんね、エースは。」


ふふっと思わず込み上げた笑いと、切なさ。

写真だから動かないその顔に、おやすみと告げて立ち上がろうとすれば
何かに縫い付けられたように目が釘付けになった。







紙切れをとめるピンの並びに
一つだけ何もとめずに刺さっているそれ。




“ビブルカードは、その持ち主の命が尽きれば消滅する”







夢じゃないんだ
現実なんだ
本当なんだって

改めて突きつけられた気がした。


少し前まで、エースのビブルカードをとめていたピン。
何の役目も果たさずにただそこに刺さるそれに伸ばした手は、ピン先に触れる前に止まって



私の所へと戻ってくる。





エースが生きた証
ここに居て、私に沢山のものをくれた証


そのピンをコルクから抜く事は
したくないと思った。


これを抜いてしまえば、エースは最初からここには居なかったって
なかったことみたいになってしまう気がして


やる!ってここにあったものを渡しに来てくれた事も
好きだって何度も気持ちをぶつけてくれた事も
いつだって傍に居てくれて、私を笑顔にしてくれた事も


全部夢だったんじゃないかって
そんな気がして。


「やだな。また寂しくなってきた。」


慣れてる筈のこの部屋も
私以外誰も乗せていないこの船も

なんだかいつも以上に広く空虚なものに感じる。




──もう寝ろ。明日の朝飯はオムレツな!





聞こえないよりはマシだ。


でも
こんな作り物の声よりも
優しい言葉よりも


二日酔いで酒臭くても
いびきが煩くても
みかんの皮を向いてくれなくても何でも良いから


エースにここに居て欲しいって


そんな想いが
静かに頬を伝った。




destruct at reality.