13-13



「行き先は変更だ。」
「は!?でんでんむし通じたの!?なに喧嘩!?やだよ行くよ。マリージョア。」


突然操縦室に入ってきたと思えば、そんな言葉と共に投げて寄越された2つのエターナルログポース。


“ウォーターセブン”
“ルテイン”


訪れた事のある2つの島だけを永遠に指し続けるこの方位磁針は、普段はウイがプレゼントしてくれたコレクションケースに収まっている。


「アイツが移動してる。もうマリージョアにウイはいねぇ。」
「は!?せっかちだなー…。で?どっち行けば良いの?」


カームベルトは風もなければ海流もない。
でも楽に進める筈のその条件は、ここに生息する狂暴で大型の海王類のせいで結構中々面倒くさい。


レーダーに写し出される熱反応。
それに気付かれない距離を保ちながら、高度と方向を調整する。


キャプテンの方に目を向けずに聞いたその問いかけは
想像以上に面倒くさい回答で返ってきた。


「それの指す方角と逆を目掛けてウイはこっちに向かってくる。微調整はおまえが作ったあのふざけたセンサーで寄せろ。」
「簡単に言うけどさ…、天候と海流を見ながらそんないっぺんに3つも確認出来ると思う訳?」


ウイと合流するなら海中は進めない。
海の上は海中よりも航海を妨げる要因が大きい。


そんな中で、この広い海の上で
ウイを探せって?


「出来んだろ、おまえなら。着く目安がわかればすぐ伝えろ。俺は休む。」
「…アイアイ、キャプテーン…」


げっそりとしたこの心境が伝わるような声で返事をしても、そんなことを気にも止めないキャプテンは船長室の方へ消えて行った。


あンの…!俺様自己中船長…!!










そうは思いながらもここを抜けた後の航海シミュレーションを頭の中で描いてる自分がいる。


“出来んだろ、おまえなら”


あれはちょっと





嬉しかったかも。





「毎度ありー!」
「ありがとうございました!」


活気溢れる街
ウォーターセブン。


少し前にこの島には高潮が押し寄せた筈。
“アクア・ラグナ”
島の大部分を飲み込むその水害はこの島の悩みの種だ。


でも街も片付いてるし、道行く人の表情も明るい。
毎年のことならもう慣れっこなのかな。







ドフラミンゴの依頼の品。
それを納める桐箱と瓶を物色してた。


大男ならちまちました量を瓶詰めしても手間が増えるだけだろう。
一升瓶サイズで高級感のあるデザインのもの。


中々良いのが見つかった。
ベガス聖に渡す分はそれより小さいデザイン重視のもの。


喜んでくれるかな。







「ちょっと遅い!何分待ったと思ってるのよ!」
「ごめんって!!」


港に向けて広場を歩いていれば、ふと聞こえてきた声。
それは時計台の下からするようだった。


「もう!なんであんたはいつもいつも…!!」
「ごめんって…!ケーキ!おまえあそこのケーキ好きだろ!奢ってやるから!!機嫌直せ!な!?」


デートに遅刻したらしい彼氏と、それを咎める彼女。

怒ってるし、怒られてるし
きっとあの二人は今、“良い”とは言えない気分でいるんだろうな。


「そうやって物でつれば許されると思ってるんでしょ!!?40分よ!40分!!」
「思ってないって!すげぇ反省してる!!ただおまえに好きなモン食べさせたいだけだって…!!」


ぷんぷんモードが抜けきらない彼女を、彼が宥めるように肩を押しながら二人は街へと消えていった。









…良いな。
喧嘩できるのって、凄い幸せな事なんだな。


恋人達の言い争いに気をとられて
足を止めてしまってた。


そういえば私も、エースに怒った事があった。
酔っ払ったエースにキスされた時。


あの時は私の無神経な発言のせいで
エースが逆ギレしたんだよね。

逆ギレっていうか、拗ねたのか。アレは。










…楽しかったな、あの頃は。
居てくれるのが当たり前で
避けられてるかなって思っても明日がある
明日が駄目でも明後日、その次の日って

いくらでもそれを確かめるチャンスも時間もあった。









…今の私には、何もない。
喧嘩する相手も
やり直すチャンスも、一緒に過ごせる時間も。


…もう何も、ない。







とぼとぼと、台車を引いて歩く。
車輪が付いてるし、荷台に乗っている荷物だってそんなに重くない。


それなのに
この台車も、それを引いて歩く足も
とてつもなく重く感じた。






「わぁっ!!ごっ、ごめんなさい!お姉ちゃん大丈夫?」
「…うん、こちらこそごめんなさい。」


突然ぶつかってきた小さな女の子。
ぼーっとし過ぎて先まで見てなかった。


「お怪我ない?本当に大丈夫??」


眉を下げて伺うように見上げてくるこの子は
本当に私のことを心配してくれてるんだろうなって

どこか他人事みたいに思った。


大丈夫だと、精一杯の笑顔を作って頭を撫でてあげれば
良かったって。
女の子はふわりと笑って駆けて行った。







何の縁もないただの通りすがり。
あの子も前を見てなかったのかもしれないけど、それは私も同じだったのに。


ただ道行く人が優しかった。


空模様はどこまでも快晴。
探してた物も手に入って、人の優しさに、思い遣りに触れた。


それはきっと幸せな日で
気持ちが前向きになったり、明るくなったりするような出来事。






なんでかな。
全然嬉しくないのは。


なんでこんなに
気が重いんだろう。











いつだったか
こんな気持ちをどこかで味わった気がする。













学ばない私は、相も変わらず足元だけに目を向けて
船着き場への道を進んだ。


その足取りは重くて
こんなペースで下を向いて歩いてるなんて
どんな陰気な人だろうって思われてると思う。

















あぁ、そうだ。
あれは海に出てすぐの頃。


両親と手を繋いで幸せそうに歩く子供を
ただ見かけた時。


自分にはないものを持っているその見知らぬ子に
無性に腹が立った覚えがある。


同じだからか。

私はまた、自分には手に入らない物を持ってる人を見て


妬んで
僻んで
悔しくて
羨ましくて仕方ないんだ。



きっと私はあの頃から
海に出た6年前から何一つ変わってない。


体だけ大きくなって
仕事を初めて

大人になったつもりでいたけど、何も成長してない。






駄目だ。
今日は
今は何を考えても駄目だ。


重かった足を叱咤して足早に港町を抜ける。










会いたい。
エースに今、逢いたい。





ぷるぷるぷるぷる










ぷるぷるぷるぷる








あ、でんでんむし


はっと気付いて音の出所を探してもそれは中々見つからない


それもその筈だ
気付けば辺りは真っ暗で
そんな中明かりも着けずにソファーの上で膝を抱えてた。



ぷるぷるぷるぷる



私、寝てた…?
いつ帰ってきて、いつからこうしてたんだろう


急いで明かりを着けてでんでんむしを探せば
それは久しぶりに感じる誰かさんを真似てた。



ぷるぷるぷるぷる





ペンギンも、かけてくれてたのかな
私がやさぐれてる時


かけてくれてたね。
ペンギンはきっと自分の当番の時はこうしてでんでんむしを鳴らしてくれてた。


「もしもし?」
『ほんとだー。髪の毛短くなってるー』


気の抜けるような明るい声
それには少し、拍子抜けだ。


「ローに聞いたの?」
『そうキャプテンに聞いたの。うわー、見たい見たい。早く見たい』


さも楽しみそうな声色で話すこの人は、きっと短くなったこの髪も似合うって言ってくれる気がする


『もうウォーターセブン出た?いつ頃会えそう?』
「あ…さっき、さっき出たよ!」


窓の外には街の明かりがポツポツと確認出来て
いつの間にか帰ってきてた私は船を出航させてはいなかったらしい事を知った。


いかん
流石にこれは時間を使い過ぎた


『早く会いたい』
「…どしたの、ペンギンまで」


錨を上げようにも音でバレるんじゃないかって、一人でわたわたしてた。

この人に関して言えば、こんなこと言うのは別に珍しくも何ともない
でも何か用事とかあったかなって思い当たる節を頭の中で探してた


ちょっと前に会ったばかりだし
何ヶ月も会わない事だって何度もあったけど


『会いたいと思ったらだめ?俺はいつでもウイに会いたいけど』
「…はいはい、ありがとね」


直球過ぎるペンギンの言葉はどこか恥ずかしいというか、胸の中が温まる


いつの間にか話題はころっと変わって、七武海のボア・ハンコックについて熱く語り出すこの人にはやれやれとしか言いようがない


あれは思い出すだけで抜けるとか
余裕でGカップ以上はあるとか


私一応、女の子なんだけどな
とても異性に話す内容じゃないのはもう今更か。


でもバカみたいなその話は、こんな時だって面白く聞こえた。






「ごめん、遅くなっちゃったね」


マリージョアを出てから、私は毎晩こうして夜の空にエースを探してる気がする。
今日はペンギンとでんでんむししてたら遅くなっちゃった。


お約束のようにデートのお供に持ってきたシードル。

日中の記憶がない中で過ぎていった時間
それを取り戻す為に今日は夜でも起きてる間は船を走らせおこう。


「ねぇ、エースは寂しくない?私に…会いたい?」

──会いてぇに決まってンだろ。


エースが私に会いたくない訳なんてないのに
それなのに私はそれを口にしてしまう。


寝てたのかわからない
でも起きてたのかもわからない


買い物からの帰り道
その街並みを歩いている途中からの記憶がなぜかない


買ってきた瓶はちゃんと食品庫に置いていたし、台車も片付けてあった


記憶がない中でも私は私だったんだろう。


「今日ね、街で喧嘩してるカップルがいたの。…待ち合わせに彼氏が40分も遅刻してきて、彼女がそれはそれは怒ってて」

──そら、怒るかもな。男が悪ぃだろ、それは


違うんだよ
どっちが悪いかを決めたいんじゃない



「良いなって…。私はもうエースとは喧嘩、出来ないでしょ?」

──喧嘩なんて元からしたことねぇだろ




まぁ
確かにアレは喧嘩じゃないか。


エースと取っ組み合いなんて勿論したことないし
口喧嘩も…したことないな


意見が対立することもなければ、私たちはお互いそういうタイプじゃないかもしれない。


私が、なのかな
つい最近ロイに食って掛かったのが初めての喧嘩?


アレも喧嘩じゃないか
一方的だ





ベポ!
いつかの雨の日、あの水道の前でベポに怒鳴り散らしたアレなら喧嘩に入るかも!


…懐かしい




──喧嘩は出来ねぇけど、いつでもウイを想ってる。傍にいれねぇけど、俺はいつでもウイの味方だ














ちょっと、都合良すぎたか






暖かいせいかな
今日は星の光が弱い気がする。


でもこの沢山の輝きのどれかが
エースで、母様で、パパで、エースの母様で、ゴールド・ロジャー。


どれが誰だか教えてくれたら、そればっかり見てるのに。


「ありがと」




今日はあんまりお酒も進まない
いいや、ゆっくりこうしてよう






ここに居れば私は一人じゃない


destruct at reality.