13-14
『そろそろだと思うんだけど』
「じゃあ浮上してきてよ」
ウォーターセブンを発った日から、何度かベポと落ち合う為の打ち合わせのでんでんむしをしてた。
色々話した結果、ポーラータングは海中を進んでくる事になった。
海中からの方がビブルカードの進む角度で距離が掴みやすいんだって。
私はローに言われた通り進行方向をルテインとウォーターセブンの真逆に合わせて進んでる。
船首部に置いた二つのエターナルログポースの針はその延長線が同じくらいの長さで交わってるし、上手く航海できてると思う。
「ベポ?」
『そろそろ肉眼でも確認できると思うから浮上する!波立ったらごめん!』
受話器から聞こえたその声と共に、でんでんむしからは終話を伝える音が鳴る。
浮上で立つ波で船が揺れる程近くに居るってこと?
凄いなベポ。
ログポースで島を目指すのだって、このグランドラインじゃ難しい事らしいのに
こんな方法で海の上で落ち合えるもんなのか。
船縁から顔を出して海面に目を凝らしても、まだ船影は見当たらない。
何日間か、色々考える時間はあった。
ベガス聖やロイ以外の知ってる人と、あれから初めて顔を合わせる。
エースが亡くなった事を、皆新聞で知ってる。
私にとってはエースは恋人。
皆から見ても、大切な友達。
こんな時、どんな顔してどんな風に接するのが普通なんだろう。
今でもしょっちゅう落ち込んでる。
でもこんなんじゃいけないって、思ってる。
生きるなら、エースが好きになってくれた今まで通りの私でいたい。
腫れ物に触るような扱いや同情は
なんだか居心地が悪そうだ。
どんなに哀れまれたって
エースが返ってくる訳じゃないんだから。
となれば
私がとるべき行動はもう決まってるよね。
…疲れそう。
ちゃんと出来るかな。
気が重いけど、やらねばと覚悟を決めて意気込んでたら
ぐらりと船が揺れた。
ザパァーン!
「わぁ!」
揺れるなんてもんじゃない。
大きく傾いた甲板の床に尻餅を着いて波しぶきの方を見上げると
そこに突如現れた黄色い潜水艦。
「あはは!ごめんごめん思ったより近かった!ウイ無事ー?」
扉の開く音と、謝ってる割に悪びれない親友の声。
これは心の準備もへったくれもない登場だ。
「わー!本当に髪短くなってる!良いじゃん似合う似合う」
「あ、りがと」
ポーラータングの船縁から顔を出したベポは
そこに肘をついて尻餅をついてる私をにこにこ見下ろしてる。
まだ浮上の時に巻き起こった波がフリーウィングを大きく揺らしてて
ちょっと結構びっくりしたのもあって立ち上がれずにいた。
「あーウイさん!この前ぶりっす!なんでそんなとこ座りこんでるんすか?」
「髪短いのも似合うっすね!雰囲気変わるー!」
わらわらと出てきたハートの海賊団の皆がベポの脇に並ぶように一列に並んでて
波も落ち着いて来たからそこから起き上がった。
「あー…うん。これも中々アレだけど。やっぱアレだな」
「そうだな。これが女だ。アレは女神だ」
「なによ」
揃いも揃って残念そうな視線を投げ掛ける皆は、私の不服そうな声に慌ててなんでもないと首を振った。
「ウイの色気が足りないって。海賊女帝に比べたらウイなんて乳臭いガキだって」
「…あぁ、ボア・ハンコック」
この辺りの海域は夏島が近くにあるのか暑くて
タンクトップとショートパンツ、その上に長めのシャツを羽織ってた。
尻餅着いたときにシャツがはだけて肩からずり落ちちゃってたから
なんか結構肌とか出てたとは思う。
そこで皆は私をGカップ以上は確実の、思い出すだけで抜けるグラマラスボディな美女と比べた訳か。
とんでもなく失礼だ。
哀れむような視線の理由をご丁寧に解説してくれたベポに、余計な事言うなと食って掛かる皆が黄色い潜水艦の上でわーわー騒いでる。
別に良いもん。
胸ない事くらい言われなくても知ってるもん。
「よぉ!ショートカット似合うじゃん。なんか幼くなったな!」
髪型のことで幼いって言ってるんだろうけど
シャチにそんな嫌味を言う能力はないんだろうけど
幼いに他意を感じてしまう私は捻くれてるんだろうか。
「こっち来いよ!昼飯食おうぜ」
「今日のお昼なに?」
「「「「「手巻き寿司!」」」」」
わぁ。
なんか大人数で食べると楽しそうなやつ。
「船停めてすぐ行く!」
碇を降ろして帆を畳みながら
いつも通りな皆に、私が思う程皆は私のこと気にしてないのかなって
少しほっとして
少しだけ寂しくなった。
「中涼しいねー」
「海中いたからかな。冬島とか近いとみんなガタガタ震えてる」
ポーラータングの中の空気は外とは違ってヒヤッてした。
この気温でこうなら確かに冬島が近いと地獄だろうな。
ベポはそのくらいが丁度良いんだろうけど。
「おいペンギン!摘まみ食いすんなって!!」
「してねぇよ」
食堂の扉から聞こえてきた声に
中で何が起こってるのかが簡単に想像できた。
いつになってもペンギンの摘まみ食い癖は直らないのか。
「食ってんだろ!…っとに」
「食ってねぇもん」
食堂に入ればそこからは酢飯の匂い。
そしてもぐもぐと何かを頬張りながら平然と嘘吹くペンギン。
「ウイちゃん久しぶり。似合うじゃん、髪」
「ありがと。…摘まみ食い、してるじゃん」
目があった途端寄ってきたペンギンにわしゃわしゃ髪を撫でられて、少し乱暴なそれに眉を寄せれば
そんなことなんて全く気にしない摘まみ食い犯はへらへら笑ってた。
「…良かった」
「ん?」
突拍子もない言葉の真意が読み取れなくて、伺うように顔を覗き込めば、にやって口の端を吊り上げたペンギンが頭をぽんって軽く叩いて
ダイニングテーブルの方へ行ってしまった。
なんだ?
「ウイこっち!こっちのが絶対食べれる!」
食いしん坊率の比較的少なめなテーブル目掛けてずんずん進んでくベポに腕を引かれながら
まぁいっかって
ペンギンがなに考えてるのかわかんないのはいつもの事だって
深く考えるのはやめておいた。
食卓には大量の酢飯と海苔
海鮮に限らず色んな具がところ狭しと並んでる。
お味噌汁まである!
「どしたのシャチ、やたらお料理の腕上がってない?」
「助手が出来たんだよ!凄ぇの!あ。おまえまだ会ってねぇよな!ジャンバール!!」
なんか、男の料理から凄い女子力高い料理にグレードアップしてる。
盛り付けとかも。
シャチが声を張って呼んだその“ジャンバール”って人は
女の人…?
また新しい仲間が出来たのか。
食卓についてる皆の顔を見渡しても、それは全部見知った顔。
見たことない人はいない。
この前会ったばかりの面子。
ジャンバール…さん?
…どんな人なんだろう。
「悪い、呼んだか」
「呼んだ呼んだ!ほら!あれが噂のウイだ」
ごくり
自分が唾を飲み込む音がやたらと大きく聞こえた。
「半月程前からここに加わった。ジャンバールだ。」
「あ、初めまして。商人やってます。ウイです。」
差し出された手はやたら大きい。
女の人かもとか思ったその人は
パパと同じくらい大きな体の厳つい顔した男の人。
この人が…ジャンバールさん。
「…凄いお料理美味しそうだから、女の人かと思ってました。」
「あぁ。昔から凝り性なんだ。」
無愛想だけど、悪い人じゃなさそう。
黒のタンクトップにムキムキの体を包んでるこの人にも、つなぎ作ってあげなきゃ。
「ご飯食べたら採寸しましょ!」
「…あぁ、悪いな。」
ジャンバールさんがこっち側のテーブルについて、残る椅子は向こう側に一つ。
あそこがローの席か。
テーブルの真ん中の席。
一番なんでも取りやすい席がローの為に取ってある。
皆普段あんなんなのにローのことはちゃんと船長として敬ってるんだろうな。
ガヤガヤと賑やかなその雰囲気の中で
この船の船長が現れるのを待ってた。
「あのレシピ本は…おまえが作ったんだろ?」
「ウイで良いですよ。ジャンバールさんも見てくれたんですか?」
こくりと頷いたその人は
ジャンバールで良い、とぼそりと呟く。
なんだろう。
この人絶対いい人な気がする。
はちゃめちゃ過ぎる人が多いこの船のクルーにしては珍しい人種だ。
「じゃあ改めて、よろしくね!ジャンバール!」
「…あぁ。」
テーブルの上に突きだした手は、遠慮がちに握り返された。
「…寿司か?」
「キャプテン遅い!!早く!!」
やっと登場したその人は
相変わらず寝不足なのか目の下の隈は健在だ。
ポーカーフェイスのその顔が目線だけ食堂の中を走って、それが自分のもとで止まる。
どくん
「お邪魔してた!」
「…あぁ。」
ちゃんと笑えてた。
心の中の箱の蓋も、閉じたまま。
声をかけた時
少しだけローの顔の力がほっとしたように弛んだ気がした。
分かりにくいようで分かりやすい
そんな些細な変化を、私はまだ読み取れてしまう。
あの習慣はまだ続いてるみたいで
一見荒くれ者の集団でしかないこの人達はちゃんと手を合わせていただきますってしてから
獲物に食らいつく肉食獣の如く酢飯と海苔に群がった。
「ウイぼけっとしてるとなくなるよ!」
「え、あぁ…うん」
食卓の上を見たとき、こんなに沢山食べきれるのかなって思ったんだけど
今は足りるのかなって心配だよ。
「梅出して良いの?」
「嫌いなヤツは食べなければ良い」
確かに。
ジャンバールはこんな大きな体をしてるのに
海苔に酢飯を平たく綺麗に乗せては
きゅうりと叩き梅を欲張り過ぎずにトッピングしては鮮やかにお寿司を巻き上げた。
あぁ、うん。
この素敵な盛り付けは間違いなくこの人の犯行だ。
凄い繊細。
見かけによらず。
真っ先に肉や海鮮に飛び付かずにさっぱり系な手巻きを作るのにも驚いたけど
欲張りすぎて巻ききれてない皆の手元の物体ばかりが目につくから尚更、その光景は異様に見える。
「食べるか?」
「え!?良いの!?わーいありがとう!」
女子力の高さに驚愕してガン見してただけなんだけど
くれるっていうからその美味しそうな手巻き寿司を頂くことにした。
「うまっ!この梅普通の梅じゃない!」
「生姜とネギと大葉を刻んだのと味噌とはちみつを混ぜた。」
…なんと!!
「…すんごい美味しい!これ作り方教えて!」
「構わない。俺もあのレシピ本のことで聞きたい事がある。」
話の途中で結構頬張っちゃったせいで返事が出来ずにいたから、こくこく頷いて了承の意を伝えれば
厳つい顔のジャンバールの目尻が少しだけ
ほんの少しだけ下がった気がした。
なんだかそれが
とてつもなく嬉しかった。
気なんて張らなくても、私楽しんでる。
これもお薦めだって
ジャンバールは漬けサーモンとアボカドとクリームチーズをこりゃまた綺麗に巻いてくれて
外れな訳がない!って受け取ろうとしたそれは
私の手に収まる前に鮭大好きな白熊に掠め取られた。
「やるなジャンバール!美味しい!」
「ちょっと!それ私の!!」
親指を突き立ててジャンバールにグッジョブサインを送るベポの手の中の獲物にかぶりついて
半分になったそれを奪い返した。