13-15
「まだあるんだから喧嘩するな」
「どんだけ食い意地張ってるの。全く」
お寿司を頬張りながら、先に盗ったのはベポじゃんって睨み付けた。
じと目で見下ろしてくるこの熊の悪態が愛情表現だって知ってる。
そんな私たちをやれやれと肩を竦めてるジャンバールの視線は、まだ会ったばかりだというのにどこか温かい。
楽しい食事の時間
ジャンバールの背後にあるもう一つのテーブル
そこの中央に座る人の目が、さっきからずっとこっちを向いてる気がした。
気付いてたけど、そっちを向けなかった。
もう一個作って貰った手巻き寿司をベポと取り合いながら
酢飯も具も欲張りすぎたエイジくんのほぼおにぎりの手巻き寿司を笑いながら
ジャンバールに食べたい具を伝えて巻いて貰いながら
ずっと感じるその視線に気付かないふりをしていた。
皆と居ると
思考が暗い方向に引っ張られなくて済む。
でも
この視線はまだ駄目だ。
あの目に見つめられたら
私の中で何かが変わってしまう気がする。
今の自分じゃいられなくて
色んなものが捻れて歪んで
立て直せなくなる。
見ちゃ駄目。
気付いては駄目。
「ウイほら、作ったげたよ。あげる」
「自分で食べな」
きゅうりオンリーの手巻き寿司を渡そうとしてくるベポの手を
無理やり顔に持っていって口に突っ込んだ。
「きゅうりの味しか…しない」
「でしょうね」
眉を寄せてなんとも言えない顔をしてるベポを見て皆が笑いだす。
私も声をあげて笑った。
わざとらしいくらいの笑顔だったと思う。
顔は笑ってた
皆でご飯を食べるのは無理してるとかじゃなく楽しい
私に向けられた視線の元で、その瞳に私はどう映っていたんだろう。
けたけた笑いながらも
心はどこか違う所でそんな自分を冷静に見てる。
そんな、変な感覚だった。
「お腹いっぱーい」
「満腹ー」
楽しくて美味しくて
つい食べ過ぎた。
ソファーにぐでっと座るベポのお腹を枕にして倒れ込めば
お腹いっぱいだからそれやめてって文句が頭上から聞こえてくる。
なんだか懐かしくて
久しぶりに楽しくなっちゃって
わざと頭をぐりぐりお腹に食い込ませた。
「ぐえ!」
「仕返し」
胃の辺りをもふもふの拳が押してきて
やめてよってじゃれあいながら
満腹で少し微睡む午後の時間は過ぎていった。
「採寸しよっか!ジャンバール!」
「頼む」
ベポのお腹枕でうとうとしてたら
洗い物を終えたらしいジャンバールがリビングに入ってきた。
洗い物は当番制らしい。
新入りだからって、ジャンバールはほぼ毎食自主的に洗い物してるんだって。
本当に見た目によらない人だ。
多分、いや絶対に
この人一番歳上なんだと思うんだけど。
いつの間にか夢の中なベポを起こさないようにそっと起き上がって、フリーウィングに場所を移動した。
待っててって、ジャンバールをリビングに残し部屋にメジャーとメモを取りに走る。
「お待たせ!」
「いや、待ってない。…この船で一人航海してるのか?」
きょろきょろとかじゃない。
ゆっくりした動作で船を見渡すこの人は大人の余裕っていうか、落ち着きがあるっていうか
そういうのが色んなとこに滲み出てる。
「うん!素敵な船でしょ!フリーウィング号っていうの」
「良い船だ」
結んでいたメジャーを解きながら、エターナルポースのコレクションケースや麻雀セット、皆と縁があるものを目に映しては少しだけその視線を止めるジャンバールを観察してた。
口数は多くないけど、なんだかそれを居心地が悪いと捉えさせない人だ。
「ジャンバールはどんな経緯でハートの海賊団に入ったの?」
肩幅から行くか、と背の高いジャンバールに後ろ向きに立って貰ってソファーの上からその丈を採寸する。
その背中は大きすぎて、腕を伸ばしきっても一回じゃ測れなかった。
「あの男に…船長に救われた。俺は今まで天竜人の奴隷だった」
袖の採寸に移った手が、ぴたりと止まった。
「天竜、人…の?」
「あぁ、気にするな。ベガス聖だったか?友人なんだろう?」
ベガス聖以外の一般的な天竜人が
奴隷を持つことを好むのは知っていた
「友達で、恩人…だけど…、嫌な感じしないの?」
「何も思わない訳じゃないが…俺の受けた仕打ちへの責めは張本人にぶつけて然るべきだ」
止まってしまった手を動かしながら、ジャンバールはやっぱり大人だなって思った。
海軍をひと括りにしてロイを責め立てた自分が凄い子供みたいで、至らないなって
自分で自分が恥ずかしい
「ジャンバールって一番年上でしょ?ハートの海賊団で。それなのに新入りだからって色々動いてて、逆に大人の余裕を感じるよ」
「やりたくなければしなくて良い事を…選べるという自由に浸っているだけだ」
なんかやっぱり大人だ
人生経験が段違い
前にソニアに言われたな
経験を生かすも殺すも自分次第、的な事。
古傷の目立つジャンバールの体の採寸をしながら
この傷は受けた時は痛かったんだろうなって
体だけじゃない
心にも沢山の傷を抱えてる筈。
でもこの人はそれを自分の糧にして成長して
こんなどっしりと構えられる人になったんだろうなって思った。
私もなれるかな
「会ってみたかった」
「え?」
胴回りの長さをメモしながら
あまり口数の多くないジャンバールがふと口にした言葉の意味を問う。
「クルーはウイの話ばかりする。」
「…そう、なの?」
あぁと頷くジャンバールとぶつかる視線。
なんか恥ずかしくなって、目を逸らして股下にメジャーを走らせた。
「どんな女なんだろうと思っていたが、実際に会ってみて…なんとなくその意味がわかった」
「それは…良い意味なのかな」
嬉しい
皆が私がいない所でも私のことを考えてくれてたことが
会ってみてわかったっていうのがどういうとこなのかはわからないけど
傍に居なくても常に想って貰える理由があるって言われたみたいなその言葉が
「さぁ、どうだろうな」
からかうような笑いとともに聞こえてきた穏やかな重低音は
恥ずかしくてこそばゆくて、温かかった。
「じゃあしょっぱい梅干しのが合う?」
「甘味で調整すれば何とでもなる」
すっかり打ち解けたジャンバールと、お料理の話をしながらポーラータングへ戻ってきた。
元から料理好きと思いきや
ジャンバールはハートの海賊団に入ってからそれに目覚めたらしい。
それでこのアレンジ力
末恐ろしい
「しゃぶしゃぶとかに乗っけても美味しそうだよね、あれ」
「そこに多少ポン酢かけても旨そうだ」
なるほど
それは是非とも食べてみたい
本当にあの梅は美味しかった。
蒸し鶏とかにのっけても美味しそう。
こういうお料理の話できる相手って今までいなかったから
シャチは自分からアレやってみよう!って発想はないもんな。
見た目はゴツい強面のおじさんなのに
女の子と話してるみたい。
今日の夜にでも一緒に作ろうって話してたら
船長は梅抜きだなって、ジャンバールが苦笑いしながら呟く。
「そうだ。ロー梅嫌いなんだった」
「うっかり出そうものなら暫く不機嫌だろうな」
自分の前に並べられた皿に梅が混入してるローを思い浮かべる。
大分深めに眉間に皺が寄るのが簡単に想像できて
二人で顔を見合わせて笑った。
バタン!
「ウイ!!?…んだよ…ったく。」
「え?…どしたの」
ポーラータングの廊下を歩いてたら
突然物凄い勢いであいたリビングのドアから顔を出したシャチ。
慌てた様子のその人は
人の顔を見るなり盛大なため息をついて部屋の中へと戻っていった。
「なんだろ」
「なんだろうな」
首を傾げながら隣を歩くジャンバールを見上げると、肩を竦めては同じように不思議そうな顔を浮かべてる。
不可解な行動を取った張本人が居るだろう部屋の扉を恐る恐るあけてみた。
「…どこいってた」
「え?フリーウィングに、採寸に」
げんなりした顔で腰に手を当てて頭を抱えるローと
寝惚け眼のベポ
それに股がるペンギンに
同じくげんなりしながらこっちを見てるシャチ
わぁ
初代勢揃い。
「一声掛けていけ」
「だってベポ寝てたから」
これはもしかすると
急にいなくなって心配かけちゃったんだろうか。
なんだか重苦しい空気が堪らなくて
自然と視線は床に向いた。
「すまない、俺が頼んだ」
沈黙の続く空気を打ち破ったのはジャンバールだった。
…やっぱり大人だ。
誘ったのは私なのに。
採寸しながら、こっそり教えて貰った話。
ハートの海賊団の皆は
あえて私にエースの話をしないようにって事前に取り決めてたんだって。
どうせ触れても無理して笑うからって。
私が話し出すまでそこには触れずにいようって。
なんだかそれを聞いた時
きゅって胸が締め付けられたの。
急に居なくなった私を心配してくれてたみたいな皆を目の当たりにすると尚更。
愛されてるなって
大事にされてるなって
私がしようとしてる事なんてお見通しで
面倒臭いのに
尊重してくれてて
なんとも言えない感情が胸を締め付けたの。
ジャンバールは大人だから、場を納める為に落とし所を作ってくれたってローも分かってるみたいだった。
軽く気を付けろって言われただけでリビングを出ていくジャンバール。
後でなって、夕飯の準備を一緒にする約束をこっそり取り付けて通りすがるこの人に、ありがとうって気持ちと同時に沸き上がる
行かないでという感情。
私の行方不明事件はジャンバールが罪を被ってくれて一件落着なんだと思うんだけど
この沈黙はなんなんだろう。
気まずい。
気まずすぎる。
きっと聞いちゃったからだ。
皆が気を使ってエースの話に触れてこないって。
ベポと一緒に居るものだと思われてた私が居なくなってて
心配したけどその理由を話す訳にもいかなくて
そんな皆の事情を聞いてしまったから。
同じく居たたまれない雰囲気がむんむんのシャチが気の毒。
まだ眠いらしいベポは急に起こされた事に不満満載だし
ペンギンは普段通りのほほんとしてる
ローは空気なんて我関せずといった具合にこの険悪な雰囲気をものともせず不機嫌オーラを撒き散らしてる。
シャチと私だけが、内心どうしようって肝を冷やしてた。