13-17
「お腹いっぱいな時の洗い物地獄ー。ジャンバール!もう一人でできるよな!」
「こらベポ!当番なんだからちゃんと洗いなさい」
麻雀の続きをしに皆が出ていってしまったリビングはガランとしてて
文句を言いながら洗い物当番をジャンバールに押し付けようとしたベポがちぇっと舌を打った。
ベポはなぜかジャンバールには強気だ。
ジャンバールは手伝ってあげてるだけなのに。
…全くもう。
カチャカチャと皿がぶつかる音と水が流れる音。
逃げそびれたベポは諦めたのか黙って手を動かしてるし
今日は作らなかったからって普段皿洗い当番を免除されてるシャチがジャンバールが泡を流した食器をテキパキと拭いていく。
同じく当番のペンギンは洗うのも流すのも拭くのも雑だからって皿を食器棚に戻す係。
何となく他の皆とリビングに戻りそびれて、シードルの瓶に口を付けながらその様子を眺めてた。
どうしよう。
このまま今日は眠くなっちゃったからってフリーウィングに戻っちゃおうかな。
楽しかったけど
なんだか疲れた。
「皆朝まで打つのかな。私眠たくなってきた」
「逃げんなよ。引っ込むなら俺に負けてから寝ろ」
シードルの瓶を片手に向かい側の椅子を引いてそこに腰を降ろしたのは
洗い物当番には無縁の船長様々。
「離脱したらもう私の点数増えないよ?ローなら二、三局打てば捲れるでしょ」
「それじゃつまらねぇ。直接負かしてやるからまだ寝るな」
…負けず嫌い。
帰りそびれてしまった私は口を尖らせながらじと目でそれを引き留めた相手を睨んだ。
どくん
鼓動が跳ねた心臓を落ち着けるようにシードルを煽る。
にやって
好戦的に笑うローの目がどこか優しくて
負かしてやるって
きっと麻雀卓に付けばえげつない程私一人に狙いを定めて挑んでくるんだと思うのに
そんな事考えてる筈のローの目は
他の人に向けるそれと違う。
ドキドキと早鐘を鳴らす心臓は
折角薄らいで来てたこの人への意識を呼び戻してしまった。
窓の外で夜空に浮かぶ星に
今胸の中で騒いでるこの感情はなんだか後ろめたい。
ローにも窓の外にも目を向けられなくて
視線はずっと手元に向いてた。
「あ、あのね!そういえば私ドフラミンゴと取引があって!中々有益そうな情報手に入っ───
「待て。それはどういうことだ」
ドキドキを誤魔化そうとして切り出した話。
言葉を遮られる前に
ドフラミンゴの名前を耳にした途端ローの雰囲気が目に見えて変わったのはわかってた。
「ブラーヴェに依頼があって!シードルを直で卸して欲しいって。凄く気に入ってくれててね、個別にオリジナルのお酒作って欲しいって依頼も──
「いつだ。それは」
これは、思ってた以上に空気がピリついてる。
これじゃまるで尋問される容疑者だ。
事情を問うその声は、いつも以上に抑揚がない。
「いつ…だったかな。結構前かも。そんなことより絶対耳寄り情報だよ!ドフ──
「っざけんじゃねぇ!!」
怒鳴り声と共にテーブルに打ち付けられたシードルの瓶。
既に苛立ってたローを誤魔化そうと浮かべてた笑顔が
珍しく感情を全開にしてぶつけてくるローの怒声にぴしりと固まる。
「ちょっと…キャプテンどうしたの急に」
「煩ぇおまえらは黙ってろ。耳寄り情報?てめぇいつからドフラミンゴと接触してた。アイツがヤバいのはおまえも知ってるよな」
キッチン側に居るベポが異常に気付いてかけてくれた声は
ぴしゃりと切り捨てられた。
「…知ってる、けど。でもお客さんだよ!私が自分から売り込んだ訳じゃ──
「いつからかって聞いてんだろ。なんで今まで黙ってた。何かあってからじゃ…遅ぇのわかってンのか!!?」
ローに蹴り飛ばされた椅子が、大きな音を立てて床に倒れる。
これは怒ってる。
とんでもなく怒ってる。
怒るんだろうなってわかってた。
だから黙ってた。
「なん、もなかったし。ちゃんと気をつけた。今だって現になんともないじゃん。」
「結果論の話してるんじゃねぇよ。何度目だ?この手の話をおまえにするの。いい加減学べ」
一方的に責められて
有無を言わせない言葉が次々に降りかかる。
「おまえ自分が頭回るとでも思ってんのか知らねぇけど…とんでもねぇ馬鹿な真似してんのわかってんのか!!?」
…馬鹿だよ
そりゃ、ローに比べれば。
怒られて萎縮してしまってた筈の頭は、気付けば苛立ちでいっぱいだった。
「勘違いすんじゃねぇ、自惚れんな馬鹿女が!!」
ぷつん、と
頭のどこかで何かが切れた音がした。
「…ローに比べれば馬鹿だよ!確かに!!でも私だってちゃんと考えてる!!」
「馬鹿も阿保もそのくそみてぇな頭で考えてんだろうな!おれは考えて出たその結論が馬鹿だっつってんだ!!…自覚がねぇとは本物だな」
わぁ…
食後の幸せいっぱいのお腹で、お酒飲みながら和やかに話してたと思ったら
一体何がどうなってこんな事になったんだろう。
「…んでローにそこまで言われなきゃいけないの!!?少しでも役に立てたらって思うのはそんなにいけない事!?」
「頼んでねぇっつってんだろ!!寧ろ何度も言ってるよな、危ねぇとこに首突っ込むなって。そのめでてぇ頭はンな簡単な事も分かんねぇのか!!!」
キャプテンが声を荒立ててあんなにむきになって怒るのも珍しいけど
ウイのこれも中々な珍事件。
こんなウイを見たのは
いつかの雨の水風船戦争の時以来。
「危ない事くらいちゃんとわかってた!!だからちゃんと気を付けたし準備もした!!」
「わかってやってんならやっぱり学ばねぇ馬鹿だろうが!!いつまで続ける!てめぇはいっぺん死なねぇとわかんねぇのか!!」
俺は前に見たことあったけど
シャチとペンギンはこんなウイは初めて見たのか
俺以上に度肝を抜かれたような顔で目の前の光景を凝視してた。
ジャンバールなんかはウイは元々こういう人って認識になったのかな。
今日初めて会った訳だし。
「ちゃんと出来たじゃん!!何事もなく!!上手く情報仕入れてこれたじゃない!!」
「俺とおまえの繋がりが100パー気付かれてねぇ確証がどこにある!!アイツはおまえなんかの何倍も頭が回る!!」
いつかも見た、あの怒りがこもりまくったウイの目。
口調も荒ければわなわな震えてるようにも見えるその小さな体は
泣いてこそいないにせよ興奮してるのが一目でわかった。
本当に
何がどうなってこんな事になったんだろう。
「上手くいったと簡単に思うようなこんな馬鹿女相手じゃ、アイツじゃなくともちょろ過ぎんだろ!!闇で生きてる人間舐め腐ってんじゃねぇ!!」
あぁ、ドフラミンゴの話してたのか
ウイちゃんが仕入れたらしいドフラミンゴの情報をキャプテンに話して
それで激昂したキャプテンにウイちゃんが逆切れ。
なるほど。
「もう良いよ。…ハイハイ、私が悪かったです!馬鹿がでしゃばって申し訳ありませんでした!!」
明らかに反省してない
投げやりな態度でそう吐き捨てたウイが食堂から出ていった。
不機嫌な人特有の、あのドアバタン!って閉めるお約束の行動付きで。
「キャプテン…?ちょっとアレは…言い過ぎっていうか…言い方ヤバかったんじゃない?」
「事実だろ」
恐る恐る親友を弁護しようとする図体のデカい白熊。
こっちもこっちで苛立ちが収まらないキャプテンがシードルを煽っては瓶をテーブルに乱暴に叩きつけた。
わぁ、怖ーい
「ウイもさ、今エースの事とかで…いっぱいいっぱいなの無理して明るく振る舞ってる訳じゃん?キャプテンだって気付いてたでしょ?」
「それも頼んでねぇ、アイツが勝手にやってることだろ」
ベポがウイの肩を持ってなんとかキャプテンを宥めようとしてるけど
まるで無意味。
キャプテンはアレだ。
普段あんま怒んないけど、ぶち切れると感情論がまるで通じない。
理屈上間違った主張をしないこの男を言いくるめるのは、結構な無理ゲーだ。
「…ねぇ、追っかけなくて良いの?」
「追いかけてどうする。調子乗んだろ更に。放っとけ。少しは痛い目見るべきだ」
聞く耳持たず。
さて…
仲違いしてくれてるなら
ハイエナさんは美味しいとこご馳走にでもなりましょうか。
「おい…聞こえなかったか。放っとけって言っただろ」
「ごめんねキャプテン。俺実は共犯なんだわ」
そろそろと食堂を出ていこうとすれば、待てと言わんばかりに睨まれる。
「俺知ってた。ウイちゃんがドフラミンゴと接触してんの。知ってて黙ってた」
「てめぇ…どういうつもりだ」
これはセカンドラウンド開始だろうか。
キャプテンの瞳にギラリと怒りが再燃する。
残念だけど
俺は乗っかってあげる程激しい心は持ち合わせてない。
「でんでんむしで何か様子おかしかったから白状させたらそんな話だっただけ」
「止めろよおまえも。何で黙ってた」
あら怖い。
怒りで吊り上がりきった目が射殺す勢いで睨みつけてくる。
「ウイちゃんとそう約束したから。言って聞く子じゃないでしょ。なら隠されるより状況聞けた方が安心かなって」
「てめぇが甘やかすからアイツも調子乗んだろ!!」
ダメだこりゃ。
頭に血が昇ってるキャプテンはもうそれしか頭にないみたいで
なんでそうしようと思ったかとか
ウイがどんなヤツかとか
普段なら考えられる色んな状況にまで頭が回ってない。
「そう。だから共犯。ウイちゃん一人で心細いだろうから俺はあっち行くね」
「待て!!勝手なことすんな」
俺が勝手な事しかしないのなんてもう飽きる程知ってるんだろうに。
何を今更そんな無駄な事言ってんだろ。
「やだ。俺はベポと違って謝りに行けとか言わねぇから。寧ろ存分に仲違いしてれば良いんじゃない?…そっちのが俺としては美味しいし」
未だにガン垂れてるキャプテンを嘲笑うように
じゃあねって一言残して食堂を出た。
扉を閉めた後部屋の中から何やら物騒な物音がしたのは
意外と物に当たる癖があるらしいキャプテンがまた椅子でも蹴り飛ばしたんだろう。
…甘やかしてる自覚はある。
でも俺が好きになったのはそんな女だから。
危ない事はして欲しくないけど
馬鹿と罵られてたその子は人並み以上に頭が回る。
そんなことキャプテンだってわかってる筈なのに。
…過保護なのはどっちなんだか。
外へと続く扉を開ければ、フリーウィングがちゃんとポーラータングの隣に停泊しててほっと息を着いた。
結構激しい気性をお持ちらしいウイちゃんなら、夜中だろうと思い立ったら即行動で船出してたりすんのかなって思わなくもなかったから。
船室に明かりは灯ってなくて
暗闇に目を凝らせば船首部の船縁に肘を着いて空を見上げてる小さな背中を見つけた。
さて。
どうせ長くは続かないんだろうけど
束の間の独り占めタイムを楽しみますか。
本当、一生喧嘩してたら良いのに。
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