13-21



「あーもー。勝てる訳ねぇじゃん」


結局ボロ負け。
相手側もちゃんと攻める気で打ったから。





チェックを逃れる度に使い勝手の良い駒を取られる。
逃げに逃げ延びた後に出来上がったチェックメイトの形はまるで四面楚歌。

白のキングを取り囲む無数の黒い駒。


無理ゲーにも程がある。
やさぐれながらテーブルの上から棋譜を掠め取って答え合わせをすれば
そこに記された譜面は白の勝利で終わっていた。


「は?マジか」


あの状態からどうやって。


勝利地点から遡ってそれを辿ると
棋譜並べを放棄したすぐ後に打たれた一打逆転の奇跡の手。










これ狙ってあの形作ったのか。




動きの性能で格付けするならぺーぺーも良いとこなポーン。
込み入った戦局の中で、それは実に嫌な桝に歩みを進めていた。






これは面白い。
斬新。


でもなんかこのヤリクチ、ウイっぽい。
チェスに限らず色んなとこが。


そっか。
ウイはこういうの見て戦術を学んでたからあんな性格悪い作戦思い付くのか。


納得ー。



「これも面白ぇじゃん。次の次だっけ?ウイちゃんのオススメ」


パラパラと棋譜を捲れば
そういえばさっきから返事がない事に気付いた。


こっち見んなと謎の理不尽な命令を下した背中に引っ付く存在は
耳を澄ませば規則的な寝息をたててるように聞こえなくもない。


「ウイ?」









これは…寝たな。


ため息を吐きつつそっと首だけを後ろに向けた。






そこには俺の背中にすがり付くように眠るウイの姿。







「勘弁してよウイちゃん。また生殺しな訳」


どうせ手を出せないなら、起きてて欲しかった。
こんな風呂上がりな軽装で無防備に寝られたら
ペンギン先生の悪戯心がひゃっはーしちゃうでしょ。








「ウイちゃん寝たの」


体を起こすと、空気に触れた背中がひんやりした。

俺の熱がなくなった事が気にくわないのか、目を閉じたまま眉を寄せてそれを求め手繰り寄せようとする細い指がソファーを這う。


それが何か可愛くて
本人夢の中で自覚ないんだろうけど
求められてるみたいに錯覚してしまって


トロすぎて捕まらないで居ることなんて楽勝なそれがソファーに付いてた手を握り締めるのをされるがままに見てた。


きゅっと緩い力を手に感じると同時にふにゃりと弛む天使みたいな寝顔。


「据え膳って言葉知ってますかー」


全く。
これで手ぇ出せないとかどんな罰ゲームよ。


横向きに寝てるせいで短くなった髪が顔にかかってて
それを掴まれてない方の手で払ってやればくすぐったいのかまた眉を寄せる。


薄く開いた口から覗く白い歯に守られたその奥。
くっつかれてたとこ以上に熱いんだろうなって思うそこに、踏み入りたい。


「んぅ…」


握られた手に力を感じたと同時に
身動ぎしたウイが背もたれの方に寝返りを打った。





なんか


俺こっち側居るしこっちのが広くて伸び伸び寝れるのに
そっぽ向かれると振られた的な気分になるんですけど。


「ウイちゃん起きて。部屋で寝なさい」


軽く揺さぶっても眉を寄せるだけで決して起きないこの子は、そういえば大層寝汚いことで有名だった。


部屋着的なラフな服装。
Tシャツにワイドパンツ。


膝立てて寝てるせいで、立ってる時は膝の下までを覆い隠すだろう布地が、太股でたごまってる。


そっと裾に指を差し込んで捲り上げれば
そこにはさっき自分が付けたキスマークが顔を覗かせた。


ショーパンで脚出してた時も
目の前で梯子昇るって大サービスもおいしかったけど


なんでこう、チラリズムってエロく見えんだろ。


さっきまでの方が見えてる面積は広かった。
それなのに隠されてる所を覗く行為はそれとは違ったなんとも堪らん気分になる。





「んっ……めてよバカ」

















そっと所有跡に指を触れた途端、その細い脚がびくりと震えた。

鼻にかかったような甘い喘ぎ声もどきに気を良くしたのも束の間、脚は閉じられてしまい更には飛んでくる暴言。



…機嫌の悪さは夢の中でも続行らしい。





「ウイちゃん部屋で寝なさい」
「…ぅん」


さっきのでやや眠りが浅くなったらしいウイは寝言でお返事モードに突入したらしい。


「ここで寝んの?」
「…ぅん」


器用に返事だけをちゃんと返すこのイエスマンで、少し遊んでみよう。


「ウイ俺のこと好き?」
「…ぅん」




「キャプテンよりも好き?」
「…ぅん」






「ちゅーしても怒んない?」
「…ぅん」





「じゃあこのままヤっちゃっても良いの」
「…ぅん」











絶対聞いてないの分かってるのに
アホ過ぎる返事を返すウイに自然と頬が弛む。









でもちゅーぐらいなら、しても良いよね。






閉じられた瞳を縁取る睫毛
半開きな口元
起きてる時よりあどけなく見えるそんな寝顔につい目を奪われる。










…あんな自分よがりなキャプテンなんて辞めて
俺にしたら良いのに。





誘われるように寄せた顔。
見てくれが良い女なんて他にもいっぱい居るのに。




どうしようもない程自分を省みなくて
他人の為に一生懸命で
自分の“弱さ”を晒すのが苦手で仕方ないこの子。


弱い癖に強くて
弱い癖に一生懸命で


そんな自分を省みずに他人のことばっかり考えるウイが
危なっかしくて
真っ直ぐ過ぎて
放っておけなくて、堪らなく好きになってた。


誰でもその本音に気付ける訳じゃない。
だからそんな強がりを、俺が支えてやりたいと思った。


強がりだろうと素だろうと
ウイの笑顔は周りを明るくする。

楽しい事に貪欲なそんな姿をただ可愛いと思う。


何にも無理せず笑わせてやりたい。
そんな笑顔を隣で見てたい。

その笑顔を作る為に隠してる弱さを
俺に支えさせて欲しい。


「…ん…」




数センチにも及ばないその距離を詰めようとすれば
手に感じてた圧迫感が突然消えた。














唇に重なる柔らかい感触。
首を抱え込む細い腕。


そこに届く前に
向こうから寄ってきたそれ。




柄にもなく頭が真っ白になった。




少し遅れて、心臓が煩い程大きな鼓動を刻み出す。













ねぇ、ウイは誰だと思ってこんなことしてんの。


どうせ俺にじゃ…ないんでしょ?







がっしり首をホールドされて動けないこの体勢で
唇を合わせながらも尚求めるように啄んでくるこの無自覚な悪女。


思い当たる節なんてない。
ウイは確実に夢の中。






きっとこの本人の自覚のない行動は
別の“誰か”に向けられたもの。






それは恐らく
…さっきまで文句ばっかり言ってた誰かさん。



こんなに煩い心臓の音は初めて聞いたかも。
得体の知れない自分に動揺する。



好きな女にいきなりちゅーされたらそりゃこうなるか。
例えそれが







虚しいモンであろうとも。






抱き付いてきたせいでソファーから離れてしまった背中に腕を挟んで、その細い体をそっと元の場所へと戻させた。


「…んっ…」


重なったままの唇を割って舌を滑り込ませれば
こっちが驚く程従順に応えてくるそれは尋常じゃない程甘い。















俺本当に
どうしちゃったんだろ。










好きな女がキスに応えてくれる。


「…んぅ…」


繋がった唇から漏れるこの鼻にかかったような甘い吐息は自分がもたらしたもので
首を抱え込む腕は更に距離を詰めたいとばかりに俺を引き寄せる。







これはずっと欲しかったものの筈なのに
どこかで何かが冷えていく。













あぁ、そうか。
思い当たりすぎるんだ。


自分が普段女を抱くとき相手に何を重ねてるか。
今ウイの頭の中で俺がどういう扱いなのか。


思い当たりすぎて虚しいのか。



人にした事は自分に返ってくるって
つまりこういうこと。



なるほど。
良く聞く格言もあながち嘘じゃない。








普段なら相手が誰だろうがその気にしかならないこの行為も
それが好きで仕方ない相手とのものだったとしても

好きな相手だからこそ
気持ちのないキスはその辺の女との戯れ以下だ。









なにこれ。
自分の気持ちの重さにひく。








拒否られても嫌がられても
俺だって認識してて欲しい。





これは俺の欲しいものじゃない。









くぐもった声だけが時折静かなリビングに響いてた。







虚しくても
違うと思ってても
それでもやっぱり欲しくて。



誰にも邪魔されずに堪能できる
虚像の天国から抜け出せずにいた。






久しぶりに
安心して寝られたの。


夢の中なのかなって思う空間はいつも通りどこまでも白くて
それでも何かが違った。

ほんの少し、暖色の混ざった白。
あったかくて、なんだか安心できて

ここには私を攻撃する人は居ないって、なぜだかそう思えたの。


あの子達はここには居ないって
居たとしても私の所にはこれないって


なんだかそんな根拠のない安心がここにはあった。


















「ん…」


目の奥に感じる白い光の刺激。

鈍い頭痛のようなそれに呼応するように浮上する意識の中で、誰かの背中が見えた気がした。

誰だろう

見たことのある、寧ろ見慣れた筈の背中。
でもなんでかそれが誰だかわからなくて
それでも私はその背中に振り向いて欲しいって思ったんだ。

こっちを向いて欲しい
顔が見たいって。




でも伸ばした手が届くより早く
焦がれたその顔がこっちを振り向くより前に


急に色を感じとる視覚からの情報が
夢の世界からの帰還を知らせた。














これは、人だ
男の人


暖かい温もり
筋肉質な腕枕








エース…?




むにっ


「っ!!…ぎゃーーーーー!!!」













自分の叫び声に自分で驚いた。
驚き過ぎてうっかり突き飛ばしてしまった存在が床に転がってるのを申し訳なさ半分



「おはよ…朝から激しいねウイちゃん」



何してくれんのよって突っ込み半分なパニックな頭で見てた。


転げ落ちたまま床に座り込んで欠伸してるのはペンギン。
なんでエースだなんて思ったんだろう。


っていうか胸!
胸揉まれた!!



っていうか!!


「なん…で?」
「自分から誘っといてそれは酷くない?」


突き飛ばすより前、一緒に寝てた。


…誘った?










なんだか色んな衝撃が一気に襲いかかって来すぎて頭が着いてこない。
顔に熱が集まったと思えばそれは急にさーっと引いていって


「覚えてないの」
「…」












『こっち向かないで!!』

















忘れたい。
なんであのまま寝たんだ私。


「積極的なの嫌いじゃない」


恥ずかしいんだか後ろめたいんだか分からない。
でもニヤって笑ってるペンギンの目が、見られなかった。



destruct at reality.