13-22
「あの…、何かありました…か?」
「何かって?」
色んな顔向け出来ない理由を隠すように覆った指の間から、こっそりペンギンを伺い見る。
もう声色もそうだけどやっぱりペンギンはニヤニヤしてて
そのニヤニヤの原因が何なのかが気になるけど聞きたくない。
でも何かあったなら聞いとかなきゃ困る。
「その…誘ったとか、なに?」
「お年頃の男女が一緒に寝てるって、そういう事なんじゃないの?」
ヤっちまったのか…!
これは!!
これはやっぱりそうなのか!!?
呆然としつつも空恐ろしくなって自分の腕を両の手で抱き締めた。
お腹を膨らましたりへこませたり
脚を着いたまま体を捻るように揺すってみても
話に聞いていた痛みや違和感は感じない。
これはアレか!
カレンとかあゆみちゃんから聞いた初体験の情報とか!
ペンギンとかシャチがたまに「あの女は流石に弛すぎる」とか言ってるアレ。
知られざる自分の女の魅力の低さに絶望しつつわなわな体が震えだす。
総評すると私はとんでもなく弛いと!
なんてこった。
これはどういう事だ。
胸がないのはわかってた。
でもそっちの方まで手負いの身だったとは…
いや違う!
違くないけど違う!
今はそこよりペンギンとそういう仲になっちゃった事が問題!
そして私が誘ったという!
それが問題!!
…だって
エースがここに居るみたいに思えるかなって
いつもの定位置にぬくもりがあれば
エースが居てくれるみたいに思えるかなって
嘘でも思い込みでもなんでも良くて
そんな気持ちに浸りたくなって。
…自業自得だ。
ペンギンが私のこと好きだって知ってる。
この人意味不明だけど私が嫌がることしないって、我儘聞いてくれるって、痛い程知ってる。
そこに漬け込んで自分よがりなことしたせいだ。
私はペンギンにも酷いことした。
「百面相?…ねぇ、なんで昨日くっついて来たの?」
「…」
…なんて言えば良いんだろう。
どう伝えても自分が最低過ぎて、本当の事なんて言える気がしなかった。
「えっと…あの、……ごめん、なさい」
「言えないこと?」
言えないんじゃない
言いたくない。
人の気持ちを利用して自分勝手な寂しい気持ちを埋めた。
これは知られたくない私。
…どうしよう
「言いたくないなら聞かない。ひっぺがそうと思えば出来たのにしなかったのも俺だし」
「あの、本当に…ごめんなさい」
問い詰められなさそうな雰囲気を感じて狡い私が心の中でほっと息をついてる。
聞かれても、嘘に嘘を重ねた事でしか答えられなかったと思うから。
…それはそうと。
床から起き上がって伸びをしてるペンギンをまじまじと見つめた。
この人とやらかしてしまったのか。
私は。
初体験を覚えてないってどういうこと
エースともこんな事があった。
あの時は何にもなかったみたいだったけど
なんで私はこんなに寝相というか、寝惚けて色々やらかすんだろう。
「なんもしてないよ。…てか、出来なかった」
「…え?」
耳に優しいこの言葉は空耳だろうか。
そうあって欲し過ぎて聞こえた幻聴なんだろうか。
コキコキ体を鳴らしながら色んなとこ伸ばしてるペンギンの背中に、すがり付きたい想いの籠った視線をぶつけまくりながら続きを待った。
「俺じゃないんだろうなって思ったら、ウイにだけ良い思いさせたくなくなった」
「…!!…あの、私…なにか変なこと言った…?」
“変なこと”自分で言っておいてエースへの気持ちをそう称した事に感じる罪悪感。
何もなかったのは良かった。
本当に良かった。
良かったけど
…ペンギンにもちゃんと言っておいた方が良いのかな。
でも前にローの事でそれを言った時も怒られた。
この人は考えてなさそうに見えて私には及ばないような色んな事を沢山考えてる。
「別に?…腹減った。朝飯ふわとろ卵食べたい」
「…了解」
早くこの話を終わらせたくて
ペンギンを見ないようにキッチンに回った。
ちくちく感じる気がする視線には、気付かないふりをした。
きっとお腹が減ってるのも本当。
でもこの人はきっと、私が触れられたくない事を知ってて話題を変えてくれた。
本当に、どうしようもない程自分で自分が情けなさ過ぎる。
まだ深夜。
明け方とも言えない時間。
早く寝たせいで目が覚めた。
万年寝不足な自覚はあるのに、急に寝ようと思ってもそう上手くはいかないらしい。
自然と目覚めたせいか、頭は割とスッキリしていた。
昨日は本当に何も手に付かなかった。
普段は眠るのも忘れて没頭する読書も、気付けば何度も同じ行を目が追う事に苛ついた。
考えないようにしていても時折目につくウイに結びつく単語は、触れずにいようとする意識をつついて怒りが再燃する。
薬の調合でもしようかと思えば、特に在庫は間に合っていて。
趣味で集めている記念コインを眺めても全く気が晴れなかった。
寝ようにも眠気は全くない。
不快な気分で過ぎていく無駄な時間にすら苛立ちを感じた。
そんな中聞こえてきた聞き覚えのある悲鳴と、何かが海に落ちる音。
部屋の窓から外を伺い見れば、フリーウィングのすぐそばの海面に顔を出す2つの人影。
こんな時間に何をやってるんだと呆れた。
話し声までは聞こえて来ない二人のやり取りは、きっと普段通りの入っていけないふざけた会話で構成されていたんだろう。
楽しそうにはしゃいでるだろうアイツらを見てるのが嫌になって、絶対眠れねぇとわかっていながらベッドに横になった。
何をしても
何を見ても腹が立った。
きっと意識が落ちる直前まで、あの学ばないバカ女への不満を頭が煩く騒いでいた。
俺は気晴らしが下手なのか。
一晩置いた事で少しはマシになった頭で昨日の自分を思い返す。
そもそもあんなにぶちギレたのは久しぶりだ。
いや、あそこまで俺を怒らすバカが珍しすぎる。
俺を思ってやってんのはわかる。
ウイがそういうヤツなのもわかる。
人並以上、むしろ飛び抜けて頭が回る方なのもわかる。
でもだからと言って、アイツはどこまで痛い目を見れば自分を省みる。
海賊に捕まりに行って
懸賞首として海軍に着いて行って
今度はドフラミンゴか。
その理由はどれも“誰か”の為。
寧ろ、“俺”の為。
いい加減にしてくれ、本当に。
どうすれば良い。
どうすればウイのアレは直る。
…ダメだ。
わからねぇ。
前の時も結構な説教をした気がする。
しゅんと肩を落として謝ってたアイツは、もうしねぇと思ってた。
火拳屋の件を思い止まらせる事が出来た。
こいつはやっと学んだものかと思ってみれば…
結局か。
俺が今考えなきゃなんねぇ事はなんだ?
ウイを今後、今度こそ危ねぇことに首突っ込まねぇようにする為の策。
ドフラミンゴに俺とウイの繋がりがバレてねぇかの探りと対策。
あとは…
「ルーム、スキャン……っ!!?」
折角落ち着いて来ていた頭にまた、血が昇った。
ウイとのこの状況をどうするか、その策を考える為という口実のもと
気になって仕方なかったフリーウィングをルームで包んだ。
リビングのソファーで抱き合って眠るウイとペンギン。
急に熱くなる体に
全身の血液が沸騰でもしてるんじゃねぇかと思う。
何がどうなってこうなった。
勢いのまま部屋のドアにかけた手は、ドアノブを回すことなく舌打ちと共に重力に従って落ちた。
気に食わねぇ。
触れられたくねぇ。
ウイもウイだ。
なんでアイツは命に関しても男に対しても危機感がねぇんだ。
ペンギンの好きな女が誰か、アイツだって知ってンだろうが。
待て
これは事後か?
未遂か?
…我ながら女々しいと思う
どれだけ執着してるか、自分で自分が格好悪ぃ。
「…スキャン」
これは恐らく、プライバシーの侵害の域。
でも気になる気持ちは止められなかった。
リビングの中には事後を思わせる物証はなくて
寄り添い合う2つの体に意識を向ける。
ウイのTシャツの中で体に回された腕も
ペンギンの腕で寝息を立てるウイも
絡み合う4本の脚も
こんなもんまじまじとスキャンした所で腹が立つ以外のなんでもねぇ。
でもこれは、白だ。
未遂。
「…はぁ」
頭痛ぇ。
とりあえず未遂でほっとした。
それでも
今も体を寄せ合って眠るアイツらには怒りしか感じなかった。
気に食わねぇものの、今はどうにも出来ねぇ。
何て言ってあっちに押し入る。
考えてから、だ。
見切り発車はまた余計な火種を生む。
どこを先に考える。
そもそも
ウイのアレを直すことは可能なのか?
アイツは頑なだ。
筋金入りだ。
大事な人間の為ならきっとまたいつだって自分を危険に晒す。
人を思いやれる事は良いことなんだろう。
でも俺は
ウイが危険な目に合うぐれぇなら他のヤツが何人死のうと構わないと思ってる。
それが例え自分やクルー達であったとしても。
もう女に守られなきゃ生きられねぇようなカスじゃねぇ。
俺も、アイツらも。
でもウイはそれをよしとしねぇ。
なんで大人しく守られる事が出来ねぇのか。
そこまで考えてふと、冷静な考えが頭を過る。
そんな女は好かねぇ。
なんだこの矛盾は。
弱い女は好きじゃねぇ。
ずる賢い打算的で利己的な女も好きじゃねぇ。
ウイのどこを好きになったかなんて今更過ぎてわからねぇ。
気付いたら好きになってた。
気になって仕方なかった。
でもきっと
アイツのそうじゃねぇ所を好きになった。
それなのに
そんな女こそ守りたいと思う自分の気持ちの矛盾。
「じゃあいつか死ぬまで黙って見てろってのかよ…」
答えが出ない。
理屈が通用しない。
人の感情ってもんはとんでもなく厄介だ。
ドフラミンゴの件は今は何も手を打ちようがない。
保留だ。
となると後は…
…謝んのか?
俺が?
間違った事を言った覚えはねぇ。
…腹立ってウイが逆上するような言い方した自覚はある。
…俺が悪いのか。
これは。
言った事を覆しはしない。
でもベポの言う通り、言い方は悪かった。
それを謝んのか?
いつ?
どうやって。
怒りの中に見え隠れする、自分らしくない感情。
流石にこれは愛想尽かされたんじゃねぇだろうか。
結構な事を言った気がする。
取り返しは付くのか。
今考えればアレは少々大人げなかった。
そこを俺は
謝れンのか?