13-23



朝飯の時間に食堂に向かえば、扉を開けた途端に集中する好奇の目。


「船長ウイさんと喧嘩したんっすか!?」
「副船長に取られたってマジ!?」
「えー!やっべぇじゃん泥沼ー!!」








心配するというより、面白がっている。
ゲラゲラ笑うクルー達に鼻の脇がひくりと痙攣した。


「おはようキャプテン。よく眠れた?」
「…あぁ、大分な」


白々しい程普通に声をかけてくるこの白熊か。
バラしやがった犯人は。

別に隠しておくつもりもねぇ。
だが昨日程じゃねぇにせよ気が立ってるこの状況でそれを冷やかされるのは良い気分な訳がねぇ。


「今日ね、ウイとあっちで水中バレーするんだ」
「そうかよ」


「その後クレープパーティーもする」
「…良かったな」


ベポだけじゃなく他のヤツラもそれに参加するらしい。
魂胆が見え見えだ。


俺を除いて騒いで来るから、悔しければさっさと謝って来いと。
そう言いてぇんだろベポは。


「キャプテンも行かないんっすか?」
「おまえ喧嘩中だっつってんだろー!?キャプテンはゆっくり本でも読んでて下さいよ!」
「そっか!そういや浮き輪何個まで!?罰ゲーム付き!?」
「水中ってことはウイさん水着か!」
「俺は見たことあるもんね!!」











…ムカつく。
別に今ウイと揉めてなかろうと俺は海には入れねぇ。


でもムカつく。
煩ぇ。



「あんま煽んなよ。ほらおまえら運べ」
「「「「はーい」」」」


中立ポジションのシャチの一声で解散した俺の気を逆撫でする会。
戻ってきたクルーが持ってきたのは皿いっぱいの俺の好物。


「まぁ、でも早いとこ仲直りしとこうぜ?」


隣に腰かけたシャチからの言葉に
言われなくてもわかってると口に出さずに返事をした。

人が増えてから中々朝飯に手のかかるこのおにぎりが出たことはない。
こいつなりの俺への励ましなんだろう。












いつもより飯の前の挨拶の声がでけぇのも
やたらと今日の予定を煩く喋りながら飯にありつくクルー達も
全てはすました顔で味噌汁啜ってるあの白熊が元凶か。




「いや面白かったっすね!!」
「楽しかったねー!」


甲板で海から上がってきた皆とタオルで髪の毛を拭きながらわいわい喋ってた。
浮力の助けを受けながら全力で遊んだ後に海から上がると、体が重い。

水中バレー。
ビーチボール3個。

ひっきりなしに飛んでくるボールは中々忙しくて
最初は取り合いだった浮き輪も移動が遅れるからって最後は皆立ち泳ぎになってた。


負けた方のチームがイチゴジャムと見せかけたハバネロ入りのロシアンクレープ。


接戦だったけど私のチームは負けてしまった。

朝のうちに用意したハバネロジャム。
面白がってこれ死ぬんじゃないかってくらいのハバネロを投下するペンギンをただ笑って見てたけど
まさか自分が食べることになるとは。


アレは正直食べたくない。
となると…


ちらっと横目で同じ罰ゲームを食らう予定のチームメートを伺い見る。









…押し付けるに限る!
当たりを!!







ハバネロクレープを舐めてかかってる皆は負けた割に事の深刻さをわかってないみたいで
髪の毛を拭きもせずにぶるぶるやって水滴を撒き散らしては笑いあってた。


どうやればアレを選ばずに済むだろうか。


「ウイドンマイ。良かったねおやつゲットできて」
「代わってあげようか」


子憎たらしい顔でニヤニヤ笑ってるベポにドスの聞いた返事を返すと、俺はちゃんとしたおやつ食べるからいらないって鼻で笑われた。


くそ。







「ウイちゃんホットプレートどこー?」
「キッチンの後ろの棚にないー?」


同じく勝ち組のペンギンがいそいそとクレープパーティーを始めようとしてる。

まずい。
時間が迫ってる。


「すげぇ顔してんな」
「シャチはアレがどんだけヤバいか知らないから笑ってられるんだよ」


そんなやべぇの?って片目を細めては見下ろしてくるシャチに、凄い勢いで頷いて危険度合を伝えた。


マシな方だろ今回はって笑ってるけど
さっきまで仲間だったシャチだってこれからは敵だ。

決意を胸に船室の扉を開けた。


私の身の安全の為にシャチにも犠牲になって貰わなければ…!!





「ねぇ、何個?当たり何個?」
「当たりって辛い方?美味しい方?」


勝ち組が楽しそうにバターの香り漂うクレープでロシアンルーレットを作ってる。


なんか皆…
全部に入れてそうな気がしてきた…


セーフな方はイチゴジャム。
色はほとんど変わらない。


「どうやって選びます!?」
「レディーファーストでしょ!ここは!!」
「…おまえ、必死だな」


あんなん食べたら火を吐ける。
辛いものは好きだ。
でもアレはヤバい。
絶対ヤバい。


「オッケー!出来た!」
「で、何個当たりなのよ」
「内緒ー」


くそ。


お皿の上には四角く折り畳まれたクレープ。
その全部がクレープの皮越しに毒々しい赤を主張していて
疑わし過ぎて全部がハバネロにしか見えない。



「せーので食いましょう!」
「なんでエイジくんはそんなノリノリなのよ…」
「俺これにしよー」


みんなが続々と自分のを選んでいって、遅れを取らないように私もそれに続いた。

苺か、ハバネロか。
量自体はそこまででもない。

ハバネロだったとしても、カスタードクリームも入ってるこれはもしかしたらその辛さが多少はマイルドになってるかもしれない。


「ねぇシャチ、そっちとかえっこして」
「替えてこっちが当たりだったらおまえ絶対文句言うからヤだ」


あぁ、確かに言いそうだね。


隣の芝生は青く見えるって言うのとも違うけど
自分のが“当たり”な気がして仕方ない。


「はい!じゃあせーの、で行きましょう!!せーの!!」














覚悟を決めてクレープを口に放り込んだ。


咀嚼することで皮から解き放たれた中身は
カスタードクリームの甘さと、苺ジャムの甘味と酸味。



これは…セー…



















フリーウィング号に複数人の断末魔が響き渡った。











「いでででででっ!!っんだこれッ!!?おあっ!!」
「あ”ーーーーー!!!!辛ぇ辛ぇッ!!」
「ッつーか!!マッズ!!なにこれ!!マッズ!!!!」



「うわーーーーーーーーーん!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーーーー!!!」









涙目で口を覆って叫ぶ者、数名
それを指差しながら笑い転げる者、数名




「俺の平気っす!旨い!」
「俺も」



2/9の強運を勝ち取った者、2名







ガランとした船内。
いつもは喧しい声があちこちで響いてるこの潜水艦に今流れている時間は、どこか穏やか。


食堂の椅子に腰をかけ、長い脚を組み新聞に目を通す目付きの悪い男。
元より人相が良い方ではないものの、今彼のそれをより近寄りがたくさせている要因は他にもあった。



ぴらり、と薄い新聞紙が時折捲れる音。
トン、トン、と包丁がまな板を打つ音。



「さっきから何作ってんだ、おまえは」
「夜飯の準備だ。昨日ウイに教えて貰ったヤツをな」



キッチンでその腕を奮うのは、正直ここに立っている事があまり場に馴染まない大男。
こちらもこちらで人相は悪い。



「随分なハマりようだな」
「意外と楽しいものだ。…好きなんだろ?この魚のフライ」



お互いに目を合わせることもしない。
それぞれの気の向くことを続けながら、ぽつりぽつりと交わされる会話。

細身の方の男が、ふと目線を上げてカウンター越しにキッチンを覗きこむ。
まだ調理過程であっても、好物と言われた選択肢の中から彼はそれが何であるかに合点がいったらしい。



「あぁ、久しぶりだな。それ」
「ウイはあれだな。いつも楽しそうだがおまえの話をするときは殊更楽しそうだ」



話題に登っている彼女は今、この場所には居ない。



「こういうのが好きでこれは好きじゃない。得意気におまえの食の好みを話していた」
「…そうかよ」



しかし二人の悪人面の男の脳内に思い描かれた彼女は、巨体の男の強面の顔を弛ませ
もう片方の男の顔をも照れ臭そうにそっぽを向かせた。



「しないのか?“仲直り”」
「…まぁ、その内な」



白身の魚をぶつ切りにしては調味液の入ったボウルに放り込む作業をしていた男は
自分にとっては最早子供とも呼べそうな程年の離れた彼らの、まだまだ不器用で素直ではないぶつかり合いを微笑ましく見ていた。







「─────────ッ!!!」






「…!」
「…これは、ウイか?」



快晴の空の元、換気の意味も込めて開け放たれていた窓から飛び込んで来た、太い声に混ざった1つの甲高い悲鳴。

その声にはありありと、切迫したような色が滲んでいた。





はっと顔付きが変わる男は、新聞を放り出しその声のする方向に目線を向ける。


その顔から伺い見えるのは、焦りと心配。


隣に停泊している帆船からは今も尚、注意深く耳を傾ければ痛いと言っているようにも取れる叫び声が聞こえてくる。
姿こそ見えぬものの仲間達に何かがあったことは明白。


しかし共に聞こえてくる賑やかな笑い声から察するに、それはおふざけの延長で起こった愉快な珍事件なのだろう。


何かに葛藤するように顔を歪めた男は、舌打ちと共にその視線を新聞へと戻した。


先ほどまでより薄い紙を捲る音がやや乱暴になったように聞こえるのは、気のせいだろうか。


「良いのか?行かなくて」
「…放っておけ」


素直じゃない。


それはこの年頃によくある特徴。
いや、もうそれはそろそろ通り越しても良い頃合の筈。
この男は確かもう24。
春を思う多感な時期の峠はもうとうに越えているだろうに。



ジャンバールは思う。


この男は歳の割に落ち着きや分別もありすぎる。
ただとある方面に関しては、随分と幼い感覚を持ち合わせていそうだ、と。


気になるのであれば、これを口実にあちらの輪に入ってくれば良いものを。
心配ならば診てくれば良いものを。






上手くないぶつかり方をするのも
戻かしい思いを抱えて燻るのも

それも大切な一歩。
成長し、学ぶ為の大事な過程。


魚を切り終えた包丁とまな板をシンクに放り込みながら、不機嫌な顔で新聞に視線を走らせる男の顔を伺い見た。





青春、だな。


巨体の男の口元が緩やかな弧を描く。
それに呼応するように下がった目尻が織り成す表情は、なんとも言えぬ穏やかな顔。


こうして黄色い潜水艦の中の時間は、静かに流れていった。



destruct at reality.